第12話 富士樹海5

 ヒミコに説明を受けつつ、新しい個人装備の装着を終えると、あっという間に一時間が過ぎていた。コントロールルームに戻ると、再び司令官席に着く。

 椅子がギシリと軋む。

 さすがに室内なのでヘルメットは外しているが、その他の装備は外すのも面倒なのでそのままだ。重量が増しているのだろう。

「ダイエットがいるかな?」

 冗談めかして言うと、律儀に答えがあった。

「タケルにはダイエットは必要ありません。適性体重ですよ。装備品が増えましたから、ヘルメットを外しても、15kg以上は増加してるでしょう」

「うへぇ、やっぱり筋トレしなきゃいけないか」

 軽口が叩けたのはそこまでだった。


「状況に変化があったので報告します」

 ヒミコの冷静な声がスピーカーから響く。

「東方より接近中の磁気異常帯ですが、更に後方から来た高機動力の熱源体5が磁気異常体の中に入りました。合流までの平均速度は37km/hです。北東方向からも熱源体10が接近中です」

「ドローンを接近中の集団に1機、磁気異常帯に1機、対象アルファに1機向かわせてくれ。それと数が足りるならあと2~3機、周辺監視も含めて予備機として木の枝か何かに停めて、固定の監視カメラ代わりにしたい。足りるかな?」

「ええ、大丈夫です。オペレーションを開始します」

 ほの暗い室内にモニターだけが煌々と光を投げかける。画像は八つ。端の二つは最も大きい広域の画像だ。上空からの画像と、サーモグラフィの画像。残りの6つはそれぞれドローンの中継映像だろう。地上2~3mの高さから斜め下を俯瞰したアングルだ。衛星からでは見ることのできない樹木の下を飛んでいる。広域画像の上にドローンの位置が数字と共に表示される。

 すぐに3つの画像は高い位置で移動を止める。微妙に動き、位置を微調整すると完全に停止した。非常口から20mくらいの距離で一つは非常口を含めた周辺を、残り二つは120度間隔でその死角をカバーするように。

「ドローンNo.1~3非常口周辺の樹木の枝にて位置を固定。定点監視に入ります」

 視界は樹木に遮られて、良いとは言い難いが、それでも視覚情報があるのとないのでは大違いだった。まだ日が高いからいいが、夕方になれば視界利かなくなる。どうなるにせよ、ここで時間を食ってしまった以上、今日は帰るのを諦めてここに泊まった方が賢明だろう。


「ドローンNo.4対象アルファ、ブラボー、チャーリーに接触します」

 最初は何も見えなかったが、サーモグラフィを参考に探してみると、何とか人影のようなものが確認できた。

 一人は木の幹に身を寄せている。迷彩ではないが緑のマントを身につけて、森の風景に溶け込んでいる。もう一人は少し離れた茂みに隠れている。茂みの高さを考えると、膝をついて潜り込んでいるのだろうか。手足がかろうじて見え隠れしている。最後の一人は最初の者の隠れている木に登っているとみえて、太い枝に乗せているブーツを履いた足だけが見えている。

 もっと良く観察しようとモニターに見入ろうとした時だった。突然画面が乱れ、目茶苦茶に回転しながら地面に激突して真っ暗になった。

「ドローンNo.4撃墜されました」

「どうやって撃墜された?」

「撃墜直前の映像を超スロー解析しました。矢です。弓矢によって破壊されました」

 モニターにはその映像が出されていた。確かに樹上から放たれた矢が向かってきている。

「すごいな、あの距離のドローンを一撃か」

 今飛ばしているドローンは精々直径1mにも満たない小型の物だ。それを障害物の多い森の中で樹上から一撃とは、腕もさることながら良い目をしている。

「樹上に優秀なスナイパーと下に警戒兼護衛が二名といったところでしょうか」



「ドローンNo.5接近中の熱源体10に接触します」

 送られてきた映像を見たタケルは絶句した。

「これは……」

 豚だ。豚が直立歩行している。

 人間とサイズはほとんど変わらないが、頭が豚だ。そのイメージ通りに身体にはタップリと肉がついており、体重は人間の五割増し以上だろう。その手には、剣、斧、ハンマー、根棒、と各々てんでバラバラだが凶悪さだけは似通った武器を持っていた。

 でっぷりとした身体には薄汚れた革の鎧のような物を着けている。

 どうやら彼等には衛生観念というものがないようで、汚れている事に誰も注意を払っていないように見える。

「……オークだ」

 ファンタジーの映画やアニメ、小説、ゲーム、マンガに出てくるお馴染みの種族だ。それがなんで数百年後の日本にいるんだ? タケルは困惑していた。ここは猿の惑星じゃなくて豚の惑星だったのか?

「了解しました。以降この豚種族をオークと呼称します」

 またも律儀に反応するヒミコの冷静な声に、現実に引き戻される。

 そうだ、理由は分からないが、いるものは仕方ない。しかも明らかに友好関係が築けない見た目だ。いかに定番の雑魚キャラでも注意しないと。そう考えていたからこそ、タケルはヒミコの言葉に驚く。

「オークの脅威度は高レベルと認定。要警戒対象として監視します」

「あの豚集団がそんなに脅威なのか?」

「タケルはゲームのイメージに引っ張られていますね。ですが、そのイメージを捨てて考えて下さい。現代戦ではオークは脅威ではないでしょう。見たところ飛び道具は持っていなさそうです。重機関銃一丁あれば、数秒で無力化出来るでしょう。

 ですが、この文明レベルでは白兵戦が基本です。そして、白兵戦とは重い方が有利なのです。多くの格闘技が体重別に別れているのは無意味ではないのです。体重とはそれだけでアドバンテージなのです。それにあの肉の付き方ではやわな攻撃は致命傷に至らないでしょう。拳銃でもヘッドショットを決めないと肉に阻まれそうです。それに、数は力、ですよ。そんな個体が10体もいるのです。

 更に言えば、彼等に衛生観念がないのは、必要ないくらい強靭な生命力、免疫力や体力があるということではないでしょうか? そもそも、豚は牙のない猪なのですから、猪は山で遭遇すれば、十分危険な生物です。

 ファンタジーにおいても、その祖である指輪物語では十分強力な敵として……」

「わかった、わかった、もういい。十分理解したから」

 トールキン御大まで引っ張り出してきたヒミコを止めた。

 確かに言われてみれば納得できた。ナイフでも棒でも持ってていいから、力士と戦えと言われたら、逃げ足以外の勝つところが見えない。

「タケル聞いてください」

 なんだ、まだトールキントークが語り足らなかったのかと思ったが、そうではなかった。ドローンの集音マイクのボリュームを上げているのだ


『チビゴブ、まだ、ない』

『チビども、ヌケガケ、ゆるさない』

『さっきの、よびぶえ、きっと、こっち』

『はいらんど、いく、いいもの、とる、くう』

『よわいしろいの、ころす、ぐちゃぐちゃ、やる、いい』

『だまれ、うるさい、うるさいにげる』


 いやーテンプレ通りの頭の足りない脳筋悪役ですなー……って!

「日本語だな」

「日本ですからね」

 そうかー、忘れてたけどここ日本だったなー。ならオークが日本語しゃべってても当然かー、って、んなわけあるか! 思わずノリツッコミ出来るほどの勢いでヒミコにくってかかろうとして、機先を制される。

「タケル、そんなことを気にしてたら先に進めませんよ。今は言語の障害が少ないことを喜ぶべきでしょう。それに、どういう経緯でオークがこの地に現れたのか分かりませんが、少なくとも、日本語文化があるところに現れて順化していったという事、つまりは、日本人が存続している可能性がでてきたという事ではないですか」

 流石は人工知能だ。そんなに深くまで考えていたとは。その上、人間よりこの異常事態に順応してるとは。

 この状況でコンピュータに諭される人間って……。

 普通この場合はコンピュータの方が、こんな非論理的な事は計算に合いません、とかそれらしいセリフで混乱するのが定番だろ。なんで人間より順応早いんだよ。人間の存在意義がなくなっていくじゃないか!

 もう完全に八つ当たりである。

 なんか、ヒミコに言いくるめられたようで納得はいかないが、確かに言葉の壁がないのは助かる。日本語がオーク語になってたとかいうオチがなければいいんだけどな……。



「ドローンNo.6磁気異常帯に接近、接触します」

 見ると6と数字のついた画像が徐々に乱れはじめていた。ノイズが入りはじめ、段々と見るのが難しくなっていく。ついには映像が砂嵐になった。

「ドローンNo.6自律モードに移行。帰還コースの後、警戒ルートを周回します」

「映像のフィルタリングと解析終了しました。報告します。まずは映像をご覧下さい」

 モニターにはさっきよりはマシになったが、まだ鮮明とは言い難い映像が映った。その中から、背景と思われる樹木や地面が消されていく。そして残った部分が段々と鮮明になっていき、昔のゲームのようなドット絵になっていく。とても見覚えのある感じに仕上がっていく。むしろドット絵だからこそ見覚えあるというか……。

「これは……、ゴブリンか」

 オークがいるんだからゴブリンだっているよな。タケルの頭もかなり柔軟になってきた。考えるより、今は対処を優先させるのだ。

 ゴブリンは緑色の肌をした人間型の種族だ。ただ、オークと違い、体格は総じて小柄だ。西洋の小鬼という感じのモンスターだ。知能も高くなく、オークよりも雑魚キャラとしてよく出てくる。だが、ゴブリンは数や亜種が多いのと、高くはないがその知能を使ってくる。

 見たところこの世界のゴブリンも外見は同じように見える。

 緑色の節くれだった肌、まちまちの粗雑な装備。

「了解。これよりこの緑肌グリーンスキン種族をゴブリンと呼称します。まずは磁気異常帯から説明します。この磁気異常帯は、どのように、かは分かりませんが、地磁気だけではなく、周辺に可視光線の域帯以外の波を阻害するエリアを発生させているものと思われます。おそらくチャフのように空気中に阻害物質を放出しているのではないかと。根拠として、ドローンが自律モードで復帰したことから、電子機器の内部に影響を与えるような能動的なものではなく、あくまで、空気中の伝達を阻害しているという推測が成り立つためです」

「ミノ粉かよ、なんでもありだな」

 タケルは以前ネットゲームで、巨大ロボットを操縦して戦う有名アニメ作品の戦闘ゲームを遊んだ時を思い出した。有名な設定で、特殊な粒子を散布するとレーダーが効かなくなり、有視界で戦闘しなければならなくなる。ゲームでは戦場の状況で緊迫感と戦術性を高めてくれる独特のいい設定だったが。

「そして映像の解析ですが、大きく分けて三種類のシルエットが確認できます。最も多いシルエットはゴブリン単体のものです。小型の近接戦武器を持つ最も脅威度の低い個体です。

 次に後方から合流したとおぼしき個体です。大型のイヌ科の四足獣に乗ったゴブリンです。機動力に優れ戦闘力も高いと思われます。この個体をゴブリンライダーと呼称します。

 最後に要注意個体です。二体いますが、どちらも推定3~4mの身長で巨大な根棒を持っています。その破壊力はこの施設の外部扉を破れる可能性があります。もし戦闘になるのであれば優先的に無力化する必要があります。この個体をゴブリンジャイアントと呼称します」

 ゴブリンジャイアントはヤバい。雑魚キャラなんかじゃ絶対ない。首から鎖をぶら下げてるところを見ると、奴隷のような扱いをされてるみたいだ。おそらくは知能が極端に低いのだろう。しかし、あのデカさはそれだけで脅威だ。持ってる根棒なんて樹木そのものだ。

 しかし、こちらの優位がどんどん覆されるな。これで籠城の絶対もなくなったか。

 今の文明レベルでは、あの扉は破れないと踏んでたんだが、まさかこんな力業があるとは。


「意見具申します」

「許す」

 ヒミコが真面目なのか冗談なのか判断のつかない言い方をするので、タケルも合わせる。

「あと少しすれば、オークの集団がアルファと接触します。その後ゴブリンの集団が来れば面倒な事になります。今のうちにアルファを無力化できるのが望ましいですが、それは難しいので、その前に非常口の10mほど横にある大型の搬入扉を開けれるようにしておいて良いでしょうか?今、私が整備している装備も外に出せるようになりますし、脱出路が増えるのは生残性が上がります」

「なるほど。頼む。ところでヒミコは今まで何をしてたの?」

「動きそうな装備を片っ端から充電して、動くのに必要な作業を行っていました」

「そうか、ヒミコばかり働かせて悪いな」

「タケルはニートでいいって言ったじゃないですか」

 どうやら本気でダメンズだ。いや、このままでは自分がダメ男になってしまう。

 いかん、自分の仕事は自分で探さないと。

 緊迫した場面のはずなのに、行動意欲の根幹が無職の考え方だ。

 何か出来ることはないかとモニターを見ると、非常口からヒミコが出て行くのがモニターで確認できた。そして離れた樹木を両手の大鉈でなぎ払い始める。


「あれ?なんでヒミコが外に出てるんだ?」

「さっき言ったじゃないですか。大型搬入扉を開けれるようにすると。外の樹木を切り払わないと開かないんです」

「外に出るとか聞いてない!」

「はい、わざと言いませんでした。言ったら優しいタケルはどんなに合理的で勝算があっても、許可してくれないでしょうから」

 清々しいまでの確信犯(誤用)だ。しかも悪いとこれっぽっちも思っていない確信犯(正用)だ。

 頭を抱えるタケルに、ヒミコは安心させるように余裕の声をかける。

「大丈夫です。何か危険が迫れば、すぐに非常口に飛び込むようにしていますから。危険な目に遭うことはないですよ」


 モニター上ではアルファ、ブラボー、チャーリーが木を切り払うヒミコに近づいていた。

 映像では緑のマントの人影と、茶色のマントの人影は樹木に隠れながら近づく。どちらもフードを深く被り表情は見えない。そして、信じられないことに樹上の弓手は枝の上を木から木へと飛び移って接近していた。

 しかし、近づいたあと、どうするか迷っているようだった。完全武装で太股を露出させた美女が一心不乱に両手で鉈を振るっているのを見れば、ためらう気持ちもわからなくはない。

 普通なら即通報だ。職質抜きの一発レッドカードだ。

 とにかく、いきなり矢が突き刺さるとかいう展開にならなくて良かったと、胸を撫で下ろしていると、樹上から矢が放たれた。


 矢は過たず、正確な狙い通り頭部を射抜き、目標を地面に打ち倒した。


 先頭を打ち倒されたオークは、その勢いを減じる事なく雄叫びを上げながら、全員が突撃してくる。


 タケルはアルファの動きに注目しすぎて、オークが接近していることに気付いていなかった。やっぱり自分に司令官は無理だな、広く大局を見据えるなんてとてもできない。

 ヒミコは切り払い終わったのか、チラリと周囲を一瞥し確認した後、非常口目掛けて駆け出した。ほんの10m。何の問題もなかった。


 オーク達は近接距離に詰めるまで二体が矢で倒され、詰めたところで三体目が倒された。弓手のいる木の下では、剣を抜いた緑マントと両手に短剣を持った茶色マントが突撃してきたオークをそれぞれ一体ずつ屠っていたが、それぞれが一対二の不利な戦いになり防戦一方だった。その中にあって、樹上から四回目に放たれた矢はヒミコに向かっていたオークに突き刺さり絶命させた。そして、それと同時に、オークの凶刃がついに緑マントに直撃する。

 緑マントは盛大に赤い血を吹きだしながら、どう、と倒れ込む。フードが外れ、金髪と尖った耳が晒される。エルフだ。もう、驚いたりもしない。オークが下卑た歓喜の雄叫びを上げると同時に色んな事が起こったから、エルフなんかで驚いている暇はなかったのだ。


 ヒミコが、踵を返すとフィギュアスケートかバレエの選手のように、一歩毎に半回転しながら、三歩戦場に向かって跳ねたかと思うと、低い姿勢で駆け出した。ヒミコの山刀マチェットの片方は三歩分の遠心力を与えられ、着地と同時に放たれ、今にもエルフにトドメを刺そうとしていたオークのニヤついた顔面の中央に深々と突き立っていた。


 ヒミコが踵を返した瞬間に、コントロールルームでは、タケルがヘルメットを引っつかむと、扉から飛び出していた。

 コントロールルームのスピーカーから、ヒミコの驚いたような声が響いた。結構レアな声だ。オークにも日本語にもゴブリンにも驚かなかったのだから、エルフに驚いたわけではないだろう。ヒミコが予定外に突撃したことか、それともタケルが飛び出した事か。

 タケルは大局は見えていないかもしれない。だが、大事なことは見落としていない。だから、ヒミコが身体の向きを変えた瞬間には飛び出せた。

 ヒミコがこうなる懸念は持っていたのだ。だが、ヒミコを責めようとはこれっぽっちも思っていない。むしろ褒めようとすら思っている。


 樹上の射手は仲間の援護より、見ず知らずのヒミコを助ける方を選んだ。ヒミコにとって必要なかった援護だったろう。そして、結果的にそれで味方が倒れる事になったのだから、あの四射目の目標選択は間違いだった。

 だが、ここまで射手の力量を見ていたタケルには、あの四射目は間違いではなく、確固とした意思の顕れだと感じられた。その意思はタケルにとって好ましいものであり、だからこそ、予定外の突貫を行ったバーサークナースを、止めるためではなく助けるために駆け出したのだ。通路のスピーカーから戻るように促すヒミコの声に「ゴメン」と謝りながら。


 戦場の黒いバレリーナは、低い姿勢で駆け出した時には既に、投擲して空になった手に予備の山刀マチェットを持っていた。

 勝利を邪魔されたオークが、唸り声を上げてヒミコに向かう。

 ヒミコは勢いを殺すことなく駆け続け、オークの直前でブレーキをかけると、それまでの速度をそのまま遠心力に変換した。

 ヒミコの広げた両腕の延長線上にある刃は、オークのデップリと肉のついた首筋を十分に深く切り裂き、最後に、自身の勢いを殺すため、その身体に左足で蹴りを放った。

 ヒミコが華麗にオークを倒す間に、樹上の射手は茶色マントの前のオークを一体射殺して、茶色マントも最後の一体を始末していた。

 ヒミコは武器を両方とも地面に突き立てると、倒れた緑マントのエルフ横にひざまずいた。

 エルフは致命傷ではないが、出血を止めなければ危険な状態だ。テキパキと止血処置に入る。



 そこに狼の遠吠えが木霊した。



 タケルが扉を開けて出てくると、既に戦闘の第一弾は終わっていた。

 オークは全滅し、ヒミコはしゃがみ込んで治療に当たっている。幸いヒミコはエルフを人間と認識したようだ。

 そこへ狼の遠吠えが届く。タケルはヒミコの下へと駆け寄りながら、樹上の射手に叫ぶ。

「ゴブリンの集団が来る!ジャイアントが二体!狼に乗ったのが五体!ゴブリンが十体くらいだ!先駆けで狼が来るぞ!」

 日本語が通じるだろうという考えはあったが、確証はなかった。

 そのため、ヒミコのところから呻くような声で「バカな……」と聞こえたのには安心した。

「ヒミコ、どのくらいかかる?」

「大きな血管を損傷しているから、今から血管と皮膚の簡単な縫合を行うわ。3分で終わらせてみせるわよ。でも、終わっても激しく動かすのは無理よ。…………ごめんなさい」

「何言ってるんだ?ヒミコは間違ったことはしてないさ。むしろ誇りに思うしな。よくやったな」

 そう言って、ヒミコの頭を軽くポンポンと撫でてやる。

 ヒミコの顔が緩んだようなとても幸せげな表情になる。

「ウルトラマンが帰るまでは持ちこたえてやるさ。だからそいつを死なせるなよ」

「ええ、任せて」

 ヒミコは3分と言っているが、血管縫合とか手術レベルだろ、そもそもこんな森の中で出来るもんじゃないだろう。

 どちらにしても、激しく動かせないと言うなら、最早撤退の選択肢はない。

 あの強力な集団を撃退か全滅させないといけないわけだ。

 どんどんハードルが上がっていくな。


 樹上から驚いたような息をのむ音が聞こえた。

「うそ、こんな近くまで気付かないなんて。ゴブリン! デカブツがいる!」

 同時にタケルにはヒミコの声が聞こえる。

「ゴブリンのECMが解除されました。敵情を送ります」

 ヘルメットのディスプレイに地図と赤い点が表示される。

 冷静なヒミコの声が怒っているように聞こえるのは気のせいだろうか?

 恐くて今は聞けない。それにそんな暇もなさそうだった。


 巨大な狼が向かってきていた。上にヒャッハーを乗せて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る