第7話 お金の匂い

 リンちゃんに勧められ、右手につけた印は『水護の印』というものでした。

 これは単純にいうと、お魚さんになれる印でした。

 といってもお魚さんに変身するわけではありません。

 お魚のように水中でも呼吸が出来るようになり、泳げるようになるのです。


 泳ぐのは魔法が無くても足に負担がかからないし、全身運動だ出来るのでとても良いダイエットになります。

 それに海で人魚のように泳げるのです!

 素敵です!


「人魚姫みたい!」

「人魚豚だろ。人なのか魚なのか豚なのか。1:1:8くらいの割合か?」

「ゴブッァ! 割合! バランス!」


 リンちゃんは人の心を抉る天才です。

 せめてもう少し人であると認めて欲しいです。


 左手にも『光隠の印』というのをつけて貰いました。

 これは海で魔物に遭遇した時のためにつけて貰ったもので、姿を隠せるそうです。

 高位の魔物には聞かないけれど、この近海にいる魔物にはこれで十分ということでした。


「あと身支度だ。装備も買うぞ」


 姿は消すけれど、念のため最低限の装備も揃えることにしました。

 『装備』だなんてゲームのようでワクワクしますが、本当に魔物と戦うんだなということを実感して恐ろしくもなりました。


 でも頑張ります。

 早く元の私に戻って帰るために!


 勇みながら辿り着いたのは城の中の防具屋です。

 モノクルおじいさんの印屋の隣でした。


「入るサイズがありませんねえ……くくっ」


 防具屋店主の第一声がこれでした。

 頭の上にタライが落ちてきたような衝撃を受けました。

 あんまりな出鼻のくじき方です。


 『サイズ』がない。

 そんなことは言われたことがありません。

 胸が割と大きくてトップとアンダーの差が大きかったため、ブラのサイズがないと言われたことはありましたがその時とは違います。


 店主はひげ面のおじさんでした。

 日本にいたら大工さんをしてそうな雰囲気です。

 人は良さそうなのに、『サイズがない』と小馬鹿にして笑っている顔を見ているとトンカチで攻撃したくなります。

 乙女の体型をあざ笑うなんて『悪』だ!

 助けてヒーロー!


「品揃えの悪い見せだなあ! 何処の国の管轄だ?」

「リンちゃん!?」


 タライの衝撃の余韻で硬直していると、リンちゃんが店主に掴みかかっていました。

 あれ……前回も怒っていましたが、もしかして私のために怒ってくれているのでしょうか。

 そうだとしたら嬉しいです。

 こんなところにヒーローならぬメイドヒロインがいました。

 でもリンちゃんが恐喝しているようにしか見えません……。


 リンちゃんに脅され……じゃなくて、心構えを正された店主が私でも着られるものを見繕ってくれました。

 何とかなりましたが、印屋に続いて防具屋でもあまり良い対応をして貰えませんでした。

 『ハズレ姫』とは言われませんでしたが、始めから対応する気が無いような態度だったのでモノクルお爺さんと同じ感じなのでしょう。


 でも、売って貰えたので良しとします。

 良しとしますが……。


「男物とか……」


 女物では入るものがないと言われ、出されたのは全て男物でした。


「入ればなんでもいいんだよ」

「良くない!」


 オリオンは興味なさそうに呟きましたが、とても大事なことです!

 可愛くない!

 凄くダサいです!

 茶色のズボンに渋い若草色のコートなのですが、冒険というより山奥で狩猟をして暮らして良そうです。

 これじゃ女神の使者デビューではなく、冒険者デビューでもなく、『マタギデビュー』です!


「お前、急におっさんになったな……」


 リンちゃんが可哀想な子を見る目で言いました。


「言わないで!」


 思わず手で顔を覆いました。

 見ないで、私を見ないで!

 そんな目で見ないでよー!


「性能もイマイチっぽいな」

「だったらやめよ!?」

「無いよりはマシだろう」

「そうだな」

「そうですか……」


 リンちゃんが着なくても良さげな雰囲気を出してくれたのですが、オリオン先生のお許しは出ませんでした。

 でもこれで命の危険が少しでも減るなら、我慢するしかありません。

 暫くマタギでも我慢します。


「いざと言うときは俺達で別のものを調達する。サイズも変わるだろうから。とりあえずこれで良いだろう」

「うん!」


 あからさまに凹んでいると、オリオンがフォローしてくれました。

 わざわざ調達してきてくれるなんて嬉しいです。

 それに『サイズが変わる』ということは、私が痩せると期待してくれているということですね?

 凹んでいる場合じゃ無いですね、期待に応えられるよう頑張らなきゃ!


 この後、海に出るため合流したリコちゃんの私の姿を見る目で心が折れそうになったけど……。

 装備をした姿を褒めようとしているのに、褒める場所がなくて困っているリコちゃんを見て泣きそうになりました

 優しさが辛いです……。


「あ、そうだ」


 そこである物を思い出し、取り出しました。

 私は良い物を持っていました。

 少しでもお洒落を出来るようにと、時間を見つけてはチクチク縫って作りました。


「じゃーん!」


 私が手作りしたもの、それは『シュシュ』です。

 灰原さんの黒く長い髪はあまり手入れされておらず、綺麗にするのには苦労したのですが、リコちゃんに切って整えて貰ったり、こちらの世界の植物油を塗って貰ったりしていると落ち着いてきました。

 髪自体はこの調子でいくとして飾りをなんとかしようとしたのですが、こちらの世界の飾りはシンプルで……。

 というかリボンだけでした。

 もっと他にあったらいいのに思い、リコちゃんに色々な布を集めて貰って手作りしたのです。

 こちらの世界は『ムゴ』という蔦のツルをゴム代わりに使っていたのですが、それがあまり伸びなくて苦戦しましたが中々良い出来だと思います。


「それは?」


 ピンクの布にレースをつけ、堅めのムゴを骨にして作ったうさ耳シュシュで髪を一纏めにしていると、リコちゃんが不思議そうにこちらを見ていました。

 そういえば布を欲しいとは頼みましたが、何を作るかは言っていませんでした。

 

「リコちゃんがくれた生地で作った『シュシュ』っていうものだよ」

「シュシュ……」


 リコちゃんの目が輝いて見えます。

 流石女の子です。


「今度リコちゃんにも作ってあげるね! これは『うさ耳シュシュ』なんだよ。ほら、うさ耳みたいでしょ?」

「お前は獲った獲物を頭につけるのか?」

「マタギじゃないもん!」


 女の子オーラ前回で嬉しそうにしているリコちゃんの隣で、リンちゃんが喧嘩を売ってきました。

 同じ女の子なんだから、一緒にワイワイしてくれたらいいのに!


「ほら、腕につけても可愛いんだよ。いいよねー」

「可愛ですねー」


 リコちゃんは一緒に和んでくれたのですが、リンちゃんは白けています。


「興味ないな。でも、売れそうだな……」

「さっさと行くぞ」


 オリオンとリンちゃんに置いていかれました。

 いいもん、リコちゃんがいるもん……と思ったらリコちゃんも行っていました。


「うわーん、待って-!」


 おかしいな、味方が居ない気がするのは何故なのでしょう。




※※※




「おおー! 泳げる~!」


 城の中の迷路のような地下通路をオリオンに先導され突き進むと、すぐに海に辿り着きました。

 出たところは船着き場だったのですが、そこから海に入りました。

 メンバーは私とオリオンにリンちゃんです。

 リコちゃんは船着き場で待機です。


 海の中に入るのだから着替えるのかと思いきや、着替えていません。

 リンちゃんは相変わらずメイド服です。

 『着替えないの?』と聞くと、何のために防具を買ったんだと呆れられました。

 確かにそうです。


「水護の印を使えよ」

「どうやって?」

「印に魔力を流すだけでいいんだよ」

「それが分からないんだよ」

「……面倒臭えなあ。チッ。オリオーン」


 舌打ちされてしまいました。

 その上オリオンに丸投げだなんて……ってオリオンまで面倒臭そうな顔をしています。

 私、泣きますよ?


「冗談だ。ちゃんと教えてやる。手を出せ」

「? はい」


 『お手!』と言われたワンちゃんのようにオリオンに向けて素直に手を出すと、小石のようなものを乗せられました。


「それは魔法を制御するための練習アイテムだ。小さな子供が使うものだが、魔法を使っているという感覚を体感出来る」


 そう言うと、小石を乗せた私の手をそっと両手で包みました。

 中学生に見えるオリオンですが、手は大きくてゴツゴツとしていました。

 男の人の手だ! と思った瞬間ドキドキしてしまいました。


「ボーッとするな。ちゃんと見ていろ」

「はい! すいません!」

「……」


 横で見守っているリンちゃんのシラけた視線を感じます。

 少しの乙女タイムも許されないの? ……あ!


 心の中で愚痴っていると、手に持っていた小石が暖かくなった気がしました。

 不思議……実際に温度が上がっているわけではないと思います。

 でも『暖かい』と思ってしまう感覚で、小石から赤外線が出ていそうな……。


「この感覚を覚えろ。この感じを使いたい印に集中させるんだ。試しに水護の印を使って見ろ」

「分かった」


 小石は置いたままで、オリオンは手を離しました。

 早速印を使えるか試してみます。

 暖かいっぽい感じ……右手の水護の印……暖かいっぽい感じ……右手の水護の印!


「……難しい」


 言われた通りにしてみたつもりですが何も怒りません。


「お前なりのイメージを作ればいい。この石から感じるものを例えるなら何だ?」

「んー……赤外線ヒーター?」

「どういうものか知らないが、それと印を結びつけて想像してみるといい。もう一回やってみろ」

「やってみる」


 家にあった遠赤外線のカーボンヒーターを思い出しました。

 お母さんが学生の頃からあるという古いもので、とても電気代がかかるポンコツです。

あれで手を温めている……水護の印を炙っている……!


「お、出来たじゃん」

「え?」


 リンちゃんの呟きを聞いて右手を確認してみると、確かに印の辺りにじんわりとした感覚がありました。


「え? いいの?」


 思わず声が出ました。

 『炙っている想像で使えちゃっていいの!?』と異世界の理に大声で問いかけたいです!


「『いいの?』って何だよ」

「……ううん。何でも無い」


 正直に話すと呆れられます。

 秘密にしましょう。

……墓まで持って行きます。


「案外すんなり使えたじゃ無いか。上等だ」

「えへへ」


 オリオンに褒められると嬉しいです。

 余計に炙り印の話は出来ませんね。


「印を継続させる練習も兼ねて早速行くか」

「そうだな。んじゃあ、はぐれないようにちゃんと着いて来いよ?」

「え?」


 二人に顔を向けたときには海から飛沫が……。


「え?」


 気づいた時には二人はダイブインアフターです。

 説明少なくない!?

 着替えてないけどいの!?


「置いていかないでよ! ……ええーい、行っちゃえ!」


 ……私、とっても逞しくなれそうです。




※※※




「何これー……」


 とても不思議な感覚です。

 水の中なのに自由に動けるし、息も出来ます。

 服は濡れている感じはしません。

 見えない程薄い空気の膜でも張っているのでしょうか。

 リンちゃんにどうなっているのか聞いたのですが、『そういうもんだ』と返されました。

 特に原理について考えたことはないようです。

 こちらの世界の常識すぎて、特に気にしたことはないという感じでした。


 二人に追いつき、水護の印を使いつつもう一つの光隠の印も発動させたのですが特に問題はありません。

少し眠くはなりましたが、これが魔力を消費した感覚らしいです。

 空っぽになると倒れるとか。

 大丈夫かと聞いたら『そうなったら回収してやる』と力強いお言葉をお二人から頂きました。

 それって『生きた状態で』ですよね? と聞きたかったのですが、質問を与えないオーラを出されました。

 非常に気になりますが、気にしている余裕も与えて貰えないのでなるようになると思います! ……多分。


 海の中の景色は、私がいた元の世界の景色と似ていました。

 海藻や貝、魚など、いるものは同じだけれどこちらの世界の方がカラフルです。

 ……あと、魔物がいるんですよね。


「ねえ、ここに魔物はいないの?」

「今近くにはいないが出てくるかもしれない。油断するなよ?」

「わ、分かった」


 オリオンの真面目な声を聞いて身が引き締まりました。

 暫くキョロキョロしながら海の中を進みました。


「ん?」


 海の底でゆっくりと動いているものに目が止まりました。

 それは亀でした。

 よく知っている普通の亀より大きく、三十センチくらいの大きさがありました。


「ねえ、リンちゃん……あれ、何?」

「ああ、ポンスーだな」

「ポンスー!?」


 スッポンみたいだなと思って聞いたのですが、スッポンを業界用語にしたような名前でした。

 地球のスッポンと近いのでしょうか。

 近いのだったら、素晴らしい食材なのですが……。


「あれ、食べられないの?」

「えぇ……食べたいのか?」

「凄く美容や健康にいい亀さんにそっくりなの!」

「……じゃあ、持って帰るか?」


 終始『信じられない』と言いたげな表情のリンちゃんですが、私の勢いに押されてポンスーを取りに向かおうとした、その時――。


「来たぞ。魔物だ」


 オリオンの凜とした声が響きました。

 それを聞いて、リンちゃんは素早く剣を抜きました。


 リンちゃんは意外なことに、剣士さんのようです。

 メイド服の傍らに剣がぶら下がっているのを見た時は興奮しました。

 メイド女剣士、素敵です!


 オリオンは短剣です。

 腰には二本ぶら下がっていたので両手剣のようですが、今は片方で事足りるようで一本は仕舞ったままです。

 勝手に『魔法使いだから杖!』と思っていたのですが、違ったようです。

 オリオンは魔法使い、というのも勝手に思っていただけですが。


 二人はとても落ち着いています。

 何処にいるかも分かっているようで同じ方向を見ていますが、私は……。


「ええ!? 何処!? 何処!?」

「騒ぐなデブ。津波が起きるだろ」

「ぐっ、起きないもん!」


 姿を消しているし二人が庇うように前にいてくれるので大丈夫だと思うのですが、ビクビクしてしまいます。


「あれだ」

「バブルフィッシュだな」


 二人の視線の先、遠くから何かがこちらに向かってやって来ています。

 ……泡?

 魚の形をしたシャボン玉という感じです。

 大きさはイルカくらいでしょうか。


「動きは速いが攻撃が当たればすぐに割れて消える。初歩の初歩、この一帯では一番弱い魔物だな。お前のいい練習相手になりそうだろう?」

「向こうは攻撃してこないの?」

「くるに決まっているだろう? 当たるとそれなりに痛いし、催眠効果があって、たまに寝ちまうから気をつけなきゃいけない」

「さっさと片付けるか」


 そういうとオリオンが素早く前に出て行きました。

 バブルフィッシュを迎え撃つようです。

 リンちゃんは私を護るためか、動いていません。


 バブルフィッシュはオリオンに突進しようとしているようで、真っ直ぐオリオンを目指して来ています。

 あと少しで当たります。

 凄いスピードで来ているし、本当に大丈夫なのか心配になってきました。

 これが一番弱い魔物だなんて信じられません。

 見守るにも力が入ってしまいます。


「大丈夫だよね!?」

「黙って見てろよ」


 そう言われてもヒヤヒヤしてしまいます。

 あと少し……ああ、もうちょっと……もうぶつかる!!


 怖くて目を瞑ってしまいそうになったその瞬間、オリオンが動きました。

 とても軽やかな動作で、シュッと短刀を一降りしました。


「え?」


 あまりにも軽い動きで……まるで素振りをしているようでした。

 それで本当に倒せたの? ……というか当たったの? と頭の上にハテナを浮かべながら見守っていると、バブルフィッシュはブワッと小さな泡となって拡散し、消えていきました。


「え……終わり?」

「そう、終わり」


 何だったのでしょう……一瞬過ぎて良く分かりませんでした。

 今のはオリオンが凄かったのでしょうか、それともバブルフィッシュが弱すぎたのでしょうか。

 リンちゃんに聞くと『両方だ』と返事がきました。


「どうだ?」

「格好良かったよ」

「馬鹿が。そんなこと聞いてない」


 戻ってきたオリオンが私に尋ねたので素直に感想を答えたのですが、そういうことじゃ無かったようで怒られました。

 でも、質問の文字数が短すぎるのも悪いと思います!


「出来そうか?」

「無理」


 戦えるかということを聞きたかったようです。

 答えは『NO』です。

 だって、あんなに早かったのに、一番弱いだなんて!


「弱いっていうのは脆さや倒しやすさを言ってだ。スピードだけで言えばそこそこ手強い。だからこそ、良い練習になる。あれを弓で打ち抜けるようになれ」

「むり……」

「やる前から諦めるなら、俺も向こうに行くぞ」


 『無理かも』と言おうと思ったのですが、オリオンに叱られてしまいました。

 真剣な表情をしているので本当に怒っているようです。

 『向こう』というのは、灰原さん達のことでしょう。

 そんなの絶対嫌です!


 駄目ですね……やる前から無理だと諦めるのは私も嫌だったはずなのに。

 オリオンやリンちゃんリコちゃんが優しいので、すっかり甘えてしまっていました。

 さっきまでも緊張しながらも、『二人がいるから大丈夫』と、どこか気が緩んでいました。


「ごめん。頑張る。絶対出来るようになる」


 気合いを入れ直すために、自分の頬をバンバンと叩いてオリオンに約束しました。

 するとオリオンは納得したのか、軽く微笑んでくれたのが分かりました。


「んじゃ、亀持って帰るか」


 見守ってくれていたリンちゃんがさっと深くまで潜り、素手でポンスーを手早くとってきてくれました。

 うーん、見れば見るほどスッポンです。

 ちょっと可愛い……あんまり見ていると愛着が湧いてきそうなのでやめました。


「これは……ポンスーですね?」


 船着場に戻り、早速リコちゃんに相談です。

 ポンスーを差し出すと苦手なのか、一歩下がって顔を顰めてしまいました。


「うん、食べられないかな?」


 私の言葉を聞くと、『正気かなのか』と目を見開きました。


「食べられないことはないと思いますが……」


 あまり気乗りしない様子です。

 でもスッポンと同じ効果が期待出来るなら、是非とも食べたいです。

 祖母に勧められ嫌々食べた日の翌朝、効果が素晴らしくて飛び跳ねた記憶があります。

 それを一生懸命伝えるとリコちゃん目の目が光りました。

 闘志に火がついたようで、気合が入った声で言いました。


「特製スープのスター食材としてお招きしましょう!」

「あ、うん……」


 例のスープに入れちゃうんだ……?

 お願いしたことを少し後悔しました。



 ――翌朝。


「リコちゃん見て……凄いよ……」

「ステラ様……! 素晴らしいです! 信じられません……凄いです!」


 疲労が溜まり、痩せたというよりやつれて見えていた顔に張りが戻っています。

 体重も体積も落ち始めていることは分かっていたのですが、疲労が顔に出すぎて喜べなかった外見が一気に見違えました。

 健康的に痩せてきている、そう思える仕上がりです。

 恐らく一回り、いや……二回りは締まりました。

 十キロくらいは痩せたはずです!

 五十キロくらいにはなりたいので、あと二十キロくらい落とせばいいでしょうか。

 このペースだといけそうです。

 『何か臭い汁〜亀の香り推し〜』を心を無にしながら流し込んだ甲斐がありました!


「これは……売れるな」


 リンちゃんが呟きました。

 この世界でもダイエット商品のようなものは売れるのでしょうか。

 聞いてみると、『そういう食材や薬はあるが大きな市場ではない』ということでした。

 魔法で身体の代謝を上げたり興奮状態で運動したり、逆に負の魔法をかけて食欲を落としたりと、魔法を使って工夫することが多いそうです。


「魔法の方が便利だし、あんまり売れないんじゃ無い?」

「いや、ボクが見てきた中ではこんなに早く大きな効果が出るものはない。上手くやれば、必ず売れる!」


 そう話すリンちゃんの目はギラギラしていました。

 これは商人の目です、お金の亡者の目です!


「じゃあ……売る?」

「いや、まだだ。商売にするのは早い」

「そうなの?」

「ああ。普通に売ろうとしてもボク達には店がない。どこかの店に頼んでもいいが、それだと取り分が少なくなる。お前に対する風当たりが強いっていうマイナスあるし……。やっぱり、理想は自分達で直接売買か。シュシュといい、お前からは金になりそうな臭いがプンプンしてる。まだ色々ありそうだな……くっく」


 最初は私に説明していたはずなのに、いつの間にか独り言になっています。

 悪巧みをしているような悪代官フェイスです。

 話しかける空気ではなくブツブツ呟いているのを見守っていると、突然リンちゃんにガシッと両肩を掴まれました。


「いいか、お前が見本になるんだ。お前みたいな締まりの無い身体をしたやつが短期間で綺麗になる。そうなると周りは驚き、どういう手段でそうなったか気になるはずだ」

「う、うん」


 さり気なく『締まりのない身体』という単語に心を抉られましたが、真剣に話しているので黙って耳を傾けます。


「そこで出すんだよ、これを! あのデブがこれで劇的変身ってな」

「うぐっ……な、なるほど!」


 その二文字は止めて!

 話を集中して聞けません!

 そんな私に構うことなく、リンちゃんの口は止まりません。


「そこにいくまで仕込みもするか。途中で気になってくる奴もいるだろうから、そういう奴に『内緒』と言って渡して使わせる。大体内緒だって言っても漏れるから、良い具合に広がるだろう。……で、効果が出た奴の周りは何があったか気になる。そしてまた『内緒』だと話して広がる。そうやって『裏』でまず広める。裏の方で広がれば、表からも声がかかるようになるだろうしな。そうだ、シュシュ……あれは表でまず広げるか!」


 リンちゃんの中でプランが決まったようです。

 とても笑顔です。

 楽しいのでしょう。

 良いことだと思うのですが……何故か私は怖いです。


「ステラ、シュシュを作れ! 出来るだけ種類豊富に!」


 目が怖いです!

 掴まれているので逃げることも出来ません。

 コクコクと首振り人形のように頭を縦に振ると、満足げに微笑んだリンちゃんから解放されました。


「リン、『ステラ様』です。それに、いくらお許しを頂いているからと言って失礼な態度は慎みなさい」


 砕けた言葉がすっかり馴染んでしまったのでもう指摘することに意味はないと思うのですが、度々リコちゃんは思い出したかのように注意を始めます。

 そしていつもの流れの通りリコちゃんのお叱りを受け流しながら、リンちゃんはまとめに入るようで、皆に視線を向けた後私に目を止めました。


「シュシュはボクとリコがつけてプロモーションする。メイド連中には絶対売れる」

「そうなの?」

「ええ、恐らく。ノアソフィアではリボンが主流なのですが、このシュシュは動いていても解けなくて素晴らしい上に可愛らしいです」


 お洒落をしたいメイドさんに流行ること間違いなし! とリコちゃんからも太鼓判をおして貰いました。


「シュシュは良いが本命はポンスーの方だ。……いいか、死ぬ気で痩せろ! この商売の成功は、お前の仕上がり具合にかかっている! お前が磨かれるほどボク達は儲かる!」

「イエス、ボス!」

「お前達は何処を目指してるんだ……」


 この話には興味が無かったのか、本を読んで大人しくしていたオリオンが何か呟きました。

 大丈夫、オリオンにも何か可愛いの作ってあげるからね!


 私のブートキャンプに、『内職』の項目が増えました。

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