失恋
あきさ
第1話
弟が好きだ
わたしは幼い頃から感情を表に出さないように、好きなものが悟られないようにと、言われて育った。
人前で泣くことはなかったし心からの笑顔で笑ったこともなかった。
毎日毎日第一皇子なのだから、兄なのだから、皆の、弟の手本になるようにと言われ、幼い頃は反発を覚え弟を憎んだこともあった。
しかし、この19年間毎日毎日挨拶のように言われたことで、感情を押し殺すことにも、弟に構ってはいけないことにももう慣れた。
けれど心のどこかで唯一の自分のことを何が起きても信頼できる誰かを求めていた。
そんな時彼女は現れた。
「騎士団に所属するそそっかしい兄に忘れ物を届けに来た」
そう言って反対方向の人払いをしていた王宮の奥庭で綺麗に笑った。
金髪碧眼。この子が最近王宮で噂の官吏試験に合格できる頭脳の持ち主であり、天使のような微笑みを浮かべると話題の侯爵令嬢か。すぐに判った。
「頭脳明晰、美人と評判の侯爵令嬢にも欠点があったのだな。ここは奥庭だ。王宮騎士団の仕事場は反対方向の前庭だ」
“私”がそう言うと彼女は慌てて、名も名乗らず走り去った。
しばらくして彼女が婚約者に決まったと聞いた時も、あの方向音痴の、くらいにしか思わなかった。
感情を表に出すことを禁じられ、私室においても侍女が周りを取り巻き、本音を言うことは許されない。
そんな“私”でもいい、頑張って表情を見つけてあげる、と彼女は言ってくれた。
正直、嬉しかった。
でもそんな幸せな時は
ある日、彼女は言った。
雲ひとつないよく晴れた日だった。
弟が好きだ。
彼と結婚したいと。
そそっかしい兄とやらに忘れ物を届けるたびに王宮騎士団に所属している弟と、わたしに隠れて会っていたことは、知っていた。
彼女は知っていて何も言わない“私”に、失望したのだ。
常に周りを侍女や護衛に、囲まれている“私”が発した言葉は、意味を持つ。
もしも弟と会っていることを、“私”が追求したならば、それは婚約者どうしのかわいい痴話喧嘩ではなく、断罪になる。
だから追求できなかったし、理由の説明もできなかった。
愛の言葉を囁けない“私”に。
一緒に食事をしても何を食べても美味しいと言う“私”に。
くちづけても顔色一つ変えない“私”に。
二人きりには頑張ってもなれない“私”の立場に。
そして、二人きりになろうともしない“わたし”に。
疲れたのだと。
嬉しかったのだと彼女は言った。
くちづけると、愛してると言うと、顔を真っ赤にして笑うと言う、弟と居て。
美味しいものは美味しい、まずいものはまずいと、はっきりと言う、弟と居て。
二人きりになる為に、護衛を振り払って遠駆けをしてくれる、弟と居て。
“わたし”にとって一番は国、その次が弟、その後が彼女だった。
それが当たり前で、ふつうだった。
なんの疑問も抱いていなかった。
そんなわたしより、一番に思ってくれる弟といて、幸せなのは当たり前だった。
そう気付いたから、“私”は笑顔で言った。
もう癖になりつつある笑顔をつくるのがこの時だけは、なぜか少し辛かった。
「幸い君との婚約は、口約束だ。君と二人で会っていたのは、弟のことを相談していたからだ。いいな。君と弟との婚約の発表するのは、
「二ヶ月後は貴方の戴冠式があるんじゃ…」
「そうだ。王族と貴族の結びつきを強くする為エレルルージュ侯爵令嬢セリーヌ・ディ・フェル・エレルルージュと我が弟にして第二王子グラナートアップフェルに婚約を」
“私”がそう言ったときの彼女の幸せそうな顔が頭から離れない。
結婚後、私の侍女たちが、話しているのが、聞こえた。
「正直第二王子殿下とセリーヌ様は、お似合いよね。」
「ええ。お互いに思い合って居るのが、伝わってくるわ。」
「私は、王太子殿下とセリーヌ様が、婚約なされると、思っていたわ。」
「あ、わたしも。だって王太子殿下は、いつも彼女に気を遣っていらして、段差があるところとか、エスコートされてたわよね。私、なんてお似合いなんだろうと、思ったわ。王太子殿下があんなに優しく笑いかけるのは、セリーヌ様にだけよね。」
「やっぱり弟殿下に、譲られたのかしら。」
………………………
そして気が付いた。
“わたし”は彼女が好きだったのだ。
失恋 あきさ @love_neito_1118
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