第5話
曽我部正文は47歳にして未だに職歴が無く、働く意欲も無い男性であった。
彼の両親の残した遺産を食いつぶしながら日々を生きていく。彼はその穏やかで怠惰な生活が最高に気に入っていた。
しかし彼は今焦っていた。遺産を食い潰しきった訳ではない。まもなく彼が対象者となってから一ヶ月が経とうとしている。にも関わらず得票数に対しての反対票数は小数点以下の割合であった。
「このままじゃ俺死んじまうぞ……、クソッ!得票数なんてほんの100票程度じゃねえか!知り合い全員が反対票入れてくれりゃこんなもん簡単に回避できるってのに!」
正文は紛れもないニートであったが、その交友関係はとても広いものだった。日々様々な場所に出掛けては様々な人々と交流を重ねていた正文は周りの人間から″アルティメットアクティブニート″の称号をつけられるほどであった。
しかしそんなたくさんの友人達が抹殺投票では正文に協力してくれない。反対票を投じてくれない。それが正文を苛立たせた。
「大体何なんだよこれはよ!抹殺投票の得票数は律儀に細かく表示しやがるのに、反対票は反対が確定するまでいくら票が入ったのか俺にはわからねえってのは!最高気に入らねえぜ!」
彼の苛立ちは収まらない。タバコを二本取り出すとそれらを同時に口に加え火をつけた。これは彼が苛立った時に見せる癖の一つであった。その姿を見た周りの人々から彼はまた″健康に抗う二本角″という二つ名も付けられていた。
しかし今回はタバコ二本同時吸引を行使しても心のざわめきは治まらない。このざわめきは一ヶ月もの間正文の心にへばり付き続けていたものだ。そうそう振り払えるものではない。
正文は一服した後すぐ様SNSで反対票の投票を願う文章を全力拡散する。それが住むとすぐに身支度を整えて街へ繰り出す。そして街で知った顔を見つけ次第その場で引き止め反対票を入れてもらえるまで粘り続けるのだ。
そんな事をほぼ一ヶ月繰り返して尚得票数に対しての3割ほどの反対票を得ることはできなかったらしいのだが彼は諦めてはいなかった。
今日もまた街を徘徊する。駅前から住宅街、昼間の雀荘までありとあらゆる場所で知った顔を探す。最も、そういった場所で見つけられる知人の多くは既に反対票を投じてもらった人々ばかりになってしまい、正文にとっての″久々の顔″を見つけることが中々出来なくなっていた。
「大体よぉ、反対票も一人一票しかダメなんて聞いてねえんだこっちは。」
思わず独り言が溢れた。そして今日も成果が無いと判断し帰宅しようとした時ふいに声をかけられ正文はそちらに注視する。
声をかけてきたのはよく一緒に麻雀を打っていた通称″フリテンの藤原″こと藤原義郎42歳だ。彼もまた無職でありながら、正文とは違い競馬で一山築いた正真正銘のギャンブラーである。
「おめえ、フリテンの藤原じゃねえか!ずいぶん久しぶりだなぁおい!」
「正文さん、アンタも元気そうだ。今もまだ麻雀やってるかい?こんな時間に街をほっつき回ってるんなら相変わらず無職を楽しんでるんだろ?実はすでに二人ほど面子が見つかってるんだが、丁度あと一人を探していたところでね。実を言うとアンタを探してたんだぜ正文さん。アンタにどうしても来てもらいたいんだ。」
正文は藤原からの誘いに乗らずにはいられなかった。藤原との久しぶりの再開の喜びもあったが、彼は今とにかく多くの人に反対票を投じてもらう必要があるので兎に角人と出会う機会を手放したくはなかったのだ。
「もちろんやるぜ藤原、何時からやるんだ?それまでに私用を済ませておく。なぁに大した用事じゃあ無いが今じゃ日課みたいなもんでね。」
「正文さん、すまないが他の二人の予定の関係で今すぐにでも打ち始めたいんだがどうだい?」
この後実は自宅に帰る予定だった正文には当然断る理由も無かったので彼らは雀荘へと足を運ぶことにした。
時刻は間もなく16時。少し薄暗く年期を感じざるを得ないほどに古びれた雀荘。そこに似つかわしくない最新式自動麻雀卓の前に4人は座っていた。
「正文さん紹介しよう、この二人は俺がこの街を出てから知り合ったんだが、アンタの左に座ってるのが通称″永久親権″の安西、32歳。右側にいるのが通称″ノーテン削り″の田中さん、彼は御年60歳で麻雀歴40年のベテランだ。」
紹介された二人は何も言葉を発することなくただ軽く会釈をするのみであった。
「俺は曽我部正文ってモンだ、よろしくなお二人さん。早速打ち始めたいところだがその前に実はお二人さんに頼みがあるんだ。なぁに、難しい事じゃねえ、ただ一刻を争う事なんで今ちゃちゃっと済ませちまって……」
正文がそこまで言うと安西と紹介された男が口を開いた。
「貴方を知ってます、抹殺投票の対象者一覧で見たことがある。頼みというのは反対票のことでしょう?残念ですが私はまず一半荘打ってから考えたい。」
安西の言葉に正文は思わず声を荒げる。
「ま、待ってくれよ安西君、確かに俺たちゃ初対面だがよ、反対票の一つ入れるくらい簡単なことじゃねえか!反対票入れるのはノーリスクなんだぞ!なんで、なんで入れてくれねえんだ!!」
まぁまぁ、と藤原が静止に入る。すると安西が再び言葉を発した。
「兎に角まずは、打ちましょう。打ちながらお話しましょう曽我部さん。貴方が親みたいですよ。」
こうして非常に重苦しい空気の中、この4人の麻雀は始まった。
東二局十二順目、親は田中。この4人と店員以外誰もいない雀荘にはただ牌を打つ音だけが響き渡る。安西の発言とは裏腹にここまで4人の間に会話は無かった。
しかしここに来て藤原が徐ろに口を開いた。
「なぁ正文さん、実はアンタに会いに来たってのはアンタと麻雀やる為ってだけじゃあない。アンタが対象者になって抹殺投票が始まっるのを知ったからこの街へ戻ってきたのさ。この二人とな。」
正文は思いもよらぬ藤原の言葉に動揺した。藤原は話し続ける。
「なぁ正文さん、詰まるところアンタが反対票を頼んだ人達ってのは皆反対票を入れられる権利を持ってなかったんだと思うぜ。つまり、誰もが皆あれを、抹殺投票をやってるんだ。世の中の人間の99.9%が毎年必ず誰かに抹殺投票をやってる人間、対象者なのよ。」
「何が言いたいんだ藤原。」
正文からの問いかけに少しだけ間を置いて藤原は答えた。
「反対票というシステムは機能してないのさ。俺たちゃ皆対象者だ。対象者は反対票を投じることが出来ない。つまり投票が始まっちまったら期限中に票が集まりきらない以外の手段では止められない。そして残念ながら投票の始まった対象者が″晒される″このシステムではそれも厳しい。」
その言葉を聞いて、正文は激しい怒りを覚えた。この男はつまり自分に死の宣告をする為だけに街へ戻ってきたのか、そう思うと無性に腹が立ったのだ。
「なんだぁお前は!俺に死ねってか!そんな事を言うために俺に会いに来たか!麻雀やろうなんて口実でよぉ!!」
するとそれまで場を静観していた田中が口を開いた。
「そろそろ流局が見えてきたが、きっと曽我部さんはまだ聴牌(テンパイ)して無いでしょうな。フフフ、どうやら私の″ノーテン削り″が発動したようだ。」
「うるせぇなんだ突然このジジイ!麻雀やってる場合かってんだチクショウ!俺は今最高にテンパってらぁ!!見たらわかるだろうがボケとんのか!」
正文は思わず田中に当たり散らす。しかし田中は怒りもせずに言葉を続けた。
「まぁまぁ落ち着いて。ところで藤原さんは聴牌しておられるでしょうな。貴方は既に他家が出した和了(アガ)り牌をワザと見逃してフリテンにしておられるな。ツモ和了りをあくまで狙っておられる。」
藤原は田中の言葉に微笑んだ後語り始めた。
「少し別の話をしましょうか正文さん。つまり確率って言うものは不思議なもんだ。数字で表せてもそれが現実にその通りになる訳じゃあない。それが世の中ってモンだ。麻雀ってのは運や確率による要素が強く影響するゲームだろ。だからこそ面白いんだ、どんなに読みや打ち筋を磨いた上級者で時には初心者にすら当たりを振り込む事もある。」
そこまで言うと藤原はひと呼吸おいて、少し真剣な面持ちで再び話し始めた。
「俺や田中さん、安西は運が良くてね。妙な二つ名が付いちまってる。田中さんが親になればたちまち流局まで場が進み必ず誰かがノーテン払いをするし、俺は他家が出した和了り牌を見逃してフリテンになっても必ず自分でツモれて結果的に和了れちまう。安西なんて親番が回ってきたらもうその親番を自分の意思以外では手放さない。絶対に親番を継続させちまう。何故かそれが出来てしまう。」
「話が見えてこないぞ藤原、どういう事なんだ?」
正文は我慢できずに問いかけた。
「つまりだ正文さん、本来じゃあり得ない事を俺たち三人はやってるんだ。確率的に考えてあり得ない事を二つ名が付いてしまうほど何回も何回もやり続けることが出来る。イカサマでも何でも無い、何故か出来てしまう。そういうあり得ない打ち方が出来るもの同士って事がキッカケで知り合ったのさ。そして俺たち三人には実はあるもう一つ共通点がある。有り得ない話続きだが、そういう事が出来る時は必ず強烈な直感が働く。」
「なぁんの話だぁぁ!!!おい藤原ぁ!!どうして抹殺投票の話題がそんな小難しい確率の話題なんてもんになっちまうんだそれを説明しろコラァ!!超能力自慢か!!あぁ!?自分たちはおかしい人間ですって話をしてどうなるってんだボォケェがぁぁ!!」
正文は怒り狂いながらそう叫んだ。そして怒りに任せて卓上の牌を崩す。正文にとって麻雀などもはややる意味も無かった。兎に角この田中と安西、そして恐らく旧友の藤原も反対票は投じてくれないと分かっている以上もうここに長居する必要は無いのだから。しかし帰ろうとする正文を藤原は制止して尚語り続ける。
「俺達がおかしい人間っていうより、この世界がおかしいんだよ正文さん。簡単に言うと、この世界は確率通りにコトが進んでるんだ。俺達三人はどういう訳かその確率の変動が分かっちまうみたいで、麻雀でそれを利用してるっていうだけなのさ。」
正文は静かになった。落ち着いた訳では無かったが藤原の言葉の意味を考えようとしていた。そこへ安西が言葉を付け足す。
「あくまで仮説ですがね正文さん。信じられないかもしれないがこの世界は恐らく誰かにプログラミングされている、造られた世界かも知れないんですよ。実は僕はこの事についてずっと研究をしている者でしてね。僕達の世界に対する認識、世界中で起きる出来事は確率では読み切れないという認識とは違って、この世界はあらゆる出来事が確率通りなんです。」
「それが……それがどうしたってんだ。結局俺はもうすぐ死ぬんだ。知るかそんな事は!そんな陰謀論や都市伝説地味た話をされたところで俺の得票数に影響があるわけじゃねえだろ!!もういいおめえらにはウンザリだ!!帰るぜ!!」
正文はそう言って席を立つ。
「頼む聞いてくれ正文さん!つまりこの世界が仮想世界なら、抹殺投票ってのはこの世界を作った何者かが何かの実験として始めた事かも知れないんだ!だからそいつらを突き止めればきっと正文さんも死なずに……」
「へっ、知るかよ!仮想世界だぁ?テレビゲームの中に居るとでも言うのかよ!バカバカしいぜ全く。もしそうなら俺は死んだら俺を操作してた俺になるだけだな!なら最早何も怖くねえや!大体よ、この世界を創った奴らを突き止めるってのはそんなにすぐ出来る事じゃねえだろ!あばよ!」
正文はそれだけ一気に言い切ると雀荘を出ていってしまった。
「困ったねぇ、やはりというかこの話を信じてもらえる訳も無かったね。結果的に彼に死を意識させる事になってしまった訳だ。」
田中が藤原に語りかける。藤原は正文が出ていった扉を見つめながら静かに答えた。
「そもそも僕達は生きてるんですかね?」
それから数日が経ち、正文への抹殺投票数が規定数を満たし、彼は自宅で静かに息を引き取った。
抹殺投票 T.Jogging @desno
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