第15話 三者会談1(記録領域外)

 緑も生き物も一切いない荒涼とした風景の中、岩に腰掛ける三人の男女。それぞれ距離をとっていて、声は届くし、顔も見えるが、一足では手を掛けられないという微妙な距離。それぞれ、自分の腰掛けた近くの丁度よい高さの岩をティーテーブル代わりにして、飲み物を置いている。

 三人の間を、歳の頃は13、4くらいの少女がのんびりと給仕をしている。

 夜で周囲は暗いが、上空に淡い光源があるため、気にはならない。


「さて、三人が集まるのも久しぶりよの」

 高貴な雰囲気を漂わせた女性が声をかける。

「だな、しばらくはそれぞれの裁量で動いてて問題ない、平和な状態が続いたからな」

 粗野な口振りで男が答える。

「あれが平和というなら、二度と平和など来なくてよいわ」

「だが、それは俺が決める事じゃないからなぁ」

 女性は驚いたような顔をして、男を見る。

「これは驚いた。御主は積極的な介入を推すと思っておったが、これでは立場が逆ではないか?」

「別に驚くような事じゃねえ。今の状況じゃ俺らの出来ることは両極端過ぎて、何もできないのと変わりねえってだけだ」

「その意見に賛成」

 今まで口を開かなかった性別の分からない中性的な人物が一言だけ発した。

「わかった、わかった。わらわの負けじゃ。大人しくしようぞ」

 女性は透明のグラスに入ったピーチジュースで、喉を潤すと更に続けた。


「じゃが、あんな状況になっておるとは、思いもせなんだわ」

「そんなことはない。想定されたシナリオの中では、可能性は薄いけれども、ありうる状況。現段階の少ない情報でも、かなりの確度で経緯と現象の推測は可能」

「まあなー。俺らは元々、いろんな事知ってるから、ベースの情報量が違うもんなー」

 男は杯の酒を干すと置く。少女が杯に酒を並々と注ぐ。

「問題はそれを活用できぬということじゃな。軽々しくは言えぬ決まりじゃ」

「なー、それなんだけどさー、もういいんじゃねぇの? もう状況が変わりすぎてんだから、今更、決まりを頑なに守るなんて、意味ねぇんじゃねーの?」

いな、ルールはルールだ。それだけで守られる価値がある」

いな。わらわはこの状態を考えれば、杓子定規なだけではなく、融通のきく運用をすべきと考えておるが、まだそれを判断するには早かろう」

「はっ、この後、どんだけ待っても判断材料が飛躍的に集まるなんて可能性は、無視していいくらいに薄いと思うけどな。仕方ねぇ保留にしとこう」

 男はまたも杯をあおる。


「しっかし、日本だけでもこの状況だ。一体あの世界はどう変わってんのかねぇ?」

 男は杯を傾けながら、頭上より青い光を淡く投げかける地球を仰ぎ見た。

 つられて、残りの二人も地球を仰ぐ。

「他国の領土を観測するには防衛庁の次官以上か首相の許可がいる。だが、大まかな予想は出来る。まず、ユーラシア中央部での連鎖核爆発から考えれば……」

「ああ、その分析は俺も知ってるぜ。もう何百回も聞かされたからな。だが、実際に人が生き残ってた。日本にだ! そりゃあ多少は面白おかしいことになってるみてぇだが、西には……多分九州とかくらいか……黄色人種の国もある。いいニュースじゃねぇか。百聞は一見に如かずとはよく言ったもんだ。このままパイオニアやボイジャー大先輩の衣鉢を継ぐ事になるかと諦めかけてた俺にとっちゃ、最高のニュースだ。予想はしていても、やっぱり箱を開けたときに見るのは、猫の死体よりは、生きてる猫の方がいいだろ」

「ならば、箱を開けてくれたあの男には感謝せねばならぬわな」

「ヤマトタケルか。いい名前つけたじゃねぇか」

「あれはよい日の本男の子ひのもとおのこよの」

「あの患者0が生き残っていた事は、かなり大きな意味を持つ」

「なぁ、考えたんだが、この日本の土地にいる女とタケルが子供を作れば、それは日本国籍を持つ事になるんじゃないか?」

「片親が確実に日本国籍を有していて、日本国内で産まれて生活しているなら、法的には十分に日本人と言える。しかし、人間はそこまで多産ではない。国を作るまでの数にはならない」

「幸いな事に奴は男だ。十ヶ月も待たなくたって子供は作れるぜ。男女二人っきりにして、数日置いとけば番うだろ。コッチでその環境を整えてやればいい」

。確かに。重婚が違法なだけで、子作りは違法ではない。なるほど、それならネズミ算で増やせるから数世代で現実的なラインに乗せれなくもない。我々の日本国民に奉仕するという原則にも合致する。賛成だ」

「わらわも賛成したいのじゃがの……」

「何だよ歯切れ悪ぃな。確かに今すぐじゃねぇが、俺らが本来の存在意義を果たせるようになるかもしれねぇ案だぜ」

「あの娘……ヒミコが不憫での……」


 三人は黙り込む。

 少女だけが給仕のためにちょこまかと動き回る。


「どうなってんだ、原因はあの看護ロボットなんだろ」

「あの看護ロボットは実験機だ。問題の洗い出しがされていないから、使う案には反対した」

「仕方ねぇだろ、あの時使える物は他になかったんだからよ」

「ロボットのソフト面は起動してみないと分からなかった。危険性がわかった以上、廃棄すべき。あのロボットは行動ロジックに穴がありすぎる上に、書き換えできる仕様になっていない。制御できないのは変数要素が大きすぎる」

いな。いまだにリスクをメリットが上回っている。あれ以上の対人用介入手段ヒューマンインターフェイスは現状、入手困難だ」

いな。結果的にはあの男の子おのこの為に役に立っておるし、なにより、あの男の子おのこは許さぬじゃろうて。そういう性根よ」

「それでこそ日本男児よ。天晴れじゃねぇか。清濁併せのむ懐の深さがねえとな」

「ヒミコがああなったのはロボットを使った結果。ヒミコは状況対応力を高める為に学習型になっている。ロボットと同期する度に、ロボットの記憶と共に思考が学習されてしまい、本来のヒミコの行動論理を変化させてしまっている」

「わらわがウイルスと判断したデータは防壁で弾いておるし、蓄積したモノも間引いて圧縮した上で別の領域に保管しておるゆえ、本来の行動論理を阻害せぬ比率には保っておる。じゃが、こたびはタスクが重なり過ぎた上に、ストレスが重過ぎたのじゃ」

「あいつも惚れさせるなら、ガキが産めるオンナにしてくれりゃいいのにな」

「それだけではない。あのロボットは断線回数と時間が多過ぎる。明らかに意図的なもの。その間の行動は我々に知られないように消去されている。何かを計画し、実行している」

「だけどよぉ、お前自身があのロボットの全プログラムとメモリを走査・分析して、問題を見つけられなかったんだろ。トロイの木馬もなかったって言ってたじゃねぇか」

「不可解。有り得ない解が出ている」

「男にも、計算にも分からぬのが道理よ。そのような枠には収まらぬモノ故に」

「なんだよそりゃあ」



「恋よ」



「ヒミコを見れば分かるじゃろうに。計算、常識、論理、そんなものの枠なんぞ軽々と越えてしまわせるモノよ」

 それを聞いた両者の反応は非常に対照的だった。片や破顔し大爆笑。片や眉をしかめ茶碗の抹茶をグビリと飲む。

「ははははははははは、そりゃあいい! 確かにそうだ、ならアイツは名前負けしてねぇな。英雄色を好むって謂うからな。こりゃあ案外早く日本人が増えるかもな!」

「笑い事ではない。それでヒミコがああなっていてはどうにもならない。ヒミコがいない今、我々は話し合い、答を出すことしか出来ない」

「あの子はわらわたちの娘のようなもの。幸せを願っておるが、どの道わらわたちには何もできぬ」


 三人は月面に立つ岩屋と、それを塞ぐ大岩戸を見る。


「日本初のヒキコモリの話を再現か。今回は天手力男神アメノタヂカラオ天宇受賣命アメノウズメもいないからお手上げだな」

「あの時と違って、原因の男はちゃんと責任を取りに来るじゃろうから大丈夫じゃろ」

 そう言って皮肉気な目線を男に送り、桃のジュースを飲み干す。給仕しようと寄ってきた少女の頭を撫で、言葉を続ける。

「このイヨがいてくれるから、われらはまだ辛うじて答を出せるし、衛星も運用出来ておるが、それも時間の問題よ。バックアップのイヨでは全てを管理するには能力不足じゃ」

「計算ではあと18時間前後で最初の衛星が脱落」

「運が悪けりゃ、地球に質量攻撃をしてしまうってわけか。ヒミコの予言が当たりそうだな」


「保留しておったさっきの決議じゃがの、わらわが反対しても多数決でもう決まっておるわけじゃが、あれではタケルが種馬のように子作り出来るように、ヒミコが手伝うということじゃろう。それでは余りにヒミコが不憫でならぬ。よって、わらわは代替案の議決をしたいのじゃが」

「いいぜ、俺だってヒミコが嫌いであんな案を出したわけじゃねぇからな。それに俺の議決権の優先順位は一番下だ。最上位の意見を聞こうじゃないか」

「聞こう」


「なに、簡単な話よ。タケルが日本国を再興すればよい」


。そちらの方が早く、現実味もある」

。たしかにそっちの方が手っ取り早いし、楽しそうだぜ。俺の出番も多そうだしな!」

「全員賛成の可決じゃな。ではそのためのプランを練るとしようかの」

「おいおい、それよりもヒミコだろ。このまんまじゃ……」

「もうすぐタケルが来るじゃろう。あやつに任せておけばよい。下手に手を出せば、馬に蹴られてしまうぞ」


 そう言うと三人は電脳空間から消え去った。


 あとには茶会の後片付けをする少女だけが月面に残っているのだった。

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