第24話 ハイランド2

「一体何があったの?」

 アルラハーシアはタケルを館の門から連れ出しながら質問した。

 父親の滅多に聞くことのない大笑いの声の後、これまた笑い声以上に聞くことのない怒鳴り声を聞いて、ゲームルームに向かったら、丁度タケルが部屋から出てくるところだった。

 タケルがアルラを見付けて、街に出ようと誘うのでそのまま出てきたのだが、不可解なことに怒鳴られたタケルは何だか楽しそうなのだ。父に怒鳴られるなんて体験をしたら、百年は語り草になる恐るべき珍事だというのに。

「ゲームしたんだよ。アルラのお父さんは強いなあ」

 ニコニコしながら答えるタケル。

 アルラハーシアは頭の中が疑問で一杯になったが、どう考えても整合性のある答えが見つからない。だが、タケルが物珍しげに街のアレコレを質問して来るので、アルラもつい楽しくなって、疑問などどこかへやってしまった。


 タケルにとってハイランドは人生で初めて訪れる街だ。

 電脳空間などと違って、人々の生の活気、動き、空気、そういった全てが新鮮だった。

 ハイエルフの街は独特で、コンクリートの街の知識しかないタケルには、樹木と同化し利用した建物だったり、キラキラ輝く壁の建物など、ゲームの中のようで現実感の乏しい街だったが、そこに息づく人々、動く馬車の振動、飛び交う鳥のさえずり、そういったもの一つ一つが現実を主張していた。

 街の人々はほとんどがハイエルフだったが、全てではなく、数える程だったが、エルフ、人間、ドワーフなどもいた。

 タケルは自分もこの街の活気の内の一人なのだと実感できる事が嬉しかった。


 アルラはタケルの質問に丁寧に答えて案内した。

 タケルが子供のようにハイランドの事を無邪気に聞いてくれて、答えると楽しそうにしてくれるのが嬉しかった。最初は何故だか分からなかったが、途中で気付いた。自分の街を褒められるのが嬉しいのだ。単純なことだが、気付かなかった。そう、ハイエルフを嫌っていながら、アルラはこの街と住む人々が好きなのだ。

 自分の生まれ育った街が好き。

 そんな単純で当然の事にすら気付いていなかった自分。

 そして、それに気付かせてくれたタケル。

 この人と一緒にいると、私も、世界も、どんどん変わっていく。

 気付かなかった事に気付かせてくれる。

 お父様は怒鳴る事もあるし、私はこの街が好きだった。

 そうだわ、私はきっと、この街を出る前にこういったことを確認しなくちゃいけなかったんだ。このまま出て行っていたら、私はここを嫌ったまま、なくさなくていい、大切な何かを失っていた気がする。

 やっぱりこの人スゴイ。


 アルラハーシア=インファーシュが本当の意味でタケルに恋をしたのはこの時だった。

 この後、街を巡る間、彼女はタケルと腕を組んで、その腕を離さなかった。


 街の人々はこの二人組を、珍しいものを見る目で追っていた。

 変わった格好をした人間の男は別に珍しくもない。

 珍しいのはいつも見ているはずのアルラハーシア。普段着ないハイエルフのドレス姿で、あんなに心の底から楽しそうに笑う彼女を見るのは初めてだったからだ。そしてそれは、彼女がハイエルフで1番の美貌の持ち主だと再認識されるに足る光景だった。


 学校が見たいというタケルの要望に応じて、アルラの通う学校を見たが当然中に入れる訳もなく、ちょっと休憩がてら近くのパブに入った。

 明るい雰囲気の店で、アルラの学校の生徒の御用達らしい。全く分からないのでアルラに注文を任せると、シナモンティーを持ってきた。

 二人で隅の席に座り、タケルは今日の顛末を語った。


「うそ!じゃあお父様を負かしたの?」

 アルラが驚いたのは、手紙がバレていた事よりも、そこだった。

「ああ、それで早めに終わったし、お約束も済ませた事だから、夜まで時間もあるし、アルラに街を案内してもらおうと思って連れ出したんだ」

「うわー、お父様が負けるなんて、何が起こるやら……」

 タケルはアルラの顔色に不穏な空気を感じて聞いてみる。

「えっ、ま、不味かったかな?」

「負けることがそもそもないんだけど、勝ちに拘わるからね。前に、この勝負に勝ってしまったら内戦になる可能性が高い、っていう一番でも勝ちを譲らなかったからなぁ。良かったのか悪かったのか分からないわ」

「ま、笑ってたから大丈夫じゃないかな。それにアルラのお父さんは、ちゃんとアルラのこと考えてくれてると思うよ」

「ふぅん。でも意外。タケルはこのお芝居がバレても続けてくれるんだ。乗り気じゃないって思ってたけど」

「うーん、そうだな。嘘をつくのは嫌いだけど、だから逆にバレて良かったっていうか、これからやっと本気になれるっていう感じかな。アルラが一緒に来てくれるのは嬉しいし、アルラが外に出たいっていうなら、それが一番大事だと思うから手伝いたいんだ。外に出て知るっていうのはやっぱり大事だよ」

 妙に実感のこもった声で言う。

「じゃあさ、私たちホントに結婚しよっか?」

 アルラは身を乗り出して本気で言う。

「ははは、そんなことになったら、本気でアルラのお父さんに怒られちゃうよ。それより、何か呼んでるみたいだよ」

 タケルに軽くかわされてむくれたアルラだったが、タケルの指す方を見ると確かに手招きされている。別テーブルの生徒達だ。タケルに断って、彼女たちの方によっていく。


 そこにはハイエルフの女子ばかりが集まっていた。アルラの同級生や下級生達だ。

「ごきげんよう。どうしたの?」

「どうしたの? はこっちの台詞よ。何? あの人間。アルラがドレス着てエスコートするなんて、どこの貴族なの?」

 アルラの同級生で一番仲の良い娘が問い掛ける。いつもウッドエルフの服を着て、着飾ることに興味のないアルラハーシアがドレスで笑顔を振り撒いていれば、知り合いは皆同じ考えに至るだろう。あの男は国賓か何かだと。そこにいる数人のハイエルフの少女達どころか、この店にいる誰もが聞きたい質問だろう。店内の全員が聞き耳を立てているのが分かる。

 機嫌の良いアルラはいたずらっぽい笑みを浮かべて、幸せそうに答える。

「祝福して! あの人、私の成人の儀のパートナーなの!」


 一瞬の空白の後、驚愕の叫びが店内を埋める。


「ちょっと、アルラ!それ本当なの!」

「うわー、アルラさま幸せそうー」

「恋の力って凄いわ、あのアルラがドレスを着てるなんて」

「アルラお姉様が結婚なんて嘘よ!嘘と言って!」

「あの人間ってそんな凄い人なの?」

「どうしてそんなことになってるんですか?」

「夢よ、これは夢にちがいないわ」


 普段は落ち着いた店内が騒然とする。突然の降って湧いた喧騒に、隅に離れて座っていたタケルは驚いてシナモンティーを落としかけ、あたふたとしている。その様子は、平凡な人間にしか見えない。

「だから、今、愛しの彼とデート中だから、邪魔しないでね」

 爆弾を落とした当の本人は質問をシャットアウトすると、平然とタケルの前に戻ってティータイムを再開する。


 店内は客のみならず店員までも騒然として、口々に予測や感想を言い合っている。まるで野火の様に、精霊の囁きより速く噂は広がり、戦場の伝令のように店の前の学校に駆け込んでいく生徒もいる。

 店内の女性の感想はアルラを祝福するもの、その前途多難を心配するもの、アルラが自分の恋のライバルでなくて安堵するもの、ロマンスを知りたがるものなど。

 対して男性はといえばお通夜ムードで、政略結婚に違いない、弱みを握られて脅されているんだ、魅了チャームなどの精神系魔法にかけられているんじゃないか、中には魔法探知ディティクトマジックを試した者までいた。

 あと、少なくない年下の少女達が「アルラお姉様ぁー」と肩を寄せ合って泣いていた。

 だが、その誰もが、いつもはつまらなさそうに笑うこともなかったアルラが、幸せいっぱいに零れんばかりの笑みを振り撒く姿を見れば、納得せざるを得ない。アルラの前に座る人間が、その笑顔をもたらしているのだと。誰も磨くことの出来なかった、ハイエルフ最高の宝石の原石を研磨したのだと。


 店内の好奇と嫉妬の視線を一手に受けるタケルは、身を縮こまらせてシナモンティーを啜る。どこか誇らしげに堂々と飲むアルラとは対照的だ。

「ねえ、アルラ。何だか視線が痛いんだけど」

「大丈夫よ。ここに魔眼持ちがいるって話は聞いたことないから」

「そういうことじゃない。何を言ったんだ?」

「タケルが私の成人の儀のパートナーだって言っただけよ」

「ああ……そりゃあ、納得だな」

 タケルは視線の意味がハッキリと理解できた。

「堂々としてればいいのよ。私のパートナーなんだから、ずっとこうなのよ」

 アルラは言外に結婚するのだから一生こうだという意味を含ませて言ったのだ。

「うーん、分かった。頑張るよ」

 全く分かってなさそうな覇気のない声でタケルは答えた。

「わかってないでしょ」

 アルラはタケルの横に席を移る。タケルの腕を取って身体を寄せる。

 隅の席だからタケルは逃げられない。まるでアルラに壁に押し付けられてるようだ。

 店内から息を飲む、声にならないどよめきが広がる。

 この街でアルラは言い寄られる立場であり、それを無残に切って捨てる女王であった。

 その女王が、自分から身体を預けるなど、有り得ない光景が展開している。

 ここにいる男性の殆どが望んで得られないそのポジションを、目の前にしながら指を咥えて見ていなければならないのだ。「ぐぬぬ」「おのれ」「ギリギリギリ」抑え切れぬ怨嗟の声が漏れ、今この中の誰かが魔眼を開眼してもおかしくない程の視線の圧力が増す。


 タケルは女性には詳しくはないが、今、本能が教えてくれている。

 アルラハーシア……恐ろしい子っ!

 こいつ天然の魔性の女だ。本人に全く悪気がないのに、周りを狂わせている。

 これなら制御できる分、計算高い方がまだマシだ。

 今まさにその効果の特異点になっているタケルは、そのことに気付いてしまった。

「わかった。本当にわかったから」

 わからない方が幸せだった気がするけどな。

 いけない。ここは鬼門だ。離れなければ。しかし、この店こんなに客多かったか?

 いつの間にか客が増えている。というか、向かいの学校から生徒がワラワラと湧き出して、この店に詰めかけている。なんだ、有名人でも来ているのか?いや、現実逃避はやめよう。どう考えてもターゲットは自分達だ。なんだよアルラ。やっぱり人気者じゃないか。この分だと勘違い騎士ナイトで一部隊出来ちゃうぞ。

 これは逃げる算段はしておいた方がいいかな。

 タケルは密かに、逃走路を用意しはじめた。


「何の騒ぎだ?みっともない」

 威圧する強者の自信に満ちた声が、店内の熱気を冷ます。

 生徒たちが道を開け、押し出しのいいハイエルフの男が、数人の取り巻きと姿を現す。

 貴族然とした立ち振る舞い、美形といえるやや神経質そうな容貌、高価なことが見て取れる服飾品、全てが言外に「お前らとは格が違う」という意思を発散していた。

 彼は口を開こうとしたが、一瞬、様々な感情が交錯し、驚いたように口を噤む。

 だが、すぐに気を取り直したのか言葉を発する。

「アルラハーシア! またキミか。いい加減我が校の品格を落とすのはやめたまえ。エルフならまだしも、人間をこのパブに入れるとは!」

「あら、コリドール=ウトゥオ生徒会長サマじゃありませんか。ご機嫌いかが? 空いてるお席にどうぞ。でも視界には入らないで下さるかしら。目障りなので」

 二人の間にピリピリとした空気が立ち込める。


 タケルを除くこの場の全員が、この二人の険悪さを知っている。

 自信満々にアルラを口説いたコリドールが、木っ端みじんに粉砕されたのを知っているのだ。そして、未だに諦めていない事も。

 普段はどちらも異なる理由で相手を無視している。

 アルラハーシアは単純に嫌いだからだ。ハイエルフの嫌な点を集約した姿が彼だと思っている。だから見たくもない。

 コリドールは単純に勝てないからだ。あらゆる成績で彼女に勝てない。その上、手酷く振られてもいる。だが、彼のプライドからすれば、それは許せない、あってはならない事なのだ。

 だからこの二人の邂逅は珍しい。

 何が起こるのかと、周囲の観客は固唾を飲んで見守っている。

「伝統ある我が校のパブが汚されていると知っては看過しかねるね。おい、そこの人間!」

 逃走経路に集中していたタケルは、気付くのが遅れて間の抜けた声を返す。

「はい?」

「貴様のような人間風情が居ていい場所ではない。さっさと立ち去れ」

 タケルは喜んでその指示に従いたいのだが、唯一の出口を塞ぐアルラにはその気がないらしい。それどころか、タケルと腕を組んで、立ち上がらせないようにしている。

「残念でした。彼は私の成人の儀のパートナーよ。私が居る所には彼が居るわ。死が二人を分かつまでね」

 アルラの堂々たる宣言はまたも周囲の観客を沸かす。タケルからしてみれば、自分を押さえている腕も、観客から見れば、仲睦まじく腕を組んでいるように見えるのだろう。

 コリドールは如何なる感情からか、顔をヒクヒクと引き攣らせながら言葉を吐く。

「これだから女という奴は可哀相だ。何を血迷ったか人間のような下等種族などに情にほだされるとは! 人間! 一体どのような卑劣な手段に及んだのだ!」

「そんな発想しか出来ないところがあなたの限界なのよ。私はタケルを自分で見つけて、私が結婚を申し込んだの。心配無用よ。私の人生は私が決めるの。道が無ければ作って見せるわ」

「そんな発想ごときに気付かないキミが哀れなのだよ。どうせ薄汚い狙いに違いない。ハイエルフの名家の財産、権力、アルラハーシア自身と言ったところだろう」

「そんなことないわ。私達は成人の儀が終われば夫婦としてこの街を出て行くんだから」

「そら見たまえ、そんな出来もしない空約束でキミは騙されているのだ。ハイエルフの中でも高貴な生まれのキミが、この街を出て生きていけるわけないだろう。ウッドエルフですら森から出れば生き辛いというのに! キミはこの街から出て行く事なんて出来ないんだ。大人しく古くからの仕来りに従ってハイエルフとして生きていれば良いのだ!」


 相乗効果でヒートアップしてゆく舌戦に、タケルだけ周囲の熱から取り残されたエアポケットのように穏やかな状態でいた。逃げ道のことを考えていたのもあるが、タケルにはこういうところが少なからずある。自分の考えに没頭して、周囲と隔絶してしまうのだ。えてして、そういう状態のタケルが周囲と同じ空間に復帰するときは、それまでの温度差が一気に動くためか、異質な雰囲気に周囲の注目を集めてしまう。

 この時もそうだった。タケルは周りの流れとは別の時間軸にいるのではないかと思うくらい、この舌戦の熱を感じさせない緩く穏やかな動きで、納得したようにポンと手を打った。

 途端、喧騒に空白ができ、全員の注目が集まる。

 しかし、タケルが何も言わないので、痺れを切らしたコリドールが、敵意もあらわに促す。

「なんだ、人間。言いたいことがあるなら言いたまえ」

 タケルはコリドールと目を合わせて尋ねる。

「いいのかい?」

「言えと言っている!」

「まあ、私が言う事ではないんだが、好きなら好きと素直に言った方がいい。いい年をした男が、好きだから意地悪をするという子供じみた愛情表現をするのはやめた方がいいよ。誰にとっても良いことがない」

「なっ!……」

 コリドールは絶句して、目を吊り上げて怒りの形相をしている。元が美形なだけに物凄い迫力だ。だが、タケルは気にしない。相変わらずの穏やかな顔だ。

「アルラは既存の枠に収まるような女性じゃないよ。彼女と対等に立ちたいなら、伝統や規則に依存するのではなく、せめてその上にいなきゃ無理だ。…………だから、悪いがアルラは私が連れていくよ」

 その瞬間、アルラはコリドールに向けていた険しい顔から劇的な変化を見せ、喜びに満ちあふれた顔でタケルを見つめる。

 タケルの言葉は短く端的なものだったが、その言葉には確かにタケルの意思があった。

 自分を理解してくれる存在が、自分に味方してくれる心強さ。

 自分の恋した存在が、自分と共に在る意思を宣言してくれた幸福感。

 女として、一個人として、幸せを滲ませたその表情の変化は、タケルへの怒りでそれを見逃したコリドール以外の全ての者が、アルラとタケルに対して向けていた全ての種類の感情―祝福、心配、疑念、嫉妬―を納得させるに足るものだった。 

 彼女にとって、この人間の男と一緒に居ることが一番いいことなのだと。


 この店で唯一その考えに至っていないコリドールは怒声を上げる。

「よくも侮辱してくれたな! 下等な人間の分際で!」

 ポケットから白手袋を抜き出して振りかぶる。

「コリドール=ウトゥオ!」

 間髪入れずに、アルラが、普段上げない声でその場の全てを凍りつかせる。

 その声こそは、彼女が支配する側の生まれである証明でもあった。弁舌を得意とするインファーシュ家の特技でもあり、一族の者は幼い頃から嗜みとして訓練される。父や兄も大事な場面で使う、場の主導権を握り、聴くものが従いたくなる深い声。インファーシュ家ではただヴォイスとのみ呼ばれる発声法。

 次に話し出した彼女の声は普段通りの声だった。

「貴方のことは大嫌いだけど、忠告してあげるわ。その手袋を投げれば貴方は死ぬわよ。貴方は剣術も体術も弓術も私に勝てなかったでしょう? タケルは私より強いのよ。先日のジャイアントとダイアウルフライダーを含むゴブリンスクワッドを全滅させたのは彼よ。タケルがいなければ、私は今ここにはいないわ。実戦を戦ったことのない貴方にその勇者の相手ができるの?」

 コリドールは手袋を振り上げた姿勢で固まり、驚愕で目を見開く。

「貴方こそ、これ以上種族の名誉を汚すのを止めて立ち去りなさい」


 怒りで顔をドス黒く染めていたコリドールは暫し立ち尽くした後、やり場のない手袋を取り巻きの一人の胸に押し付けると、ドスドスと足音荒く店を出て行った。慌てて取り巻き達がその後を追って出て行くと、店内で固唾を飲んで見守っていた観客からワッと歓声が上がる。

 最早、観客の生徒たちに遠慮は無く、先程まで開いていた距離を詰めてくる。

「アルラ様カッコよかったです!」

「胸がスカッとしました!」

「おめでとうございます!」

「二人の馴れ初めを教えてください!」

「その人は騎士なんですか? 冒険者なんですか?」

「お姉様ぁ! 出て行っちゃうんですか?」

「ゴブリンを退治してくれてありがとうございます!」

「新聞部です! インタビューを是非お願いします!」

 アルラへの賞賛、質問、タケルへの感謝、あらゆる言葉が二人に浴びせかけられる。

 気圧された二人は、引き攣った笑顔で応えながらアイコンタクトで通じ合った。

「「逃げるぞ(わ)」」


 店の外で驚きの声が上がる。

 何事かと全員が注意をそちらに向けた瞬間、二人はスルリと人波を掻き分けて店の表まで抜け出す。実に息の合った行動だった。

 店の外には騒ぎの元である六本足の見事な軍馬が到着したところだった。

「スレイプニル!」

 タケルが手を振って呼ぶと、タケルの側まで来て、乗りやすいように脚を曲げる。

 タケルはスレイプニルに素早く跨がると、アルラに手を差しのべて、彼女を後ろに乗せる。

 アルラはタケルにピッタリと寄り添い抱き着く。

「いくよ」

「ええ、いいわ」

 スレイプニルは人を器用に避けつつ、時には障害物を飛び越え、驚くべき速度でパブを後にした。


 二人が去った後のパブは大入り満員だった。おそらく店始まって以来の売上になるだろう。

 先程までの一件で生徒たちは盛り上がっている。

「凄かったね、コリドールvs.アルラハーシア。なかなか見れない対決だものね」

「アルラに敵う奴なんかいないって。欠点なんかないんじゃない?」

「でも、男の趣味はイマイチじゃない?」

「そう? 素敵ではないけど憎めない顔じゃなかった?」

「いやいや、外見はともかく、あの生徒会長サマ相手に、あそこで引かずに堂々とアルラは俺のものだ宣言できるなんて、凄いじゃないの」

「わかる。私あれ羨ましかったもん。女ならちょっと憧れちゃうわよね」

「それにゴブリンの部隊を一掃して、窮地のアルラを助けたんでしょ。最ッ高のシチュエーションよね。出会いが劇的すぎでしょ」

「アルラさまったら、ずっと腕を組んで離さなかったものね。アルラさま幸せそうだったわ」

「去り際なんかピッタリ抱き着いちゃってたし」

「私スレイプニルなんて初めて見たわ。伝説じゃなかったんだ。伝説の馬があんなに従順に命令を聞いてるなんて、やっぱりタダ者じゃないわよね」

「さすがアルラよね。選ぶ男も一流の更に上ね」

 概ね、少女達の感想は同じところに帰結する。


「「「「「羨ましいわ~!!!」」」」」


 ロマンスに憧れるのは種族問わず少女達に共通していると言うことだろう。

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