第8話 富士樹海1
隔離病棟の1階正面玄関の防災シャッターが、派手な音を立てながら引き上げられ、正面の自動ドアが鋭く開く。病棟内に吹き込む風に逆らいながら二人は外に出た。
二人が外に出ると後ろで見た目に似合わない素早さで、重厚な金属扉が再び閉められた。
玄関前はロータリーになっていて、中央に噴水が設置してある。ロータリーに沿うようにして、左右の斜め前に建物が壁のように立ち塞がり、ロータリーは中庭のようになっていた。噴水の向こう側には真っ直ぐ正門に続く道が、左右の建物の間を通っている。建物の向こう側には正門との間に広い空間があるようだ。駐車場として使われていたのだろう。
勿論、今は噴水は涸れ、左の建物は2階辺りから上は崩壊して、瓦礫と化している。そして、原型を留めているか瓦礫かに関係なく全てが緑の侵食に飲み込まれつつあった。樹木こそ生えてはいないものの、蔦や茂みが敷地内を覆おうとしていた。
ただ、道だけは綺麗にされており、ロータリー以外にも歩道などは草木は取り除かれていた。右手側からその歩道上を1mくらいの円筒形の物体が移動してきた。見ていると、そのまま横切って左手側に消えて行った。外見はハリウッドのスペースオペラの原点に出てきたR2-D2みたいだった。
タケルの視線を追ったのか、ロータリーから正門に向かいつつ、ヒミコが解説する。
「今のは警備ロボットよ。巡回と軽度の撃退機能があるわ。タケルと私は登録してあるから反応しないわよ。数だけはあるから、電気が有り余ってて、人手がない私達には助かる警備システムね。タケルが寝てる間に、警備ロボットが動けるように、道の上だけ啓開しておいたのよ」
それで道だけ拓けているんだなと、タケルは納得した。
「あんなのがいたんだな。隔離棟内にはいなかったから初めて見たよ。警備用の
「外マウントで小銃もセットできるんだけど、こっちも火薬が劣化してて撃てる弾がないから付けてないの。カラーボールもすっかりペイントが劣化してたから、同口径の固いゴムボール弾を入れてあるわ。ゴム弾でも殴られた位の威力はあるからね。後はスタンガンと同じくらいの放電機能ね」
初めてという言葉に反応して、詳しくスペックを説明してくれたのだろう。
小銃がセットできないことに不満げな口調だったが、タケルは安堵していた。
銃を持ち歩くロボットが徘徊しているのは流石にいい気分がしない。この辺の差はロボットへの信頼度の差なのだろうか、それとも、銃社会ではない日本人の感性なのだろうか。
そこでタケルはもっと早くに疑問に思っても良かった事に気付く。
ん? なんで日本なのにここに銃があるんだ?
タケルが考えている間にヒミコの説明は続いていた。
「あっちの倒壊してる方が職員棟、右手の建物が警備棟、タケルの装備とかはあそこから持ってきたのよ」
ちょうどいい。タケルは疑問をぶつけてみた。
「なあ、なんでここの警備には銃まで使われてたんだ? 違法じゃなかったのか?」
「ここの警備は自衛隊が行っていたから違法ではないわね。この施設自体は国の施設だから、特殊作戦群のSOFの1班が2週間交代で警備に当たっていたみたいよ。だから、装備が警察のSATみたいに黒ばかりでしょ。今から樹海を歩くのだから、陸自の迷彩柄の方が良かったのにね」
なんだか、納得できたようなできないような。
確かに自衛隊員も公務員だから、国の施設を警備するのは理屈に合ってるような……。
タケルは経費削減とかの関係なのかな? と無理に納得しておいた。どうせ千年近く前の事だしな。
それより、先延ばしにしていたが、そろそろ限界だ。正面ゲートが近付いている。敷地から出てしまうと、聞く機会がなくなってしまう気がする。
「ヒミコ……さん、聞きたいことがあるんだ……ですけど」
緊張して口調が乱れる。いいよな、聞いてもいいよな、と、心の中で自問自答する。
「右手に持ってるの……なに?」
歩みを止め、キョトンとした顔で、僅かに頭を傾げて見返してくる。
「鉈だけど?」
コイツは鉈すらも知らないのか?というニュアンスをもった返答だった。
知ってる!もちろん鉈くらいは知ってるよ!タケルは心の中で叫ぶ。
だが、ヒミコが持っているのは刃渡りが1m以上はあろうかという大鉈だ。しかも、絶妙な湾曲がついていて、峰は鋸刃になっていて先端は尖っている。何て言うか、巨大な
あれだけ刃渡りがあれば重いだろうが、その分強力なのは間違いない。刀身は黒く、ギラリと刃だけが銀色に鈍く輝くのが、実用重視といった感じで威圧感がある。
抜き身の刃物をぶら下げた人間がいれば、威圧感を通り越して恐怖すら感じる。
どうして、このヒミコは、常に恐怖の演出を欠かさないのだろうか? ここまでくると、故意に嫌がらせをされてる可能性が浮上して来るが考えすぎだろうか? それとも、気付いていないだけで、彼女の地雷を踏みまくっているのだろうか?
よく見れば、彼女は肩にあと二本の自称鉈を掛けている。
なんだよ、自分より重武装じゃないか。実は看護ロボットなんかじゃなくて戦闘用ドロイドとかじゃないのか? 見た目のクラスはナースじゃなくてバーサーカーだ。
「道の啓開用に本当は大きな斧が欲しかったのだけれど、警備棟にはこんなのしかなくて、一番大きいやつを持ってきたのよ。この敷地内を片付けるだけでも一本潰しちゃったから、予備も含めて三本持ってきたわ」
そう言って、正面ゲートに絡み付いた木(ツタではなく樹木である)を、ブンブンと振り回す大鉈で薙払っていく。タケルの中のナースのイメージも一緒に一掃されていく。
そうかー、口調とかがクールでデレてても、行動の常識がロボットだから、目的への合理性が常に優先されて、恥じらいとか乙女心がないから、違和感ハンパないんだー。くそっ、乙女心とかちゃんと実装しとけよ! 中途半端しやがって! それとも開発者はギャップ萌えだったのか? これじゃただの脳筋じゃないか。
樹木の束縛がなくなったゲートは電動で軋みつつも、実に800年以上の沈黙を破って開かれた。
「さあ、行こうっ!タケル」
振り返り、実にいい笑顔で左手を差し出すヒミコ。
「ああ、行こう!」
タケルはその手を取ると気持ちを切り替えて、樹海へと踏み出して行った。
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