第5話 不死者はいない

 要領を得ないまま停車したのは要塞を思わせる巨大な門扉の前だった。視界いっぱいに広がり、その頂点は目で追えない。

 脇にある小さな扉から中に入る。

 中を見渡せば、そこは門の形をした建物であると理解できる。歯車が回り、振り子が目の前を行き来する。それは効率的な未来像とかけ離れていた。

 薄暗く足元もままならない。隙間を抜けてようやく人の出入りのありそうな場所にたどりつく。

 鉄製の扉には除き窓がついていて、そこから漏れ出る光は赤色でこちらを睨んでいるようだった。

 俺は問う。

「これがなんだって言うんだ」

 期待していなかった応答が扉の向こうから返ってくる。

『なんでもないよ』

「なんでもないならなぜ応える?」

『人じゃないからだよ』

「人語が解せるなら人であろう」

『外にいるのはみんな人じゃないって知ってるからね』

「俺が人じゃないって言うのか」

『知ってるからね』

 同じ言葉を繰り返す。

 漏れ出る赤色の光に映しだされた影が、もそもそとうごめくのが見える。

「何をしている?」

『目を隠しているのさ。不死者は光に弱いんだ』

「俺は何もしない」

『どうやったらそれが信用できる? ずっと僕はこうして生き続けてきたんだ。生き続けないと犠牲になったみんなに何て言えばいい?』

「みんなに無理なことが君にはできるのか」

『わからないよ。だけど僕にできることならなんでもやる。どんな汚い手も使ってきた』

「時間を過ごせばそれでいいのか。未来に向かえばいいなら俺は君よりも生き続けていることになる」

 もちろん、確証はないが先ほどの脳裏によぎる言葉に従えば、だ。

『不死者と過去人か。似て非なる両者はどう区別つければいいのかな』

「過去人……この世界を基準に考えればそうなるか。ならば簡単だ。方法や乗り物が違うだけだ。

 長い道のりを歩き続けるには限界がある。限界を取り払えば不死者になるし、道具を使ったり手段を変えて距離をごまかせば過去人ということでいいんじゃないか」

『その差は道程を知るか知らないか』

「道程を知りつつ、その距離にも縛られない者がいたとして、それはなんだろうか」

 ヒトガタを思い出す。高速の代謝を続けるそれは、常に死に続けていると言い換えてよかった。そしてヒトガタはすべてを知っていると主張する。

『それはもう死者だね。生を失っている』

「まってくれ、肉体の定義もできないこの世界で生をどうやって定義すればいいんだ」

『肉体があるかどうかを考えてはいけない。この世界には頭だけ別人の住人もいるんだ』

 気味の悪い話を聞かされて胃が悪くなる。

「ではなにか代案を用意できるのか」

『君の発言の不当性を指摘しただけなんだけど。それでもあえて言うなら、最低限の共通性じゃないかな』

「ヒトガタは死者だと?」

『同じではない部分が目立つだけで、最低限の共通性があれば生者でいいと思うよ。生命は一人じゃ作れないからね。みんなの元気で成り立っているんだよ』

 ヒトガタが生者でありながら死者じみた仕事をなしていると言うなら、目の前の彼を動かせるかもしれない。

「して、最低限の共通性とは?」

『他人が作った麻ひもの上を、眠りながら綱渡りすること。みんなそういう無茶をやっているんだよ』

 正面から言っていても進まないように感じられた。そうなると膠着状態に入る前に突飛な方法を用いる必要があった。

 そこで黒い男のことを思い出して口が動いていた。

「君が死者を作っているのではないかと疑いがかかっている」

 それはつまり、殺しているということ。

『自分の身を守るためさ。最大の守りが最大の攻撃になってしまっているとすれば、もうしわけないけれど離れて放っておいてほしい。触らなければ大丈夫。毒虫と同じさ』

 危機に立たされた生命が、それでもなお生き続けようと運命にさえ抗う姿がよぎる。生きようとすればするほどに無理が生じ、さらなる矛盾を生む。

 彼はどれほどの年月を生き続けてきたのだろうか。道程を知り、限界を超えて生き続けたそれはもはや――

『君になにかを言わせている。それこそが僕の存在証明なんだよ』

 すべては扇動行為であり、意味はない。

「何も言わず、ここに立っていたらどうする?」

『なにか言うまで語りかけるだけ。不利になるのはそっちなんだから』

 扉一枚隔てた先で言っている。

「言い合っている間はどちらも存在が証明されるから」

『見た目ほどは孤立無援じゃないってことさ』

「それでも、外されたハシゴは戻らないんだろう」

『外からかけられた鍵とも言える』

「誰が鍵を外せばいい?」

『他でもない、かけた人が外せばいい』

「俺は鍵をかけていない」

『自覚がないだけだとしたら? できることなら、外してほしいな。ハシゴならかけてほしい』

 手段は問わないらしい。

「なあ、ヒトガタは不死者か?」

『死ぬことのできない生者。見えて理解できて、今までを知っている』

「ここに来て初めてわかった。死ぬことのできない生者は不死者じゃないんだな」

 巨大迷路の袋小路へ追い込んだつもりだった。

『分類分けさ。不死者といえどたくさん種類があるんだ』

 壁の上へハシゴをかけて登って逃げてしまった。詰めがあまかったようだ。

 自分でかけられるハシゴならば降りてきてほしいが、彼の空中要塞は鉄壁の守りで相手を圧死させる。

「では俺を種類分けしてみればいい。そうすればいかにその分類が無効か証明してみせよう」

 賭けだった。平気で見ず知らずの者を不死者呼ばわりする相手に通じる方法だとは思えなかった。

『嘘つき不死者』

「俺がついた嘘とは?」

『過去人であるということ、それはありえない。時間は前後しないから』

「それは同感だが、そうとしか思えない記憶の齟齬がある。不死者なら道程を知っているんだろう」

『自分さえだます真性の詐欺師と言ってもいい』

「俺の主観も考慮してくれたようだが、不死かどうかまではわからないな。せいぜいが不老者といったところか」

 時間で迷子になっている自らを浮浪者と呼ぶのははばかられた。

「……だから、証明してくれ。不死かどうか出てきて試せばいい」

『鍵がかかったままだ』

「さあ。どうかな」

 そう言いながら俺は扉を一気に開け放った。

 熱気とも呼べる分厚い空気の層を浴びながら、あくまでも耐えしのぎ中を観察する。中には古い骨が一組ばらばら積み上げられていた。

 なにかが生きていた証拠はなにもなかった。

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