第6話 未来人もいない
開かれた扉の先へ向かうも、それを阻むかのように暗雲垂れ込める空。
「この先に本当に未来人の痕跡があるのか?」
『それは間違いない』
「道は険しいか?」
『それは間違いない』
ヒトガタが言うならそうなのだろう。だが、主観の入る意見を求めたのは間違いだったかもしれない。この世界では主観はあてにならなず、互換もできないから。
「そもそもなぜあれが未来から来たとわかるんだ」
『僕に見えるものは光の届く範囲、現在にあるものだけ。その他の物は光の届かない未開の地であり常闇に伏しているわけだから、そういうものを総じて未来と呼んでいるのさ』
ヒトカゲにとって見えないものはすべて未来である。ならば俺はどうなるのか。
「過去のものはどうなる?」
『現在を知り尽くせば自ずと過去も知ることになる。逆に現在を知ることが過去を知るための過程であるかもしれない』
道程を知りつつ、現在を生きるもの。一度は否定したが、やはり俺にはヒトガタが不死者に分類されるべきだと思う。
○
この世に空いた欠落は埋められることもなく、その口を開け続けていた。それは俺が心に決めた知の針とは比べ物にならないほど鮮烈で大きな未知の虚。
すり鉢状の地上のへこみの中央に、底が見えないほどの穴が空いていた。
捜査官が言っていた通行手段がこれだというのか。未来人の通行手段と呼ぶのであれば、それは時間を移動していることに他ならない。その形態が機械を模していなくともなんら不思議はない。
瞬間移動ができるというのであれば、その移動時間はどこへ行ったというのだろうか。移動距離と移動時間を相殺した存在だと言える。つまりは時間と空間から開放された存在、未来人だ。
ヒトガタいわく、突然できた穴なのだと言う。これだけの穴を穿つだけの力も現象もなく、突然だと言う。
脳裏に響く声いわく、目に、耳に感じられるものは信用できないが、地形にまでは及ばないらしい。つまり長期的には山、崖、海といった地形が変わることはないのだ。
二者の証言を元に考えれば、少なくともこれが異質な存在であることは明確だった。
『人と同じくらいの存在値を感じるわ』
「これがなにかわかるのか」
『わからない……生き物ではないみたい』
「生きてなくて存在はしている? またさっきのやつみたいに不死者だとか言うのか」
『似ているけど違う』
「これ、俺が調べるより君が調べたほうがいいんじゃないか」
『じゃあ近寄ってみて』
穴の中から手招きする無数の白い手を幻視して身震いする。
「落ちたらどうなる?」
『わからない。入ってみたらどう?』
「……慎重に行こう」
足場は地表面がめくれ上がって層がむき出しになっていて、あたらしい地表に薄く火山灰のような粉がかかっている。
見た目以上に危険らしいが、それでも知を磨くしかない俺には他の選択はなかった。
しばらく降りたところで声が上がる。
『足元を見て』
さきほどから足元を見て慎重を喫しているのだが、それ以上に注意を向けるべきものがあるらしい。
『足が無いの、気づいてる?』
ずっと見ていたはずの景色が一変しているのにそのとき初めて気づいた。
足の踏み場を考えて歩いていたはずが、置き場ばかりを見て置くべき足の存在を忘れていたのだ。
「どうする?」
正直なところ、引き返したかった。
『何もわからなくていいならどうぞ』
その言葉が反響して何度も聞こえる。声質ではない、それが大切な言葉だと思っているのだ。
危険が伴うならわからないままにしておくことも検討すべきだ。死んだらそこで終わる。いくら知の針と意気込もうと、それを使って永遠に突き回そうとも。
だが、一生かけても核心部を避けていたのでは終わらない。すべての可能性を試せばいつかは答えにたどり着くが、その一方で無数の可能性の中から答えを絞り込むこともできる。それが手がかりだ。
手がかりと思っていても、手繰り寄せた先ははずれかもしれない。無駄な努力に終わるかもしれない。それでも、無限の可能性から精査するよりは答えに近いだろう。
問題は、危険と手がかりがつりあうかどうかだ。
対面にあるのはどうなるかわからないという危険。今までも同じ危険をおかしつづけていたではないかとも言える。
それでも、眼前に広がる明確な危機感が有無をいわさず掌握する。
「ここまで来てもわからないのか?」
『そうね、時間がかかってもいいなら』
ああ、またも彼女に一杯食わされたようだ。
「なんで先に教えてくれなかったんだ」
『調べずに引き返したがってたからよ。あなたこそどこまで近づくか確認しなかったじゃない』
彼女との相互理解はままならない。
○
調査の結果は何かを原動力に何かをする何からしい。その何かがなんであるかはわからない。
例えば知らない者が機関車を見たら何か(燃料)を原動力に何か(移動)をする何か(機関車)と評するだろう。もっとも、これが本当に交通手段かどうかという裏付けがとれたわけではないが。
ともかく、目的がある力の塊だということがわかったわけだ。収穫は少ないがこのあたりが妥協点だろう。これ以上を調べるためには穴に飛び込むという無謀をおかさなければならなくなる。恐怖心を無視して考えたうえでも無謀だ。
開放されたというのに未だに穴を見やっていると変わっていることに気づく。
穴はどこまで行っても底が見えないのだから黒く見える。だがその上にさらなる深い黒が覗いていた。牙と爪をつなぐだけの黒い四肢には見覚えがあった。
追ってきたのか、穴を使ってきたのか、今生まれてきたところなのか。
いずれを選んでもこの後の展開には気づいていた。
黒は弓なりに体をそらし、次の瞬間には牙爪を前面に押し出し飛びかかってくる。
予想と目の前が並行して一致する。予想が終わる頃にはすでに貫かれた後だった。
恐怖心に意味はなかった。躊躇や戸惑いにも意味はなかった。
因果を無視した傷跡をなぞりながら思う。
どうすれば回避できたのか。過去のうちどの地点が間違っていたのか。正しかったのか。
未来に原因があるなら俺はどうすればたどり着けるのか。
ここで死ぬのなら、この世界の核心には一生たどりつけないではないか。常に未来にある核心にどうたどりつけばいいのか。
黒が俺をなぜ殺そうとするのか、なぜ毎回死ぬのか。
これだ。
「俺をなぜ何度も殺す?」
答えは死なないからだ。
立ち上がって傷跡を確かめる。
「この世界にいない者どうし、傷つけ合うこともできるわけないよな」
ではなぜ殺そうとしたのか、最初の動機はなんだ。
「未来人が過去人を殺す理由は決まって存在の抹消だ。自らの存在の確立のために邪魔者は消す」
圧倒的有利には違いないが、計算違いがあった。
「俺が死なない上に、単語殺しとして追われることになるとはな」
幾度と邪魔の入ったが、今回ばかりは明暗を分けた。
未来人に過去人は殺せない。そして、捜査官には追われる。
こちらから何もしなくとも勝手に潰れてくれるのだから、これほど楽な厄介払いはない。
「幸い逃げる手段はあるみたいだ。逃げている間だけ生きられる。逃亡を生業に生きることだな」
去り際に穴を利用できないか考えたが、やはりなにが起こるかわからないものに頼ることはできない。
この世界に互換性はないのだから。
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