第3.1話 直感の発端

『ヒトガタと暗い部屋ね』

 声に自分なりの説明をしてみた。彼女とはこれからもいなければならないのだから、ついてくるヒトガタのこともできるだけ伝えておく必要があるだろう。

 伝わらない可能性はある。知の針同様に、言葉もまた針先ほどにしかものを語らない。だからこそ、第一歩として諦めてはならないのだ。ヒトガタのために、自分のために。

「君からはどう見えていたのか、比べてみたいのだが」

『私? 眠っていたからわからないわ』

 ため息が出そうになるのを我慢する。根気強さを失ってはいけない。

「あるいは、これが良い選択だったかどうかなど……」

『あまり人が集まると、存在値が高くなって探知されやすくなるのよね。別の手段があればそれでよかったのだけど……。最善ではないでしょうね』

 最善ではないなどと鼻につく言い方をしてくれる。

「君はなにかしたのか? ああだこうだと文句をつけてばかりじゃないか」

『だって、それが事実だから。私のほうがこの世界には詳しいんだからしょうがないじゃない』

「君だったらどうするか、代替案を求めよう。次回の参考にさせてもらう」

 これは半分意地悪だ。これだけの情報量で何かを判断できるわけはないし、もし仮に案があるとなれば参考にできる。実利を半分かねた反論に、彼女はどうでるか。

『待つ。ただそれだけ。明けない夜はないのだから、待てば開く、動けば失う。あなたのやる気と行動力は買うけどね』

「人を馬鹿にするのもいい加減にしてくれないか。止まっていられないと言ったのは君じゃないか。俺だって待てるなら待ちたかった」

『言い訳は聞きません。次回はがんばってください。それでは』

 他人行儀に打ち切られ、それ以降声はしなくなってしまった。



『壁か床面に当たるまで影は影としての姿を確定できないんですよ? そんなの信用できますか?』

 うそつき照明はそう語る。

 天井から吊り下がりやたらと揺らすため、見ているこちらが平衡感覚を失ってしまいそうだ。

「そんなのは一瞬だ。考える間もなく姿は確定されるのだから、ほんのわずかな違いしかない」

『いや、まさにそいつこそが、考える魔というやつでして。やつはそう言って人を惑わすんですよ』

 聞きかじったところで、うそつき照明の言うことはあまりに胡散臭かった。人を惑わすのだと言っておきながら人の猜疑心を煽るようなことばかり。他人の信用を下げて相対的に自分の信用をあげようとしているようにさえ思える。

「そういう君は根拠があっていっているのかい。無いなら少し黙っていてくれないか」

 小屋の外から覗かれているような気がして隙間から覗き返す。

 だがなにもいない。これだけおしゃべりなうそつき照明がいるのだ。これから寄ってきてもおかしくはない。

『しかしですね、言わなければ私、責められてしまうと思うんですよ』

「誰に? 君には上司かなにかに頼まれて俺にいらない忠告をしているのかい」

『あなたに、ですよ。「なぜあの時言わなかったんだ!」ってな具合に。もちろん、これから私を使ってくれるということであれば、あなたは私の上司ということですから、未来の上司に頼まれていると曲解することも可能です』

 また未来などと言う。曖昧なことを言うのが得意なこれをどう扱えば良いのか迷う。

「君が照らしてくれるものはなんだ?」

『よくぞ聞いてくれました! 私が示すのは道です。転ばぬ先の杖といいますか。この先、三叉路にてご注意を、なんてね』

「三叉路で俺は何を気をつけたらいいんだ」

『大事なのは、道が、選択肢が、明るく照らされているということですよ。見えないわき道は入ることができませんからね』

 それはそうだろうが、なんだか騙されているような気がする。

「うそつき照明は嘘をつかないのか? 三叉路なんて本当は無くて、道に迷わせようとしているのではないか?」

『なんでそんなことするんです? 私はあるものをあるというだけですよ。それに、迷ったとしても私がいれば大丈夫です』

 ぜひ連れて行ってください。と言わずして伝わってくるものがある。

 出不精のヒトガタも困り者だが、こうも積極的なうそつき照明も怪しく感じてしまう。

「夜であるからして、君を使うこと自体はなんの問題もない。それどころか、できれば手伝ってほしいとさえ思っている。しかし、君の積極的な姿勢はどこから来ているんだ? それだけが不思議だ」

『夜ねえ……』

 わずかに思慮するように言ったうそつき照明は小刻みに揺れる。

 ふと思う。

 三叉路とあえて口にしたのは今目の前に三つの選択しがあると暗に示しているのではないだろうか。

 暗くなったのだから夜と表現したのだが、間違っていただろうか。別の危険が迫っているということだろうか。

 あの常闇の部屋よりは夜目を効かせることができる。無理にうそつき照明に頼る必要はないわけだ。

『こうしましょう。私を持って外へ出る。そして小屋を一周して、戻って来る。物は使い心地が重要ですからね』

 物を自称する照明は雄弁に語る。

「ひとつ、確かめてみたいことがある」

『なんですか?』

 手をかけ、戸惑いなくひねる。

 すると、うそつき照明は静かになった。

 一転、静寂があたりを包む。かと思われたが、すぐに異変に気づいた。

 あたりには狂気の叫び声と怒号に満ちていた。なぜこれに気がつかなかったのだろう。

 外へ出て原因を確かめようと扉にかけた手が、ぬめりを感じて総毛立つ。扉のすきまからのぞくのは表情の見えない平たい顔だった。表情は見えずとも、その口は大きく裂け、真っ赤な舌が扉と壁のすきまをなめ回しているのだった。

 すぐに扉から離れ、壁のすきまから外を除く。

 そこには人を襲う悪夢がいた。巨大な毛だるまと細長い四肢を持った蛇が、人の山をつくっていた。当然山は動く気配なく、たまにふもとが崩れるくらいであった。

 目の前で起こった出来事から目をそらすように小屋の中央に目をやる。そこには依然とうそつき照明が黙って身を収めていた。

 この光景と悲鳴から一刻でも早く逃れたく、急いで照明をつける。

 悲鳴も怒号も消え去り、かわりに入ってくるのはおしゃべりな照明の話だった。

『ようやく聞いてくれるんですね。私の話を』

 尊大な態度のその言葉も逃避するための材料として貴重に思えた。

 あたたかい。

「こうなっていることを君は知っていたのか?」

『そうですとも。どうですか? 私を持っていきたくなりましたか?』

 あおるように言うがそれがどういう意味かわからなかった。

「君がいれば大丈夫なのか?」

『そうです』

「君がいればあれは襲ってこないのか?」

『そうです』

 自信にみちたその言葉にどこか惹かれるものがあった。

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