第8話 ファントム

 ノアソフィアの各地を巡るために女神の心臓の城を出た私は、今は城下町で船が到着するのを待っている。

 異世界に来て優雅に旅行だなんて最高だわ。

 何処に行っても持て囃され過ぎて笑っちゃう。


 待機場所と指定されたのは港から近い宿だった。

 宿自体は割と庶民的だったけれど、恐らく一番良い部屋なのでしょう。

 私用に取り繕ったようで、白と蒼で統一されたお姫様が過ごすような部屋だった。


 この世界に来て、実際私は『姫』と呼ばれ、そのように扱われている。

 女神が言った通りだった。


 学校泊のあの日、『鏡の魔女』を試した私は女神に囚われ、ノアソフィアに送り込まれた。

 でもそれは、私にとっては幸福なことだった。

 あんなクソみたいな世界から抜け出せて清々したし、願いが叶った。


 女神と対峙し、『願い』を聞かれたあの時……。

 隣で意識を失い、転がっている白鷺瑠奈を見て思った。

 『こいつの全部を横取りしてやりたい』と。


 元々いけすかない奴だった。

 美貌を振りかざし、明るくて優しくて、良い人ぶって……。

 一人でいるボッチで不細工な私を哀れんで、親切にして自己満足しているのが見え見えだった。

 あの目を見る度、私は腑が煮えくり返った。

 私はお前の自尊心を満たす道具ではない、と。


 だから女神が、白鷺瑠奈の体が欲しいという願いを受け入れてくれた時は狂喜乱舞した。

 嬉しいことはそれから続いた。

 不細工な私の体に放りこまれた白鷺瑠奈のあの目……。

 思い出すと吹き出しそうになる。

 名前を聞いてやった時に飛びかかられそうになったのは驚いたが、周りに白い目で見られて泣いていたのは傑作だった。

 セイロンは私にとって気持ちのいい言葉ばかり吐いてくれるし、アークは私にとっての王子様だし、楽し過ぎて吐きそうなくらいだ。

 その後、私の騎士様になったライナーも違うタイプのイケメンで私の逆ハーレムが潤って順風満帆だ。

 オリオンが向こうに行ってしまったのは心底気に入らないけれど。

 女神から聞いた情報の中では、一番気に入っていた人なのに……。

 一番強くて、レアで、本当の姿は……。


 けれど、今は我慢しておこう。

 戻ってきてからでも、回収することは出来るのだから。


「ルナ姫、どうかされましたか?」


 アークが私の髪に触れながら、顔を覗き込んだ。

 彼は私と恋人のような振る舞いをしたがる。

 彼からの好意を感じる。

 女神も言っていた。

 アークは『女神の騎士』というものに強い誇りを持ち、『女神の使者』に対しては信仰と言っていいほど強い憧れを抱いている。

 だから私の思い通りになるだろう、と。


 アークが私に触れてくると、今度はセイロンが対抗してくる。

 私の腕に掴まり、甘えたような視線を向けながら話す。


「アーク、抜け駆けしないでくれる? ルナ姫大丈夫?」


 セイロンが出てくると、次はライナーが口を出す。


「セイロン、離れろ。あまりルナ姫を困らせるな」


 セイロンを諌めているだけのように見えるが、僅かに顰めた表情に嫉妬が見える。

 私を取り合っているようなこの空間が心地良い。


「いいえ……なんでもないわ。皆、ありがとう」


 私が微笑むと周りは私に酔いしれる。

 ああ、幸せ。

 窓から見える城に目を向ける。

 暫しの別れね、不細工な私。

 さようなら。

 せいぜい頑張って頂戴。

 貴方には、まだまだ役割があるのだから……。




※※※




 母さんが~夜なべをして~


 そう心の中で歌いながら、夜な夜なシュシュ作りという内職に励みました。

 おかげで睡眠時間は短く、寝不足状態で迎えた朝。

 異世界でも小鳥はチュンチュンと元気です。


 ブートキャンプ三日目、今日はオリオンの戦闘講座です。

 自室でオリオンと膝を突き合わせて椅子に座っています。

 直接命に関わってくることなので緊張します。

 膝の上に置いた手にも力が入ります。


「海では俺が近くで戦ったが、恐怖は感じたか?」

「ええっと……正直に申しますと、そうですね。見ているのがやっとでございましたです、はい」

「そうか」


 ん?

 前回怒りを買ってしまったし、もっと『しっかりしろ』と怒られると思って構えていたのですが、オリオンは全く気にしていない様子です。


「もっと気合い入れろ-! って、怒らないの?」

「最初からは無理なことは分かっている。やる気がないのはどうしようもないが、そうじゃなければどうにか出来る。お前がまずやることは『慣れる』。そして『観察』だ」


 そう言われ、ホッとしました。

 オリオンに見捨てられなくて良かったという安心と、無理なペースで進まなくていいと分かった安心でちょっと泣きそうです。


「まず敵を見て、味方を見て学ぶんだ。敵はどう動くのか、味方はどう動くのか……そして自分に何が出来るのか。頭の中でシミュレーションして、お前が『いける』と思ったら実戦に入る」


 オリオンは私に合わせてちゃんと考えてくれているようです。

 そんな人に対しては全てを投げ出して『無理』と言いそうだったなんて、改めて反省です。

 私、生まれ変わって頑張ります!


「戦闘でのお前の立ち位置、役割について考えたんだが……」

「私、頑張って戦うよ!」

「当たり前だ」


 気合を入れていたところだったので張り切って声を上げたのですが、オリオンにジロリと睨まれてしまいました。

 当たり前なことを威張って言うな、ということですよね……視線が痛い!


「ト、トドメ役でいいんだよね? あ、でも私、女神に力を託された覚えがないよ? トドメをさせるのかな?」

「それは大丈夫だろう。今までもお前のように何も知らない女神の使者がいたが問題なかった。だからお前はトドメ役でいい。だがこっちは俺しかいないんだ。お前は自分の命を守るくらいの力はつけろ。ただ、絶対に無理はするなよ」

「うん……」


 そうか、騎士はオリオンだけなんだ。

 リンちゃんやリコちゃんは『メイド』なんだった。

 リンちゃんは平気で戦っているから忘れてしまっていました。


「あの……宜しいでしょうか」


 話し合っていたオリオンと私の間に、お茶を持ってきてくれたリコちゃんが遠慮がちに入ってきました。


「私達もお手伝いさせて頂きましょうか?」

「え?」


 今の話の流れからすると……リコちゃんとリンちゃんも塔での魔物退治に力を貸してくれる、ということでしょうか。

 それは、とても嬉しい申し出ですが……。


「で、でも……危ないよ!?」

「それについては、こいつらは平気だ」


 二人とは知り合いらしいオリオンがそう言っているのだから、そうなのかもしれませんが……。

 でも、お願いしてもいいのでしょうか。

 後ろの方で、壁に凭れていたリンちゃん目を向けました。


「それなりの報酬があれば、ボク達は手伝うよ?」


 あ、無償ではないのですね。

 それはそうか。

 ってそれではまるで傭兵のような……傭兵メイド?

 マルチメイド?

 この世界のメイドって戦闘能力も必要とされているのでしょうか。


「塔の中の魔物は特殊だ。得られる物もそれなりの値になるだろう」

「それをくれるってわけ?」


 リンちゃんの視線を受けたオリオンが私を見ました。

 魔物を倒すと戦利品を獲られるそうです。

 それをリンちゃん達に渡してもいいか、と言うことのようです。


「私はいいけど……」


 どんな『物』よりリコちゃん達の力の方が、喉から手が出るほど欲しいです。

 でも二人は女の子です。

 お願いしたいけど、してはいけないような……。


「なら手伝ってやるよ」

「でも……本当にいいの?」


 周りを見渡す、異論はない様子です。

 なら、甘えてもいいのでしょうか?

 迷っていると、リンちゃんに『お前より百倍動けるから余計な心配するな』と言われてしましました。

 確かに海で見ただけですが、リンちゃんの動きは慣れたものでした。


「じゃあ……お願いします! あ、でも、二人は女神の騎士じゃないけどいいの?」


 女神の使者を支えるのは女神の騎士の役割だと聞いていたのですが、騎士じゃ無い人も塔に入ってもいいのでしょうか。


協力者サポーターの許可を取れば可能だ。そっちは俺が通してある」

「え?」


 もう許可は取ってある、という言い方でしたよね?


「おい……元々ボク達にやらせるつもりだったな?」


 長い前髪で目は見えませんが、オリオンがニヤリと笑ったのが分かりました。

 分かっていて目の前で話したのでしょうか。

 確信犯ですね!


「その為のお前達だろ? 面子は揃ったところでステラの武器についてだが……弓がいいと思う」

「サラッと流したな……」


 リンちゃんがジロリとオリオンを睨んでいますが、気にすることなくオリオンは話を進めます。

 さすが年の功です。


「弓、かあ。確かに遠くからでもトドメをさせるよね」

「ああ。だがその分難しい。当たらなければどうにもならないからな」

「それは……頑張る!」


 弓なんて触ったことも無いけれど、私が通っている高校の弓道部は全国大会に出るほど優秀でした。

 だから私も出来るはず、同じ学校だから出来る気がします!


「お前は案外根性はある。だからやれるんじゃないか」

「リンちゃんが褒めてくれた-!」

「私達もお手伝い致しますので……さあ、どうぞ」

「あ、うん……」


 初めの言葉は嬉しいのですが、一緒に差し出されたポンスー入りなんか臭い汁、通称ポン汁が全てをかき消してしまいそうです。

 ポンとつくジュースは果汁百パーセントで美味しいのに、天と地程差があります。

 でも効果は絶大なので飲みます。

 ……うぷ。




※※※




 オリオンとリンちゃん、いつものお買い物メンバーで城の武器屋に行きました。

 印屋の向かいなので、モノクルお爺さんが見えます。

 モノクルお爺さんは私を見ると、一瞬驚いた顔をしていました。

 どうしたのでしょう。

 もしかして、痩せたと思ってくれたのでしょうか!?

 だとしたら嬉しいのですが……。

 話し掛けようとしましたが、あからさまに顔を背けられてしまったので止めました。


 武器屋の店主は細身の青年でした。

 ひょろひょろもやしさんです。

 私ののしかかり攻撃なら、一発でオーバーキルになりそうです。

 二十代後半くらいの眼鏡をかけた、あまり武器とは関わりのなさそうな容姿ですね。

 図書館の司書の方が似合っていそうです。

 彼は私に一瞬目を止めましたが何を言うでもなく、オリオンが指定した通りの商品をカウンターに並べました。

 いちゃもんをつけられないのはやりやすいですが、目が少し冷たく感じられました。

 最近のことで被害妄想思考になっているだけかもしれませんが。

 オリオンが購入したのは一番安い木の弓でした。


「弓はその格好に合うな……」

「!!」


 なんということでしょう……弓を持つことでマタギ感がアップしてしまいました!


「凄い腕の良い狩人に見えるぞ」

「リンちゃんうるさい!」


 装備すると見た目的には、これ以上無いくらいにしっくりきました。

 それはもう、悲しい程に……。


 護身や何かと作業などで使えそうなナイフも一つ購入し、武器屋を後にしました。


「射ってみるか」


 早速試すためにオリオンに先導され、外に出ました。

 辿り着いたのは私がよく走ったり運動をする城の裏手の広場の更に奥、草木が育ち、あまり手入れされていない感じのする茂みでした。

 ここで弓を試すようです。


 オリオンが木の一つにナイフでバッテンの傷をつけました。


「これを狙え」


 バッテンが的のようです。

 射ち方は何となくテレビで見ていて知っていたのですが、黙ってオリオンに基本から教わりました。

 リンちゃんは私達の後ろの方の木陰に座って、こちらを眺めています。


「じゃあ、射ってみろ」

「うん!」


 何となく上手くいきそうな気がします。

 私はやれば出来る子のはずです。

 自分に暗示をかけましょう……私はロビンフッド、私はロビンフッド!


――ビニョンッ


「ん?」


 思い切り引いた弦が、違和感のある音を放ちました。

 矢は勢いよく放たれた木がしたのですが、的のバッテンには刺さっていません。

 ……というか、矢……どこ?


――ストンッ


「うお!?」


 矢をキョロキョロ探していると、後ろからリンちゃんの奇声が聞こえました。

 今、おっさんの様な声でしたけど?

 振り返ると、リンちゃんの目の前の地面に矢が刺さっていました。

 どうやら空高く上がった矢が落ちてきて突き刺さったようです。


「てへっ」

「お前……ボクを殺す気か!」

「ごめんなさいー!」

「……はあ」


 オリオンが深い溜息をついています。

 大変です、がっかりさせてしまいました。


「大丈夫、死ぬ気で練習するから! 私、出来るようになるよ!」

「ああ。……せめて前に飛ぶようにしてくれ。お前に殺されそうだ」

「そ、そんなこと……絶対しないもん」


 多分……。

 まだ始めたばかりですから、練習で何とかなるはず! 

 ちゃんとトドメをさすことが出来るようにならなければ……。

 足手纏いにはなりたくありません。


「これから海に行くが、自分の武器は弓であることを想定して周りを見ろ。トドメの一撃を打てるタイミングや味方に当たらないラインを見極められるようになれ。それが課題だ」

「分かりました!」




※※※




 再び船着き場の近海です。

 以前来た時と同じメンバーで同じ陣形です。

 少しですが戦闘について学び始めたので前よりも余裕があります。


「来たぞ」


 オリオンの声が響きました。

 練習相手のバブルフィッシュです。

 『味方と敵の動きを見る、自分の攻撃を想定する』、でしたね。

 二人は私の特訓のためにすぐに倒さずに、かわしながらやり過ごしています。


 オリオンは前に出るタイプです

 リンちゃんは少し距離を開けて、動きを見定めているようです。


 バブルフィッシュの動きはよく見て見ると単純です。

 スピードが出ている分曲がりにくいようで、まっすぐ進んでは止まって方向転換を行う、猪のような動きをしています。

 あのスピードを見慣れれば、真っ直ぐに進んでいる時にも射てるだろうし、動きが遅い方向転換の時も狙いやすそうです。

 

 前回は余裕がありませんでしたが、今はなんだか出来る気がしてきました!

 暫く見ていましたが、私の様子を見てもういいと判断したのか、オリオンが一閃して倒しました。


「どうだ?」

「なんかいけそうな気がする!」

「そうか。じゃあ後は、イメージ通りの動きがでいるように練習だな」


 その後もバブルフィッシュが三匹ほど出てきたので、同じようにイメージトレーニングをしました。

 戦闘の空気にも少し慣れてきたところで戦闘訓練は終了。

 ポンスーを捕獲して帰りました。


 帰ってからも、オリオンが的を作ってくれた『バッテン練習場』で弓の練習をしました。

 オリオンとリンちゃんは離れ、今はリコちゃんが付き添ってくれています。

 リコちゃんも弓の指導をしてくれたのですが、言葉で教えるのがとても上手で、言われた通りにしているとまともに射てるようになりました。

 バッテンの中心には行きませんが、ちゃんと木には刺さるようになりました。

 凄い進歩です!

 練習を始める前に飲んだ、集中力を高めるというポン汁が効いているのでしょうか。

 ポン汁、恐るべし。




※※※




 夜、食事も身支度も済ませ、皆がいなくなった後も私は一人でバッテン練習場に戻ってきました。

 暗い茂みは怖いですが、城の中には魔物や野犬などの危険はない……と思います。

 念のため、姿を消す光隠の印を発動させておきましょう。


 ぼんやりと周りを照らしてくれる、魔法のランタンを的のバッテンと自分の間に置きました。

 これで手元とバッテンが見えるので、練習が出来ます。


「よし、バッテンのど真ん中に当たるまでやるぞ」

「頑張ってるね」

「!?」


 耳元で声が聞こえ、驚きのあまりずっこけて尻餅をついてしまいました。

 矢を持っていたので危ないです、何なの!?


「大丈夫?」

「あ、はい……大丈夫で、ああああああ!!」


 差し出された白い手を掴み、顔を見上げると……。

 そこにたのは例の白い美人幽霊でした。

 私の奇声を聞いて目を見開いていますが、きょとんとした様子です。

 相変わらず可愛らしい美人です。

 でも要注意なのです、私はこの人に呪われているのですから!


「日が落ちるとこの辺りの草は露がつくから、濡れてしまうよ」


 確かに練習用に着てきた麻のズボンのおしりの辺りが湿ってしまい、気持ち悪いです。

 白い綺麗な手が力強く私を引き起こしてくれました。

 以外に逞しい手でした。

 男の人なのでしょうか。


 ……っていうか今、触れましたよね!?


「幽霊じゃないんですか!? 触れましたけど!」


 そう言えば前は半透明でしたが、今ははっきりとしています。

 『実在している』という感じがします。

 美人幽霊は私の質問には答えることは無く、穏やかな微笑みを浮かべています。


 やっぱり悪い雰囲気はしません。

 でも『呪い』なんかくれちゃったんですよね……。


「なんで私を呪ったんですか」

「呪い?」


 思い切ってストレートに聞いてみたのですが、また可愛らしく首を傾げていて心当たりはない様子です。

呪いではなかったのでしょうか。


「これは呪いではなく『祝い』、祝福だよ」


 私のおでこを長い指でツンと突きながら微笑みました。

 気障な動作だと思うのですが、美人がすると様になります。


「祝福?」

「そう。楽しい時間をくれたお礼とお近づきのしるしに。姿を見せていないかい?」

「姿……!? え、生き物なんですか? ……というか、これは何なのでしょう」


 悪いものじゃないということはなんとなく分かりましたが、さっぱり分かりません。

 自分のおでこを指差しながら幽霊に尋ねました。

 ここに生物が寄生していると思うと、とてつもなく怖くて気持ち悪いのですが!


「君の友達になるはず……なんだけど出てきてないってことは、君は気に入られなかったのかな?」


 よく分からないけれど、よく分からないものにも私は嫌われてしまったってこと?

 そこはかとなく悲しい……本当によく分からないけれど……。


「おかしいな。私が君を気に入ったのだから、その子も君を気に入るはずなんだけどね」

「えっ」


 凹みそうになったところに、気分が急上昇するワードが聞こえてきたのですが!

 今、『気に入った』って言ってくれました!?

 やっぱり悪い幽霊? ではないです、絶対違う!

 こんな美人に好意的な言葉を貰えるなんて、浮かれちゃいます。

 女性なのか、男性なのか、改めて気になってきました。

 聞いてみようかと考えていると、私のおでこに美人幽霊が手を置きました。

 呪いじゃなくて祝い? をくれた時と同じ感覚がします。

 じわじわと暖かくなってきました。


 私のおでこから手を離すと、その手を差し出すようにして言いました。


「……おいで」

「ふえ!?」


 まるでダンスに誘われているような、もっと近くに来てと言われているような。

 蒼い瞳が私を見つめて……あれ、もっと上を見ている?


「……ふふ、君に言っているんじゃないよ」

「ふえ?」


 私に言われたのかとドキッとしてしまいましたが、どうやら違うようです。

 美人がクスクス笑っています。

 自分が手を振られているのかと思い手を振り返したら、実は後ろの人に振っていたというオチで、穴に入りたくなった時と同じ衝動に襲われました。

 死にたい!

 恥ずかしい!


――バサッ


 羞恥心に耐えかね、俯いていると耳に入ってきた音。

 それは、鳥の羽音のように聞こえました。

 顔を上げると幽霊美人の手には、一羽の白い鳥がとまっていました。

 キリッとした、凜々しい金の目の格好良い鳥です。


トンビだ!」

「正確にはワシなんだけどね」


 知ったかぶって言ったのに間違えました。

 またまた恥ずかしいです。

 『同じと言えば同じだけどね』と美人幽霊がフォローしてくれています。


「この辺りに鷲なんているんですね」

「この子は君のここにいるんだよ」


 そう言ってまた私のおでこをツンと突きました。


「え」


 もしかして『友達』と言っていたのは、この子?

 この子は印の中にいるのでしょうか。

 ゲームでよくある召喚獣的なもの?


「この子は君の力になってくれるから。……仲良くなれたらね」


 そう言いながら腕をを伸ばし、白い鷹に私の肩に移るように促したのですが……動きません。

 『断固拒否!』

 鷲の目がそう言っています。

 私のことなど視界に入れない、そんな感じです。

 ……これ、仲良くなれますか?


「困った子だね。君ならステラの力になってくれると思ったんだけどな」


 美人幽霊の呟きを聞き、動かなかった鷹に変化が生まれました。

 チラチラとこちらに頭を向けるようになり……暫くすると、『仕方なしに』という雰囲気を漂わせながら私の頭の上に飛び移りました。

 あ、爪が痛い!

 私のところに来たことで、幽霊美人はにっこりと微笑みましたが、痛いです、イタタタッ。


「名前をつけてあげて」

「ええー……名前ですか」


 名前はあった方が良いのかもしれませんが、痛みで思考回路はほぼ停止しています。


「なんでもいい……イタ!?」


命名を放棄しようとしたら、頭をクチバシで突つかれました。

こんな鋭いクチバシで突つかれたら絶対血がでます、やめてー!


「こら、主を傷つける守護獣ガーディアンがどこにいるんだい? ステラも、ちゃんと名前を考えてあげて」


 喧嘩両成敗という感じで、美人幽霊に怒られてしまいました。

 仕方ありません、美人幽霊に叱られて鷲が大人しくしている間に考えてしまいましょう。

 鷲……私が星だから、その繋がりで……。


「『アルタイル』なんてどうでしょう? 『アル』って呼ぶ感じで」

「アルか、いいんじゃない。アル」


 幽霊美人が名前を呼びながら撫でると、気持ち良さそうに目を細めました。

 まんざらでもなさそうです。


「よろしくね、アル。イタアアアア!?」


 私が撫でようと手を伸ばすと、手を突つかれました。

 今まで生きてきた中で一番痛いんじゃないだろうかと思う程痛いのですが!


「この子返品したいのですが! それがお互いのためかと!」


 アルも幽霊美人に懐いているし、私もこの攻撃的な猛禽類がおでこに住んでいるのかと思うと気が気じゃありません。


「でも、この子はとっても優秀なんだよ? 君は武器に弓を選んだようだけど、この子の加護があれば怖いもの無しさ」

「加護?」


 そういえばさっき、アルのことを『守護獣ガーディアン』と言っていましたが、何か特別な力でもあるのでしょうか。


「一度やってみようか」


 そう言うと、幽霊美人は私に弓を持たせました。

 促されるがままに弓を構えます。

 ここから何か起きるのでしょうか。


「頼んだよ」


 その声を聞くと、まだ私の頭の上にいたアルが超音波のような高い声で一鳴きしました。

 すると……。

 何でしょう……目の前にターゲットに照準を合わせる画面が出てきました。

 景色は普通に見えているのですが、半透明な画面が上に被せられているように見えます。

 的のバッテンと照準が合うと、枠が赤くなりました。

 『いける』、その感覚があります。

 スッと手を離すと、バッテンのど真ん中を撃ち抜きました。

 なにこれ……凄いです!


「動くものでもいけるはずだよ」


 幽霊美人が落ちていた枝を投げました。

 『これを狙え』と言われていることに気付き、慌てて構え、枠が赤くなったところで矢を放ちました。

 すると矢が枝を撃ち抜き、砕け散った枝が散らばりました。

 私、格好良い……なれましたロビンフッドに!

 とにかく凄いです、気持ちいいです!


「この子の力でサポートしているんだよ」

「アル凄い~!」


 思わず飛び跳ねて喜んでしまいました。

 アルが落ちそうになり、怒っているのが分かりましたが気にしません。

 お腹のお肉の揺れだって気になりません!

 アルさえいれば、使命全うなんて余裕なんじゃないでしょうか!


 ……と、一通り喜んで騒いだのですが、少し落ち着いてきて冷静になりました。

 これって私の力じゃ無い。

 アルの力です。

 もし、アルがいない場合があったらどうなるの?

 やっぱり私は私の力で強くなるべきです。


「でも、頼りすぎるのは良くないと思うので……」


 アルがおでこにいるのは良いですが、力を借りるのは止めておこうと考えていると幽霊美人が微笑みました。


「そうだね、偉いよ。でもね……」


 柔らかな笑みからスッと真剣な眼差しに変わりました。


「殊勝な心がけは大事だけれど……死んでしまっては元も子もない」


 その言葉を聞いて、私はドキリとしました。

 『死』という言葉はとても重いものです。

 耳に入るだけでも苦しくなります。


「頼りすぎるのは危険だけれど使える物は使い、より安全を確保する。これは大事なことだよ」

「……」


 確かに……幽霊美人の言う通りかもしれません。

 良い子ぶってしまいましたが、自分の命を守るためなら形振り構ってなどいられません。

 アルに力を借りるということはズルをするような気がしてしまいますが、自分を戒めつつ助けて貰うさじ加減をよく考えていけばいい……かな。


 気を抜くとついつい地球での感覚に戻ってしまいますが、ここは異世界。

 『死』は身近にあるのです。


「……そうですね。やっぱりお言葉に甘えて……アル、私を助けてくれる?」


 もう一度頭の上のアルに手を伸ばすと、クチバシで手を突かれました。

 でも今度は痛くありませんでした。

 『仕方無いから手伝ってやる』と言ったところでしょうか。


「ふふ」


 可愛い子です。

 ツンデレさんなのかもしれません。

 早く仲良くなって、デレを沢山貰えるようになりたいです。


「あ、そうだ!」


 そこで私は、以前会ったときに忘れたことを思い出しました。


「貴方の名前を聞きたかったんです」


 いつまでも心の中で『美人幽霊』と呼ぶのも味気ないし、言葉には出せないので名前を知りたいです。

 もしかすると、名前で性別が分かるかもしれませんし!


「……忘れてしまったよ」

「私の真似ですか?」


 私の期待を裏切る言葉に心の中ではズコーッと転んでしまいました。


 幽霊だから名前を忘れてしまったのでしょうか。

 いえ、意味ありげに微笑んでいるので、何かワケ有りなのでしょう。

 もしくは単純に私に言いたくないのかも?


「私にも名前をつけてくれないか?」

「私が!?」

「ああ。君には私が『ステラ』と言う名前を贈ったじゃないか」


 そう言われると弱ってしまいます。

 自分は貰っておいて返さないというのは不義理に感じてしまいます。

 ならば仕方ありません、考えましょう。

 私は腕を組んで考えました。

 頭の上でアルも『うー』と唸っています。


 美人幽霊から連想するものでいくと……白、幻? 幽霊……あ。


「ファントム!」


 ファントムと言えば、オペラやミュージカルになっているフランスの有名な小説の登場人物です。

 私はあのお話が大好きです。

 有名な劇団のミュージカルで見たときは本当に興奮しました。

 その時の情熱を思い出し、奇声を上げた私を美人幽霊は不思議そうに見ていたので、お話の説明と私の思い出を伝えました。


 私が話している間、美人幽霊はずっと私の目を見ていました。

 最初は話すことに夢中でしたが、途中から見られていることに気づいて照れてしまい、目をそらしながら話してしまいました。


 話終わりまだ見ているかな、と美人幽霊を横目で見ようとすると……スラッとした手が伸びて来て、私の頬に触れました。

 驚いてつい美人幽霊を見ると、目が合って――。


「なるほど。君は私の『クリスティーヌ』というわけだね」


 目が合った瞬間に言われた言葉に、心臓が跳ねました。

 ファントムにとってクリスティーヌは指導する相手であり、『愛する人』です。

 指導するという点だけを取り上げて言ったのだと思いますが、勝手に小説の関係を今の私達に投影してしまい、変な妄想をして照れてしまいました。


「『ファントム』、気に入ったよ。小説の様に私は密かに君の力になろう。だから私達のこの出会いは……私達だけの秘密だ。誰にも話してはいけないよ?」


 蒼白く輝く瞳が、私を見ています。


「は、はい」


 首を縦に振ろうかと思いましたが、頬に手を当てられたままで私は固まって……動けません!


「これ以上外にいては体に良くない。今日はもう、戻りなさい。ではまた……」


 硬直したままの私を見てクスリと笑った後、ファントムは去って行きました。

 ……なんだったのでしょう。


 でも……でも…・・・『ファントムと秘密』とか……。

 素敵過ぎません!?

 荒んでいた心が、急速に癒やされていきます。


「潤う~~~……アイタタッ!」


 硬直が解けて、ファントムが去って行った方向をうっとり眺めていると頭にクチバシが刺さりました。

 アルはまだいた様です。

 私のおでこにいるのだから、それはそうか。


 アルと仲良くなるのは一苦労しそうです……イテッ、痛いってば!

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