第13話 富士樹海6

「アームカメラズーム、レーザーポインターオン、レーザーポインターモードスイッチとアイトラッキングセンサーをリンク。モードスイッチをオートに。アームスタンガンは音声入力に」

 矢継ぎ早に小声で設定を変更する。

 前方からは体長3mはあろうかという灰色の狼に乗ったゴブリンが突撃してきている。

 勝算があるとすればゴブリンがバカな事だ。

 もし全体で包囲されてから、タイミングを合わせて襲い掛かられていたら、ひとたまりもなかっただろう。

 だが、奴らはオークとの戦闘を聞き付けて、我先にと突撃してきた。

 本来なら混成ということで強くなるはずの集団が、全員突撃という愚かな戦術で、混成故の機動力差が弱点となった。森林の移動に強いライダーが突出し、巨体が樹木に邪魔されて制限されるジャイアントは後方に置き去りとなっている。つまり、やってはいけない戦力の逐次投入が起こっている。それぞれを手早く片付ければ、決して勝算のない戦いじゃない。

 だからこそ、この最初のゴブリンライダーは重要だ。

 ここで手間取れば、敵の戦力は膨れ上がり、勝率は幾何級数的に下がり始めるだろう。

 ディスプレイ上には自分を中心に、50mの距離にラインが引かれている。距離を詰められる前にどれだけ減らせるかだ。

 樹上から矢が放たれる。先頭の狼の上でヒャッハーしていたゴブリンが転げ落ちる。後続のライダーに撥ねられ踏まれ、ぼろ雑巾のようになっていく。

 しかし、狼の数は変わらないし、乗り手がいなくなった狼も突撃を止めはしない。やはり、狼を狙うしかない。


 狼が50mのラインを越えた。

 狼の眉間に赤い光が当たる。すると一瞬だけその場所から煙が上がる。虫眼鏡で黒い紙に陽光の焦点を合わせた時みたいだった。狼は不快気に頭を振っただけだった。

 大丈夫だ。まだ慌てる時間じゃない。

 落ち着け。距離が遠かっただけだ。もうちょっと引き付けてだ。

「ラインを20mに変更」

 音声で指示しつつ、次の手段を左手に用意する。

 狼達はすぐに新しいラインまで到達する。

 もう一度右手を向けレーザーポインタの赤い光を眉間に当てる。

 瞬間、「ギャウ!」という鳴き声と共に狼はその巨体を倒した。乗っていたゴブリンは何が起きたかも分からないまま、慣性そのままに木に激突して動かなくなった。


 タケルの右アームガードに装備されているレーザーポインタは照準のためのものだが、出力を変えることで対人用レーザー兵器にもなる。今は、同じく腕に搭載されたカメラに映った対象に、タケルが視線を合わせることで、出力が切り替わるようにさっき設定したため、レーザーが一瞬だけ出力を切り替え、狼の脳を貫いたのだ。だが、レーザーは元々は可視光線ではない。だから、何もしていないのに腕を向けただけで狼が倒れたように見えただろう。


 安心している暇はない。狼の移動速度でいえば、20mは目の前だ。すぐに左手に持っていたグレネードを投げる。

 グレネードは突っ込んで来ていた狼達の鼻先で、直径1m程の火球となる。

 化学反応で高温を発するファイアグレネードだ。

 予定よりギリギリになってしまったせいで、先頭のゴブリンが乗っていない狼の直前に落ちてしまった。結果、その狼の頭を巻き込んで火球が発生する。狼は身体の前半分を二千度の炎で焼かれ、のたうつこともなく死ぬ。肉の炭化した臭いが周囲に漂う。

 残りの三匹は火球の前で勢いを殺し、パッと火球から距離をとって飛び退く。

 動物は本能的に火を畏れる。初撃の衝突力さえ止めてしまえば、騎兵最大の武器を封じられる。そう思ってのファイアグレネードだったのだが、幸運にも一匹片付けてくれた。しかも、仲間の焼ける臭いが、彼等の嗅覚に危険を訴えかけているようだ。ゴブリンが狼を御するのに苦労しているのが見える。

 この機を逃さず、矢がゴブリンの一体をまたもや屠る。制御のなくなった狼は、森のあらぬ方向へと駆け出していった。タケルも今のうちにと、レーザーでゴブリンを狙い撃つ。程なくゴブリンを失った狼は全て逃げ去っていた。


 よし、幸先がいい。最も突破力のあるであろうゴブリンライダーを到達前に撃退できた。

 チラホラと姿が見えはじめたゴブリン達も、遠距離戦で無難に迎撃できればワンサイドゲームで終われるかもしれない。

 だが、そう簡単には行かないようだった。

 ゴブリン達は駆けて来ずに、ジャイアントと足並みを揃えて来ているようだ。おかげでファイアグレネードの火球は消えてしまっていた。少しは頭の回るリーダーがいるのだろう。

 しかし、悪いことばかりではない。時間が稼げたおかげで、ヒミコの簡易手術が完了したのだ。ヒミコは布を患者の左首の縫合跡に当て上から包帯を巻いていた。


 ゴブリン達と反対の方向に向けて、木が盾になるように太い木の幹にもたれさせる。

「いい、縫って包帯を巻いているけれど、動けば糸が切れて出血するわ。一回縫った所は二度は縫えないから、出血したら次は死ぬだけよ。でも、動かなければ出血はしないと保証するわ。七日もすれば動いて問題ないようになるから安心して。傷口に何かが当たったりしないように、上から手でガードしていてね」

「すまない。迷惑をかけてしまって」

 エルフは悔しそうにこぼす。痛みもあるのだろうが、顔をしかめているのは、それだけが理由ではないだろう。

「気にしないで。怪我をした以上あなたは怪我人よ。怪我を治す以上に優先されることなんてないわ。心配しないで治す事だけ考えていて。私の前で死なせたりは決してしないわ」

 そして最後に、模範的な看護師のスマイル。

 エルフは顔を先ほどよりは少し緩んだ表情にして、右手で首筋をガードした。


 ヒミコとのリンク回線で聞こえてきた会話を耳にして、タケルは疑問に思った。

 なぜだろう。曲がりなりにも病院で手厚い看護を受けた自分は、どう贔屓目に見てもホラー映画だったのに、こんな森の中で戦闘の最中の会話の方が、医療行為っぽいというのは。

 地面に突き立てた武器を両手に持ち直し、頼れる味方バトルナースがタケルの傍に寄り添った。今の医療行為でナースを名乗る大義名分を確保したとでも言いたげな雰囲気だ。タケル的には、あんなもんで返せるほど今までの負債は少なくないと思っているのだが。

「タケル、作戦は?」

「もうない。後は力押しだけだ」

「じゃあ大丈夫ね」

「どうして?」

「だって、タケルは死なないわ。あなたは私がまも……」

「おーっと、そのセリフはそこまでだ。ったく、結構シリアスにやってたんだけどなあ。彼は大丈夫か?」

「ええ、首筋の静脈だったから、あのままなら死んでたわ。でも血管縫合を素早くやってしまったから、一週間安静にしてれば大丈夫よ。ただ、血管は太さ的に二度目の縫合は無理だから、今運動させたら死ぬわ。でも、護衛もついたみたいだし、大丈夫なんじゃないかしら」

 茶色マントが、木にもたれるエルフの側に立っていた。

 ゴブリンは適度に散らばり、ジワジワと近付いてきていた。

「私が前衛よ。それは譲れないわ」

「身のほどは弁えてるよ。でも、突出し過ぎるのはなしだ。囮になるとかもナシだ」

「あら? 私がモテると嫉妬しちゃうのかしら? 束縛する男は嫌われるわよ」

「ヒミコの魅力に気付いたのさ。馬鹿じゃないから失う前に大切さが分かるんだよ」

「じゃあ、私の方が賢いのね。会ったときからタケルの大事さが分かってるんだから」

「そうかい。じゃあ、お互い守り合うことに異論はないよね」

「仕方ないわ」「行くか」

戦端は切って落とされた。


 この場所は森の中にしては、拓けた場所だったが、それでも小柄で身を隠しながら接近して来るゴブリンには、ある程度の接近を許してしまうのは仕方なかった。

 自然と、遠隔攻撃は的の大きく隠れられないジャイアントへと向かう。矢は先程からゴブリンジャイアントに何本か刺さってはいるのだが、効果のほどは分からない。

 ヒミコは同時に襲い掛かってきたゴブリン三体を踊るような無駄のない動きで瞬殺していた。タケルも二体のゴブリンをレーザーで倒している。

 ジャイアントがついにヒミコに襲い掛かろうと、根棒を振り上げて近付いた。

 唸りを上げて振り下ろされた根棒は、地面をえぐり、木を揺らす。二度、三度と振るわれたが、その度にヒミコは軽く躱し、無理せず相手の攻撃の度に両脚を二回切り付けて計六ヶ所切り裂いた。耐え切れなくなったジャイアントが膝をついた瞬間、ヒミコは相手の立膝に足をかけて伸び上がると、両手の刃で、両側の頸動脈を切り裂いた。

 有能なナースを連れていなかったゴブリンジャイアントは、処置を受けることも出来ずに血を噴出させながら死体となった。


 油断もあったろう。ヒミコの戦いが余りに圧倒的だったから。

 残っていたのはゴブリンジャイアント一体とゴブリン数体。

 倒れたジャイアントの向こうで、杖を振り上げたみすぼらしいゴブリンなど気にもしていなかったのだ。

 そしてタケルとヒミコは、この世界に魔法というものがあることを知らなかった。

 この時まで。


 ゴブリンの杖の前に複雑な文様パターンのある円が浮かぶと、そこから握り拳程度の大きさの二つの光弾がヒミコ目掛けて飛来した。

 ヒミコはというと、何の防御も出来ず、誘導弾のような軌道で飛んできたそれを、まともに胴体に受けた。その衝撃を受けて二、三歩後ずさると、そのまま尻餅をつき、ガクガクと痙攣のような動きを見せた。マズイ、これは……

 タケルはぶら下げたグレネードを素早く投げる。


「そういうこと! 呪術師か!」

 樹上から怒声と共に弦が二度鳴る。

 しかし、呪術師の方が早く、先程と同じ様な光弾が生み出される。

 トドメとばかりに飛んで来る光弾は銀色のカーテンに阻害され、あらぬ方向へと飛び去った。

 タケルの投げたチャフグレネードが炸裂し、微細な金属箔を撒き散らしたのだ。

 誘導兵器を妨害するチャフが魔法に効くとは……。

 そして、チャフの阻害を受けない二本の矢は、呪術師の頭と胴体を見事に捉えた。


 だが、依然危機は去ったわけではない。倒れたヒミコにゴブリンとジャイアントが殺到する。タケルは狙いを定めるとヒミコに向かってワイヤーアンカーを発射した。アンカーは倒れて痙攣するヒミコの肩口に当たるとガッチリとホールドする。タケルは渾身の力で踏ん張ると、ワイヤーを巻き上げる。ヒミコの身体は地面を引きずられながら、高速でタケルの下に辿り着く。

 ヒミコは申し訳なさそうな目でタケルを見上げて、

「タ、ケ、ル、ご、め、ん、な、さ、リ、セ、ッ、ト…………」

 苦しそうに辛うじて発声した。

 やはり、さっきの光弾は電撃だったのだ。ヒミコは帯電して過負荷状態だ。せめてものさいわいだったのは、地面に足が着いていた事だ。地面に電気を逃がせたから、まだこれで済んだのだろう。

 タケルはヒミコを抱きしめる。

 タケルの着ている服は電気を蓄電する機能がある。帯電しているヒミコから余剰電気を吸い取れるはずだ。


 獲物を横取りされたジャイアントとゴブリンは怒号を上げて押し寄せて来る。

 矢がゴブリンの一体を倒し、タケルもレーザーで一体を倒すが、多勢に無勢だ。

 茶色マントも状況の急変を察知してコチラに向かってきているようだが、間に合いそうもない。後はゴブリン三体とジャイアント一体か。ヒミコがリブートまでのカウントダウンをしているがまだまだだ。意を決し、用意していたグレネードを出す。聞くとは思えないが一応警告はしておくか。

「目と耳を塞げぇえ!」

 ゴブリン達が飛び掛かってくる直前のタイミングで、タケルはグレネードを目の前で破裂させた。


 周囲を閃光と爆音が埋め尽くした。


 スタングレネードは強烈な光と音を発生させ、敵を無力化する兵器だ。まともに喰らえば最低でも暫くの間は失明と難聴、場合によっては思考能力すら奪い、体調不良も起こさせる。

 タケルのヘルメットにはこれを無効化する機能が付いているが、それでもこれだけ至近距離で受ければ無事ではすまない。目が少し眩んでいる。

 案の定、ゴブリンは三体ともその場でフラフラになり、へたりこんでいた。初めての事に混乱して呆けている。

 ジャイアントはと見れば、頭が高い位置にあるせいか、効きが弱かったようだ。

 目も耳も一時的に潰れているようだが、闇雲に暴れている。

 スタングレネードのせいで無音の世界は、サイレント映画でも見ているような非現実的感がある。あ、呆けていたゴブリンがジャイアントの一撃で潰された。

 ヒミコのリブートまではまだ少しかかる。

 運の悪い事に、次の出鱈目な根棒の軌道がヒミコに当たっている。

 ヒミコは重くて、とてもじゃないが、タケルにはすぐ動かせない。

 仕方ないな。タケルは少しでも盾になろうと、ヒミコの上に覆いかぶさる。

 根棒が相手では、金属ではないので、左手の自動防御が働かないのが残念だ。

 最期に美女の顔を見ながらというのが唯一のいい点だな、そう思いできるだけ長く見ていようと思う。






 だが、しかし、長すぎないか?



 そう思って振り返ると、ジャイアントの上半身が無惨に消失していた。

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