第二章 Kristian=Kaasalainen
プロローグ・喜劇の開幕
テラスの茂みの中で、魔法使いは紅茶のカップを置き自分に寄りかかって眠っている双子の片割れの頭を撫でた。
完全に気を抜いた少女の寝顔を見ながら、魔法使いは母と呼ばれるにはまだ若々しい顔に深い笑みを浮かべる。
そこへ、側近であるリタが足音一つなく狐色に焼けたマフィンを乗せた皿を携えて現れた。彼女はいつもの日本刀を右手に持ちそっと足下に置いた。
そして皿をテーブルの上に移していると、何か
「……意外でした。主」
魔法使いにとっては長女も同然であるリタの疑問に、彼女はそっと優しく首を傾げて問いかけた。少しばかり促すように。
「どれがですか?」
「ユーシ殿の兄上……レッシ殿が殴り合いをしてまで友と
「あれは彼にとっても、血の繋がりは
どこか遠い昔を思い出すようなそんな色を青い瞳に写しながら、魔法使いはリタに微笑んで見せた。
リタはそれを見てしまうともう何も言えない。
ただため息をついてもう一つ聞きたかったことを問うた。
「消してしまわれたのですね。ユーシ殿の記憶。彼は魔界と無関係ではないでしょうに」
「薔薇の下は、つい話したくてむずむずするものですし、彼の人生に私達は必要ない。もし体験を体が覚えていれば、信念はそのままですが……さて?」
くすくすと他人事のように笑う主人に閉口し、リタは小さく肩をすくめた。
———魔法使いは自分の本名をあまり好いていない。
いっそ憎んでいる。
それ故に、魔界であったことをお客様に忘れさせる呪文には自分の名前を採用していた。
罪人達の中でも、このことを知っているのは図書館長のクリスティアンと、魔法使いと犬猿の仲である白魔女のみだ。
リタも長い付き合いではあるが、知っているのは自分の主が本名を嫌っていることと、魔界を訪れた人物の記憶は基本消去するということだけ。
それに、魔法使いは友志や魔界で生まれたヘルやジルなどの「罪人でない者たち」にいくつかの隠し事をしている。
その内の一つは、「マモノ」の存在理由である。
「罪人でない者たち」に大しては理性の無いお客さまを区別してそう呼ぶと説明しているが、実際はかなり意味合いが違う。
世界からも裁くことを放棄された命が、ここでのうのうと暮らせていていいはずが無いのだ。
——「マモノ」とは、魔界に住む罪人たちによって処刑を下すようにと、他の世界から送られてくる生き物たちのことである。
正確にはその大半が死者であるが。
——罪人達は冤罪者でも無い限り、自身の腕をふるって彼らの処刑に尽力しなければなるまい。
それが「マモノ」達を成仏させてやれる唯一の道なのだから。
——また、他の世界から「マモノ」では無いのに送られてしまった人物がいた場合、魔界側によって保護され無事に帰されなければならない。
管理の責任は、全て魔法使いにある。
今回の友志は、そうした者たちとは違って、かの白魔女によって呼び出された「規格外」。遊びたがりな彼女のオモチャ。
本来ならば魔界側が保護する
しかし彼はヘルの、魔界の住人の依頼によって呼び出されていた人物だったためなかなかの好待遇であったようだ。
逆に言えば、その待遇が無かった可能性だってあった。
罪人達は仲間以外のことまで気にする者は少ない。
勿論、いないわけではないが……。
「はぁ……あれ?
「
その頃図書館塔では、図書館長・クリスティアンが一人の来館者に対応していた。
彼の机の上には、いつものタイプライターの他にタルトが入った白い紙箱が置かれている。その横にあるグラスにはお茶は入っていなかった。
その箱は先ほど狼夫婦が訪ねてきて、ジルが世話になっているからとチャイさんが置いていった
まあ、とてもクリスティアン一人では食べれないだろうが。
彼は今だけはその存在を無視して、目の前に現れた来館者に釘付けになっていた。
「お、一人だけぇ?」
「……本、返しに来ただけだから」
そういうのは、今魔法使いのところで昼寝している子とは別の双子の片割れだった。どうやら斧は持っていないらしい。
クリスティアンは、双子の別行動を珍しがりながら、差し出された図鑑の貸し出しカードに判子を押した。
貸し出しの記録を付けるというアイデアは、かつてクリスティアンが出したものだ。罪人達がこれから何を学ぼうとしているのか知るためでもある。
「クリスは何で、判子とかタイプライターなの」
「んー、ほらぁ、僕ペン握れないからさ。怖くて」
「ああ……そっか」
片割れ改め、Unは納得がいったようでよっこらせとカウンターの前で体育座りをする。居座る気満々のようだ。
クリスティアンは本を返却し終えたのに、すぐに出て行こうとしないことから何かを読み取ったようで、のっそりと車椅子を動かしカウンターから出て来た。
「どうかしたのかい?」
「……何でも無い」
「んー……チョコバナナタルト食べる?」
「いる。あとで部屋で食べるから、頂戴。クリスはいらないの?」
「うん! 今お酒飲んでるからね。アン……昨日の夕飯はどうしたの?」
クリスティアンは手元にあるグラスを振ってみせる。
その中にはギムレットが入れられていた。先ほど料理人のジャンに頼んで作ってもらったカクテルである。
彼はいつもいつも客が帰る時はこの酒を飲む。
旅たつ友人に対する「長いお別れ」を意味することを知っているためだが、残念ながらUnには通じなかった。
「吐いた。やっぱり他人と食べるのは無理」
「ありゃりゃ」
どうやら言いたいことはあるが自分からは話しづらいらしい。
そのことに気がついた彼は何か企むように優しく微笑む。
どうやら、あえてカマを掛けてみるようだ。
「それでも同性の友人と食事できて、よかったね?」
そう言って、少女の格好をした少年の頭を撫でた。
少年は、双子の弟はいつもなら笑っている口をきゅっと真一文字にしクリスティアンの顔を真っ直ぐと見る。
「……よくない。アン嘘ついた」
「それは、Unくんが吐きたかったの?」
「違う。けど、ぼくとAnでアンだから。アンはユーシに嫌われたくなかったから……だから嘘ついた」
クリスは、少年を抱き上げカウンターの上に乗せて、自分よりも目線を高くしてあげて再度話しかける。
「どんな嘘?」
「……おにいちゃんは、死んだんじゃない」
「アンが、殺したの」
魔法使いの城の上空で昨晩ちりぢりになっていたあの霧が集まって来ていた。
しばらくたつと、女性の、白魔女の顔がほとんど出来上がる。
その半透明の状態で彼女は楽しそうに口角を上げていた。
【あーあ、終わっちゃった……ちぇ】
落ち込んでいる口ぶりではあるが、彼女の口調はどこか明るいままだ。
【でもいいもん。次の遊びは用意してあるから】
白魔女は図書館塔の天窓から、双子の片割れを撫でる図書館長を見つめていた。
その目は獲物を狙う爛々とした光を持っていた。
いっそ美しく神秘的に見えてくるほどの。
【結構な時間一緒に居るけど……ワタシ、みんなの罪知らないんだよねぇ☆】
白の霧が魔界に、「魔法使いの世界」に立ち
血の繋がりは強固でそれが解けることは無い
一人の少年はそれを絆と言い
絆をたどって
魔法使いはそれを
縛られながら月を睨んだ
側近はそれを
それを持ってして男を殺した
図書館長はそれを無関係と言い
気付いてしまって月から逃げた
双子はそれを
従うつもりで斧を握った
狼男はそれを忠義と言い
ただ一人のために
一人の女はそれを未来と言い
全てを託して飛び降りた
切り裂き魔はそれを父と言い
幻想の中に愛を求めた
棺屋はそれを汚れと言い
全て諦めて眠りについた
鸚鵡はそれを法と知り
それでも彼は人を助けた
そして意志を奪われた
門番長はそれを希望と言い
探し求めたが見つからなかった
そして彼女は心を願った
————これは、そんな彼らのお話。
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