第23話 ハイランド1

「はぁ」

 タケルは揺れに身を任せながら、ため息をついた。

 アルラハーシアがタケルを訪ねた翌々日。

 スレイプニルは背にタケルとヒミコを乗せて森の中を走っていた。

 艤装を済ませたスレイプニルは、装甲板も装着済みで、外見は六本足さえ気にしなければ、馬用鎧バーディングを付けた巨大な軍馬に見える。

 二人はアルラハーシアの招きに応じて、彼女の家に向かっている所だった。

「どうしたの? 調子が悪そうよ?」

 ヒミコが言うからには間違いないのだろう。

 事実、緊張で胃がキリキリ痛む気がする。

 別に女性の家にお呼ばれしているから緊張しているわけではない。

 タケルは今から初対面のアルラハーシアの父親に「お嬢さんを嫁にください」と言わねばならないのだ。何度目になるか分からないため息をつきたくもなるというものだ。


 ヒミコから要約を聞くと、こんな話だった。


 アルラはハイエルフの選民思想的な考え方や、排他主義的な保守政策が気に入らないらしい。書物を読む限り、世界には関わるだけの価値のある事物が存在していると思われるのに、そのようなハイエルフの在り方は良くないのではないかと。

 そこで、アルラは冒険に出て、世界を実際に見て回る事で見聞を広め、実際に確認したいと常々思っていたらしい。

 しかし、ハイエルフの最高評議会議長の娘という立場的にそれは許されない。もし出奔したとしても、何のコネも経験も後ろ盾もない小娘では、すぐに見つかって連れ戻されるのがオチだろう。そうして日々を過ごしていくうちに、アルラは成人の儀を受けてもおかしくない年齢に近付いていた。


 ハイエルフは成人の儀で、独り立ちできる大人であるという能力を証明するのだが、女性の場合は少し違った意味合いも含まれてくる。それと前後して婚姻するのが一般的な慣例でもあるのだ。

 これは何故かというと、伴侶となる男性は、その女性の成人の儀を共に受けて助力できるからだ。人生の伴侶であれば、試練も共有することは当然と言える。

 成人の儀は受ける者の親が内容を決めるため、ある意味、娘を手放したくない過保護な親は内容を難しくすることで娘を家に留めておけるわけで、そこから娘を嫁に奪おうとする男にとっては、親に許されていれば易しい内容となり、親に許されていなければ厳しい、というか、実現不可能な内容になる。

 アルラが言うには、そもそも、この成人の儀とは多産ではないエルフ族が数の劣勢を補うために、男女の区別なく仕事の分担が出来るように、一定の基準を満たした者を成人と認めるためのもので、いざとなれば、成人は男女の別なく弓を取って戦う事が出来るという意味合いのものだったらしい。事実、ウッドエルフでは成人の儀というのはそのようなものなのだそうだ。

 それがハイエルフの中では儀式的な側面だけが残って、形骸化してしまっているのだと。


 そして、アルラがその年齢に近付くにつれ、成人の儀のパートナーにとの申し込みが舞い込み始めて困っていると。今までは個人宛てに申し込まれていたものが、親宛てに来るようになると、いつ、親が成人の儀のパートナーを選定するかわかったものではない。個人としては手痛い肘鉄を喰らわせていても、アルラと婚姻する事で家柄や権力といった余禄を欲する者は多い。

 アルラは容姿端麗、成績優秀、運動万能、まさに八面玲瓏、才色兼備な上に出自は最高なのだ。タケルが同じ学校にでもいたら、いかに世の中は不公平なのかと、神を呪いたくなるだろう。アルラ本人は多少エキセントリックな言動で浮いていたとしても、いかなる手段を取ってでも結婚したいと望む男は多いだろう。


 アルラは親がパートナーを決めてしまう前に、この成人の儀を逆に利用しようと考えたのだ。タケルが結婚を申し込んで、アルラがそれを受ければ、親がそれを阻止するには成人の儀を利用するだろう。そこで、逆に成人の儀を見事成功させてしまえば、アルラは成人と認められて、自由に行動できるようになる。タケルと一緒に旅に出ても、伴侶に着いていくのだから当然、ということになる。

 アルラは、たとえどんな試練の内容になろうと、自分一人でもクリア出来る自信を持っている。むしろ困難であればよりいいと思っているくらいなのだから、成人の儀に不安はない。だから、タケルには結婚を申し込んで貰えれば、後は迷惑はかけないからお願い、という事らしい。


 何故かヒミコはこの話にノリノリだった。

「彼女は社会的進化のためのミュータントです。種の進化まで到れるかは不明ですが、新しいパラダイムを構築するための先鞭たる存在でしょう。自由と平等という概念は、多民族民主主義国家において根幹を成す重要な思想ですから、支援する価値は十分過ぎるほどあります」

 と、なんだか関係あるのかないのか分からない謎の言葉を紡いだ。

 普段から考えるとヤキモチを妬きそうなものだが、なんでも、メリットがデメリットを大幅に上回ってるかららしい。誰にとってのどんな損得かは分からないが、リスクマネジメントができているのは良いことだ。


「でもなぁ、不安しかないんだよな」

 タケルの不安はアルラの自己評価が正確ではないのではないかという所だ。

 アルラの能力は知っているから、アルラが自信過剰と思っているわけではない。むしろ逆、評価が低すぎるのだ。アルラは周囲を気にしていないから、周囲を考えに入れていない。自分が気にしていないからといって、周囲の人々がアルラを気にしていないわけではない。そこを理解していない気がするのだ。アルラが思っている以上に、周囲の人々はアルラの事に注目していると思うのだが。

 学校、街、この場合は種族ハイエルフという大きなカテゴリーでもいいかもしれないが、その共同体の未来のシンボルとでも言うべき存在を、余所の有象無象に取られる事を良しとする者などいないだろう。

 自分達の憧れのお姫様が、他国のどこの馬の骨とも知れぬ庶民に攫われていくのだ。勘違いした騎士ナイトが現れてもおかしくない。

 まぁ考えても仕方がない。しかし、いきなり結婚の申し込みからって、最初からクライマックスすぎるだろ……。




 ハイランド……やっぱりここか。種族名と親和性が高いから、標高が高い場所にあってついた名前かと思ったりもしたが……できれば遊園地のある頃に来たかったな。

 森の中に出現した巨大な街を見て、旧世界の地図座標と重ねながらタケルはそう思った。

 洗練されたデザインの建物が建ち並び、しかも自然と調和している町並みはなかなかの景観だった。その分、直線の道路などはなく、見通しは悪く都市計画などとは無縁の街に見えたが、きらびやかな印象は変わらなかった。

 ハイエルフの門兵に止められたが、アルラから貰った通行証を見せるとすぐに通してもらえた。黒い鎧に身を包んだ二人の男女が、堂々たる六本足の軍馬に乗って街の名家へ大通りを進む様は、街の全ての人の好奇の視線でもって迎えられた。


 アルラの家は一際大きな立派な館だった。贅を尽くしたという印象はないが、歴史を感じさせる重厚さがあり、細かいところまで良く手入れされていた。スレイプニルを預け、館に入ると地位のある使用人らしい者が立派な家具調度の整った部屋に案内してくれた。座り心地のよい椅子に腰掛け、出された紅茶を堪能していると、三人の人物が入ってきた。

 絹のゆったりとした衣裳を身にまとい、控え目で下品にならない程度の、それでいて、価値があるのだろうと分かる装飾品を身につけている。

 ハイエルフの壮年の男性と女性、それに若い女性の三人だった。

 驚いたことに、よく見ると若い女性はアルラだった。誰だこのお嬢様?

 普段の闊達さはなりを潜め、見事な良家のお嬢様に変身していた。

 ということは、この二人がアルラの両親なのだろう。

 タケルとヒミコは立ち上がり、礼をすると、男性が口を開く。

「良く来てくれた。先日は森で私の子供達を救っていただいたそうで、感謝している。私はインファーシュ家当主、エンフェルムだ」

「ヤマトタケルとヒミコです」

 場慣れしたハイエルフ最高評議会議長の落ち着いた対応に比べ、タケルは緊張がありありと分かる固い名乗りだった。


 一通りの挨拶が済むと、今晩は感謝の宴を開くことになっているので、是非、逗留していって欲しいという意向を受け了承する。ここまでは、事前の予定通りなので何の問題もない。

 ヒミコは夜の宴までアルラの兄を見舞うという。患者の容態が気になるのは当然だろう。

 タケルはアルラと今後の打合せがてら、ハイランドを案内してもらうつもりだったのだが、エンフェルムがこんなことを言い出したのだ。

「アルラ、お前の客人を宴まで借りてもいいかね?」

 その申し出にアルラはキョトンとする。

「彼とはもう少し親交を深めたいのだが……」

 何故か、その申し訳なさそうな言い方に含まれた微妙な雰囲気に、女性二人は小さく諦めたようなため息をつく。奥方は「では、飲み物と甘いものでも用意させますわね」と言うと、使用人に指示をするために出て行った。

「タケル、悪いけど父に付き合ってあげて。悪い癖なのよ」

 そういって、アルラはヒミコを連れて兄の部屋に行ってしまった。

 やばい、居心地が悪い。この関係で父親と夜まで二人とかなんのイジメだ。

 怯えるタケルをエンフェルムは別の部屋へと案内した。

 そこはかなり広く、様々なテーブルが並んでいた。

 きちんと整頓はされているのだが、テーブルの上に出しっぱなしのものがいくつもあって、雑然とした印象は拭えない。

 二人掛けのテーブルにチェスが途中の局面のままであったり、別のテーブルには将棋が途中で、四人掛けのテーブルにはトランプがすぐ出来るように設置されていたりしているし、縁が少し高くなっている緑の天板のテーブルは、麻雀卓ではないだろうか。

 ここはゲームルームだ。

 エンフェルムは棚から箱を出して、空いている二人掛けのテーブルに置く。

「私のゲームの相手をしてもらえないかね?」


 エンフェルムが取り出してきたゲームはバトルラインというカードだった。

 簡単に言えば三枚で役を作るポーカーを九回戦うゲームだ。

 五回の勝ちを確定させるか、連なった三回の勝ちを得た方が勝ちというゲームだ。

 使うカードは各1~10までの六色のカード合計60枚と10枚の戦術カードの計70枚。

 最初はルールを教えてもらうためにカードを開いてやってもらった。

 タケルがいくつか質問をして、間違いないと理解できたところで、ゲームスタートだった。

 甘い焼菓子とワインが運ばれてきて、サイドテーブルに置かれる。

「私はこういったゲームが好きでね。誰でも彼でもひきこむものだから、段々と相手をしてくれる者が少なくなってね、新しく知り合った人にはいつも相手してもらってるんだよ。チェスや将棋、カードならポーカー、ブリッジなんかは知ってるだろうが、これは稀少品レアだから知らないだろう。なんでも、ヤマトくんは遺跡を調査するのが専門だとか。このバトルラインも遺跡から発掘されたものの一つを作り直したものなんだよ。もし、遺跡で見つけたゲームらしきものがあったら、是非持ち帰ってくれたまえ」

 なるほど、電子機器は意味をなさないが、こういった非電源系のゲームなどであれば、この世界でも価値として通用するのか。遺跡を漁るより、セラエノで検索したほうがすぐに見つかりそうだな。


 エンフェルムは広く局面に対応できるように、九つの戦場にバランス良く戦力カードを分散させている。こちらの手札は、序盤にしては悪くない。結構なハイカードが揃っている。今のうちに相手のカードで比較的高めが見えている左翼に、こちらの低めのカード投槍兵ジャベリナー密集陣ファランクスを組んでおこう。

「見付けたら持ち帰りましょう。お嬢さんから、私の事をどう聞いていますか?」

「強力な大魔術師だと聞いている。優しく、強く、慈悲深いとね。この大森林を揺るがしかねない重要人物だと。手紙を見せてもらったよ。その上、情熱家なのだと思っていたが、その点は間違いのようだね。それとも情報が間違っていたのかな?」

 顔を笑いの形にしているが、目の奥は笑っていない。

 バレてる。手紙の件バレてるぞアルラ。

 やはり、ただの趣味や酔狂でゲームに誘われていたわけではなさそうだ。

 ここにいるのは、アルラの父親でありながら、フジ評議会をまとめる政治家でもあるのだ。彼が知り合いをゲームに誘うのは、自分の得意なフィールドで相手を観察し、能力と人物を推し量る為なのだろう。このゲームルームは彼の第二の執務室でもあるのだ。

「買い被りですね。私はただの異邦人で何の後ろ盾もない。多少は人と変わった事が出来るだけで、国を動かす大人物でもない。ですが、あなたの娘さんは、本当の意味で大物です。彼女は自分の高い能力に驕らず、自分の頭で考え、答を出し、行動することが出来る。アルラハーシアさんは、縛るよりも自由によって正しい結果を出すと思います」

「娘への評価は私を褒められるより嬉しいものだがね、アルラには経験が不足している。しっかりとした保護者がなければ、折角の才能を散らしてしまうかもしれない。親としては安全の上にも安全を重ねる必要がある。……しかし、この局面で戦車チャリオット密集陣ファランクスとは……温存していたか……」


 ゲームは中盤を越していた。最終局面まで勝負を続けて勝ちを狙いに行こうとするエンフェルムにたいして、タケルは序盤から急所を突く戦法で局所戦の突破を狙っていた。実はタケルの戦法のせいで、エンフェルムはいくつか手の中のカードが出せなくなっていた。もしそのカードを使ってしまうと、予備兵力なしということが確定して、戦力を投入した戦場以外の戦場で負けが確定してしまうのだ。

 偶然か、計算か。計算であれば高度な戦略だ。とても素人とは思えない。これだけ頭の回転が速ければ大魔術師というのも、あながち間違いではないのだろう。いつしかエンフェルムはゲームに没頭していた。局面を打開する手はある。だが、その手を相手が待っているのも事実。しかし、このまま行けば挽回できない局面まで押し切られるかもしれない。こんな中盤で切るカードではないが……彼は戦術カードを切った。

 戦術カード英雄ヒーローを投入し、中央でタケルが大隊バタリオンを組んでいた戦場を英雄を加えることで完成した楔陣ウェッジで勝利をもぎ取る。

 これで、一見戦況はこちらに優位に傾いたように見える。しかし、タケルの吐き出した息に安堵の感情が含まれていたことで、エンフェルムはこれがタケルの想定内だったことを悟る。


「ここまで……かな?」

「ええ、最後の不確定要素が消えましたから。右翼と左翼のどちらに戦力を投入されても、こちらが先に反対側を突破できます」

「ふむ、やはりあの手紙は君が書いたものではないね。ではあの結婚の申し出も無効と考えていいのかね?」

「いえ、お嬢さんを連れ出す意思は変わりなくあります」

 エンフェルムは目の前の冴えない風貌の男を見て、厄介だなと思う。

 あの手紙を読んだとき、彼は内心舌打ちをしたものだった。我が娘がこんなつまらない男に引っ掛かってしまったかという残念さからだ。妻にもその後で認めないであろうことを伝えた程だ。

 手紙には、相手を満足させる薄っぺらい美辞麗句はうまく並んでいたが、それだけだった。吟遊詩人ならばよい才能だろう。しかし、手紙の主の本気の感情は伺えなかった。

 あの手紙の主ならば、その場の感情や目先の損得を優先しただろう。このゲームでいいところなく終わって、手の平の上で転がされていたことにも気付けなかっただろう。

 だが、この目の前の男は違う。勝負の前の読み違いがあったとは言え、この勝負を先まで見据えて、そしておそらくは、盤外戦も含めて支配下においていた。

 確固たる意思と目的を持っており、その方法を考えるに足る能力と知識があり、実行するにあたって躊躇わない強さを備えている。

 そんな男が堂々と娘を攫っていくと言っているのだ。

 政争においても、この手の男が最も危険な相手なのだ。

 なぜなら、負けたのに嫌えないからだ。

 困ったな。このハイエルフどころかエルフですらない人間の男を気に入りはじめている。


「この勝負は完敗だ。負けたのは久しぶりだ。見事にしてやられたよ」

「いえ、見事なのはあなたの方です。ここまで勝負がたゆたうとは思っていませんでした」

「謙遜はやめたまえ、敗者を惨めにするだけだ」

「謙遜ではありません。おそらくもうあなたには勝てないでしょう」

「それは興味深い。君は理由なくそんなことを言う人間ではないだろう。是非その理由を知りたいものだ」

 タケルは一呼吸置いて、ワインで口を湿らすと、その理由を開陳した。

「今回私は純粋にゲームの技術だけではなく、ゲームの外で情報戦を仕掛けました。一つはあなたの戦術を事前に予想していた為に、対抗戦術を練れたことです」

「なぜ私の戦術を事前に予想できたのだね?」

 エンフェルムはこの男がアルラハーシアを奪いに来た男という事はどうでもよくなっていた。ゲーム好きの男として、その種明かしを知りたかったのだ。

「あなたが私にゲームの相手をさせると分かった時に、十中八九、人間観察が目的だろうと思いました。確信できたのは手紙の話に及んだ時でしたが。であれば、私の行動を見守るために、積極的な攻めや、性急なゲーム運びはしないと思ったのです。なので逆にその隙を突いていこうと早攻めさせてもらいました」

「確かにその通りだ。だが、それが分かったからと言って、ゲームに反映したのは君自身の能力だろう。その場の対応力が高かった証明ではないか…………あ、まさか」

 エンフェルムは気付いた。タケルが仕掛けたという罠に。いや、これは彼が仕掛けたのではないから彼を責めるには値しない。仕掛けたのはエンフェルム自身だ。そして、エンフェルム自身がその罠に気付くヒントも出していたのだ。タケルは状況を利用したに過ぎない。

「ええ、その通りです。思い込みを利用させてもらいました。私はバトルラインを知っているのです。プレイした事もあります。あなたの言われた通り、私は遺跡の専門家ですからね」

 実際には800年以上前に遊んだことがあるんだけどね、とタケルは心の中で付け加える。

 ルール説明は、自分の知っているルールと間違いがないか確認していただけ。

 初心者だろうという油断をついたのだ。


 エンフェルムは暫し呆然とした後、大声で笑いはじめた。

 こんなに声を出して笑ったのはいつぶりだろうか?

 自分の政争の道具としてゲームを使い始めて以来、ゲームを楽しんでいなかったのかもしれない。こんなにゲームに完膚なきまでに負けて、清々しいのは初めてだ。そうだな、ゲームとは楽しむためにやるものだった。

 久しぶりに、怪我が治ったら息子とチェスをするのもいいかもしれない。差し掛けでずっと放置されているチェス盤に目をやって感慨深く眺める。


 ワインをガブリと飲むと、自分とタケルのグラスに注ぐ。

「いやぁ! やはり娘の結婚を申し込まれて、頭が回っていなかったようだ。なんて事だ。このゲームの経験者との得難い対戦を、もったいない!」

 エンフェルムはグラスを掲げ、タケルも応じて乾杯をして飲む。

「ヤマト君。娘がワガママを言って付き合わせてるんだろうが、アルラは悪い子じゃない。そして、少なくとも男を見る目はあったようだ。だが、君は私の用意していた台詞を無駄にさせようとしている。それだけが残念だ。なぜ君は私のことを『あなた』と呼ぶのかね?」

 エンフェルムは茶目っ気を見せる。今回は目まで笑っている。

 タケルは驚くと同時に、はぁ、と小さくため息をつく。

 やっぱりお約束は必要だよな。

 タケルがエンフェルムに呼びかけると、館を震わせんばかりの大声でエンフェルムは答えた。


「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る