第7話 電脳空間(検討3)

「目的地ですが自衛隊の富士駐屯地がいいと思われます」

 場所は『つくよみ』の会議室に戻っている。ヒミコもスーツ姿に戻って、富士山周辺の衛星写真の画像を拡大して指し示している。

「理由は?」

「まず、樹海の安全性が不明確ですので、あまり距離のある目的地、つまりは樹海で夜を明かさねばならないような、日帰りできない場所は除外しました。そうなると、この樹海の中から行くだけの価値がありそうな場所は、12kmの距離にある富士駐屯地しかありませんでした。

 富士駐屯地は部隊だけでなく、自衛隊学校や病院、開発実験団などの施設もあり、地下施設も充実していました。ですので、通信途絶後の世界でも比較的最後まで維持されていた可能性があります。何が起こったかを知る手掛かりが見つかるかもしれません。

 今回の探索では、樹海内の危険性の有無、あるのであれば危険度の認定を第一に考え、危険度が高いようであれば途中でも帰還を優先してください。一応目的地は設定しましたが、情報を得られる可能性は高くはありませんので、目的地到達の優先度は低いと認識してください」

「分かった。それで構わないよ。まだ遠出には不安があるからね。ピクニックのつもりで早めに帰るようにするよ。しかし、外に出ることないから気にしてなかったけど、こんなところにいたんだな。富士の樹海なんて、文明国の日本じゃ危険な場所の方だったのに、そこに出て行くことになろうとはね。お出掛け初心者にはハードル高いな」

「大丈夫ですよ。過去に樹海が危険だったのは、樹木で見通しが利かず目視による方角の測定が出来ない上に、噴火の溶岩が地面を作っているために地磁気を乱すので、磁気を利用する方位測定機が使用できないせいで、広大な樹海内で迷ってしまうためでした。今は私がいますから、空からタケルの位置を特定しますので、迷う心配はありません。ただ、不整地で歩きづらいでしょうから疲労と脱水には注意してください。あと、未知の生物は近づかないように」

「分かってるよ。まるで母親みたいだな。他に注意点はあるかな?」

「一応、衛星写真をプリントアウトしたものを用意してます。過去の地図と照らし合わせれば解ると思いますが、樹海の範囲がかなり広がっています。富士駐屯地は市街地に近かったですが、いまはすっかり樹海の中に埋没しています。海岸線を除けば東は旧東京都境、西は旧名古屋市近くまで森が侵食しています。タケルの旧世界の地理を知識として行動しないようお願いします」

「うわぁ、そりゃ広いな。ま、気をつけるさ」






 物思いから戻ったタケルは、目の前で膨れて見せているヒミコを見て、本当に違うなと思う。

 顔ももちろん違うのだが、性格も全く違うように見える。しかしながら、ふとした時に電脳空間のヒミコと姉妹のように似ているのだ。だから、どちらもヒミコと呼ぶことに抵抗がない。

「確かに、情報としてはアップデートして知ってるけれど、納得したわけじゃないんだから。電脳空間内でもそうだったでしょ」

「あっちは渋々折れてくれた感だったな」

「ま、あんなにカッコイイこと言われたらしょうがないよねー」

 ヒミコはメモリ内でタケルの台詞をリピートさせてニヤけている。

 タケルから見ると、膨れたり、ニヤけたりで、理解できない。

 そもそも、自分に女心が理解できるはずもないと思っているので、諦めて話題を変える。


「ヒミコはその格好も似合ってるな。看護に使わない装備だと思うけど、コーディネートのセンスもあるんだな」


 ヒミコはいつものナース服の上から黒の防弾ベストを羽織っている。スタイルがいいせいか、胸の辺りがキツくなっているため、胸元を少し開けている。手にはガードのついたフィンガーレスグローブ、頭にはいつも通りの赤十字マークついたナースキャップ。背中には重そうなバックパックを担いでいる。足元はいつもの少しヒールのあるシューズの代わりに、ゴツいタクティカルブーツを履いて、膝には黒のニープロテクターをつけているが、スカートと素足なのは変わらない。

 白と黒のコントラストだ。人気モデルがミリタリー雑誌のグラビアを飾っているような見事さがある。

 あざといと言えなくもない。こんなに重装備なのに、何故か頭と脚は丸出しだし。


 タケルの言葉に、ヒミコは嬉しそうに微笑んで返す。

「今日はタケルとお揃いだから、気合いを入れたのよ」


 確かに、お揃いと言えばお揃いだ。

 タケルも防弾ベストを着ているしタクティカルブーツを履いている。

 ただ、タケルは肌の露出がないように長袖長ズボンだし、膝だけでなくエルボーガードもつけ、黒のヘルメットも被っている。バックパックを担いでない分、ヒミコよりは軽いだろうが、その代わり、腰にナイフと電磁警棒を提げている。十分に重装備だ。ヒミコと見比べると全く別物と言っていいほど華がない。

 メインアイテムが同じなだけで、両者を見てお揃いと評するのはヒミコくらいじゃないだろうか?


 それでも、ヒミコが上機嫌なので、タケルは何も言わずただ「そうか」とだけ返す。

 タケルも男なので、こういう装備に身を包むと、テンションは上がる。

 ましてや、今から樹海に探険に出かけるのだ。これで童心に戻らない男はいないだろう。

「じゃあ、行こうか」

 軽く声をかけると、2人は隔離病棟を出た。

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