第10話 富士樹海3

「で、身体を任せてここに来てるわけだけど」

「すみません、あんな場所で。あれ以上地下に入ると、通信設備が死んでいた場合、連絡できなくなる可能性があったものですから」

 タケルは電脳空間の『あまてらす』でヒミコと向き合っている。

 どうにも、急にこっちのヒミコと切り替わると、その差に戸惑ってしまう。

 あっちのヒミコはワザとあんな言い回しをして、タケルを翻弄しているフシがある。そして、毎回期待を裏切られるわけなのだが、その直後にこうも真面目な対応をされると温度差に困る。


 ……いや、期待なんかしてないですよ。


 誰にともなく心の中で言い訳してると、ヒミコは謝罪を終えて説明を始めた。

「樹海内部では、タケルが電脳空間に入っている間の身体の安全を、看護用のロボットだけで守りきれない可能性が大きいため、自衛隊地下施設の非常用出入口対爆防護扉の内部まで急いでもらったわけですが、理由の説明はどこまで必要ですか?」

 自分の分かっていることを先に言ってしまった方が早いと考え、タケルが口を開く。

「電脳空間で説明した方が、理解と時間、両方で優位な事態が発生した。電脳空間に入っている間は現実の肉体が無防備になるため、ヒミコが安全を守りきれる場所まで急いだ。その事態とは、樹海内でこちらを監視していた熱源に関する事と関係があるのかな、ぐらいの認識だけど?」

 そうなのだ。電脳空間を利用するためには、その間のタケルの意識はこちら側に来てしまうため、現実の肉体は昏睡状態と変わらなくなってしまうのだ。過去の日本では、それを利用した犯罪が多発したため、多くの被害と防犯商品の売上に繋がった経緯がある。


「さすがです、タケル。無駄が省けて助かります。電脳空間で説明した方が圧倒的に時間が短縮できますので。

 では先にタケルの気付いている問題の方から説明します。

 病棟出発後27分の時点から現在まで、同一個体の熱源が150~300mの距離で追跡してきています。未確認対象アルファとして黄色で地図には表示してあります」

 ヒミコは空中にタケルの視界に映し出していたのと同じ地図を投影して拡大してみせる。

 黄色の光点は現在は自衛隊の敷地外に止まっている。

「対象アルファは常に風下側に移動し追尾してきていることから、それを理解できるだけの知性を持っていると考えられます。また、移動速度から考えても相手が優勢です。こちらを捕捉して追尾できている以上、知覚範囲も相手が優勢と見た方が良いでしょう」

 この視界も移動も制限される樹海の中で、いくらこちらが啓開しながらとは言え、風下を維持しつつ、着いてこれるというのは、普通の人間にできることではない。

「ずっと覗かれてるのはいい気分じゃないな。とはいえ、この状況が変わらない限り、移動力も知覚範囲も優勢の相手には手の出しようがないだろ。何もなければ放置して、帰り着くまでに相手の姿を森の切れ間から衛星のカメラで確認できれば御の字だろう。今更撒いたところで、啓開した道を辿られれば、出発地点はバレバレなんだし。ただ、相手の拠点が分かれば対処のしようもあるかもしれないから、そいつは捕捉したまま追尾を続けてくれ」

「わかりました。アルファを24時間監視対象とします。ではもう一つの問題の方ですが、地磁気の不規則な乱れが確認されています。天体規模のものではなく、限定的、局所的なものです。最初に確認されたのは樹海の東側の方です。まだこちらとはかなり距離がありますが、気になる所があります」


 食事の時にヒミコが呟いていたのはこれか、とタケルは思い出す。


 地図が東側に移り、タイムコードが巻き戻っていく。

「これが地磁気異変が観測される直前の情報です。ご覧の通り10前後の熱源体を観測しています。ですが、地磁気が乱れると同時に、熱源情報もロストしました。最初は、自然異常による観測障害が発生したと思いましたが、その後、地磁気異常帯が西へと移動し始めたため、これは人為的なもの、ECMの一種ではないかと思われます」

「富士樹海の磁気異常の一環である可能性は?」

「先程、食事の際にも説明しましたが、富士の溶岩流地層の磁性特性はさほど強力なものではありませんし、予測できる範囲の影響です。また、今回のこの異常には、指向性が見られます。このままであれば、数時間後に接触する可能性が高くなります。密集していたために正確な数は分かりませんが、人間大の熱源反応が10体前後という数は十分過ぎる脅威です。それを隠蔽する目的で取られた措置だとすると、敵対の可能性もあり、尚且つ、未知の能力を有している事になります」

 ふむ、とタケルは考え込む。

 衛星の能力を使えるから、何があっても索敵や監視に限ればこちらが有利だと思っていたのだが、最初からこうも容易く前提を覆されるとは思わなかった。情報が少なすぎる状態で接触したくはないのだが、どうしたものか。

「よし、まずはこの施設の探索を優先しよう。今後何が起こるにせよ、この場所の設備や装備がどういった状況なのかによって選択の幅も変わってくるし。あの入口の扉は大丈夫かな?」

「はい。あの扉は自衛隊の開放手順を知らなければ、開ける事はできないでしょうし、今はその手順を踏んでも開かないように、内部からロックを掛けました。開ける前に形跡も確認しましたが、おそらくは今までに一度も開いたことはなかったはずです」

「ならここは安心だな。地下に入る前に、念のためヒミコの機体の方にこの施設の地図を含む全ての情報をダウンロードしておいてくれ」

「了解しました。気をつけて」



 目を開くと、ヒミコの胸に顔をうずめていた。


 うん、このぐらいはあるかも知れないと思ってたよ。ここで慌ててみせるのはみっともない。少しくらいは余裕を見せないと。気を落ち着けるために深呼吸をして……


「おかえり、タケル。私の胸そんなにキモチいいの? 深々と匂いを嗅がれると恥ずかしいわ」


 急いで離れた。

 ここは何を言ってもダメだ。全ての道がデッドエンドの仕様になってる。ここは全スルーだ。

「ただいま。この施設の見取り図は入ってるよね。まずはコントロールルームを目指そうか。先導してくれるかな」

 ヒミコは何も言わずに、スッと歩き始める。

 なんか大人の余裕を見せ付けられてるみたいで、これはこれで負けた気がするが、今はそれどころじゃない。思ったより長く深く続く通路を歩き、ぶ厚い扉を更に2回通り抜けて、ようやく施設の内部と思われる部屋に出た。ヒミコの説明では、この施設はコンクリートと土を何層かに重ねた上に、施設の基幹部分には鋼鉄の外板が使われているらしく、施設内部に入った今は、衛星との通信回線は途絶しているらしい。

 ヒミコの案内でコントロールルームへと向かう。二人の足音だけが響き、沈黙が耳に痛い。

「おそらく、この施設は放棄されたのね」

 ヒミコが沈黙を破ってくれた。

「どうしてそう思う?」

 静寂が陰欝な気分を醸成してしまう。それが嫌だったタケルは、警戒に不利と分かっていて、敢えて会話に乗る。

「死体の痕跡がないだけではなく、戦闘の跡もないからよ。普通の施設ならいざ知らず、ここは必ずスクランブルがかけれるように、最低限の人員はいたはずよ。にもかかわらず、これだけ綺麗なのは、混乱ではなく、命令によって秩序だった撤退か施設放棄がされたからに違いないわ。それなら、資料やデータは破棄されて残っていないかも知れないけど、設備や装備は無傷の可能性があるわ」

「情報がないのは残念だけど、装備があれば目的は果たせるかな。無駄足じゃないだけマシか」

「まだそうと決まったわけじゃないけどね。着いたわ。ここが作戦指揮所よ」

 簡素な扉だ。開けてライトの光を投げかけると、広く、モニターが並んだ部屋が照らされた。

 ヒミコは中にはいると、バックパックから黒く四角い物を取り出して、部屋の隅でガチャガチャと何かを始めた。少しすると、真ん中のコンソールに向かい、操作し始めた。すると、モニターが一つだけ起動した。そこからの操作は見覚えがあった。『あまてらす』への電力供給ラインを開けたのだ。途端、全モニターが息を吹き返し、部屋の中の換気用のファンも回り始めた。ヒミコはバックパックの底に携帯用のバッテリーパックを入れて来ていたのだ。

 あんな重いもの入れてたのか。タケルは意味がないと分かってはいるが、自分が重い装備を持っていないことを申し訳なく思った。

 その意味も含めて、「ありがとな、ヒミコ」と言った。

 ヒミコはキョトンとした顔をしていたが、すぐ元に戻り、報告に入った。

「『あまてらす』との通信、及び電力供給ライン復旧したわよ。すぐに施設の機能チェックに移るわ。情報収集と分析は、衛星からの回線で並列処理していくから、タケルはそこの偉そうな司令席にでも座って眺めててね」

 モニターを含めて、室内が一望できる席に座ると、意味もなく偉くなった気分になった。

 監視カメラの映像がモニターに次々に映し出されるが、全て施設内の映像のようだ。

「外の監視カメラはやっぱり全部死んでるわね。食料と武器弾薬はデータ上は規定数がそのままあることになってるわ。ちょっと確認してくるわ。司令官殿はそこにドーンと座っててくださるかしら」

 一緒に行こうとしたら、機先を制された。確かに、鴨の雛みたいに後ろを着いて行っても何が出来るわけでもないしな。


 机に両肘をついて顔の前で手を組んで司令官ゴッコをしていると、スピーカーからヒミコの声がした。

「タケル、この施設の状態と分析を報告しますが宜しいでしょうか?」

「構わん。やってくれ」

 司令官ゴッコをしてたせいで、ついぞんざいな答えをしてしまった。ヒミコの返答に一瞬間があったのは呆れてたのかもしれない。

「施設内の設備は問題なく使えます。装備や、備蓄品に関しても保存状態は良好ですので、差し当たって必要そうな物を私が準備中です。施設の自動警備システムを立ち上げておきましたので、侵入者には十分対処可能でしょう。

 次にこの施設の情報分析結果ですが、破棄情報の断片をサルベージできました。どうやら防衛省の中央指揮所より合流命令がでた模様です。その時点でこの施設は放棄されたようですね。現在、断片情報と、その他のデータを『つくよみ』にて精査していますので、後ほど、あの日以降何が起こったかの分析結果をまとめて報告します。

 あと、外部の監視報告です。対象アルファが非常用出入口に接触。扉の開錠を試みたようですが失敗しました。その後、諦め、周辺捜索をした後に元の位置での監視に戻ったようです。先程、別の熱源体が2体接触し、現在は3体でまとまっています。後から合流した熱源体をブラボー、チャーリーとして、監視対象に追加しました」

「数が増えたのか……。厄介だな」

 一体だけなら強攻策も選択肢にあったのだが、数で劣勢となると、それも難しい。

「あと、東から接近中の磁気異常帯ですが、このままのペースで移動を続ければ、2時間後には対象アルファのグループ、もしくは我々と接触する可能性が大きいです」

「そっちのグループがアルファの援軍だった場合はマズイな。このまま数が増えていくなら、先に出るのも手か……」

「タケル、案として、隔離病棟に戻らないと言うのもあります。この施設の機能は十分以上に保持されていました。タケルと私だけでは全ての機能を使いこなすには広すぎるかも知れませんが、このまま籠城するというのが、今のところ最も損害のでる可能性が少ない選択です」

 ああ、あのアニメの司令官みたいに「○○○を出せ」とか言ってるだけで解決すればいいのに。こっちにはバーサーカーナースしかいませんよ。

「とにかく情報が欲しいな。カメラ以外に何か外の情報を得る手段はないのかな?」

「偵察用のドローンがありますが、現在充電中です。一時間後には使えるようになります」

「それでいい。充電が終わり次第、偵察に出してくれ」

「了解しました。司令官殿」

 ヒミコがからかうように答えた。

 しかし、一時間か。時間を無駄にはしたくないな。

「ヒミコ、その間に何か出来ることはないかな?」

「でしたら、タケルの個人装備の更新と説明をしましょう。その他の設備が予想外に多く、まだそちらまで手が回っていませんので」

「わかった。働かざる者食うべからず、だからな。案内してくれ」

「あら?私はタケルがニートでも一向に構いませんよ。そちらの方が奉仕のしがいがあります」


 ヒミコは意外にダメンズ要素が強いようだった。


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