第4.1話 他人任せの捜査

 近くにいると言った単語殺人の捜査官は辺りから消えてしまった。

 見えないものを探す術がどこにあるだろうか。あるならば教えてほしい。道なき常闇の部屋を抜けておいて何を言っているのか、と自分でも思うがヒトガタが手を貸してくれないのだからしかたがない。

 俺にできることはやらないのだと。

 いまさらながら、ヒトガタに対する大言壮語を取り替えたくなった。あれほどまでに優秀な人材を手元において使わないというのは、宝の持ち腐れではないだろうか。

 宝であるとは思っているが、それ以上に物として扱えばよいのか者として扱えばよいのかはっきりしない。

 そうしながらも、手元に残った捜査手帳を開くに、びっしりと並んだ文字の山にうんざりする。

 当然ながら俺が作った捜査手帳ではない。なにを捜査するというのだ。

 それは単語殺人の捜査官がとっている捜査手帳の一部分で、俺に対するメッセージであるということまではわかっている。だが、それ以上にその文字が読めないのだからどうすることもできない。

 それでもなおヒトガタは手帳と相対するという試練を課す。

 読めるのかと問うてもはぐらかされ、わからないのだとあおってみてもつられない。

 そこに助け舟か、脳裏に声がこだまする。

『これはつまらない。なんてことなの!』

「なにがつまらないんだ」

 手にした手帳が読めるのかと思った。体を共有しているのだと言うし、同じものを見ているとしか思えない発言をたまにする。

『曖昧な絵が、ああ、ちょっと動かさないで。見えないでしょ』

「ええ?」

 絵だと言う。つまりは認識違いということか。

 しかし文字を絵と見紛うことがあるだろうか。模様のように見えることはあるかもしれないが、いくつもの構造体が一定の拍子でならんでいるならばそれは文字ではないか。

『未来人の後を追えって読めるわ。あとは……、移動手段? 行き来するための道具が書いてあるわ』

 内容が曖昧な絵はなんと言うだろうか。反面、明確に意味が読み取れてしまうのもまたおかしい。

「捜査官からの招待状といったところか」

『招待状というよりは指令書ね。命令、指図しているような感じ』

 捜査官には助けられたとはいえ、指図を受けるような関係だったとは思えないが。

「これに従う以外に見当は?」

『ないわね』

 このままこの場にいても、捜査官が去ったのを見届けたところで黒が襲い掛かってくることだろう。

 それに、

「未来人ということは、俺に関係ある事柄なのだろう?」

『断言はできないけれど、可能性は否定できないわ』

「ときに、未来人と過去人、どちらが役に立つと思う?」

 答えは決まっていた。未来人だ。現在を生きるために予測する必要はなく、過去を思い出すだけでよいのだ。危険回避や目的達成のために適切な情報を持ちえる存在だからだ。

『あなたに決まっているでしょう』

 それだけが、肩に重くのしかかる。その期待の招待が何なのかわからない。

 天才のあなたから生まれたのよ、私が間違えるはずがない。とそう一度だけ言っていた。

 それだけが、彼女の行動原理なのか。それだけが、彼女に与えられたただひとつの目的意識なのか。

「俺が間違っている可能性は?」

『ないわ。あなたにとって私は未来人なのだから、それは確かに信用できることでしょう?』

「ああ、だが君の存在を俺が認識しきれない。君が本当に娘なのかどうかも確信が持てないんだ」



「文字……いや、絵は翻訳しなくていいのか?」

 声に対して問うてみた。応えるときと応えないときと気分しだいだが、それは口に出すことで考えをまとめることにもなり、意味がないとまでは言えなかった。

『意味はないわ』

「だが、ここで共通の表現手段を得たならば、この世界を確かなものにできる。確かさを証明するよりも確実なことじゃないか」

 彼女が課した確かさを証明すること。それは手段までは指定されていないのだから、こんな方法もありだと思った。

『失われた技術だからよ』

「失われたなら、なぜ捜査官はこの手段を用いることができたんだ?」

『それが彼に許された最後の技術だから』

 技術などと言われてもいまいちはっきりしないが、捜査官にだけできるというのならばそうであるのかもしれない。他に文字らしきものは見当たらないのだから。

『大半は喰われてしまったわ……』



 回転する円筒形の乗り物の中で語りかけられる。

『あれの存在は本当に厄介よ』

「狩人というやつか」

 ずっと追われていたという金色の液体金属は、ずっと姿をみていない。それよりも、俺にとっては黒い獣のほうがよほど危険な存在であるように思えた。

『いえ、あなたが捜査官と呼んでいるものよ』

「知っていることがあれば教えてほしい。あんな恐ろしい姿をした捜査官なんか過去にはいなかった」

『単語殺人も取り締まってないの? ……もったいないことね』

「それで、厄介とは? やはり、目をつけられると動きづらくなるのか」

『そんなことはないわ。ただしばらく監視がつくってことぐらいね』

「それは動きづらいということではないのか」

『狩人とつながっているからよ。監視をどうにかしないと……。未来人の通行手段を調査すればしばらくは見逃してもらえるかもしれないけれど』

「だからそれは動きづらいということではないのか」

『ともかく、考えるのはあの関所を抜けてからね』

 言われて視界を意識し始めると、そこには巨大な建造物がかすかに見えた。

 この世界のことを知る機会ではあるが、監視を解くためだと言われてしまえば早めに調査を終えてしまいたい。

「避けて通ることはできないのか?」

『そんなことができるなら関所なんて構えないわ』

「しかし……」

 視界の端で揺らぐそれはあまりにもろく感じられた。本当に存在しているのかも曖昧な、まるで蜃気楼やそれに投影された像のように実体を伴っていないように見えた。

「不存在は退けるのも簡単なのではないか」

『見えているものを否定するの? ヒトガタなんていう居るかどうかもわからない存在を信じているのに?』

「いや、ヒトガタは……」

 そこまで言いかけて思う。ヒトガタの存在を証明する術はないのだと。

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