第14話 富士樹海7
タケルが振り返ると、ヒミコが切り払った搬入扉が開き、中から異形の巨体が姿を現していた。
金属のフレームやシリンダー、電装系のコードやバッテリー、その他メカメカしいギミックが剥き出しの、金属の光沢を放つ六本足の巨躯がゆっくりと動いていた。初めて見るが、タケルは似たようなものを見たことがあった。
「えっと、ゾイ……ド?」
タケルは自分の声の違和感に、ヘルメットが自動で防音モードになっていた事を思い出し、元に戻す。重々しく歩く音と、モーターやシリンダーの細かい駆動音が重なる。その六本足さえ気にしなければ、シルエット的には首の短い馬に見えなくもない。
「6、5、4、3、2、1、リブート」
身体の下から聞こえた声に、タケルは身体を退かす。
「良かったわ。間に合ったのね」
ヒミコが寝転がったままの姿勢で声を出す。ヒミコの身体は微妙な動きを繰り返し、その小さな動きに見合わない大きなモーター音が聞こえる。身体に問題がないか、負担をかけないように、チェック動作をしているのだ。
ヒミコは目だけ動かしてタケルを捉えると、説明をする。
「小隊支援用不整地踏破型運搬機、通称スレイプニル。最大1tの
「コイツは武装してるの?」
今はそのスレイプニルがタケルとヒミコの前にガードするようにその巨躯を低い姿勢で晒しているので、なおさら近くで観察できる。剥き出しの状態だと
「今は固定武装の電磁投射砲だけよ。首の下に砲口が見えるでしょう」
言われてみれば、確かに前方にチョコンと突き出した消火用ホースの筒先みたいなのが見える。しかし、思ってたような大きな砲身ではない。短くて、体内に続くチューブみたいなのがくっついてる。
「これが? あれをやったのか?」
タケルが指差すのは下半身だけになったゴブリンジャイアントだ。
「ええ、電磁投射砲は大量の電力を使えば威力が上がるわ。通常時にはここまで威力のある兵器じゃないけど、外に出て、今は『あまてらす』から直接供給を受けてるから威力を上げて撃ったのね。一撃で倒せるように確実を期したんでしょ。……それとも……怒ってるか」
最後の一言はタケルには聞こえないように小さく発された。
ヒミコは起き上がる。チェックが終わり、機体には異常がない事が確認されたからだ。急ぎやるべき事がある。
麻痺したゴブリンに近付くと、ズブリと、心臓を的確に刺した。
残り1体。最後のゴブリンを同様に刺し殺そうとして、タケルに止められる。
「待った! 何やってるんだ!」
「スタングレネードの効果は早ければ後数分で切れるわ。その前に殺さないと。まさか、ここまでやっておいて、友達になるつもりじゃないわよね? 今時の週刊少年漫画でもそんな展開ありえないわよ」
今時っていつだよ。まだ出版されてるのか? そもそもお前、二週間前に起動したばかりだろ。
「もう危険はないだろ。殺さなくても」
「私の使命は人間、その中でもタケルの命を存続させることよ。その為に役に立たない、ありとあらゆる動植物や人間でないものの命に、価値は見出だせないの。ましてや、危害を加える可能性があるものに対して、命を奪わない理由が見当たらないわ」
患者の包帯を替えるのは当然、みたいな口振りなのが逆に恐い。
「情報だ。日本語が通じるなら、情報を得られるかもしれない。価値があるのだから拘束しておくんだ」
「なるほど。それなら、私にも分かりやすい価値ね。わかったわ」
ヒミコは鉈を振り下ろした。
ゴブリンの悲鳴が木霊する。
「出血では死なない位置で脚の腱を切っておいたわ。聞きたいことは早めに聞いておいてね」
ニッコリ笑う血塗れナース。大丈夫かな?さっきの電撃で壊れたりしてないよな。
「もしかして、……もしかしてだけど、怒ってる?」
おそるおそる聞いてみる。
「怒ってなんかないわよ。わたしの、患者に、傷、付けたり、殺そうと、したり、した、害獣は、駆除、するのが、当然、でしょ?」
「う、うん、それならいいんだ。ヒミコは患者思いのいい看護師だからな」
でも、言葉の区切り毎にゴブリンを蹴るのはやめてほしい。ロボットでも怒るんだな。勉強になった。そして、気をつけよう。
「それより、後ろの二人を見てやってくれ。スタングレネードだから大丈夫とは思うけど、吐いて窒息とかしてたらかなわん」
「まだ5分も経ってないから、それならそれで蘇生させてみせるわよ」
そう言いつつも丁寧にチェックすると、途中で倒れてた茶色マントをエルフの横に運んで、気道確保の姿勢で横たえている。エルフも戦闘が気になってたのだろう、木の陰からこちらを伺っていてスタングレネードにやられたんだろう。知らなきゃ言われても対処できないもんなアレ。
ん? そういえば、まさか。
樹上を見上げて弓手を探す。辛うじて、枝にかけてる二本の脚が見える。
「おーい、木の上の人ー!大丈夫かー?」
その人影はなんとか手を振ろうとしたのだろう。持っていた長弓を落とし、そのあと、自分自身も落としてしまった。
「うわっ」
なんとか受け止めようとしたが、さすがに無理だった。
そのまま下敷きになる形で倒れ込む。
防弾ベストの下のエアクッションに、こんなところでお世話になるとは。
抱き留めたその身体は身長の割に意外に華奢で、柔らかくて、気持ちいい感触で、サラサラの流れるような長髪ブロンドからのぞく長いエルフの耳。
こ、これは、良くあるエルフ美女とのラッキーシチュエーションでは?
ゴクリ、と言い訳の台詞を考えつつ顔を覗き込むと……おそらく美女であろうエルフ女性は目を回して、ヨダレをダラダラと流した、とても人に見せられない顔をしていた。
呂律の回らない口で「ら、らいひょうぶれふひゃら……」と言っていた。
どうみても大丈夫じゃない。
「ヒ、ヒミコー!」
呼んで振り返ると、ニヤニヤしながら歩いてきてるヒミコが
「親方ー! 空から女の子がー!」
と、おどけて言ってた。
ねぇ、ホントどっからその知識もってきてんの? お前も暇な時にセラエノに来てるの?
「ふざけてる場合か!早く」
「大丈夫よ、その子ヨダレをタケルに垂らしてるだけでしょ。なら気道は確保できてるし。ショックで運動神経が麻痺してるのよ。さっき向こうの人も見て気付いたけど、この人達、耳がいいんじゃないかしら。耳がいいってことは
「じゃあこの娘も向こうに並べてやってくれ」
「いいの? 今なら私の視点にリンクすれば、その娘のパンツまる見えだけど動かしちゃっていいのね」
「……………………あ、当たり前だろ」
「そう?じゃあ」
そう言うとヒミコはタケルの上からエルフ娘を持ち上げた。
ふぅ、やれやれ、と、タケルは立ち上がり、ヘルメットを外した。
幸いな事に、そのエルフ娘はそれから2~3分もすると回復した。
タケルがスレイプニルの構造を興味深くチェックしていると、ヒミコに連れられて、まだ覚束ない足取りでやって来た。
流石に顔は拭ったのか、ヨダレの跡はない。予想通りの美女だ。肌は透き通るような白さで、シャープに整った目鼻立ち、綺麗な金髪を尖った耳にかけて、細い首筋が見えている。動き易そうな茶色の革鎧の下は、柔らかな緑色のミニワンピースの様な服を着ている。彼女の服も履いている茶色の革のロングブーツも、所々に刺繍が入っていて、決して簡素なだけではない物だと分かる。華奢で長く白い手足は、本当にさっきの凄腕の弓兵なのかと疑いたくなる。
身体のラインは成熟した女性というより、まだ中性的な少女のようなものだが、それとアンバランスに見えて危うげな絶妙のバランスで、彼女には成熟した美貌と、思慮深げな瞳が備わっていた。
『タケル、見蕩れすぎ、鼻の下伸びてる』
ヒミコがジト目で見ている。わざわざ、リンク回線を通して言ってくるあたり、気を使ってくれてるのかもしれない。
「チェックしたけど、彼女はもう大丈夫よ。あっちの人はまだ無理ね。怪我した人は痛みもあるから麻酔しておいたわ」
そういって、人差し指を見せる。実はあの指がまだちょっと恐い。
「じゃあ、私はアッチのゴブリンを見張っとくわね。そろそろ正気に戻ってるだろうから」
「あの、ありがとう。助けてくれて」
ヒミコが離れると、まだ辛いのだろう、木の幹に手をあてて身体を支えると、お辞儀をしてきた。
「いいよ、頭を上げてくれ。そんな事するとまだ辛いだろう。助けてくれたのはお互い様だろ。こっちこそ感謝してる。ありがとう」
「でも、余計なお世話だったみたい。判断を過ったわ。彼女があんなに強いなんて思わなかったから。そのせいで兄の命も危険に晒したわ。だから、兄を救ってくれたお礼でもあるの」
「お兄さんだったのか。救えて良かった」
「私はアルラハーシア。アルラでいいわ」
「タケル。ヤマトタケルだ。タケルと呼んでくれ。それと、アッチがヒミコだ」
「ねぇ、タケルとヒミコはどうしてこんなところにいたの?」
さて、どうしよう。正直に言うべきか?
「こんなところ? とは?」
取り合えず時間稼ぎに質問で返す。
「ここ大森林グレートフォレストは私達ハイエルフの国よ。特にこの静かの森サイレントウッドには人間の居留地はどこにもないわ。もしかして、ミクリの町の生き残りなの?」
ふむ、折角向こうから振ってくれたが、下手に話に乗って辻褄が合わなくなっても困るしな。ここは向こうが理解しやすい程度に正直に話すとするか。この娘は情報の宝庫だ。さっきの言葉だけでもかなり色々と教えてくれている。それにいい娘みたいだしな。美人だし。
タケルの沈黙を勘違いしたのか、アルラはおずおずと話し始める。
「あ、話しにくい事だったら、別に無理には……」
「ああ、違うんだ。どう言えば分かりやすいか考えてたんだ。私とヒミコは『ちょっと』遠いところ出身でね。この辺の地理とか事情に詳しくないんだ。この森に来る時に身体を壊してしまってね。治るまで、この先にある場所に『ちょっと』逗留してたんだけど、動けるようになったんでここに来たんだ。ここは昔の資料に記述があったんで、調査に来たんだ」
その、ちょっと、が800年くらいって言ったら信じてくれるだろうか。
「なるほどね。そういえば、タケルみたいな肌の色の人達の国が西の方にあるらしいし、確かに遠いわね」
「アルラはどうしてここに?」
「二十日くらい前かな? この静かの森の東にあるミクリという人間の町が陥落したの。それで逃げ出した人達が、たまにこの森に迷い込んでしまうのね。普通の人は迷い込んだらまず助からないから、街道まで送ってあげるようにしてたの。そういう人達を追って、モンスターが森に入って来ることもあるしね。だから、自主的に森の監視をしてたら、なんだか凄い勢いで森を薙ぎ払っていく二人組がいるじゃない。何者か分からないから、監視してたらあのざまよ。
しっかし、オークが来てるのは分かってたんだけど、まさかこんなに近付くまでゴブリンに気付かないとは、森でエルフが不意を打たれるとか恥ずかしいわ。タケルは気付いてたのにね」
別にタケルが気付いてたわけじゃないけれど、訂正する必要はないだろう。
「エルフは耳がいいから、森の中でも知覚できるってこと?」
「うふっ。エルフが珍しい? たしかに耳はいいけれど、それだけじゃないわ。私達エルフ族は、暗視能力もあるし、熱も見分けられるわ。それに森であれば精霊の囁きも聞けるから、あんな近くまでゴブリンに気付かないなんて有り得ないの。でも、呪術師がいたのね。きっと
アルラは考え込みながら、耳をピクピク動かした。ちょっと触ってみたい。
「本当に、タケルが居てくれて良かったわ。ここで食い止めていなければ、あの
そして、タケルの手を取ると、目を見ながらこう言った。
「ねぇ、私達の町に来ない? お礼もしたいし、もっと話を聞きたいわ」
彼女の瞳には感謝と、純粋な好奇心が見て取れた。あと、近すぎる。女性に手を握られるだけでもドギマギしてしまうのに、このエルフ美女はどんどん近づいて来てる。自分の鼓動が高まるのがわかる。
「ギャアァァ!」
ゴキリという何かを踏み砕いたような音と、この雰囲気に似つかわしくない悲鳴が上がる。
「ごめんなさい。ゴブリンが逃げようとしたから、ちょっと」
ヒミコが全く申し訳なさの欠片もない声で謝罪する。あと、ちょっと、の後が気になる。
あのゴブリンが本当に逃げようとしたなら、その不屈の敢闘精神を褒めたたえてあげたい。
絶対にそんなことはないだろうけど。
何かがヒミコ気分を害したとしか思えない。
だが、そのお陰で平静に戻れた。
「いや、悪いが今はここでやることがある。また何日か後でよければ、訪ねさせて貰うよ」
「そんなに待てないわよ。待ってる間にいなくなっちゃうかも知れないじゃない」
「私は約束を破ったりしないよ」
「それは心配してないわ。私が待つのが嫌なだけ。とにかく、兄を町に連れて帰るから、明日またここに来るわ」
「いや、それは流石に危ないんじゃ」
「何日かここに居るんでしょ。あなたが居るなら安心じゃない。その時は是非、その中に招待してよね」
搬入扉の奥を見ながら目を輝かせていた。
ああ、こっちにも興味津々なわけね。
「タケルは危険と分かっていて、私をここに置き去りにしたりはしないでしょ」
そう言ってニコリと笑う。本当に邪気のない笑みだ。
タケルは降参といった素振りで両手を上げる。
「オーケー。じゃあその代わり、アルラの家にお呼ばれした時には盛大にもてなしてもらおうかな」
冗談めかして笑いながら言う。
アルラは「もちろんよ」と請け合う。
さてと、そろそろ尋問といくか。アルラにも参加してもらった方がいいだろう。
アルラに参加してもらったお陰で、尋問はスムーズに進んだ。
ゴブリンは拷問でも受けているかのように素直に喋ったので、時間もかからなかった。
彼らが占領したミクリの町から来た事、エルフの支配する大森林の偵察、あわよくば、山賊行為を目的としていた事、立案は彼らのリーダーであった呪術師のスタンドプレーで抜け駆けだった事。オーク達の事は知らない事、などをスラスラと話した。
後をヒミコに任せると「じゃあ死ね」とか言ってあっさり殺しそうなので「さっさと消えろ」と、片足引きずりながら逃げるのを見送った。さすがにここまで素直に喋ったのを殺してしまうと寝覚めが悪い。
因みに逃がす事にはアルラも賛成してくれた。アルラいわく「森を無事に抜けて帰れるかは五分五分だけど、ここでひどい目にあったことを吹聴してくれれば、馬鹿な事をする奴も減るだろうから」という事だった。
その時のヒミコは少し悔しそうだった。そんなに殺したかったのか。
アルラ達を見送って、搬入扉から入り格納庫らしき場所に行くと、スレイプニルは勝手に自分用の駐機スペースに入って待機モードになった。格納庫の中を見渡すと、色々な物が並んでいたが、確かに、どれもすぐには使えなさそうな状態だった。
分解整備の途中だったり、何なのか分からない物もあった。
その中ではスレイプニルがまだマトモな状態に見える。
「これは、大変そうだな。何か手伝う事はない?」
ヒミコを振り返ると、ヒミコは暗い顔をしていた。ロボットとは思えない表情の豊かさだ。そんなにゴブリンが殺したかったのだろうか? 殺すのはナースの仕事の本分ではないということを納得させないといけないのだろうか。というか、そっちの方をファクトリーロードしとけよ。
しかし、ヒミコの表情の原因はそれではなかった。
彼女は自分のしでかした悪戯の問題が大きくなって、それを先生に謝りに来た生徒みたいな声音で告げる。
「タケル、私、リンクして貰えないみたい」
「は? どういうこと?」
「戦闘に入ってから少しして『あまてらす』とのリンクが切れちゃったまんまなの。何度接続してもリンク拒否されてる……」
そういえば、本体のヒミコの声がしない。
「
タケルはロボットだけでなく人工知能も怒ることを学んだ。
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