2-4 チャンプ VS 吼える闘人

 真田は本当に挨拶にだけ来たらしい。話が終わるとさっさとその場から離れていった。

 どこに行くのかと思えば人の少ないところでストレッチをしている。ファンらしき人が話しかけに行っても手を軽く挙げて会話を断っているようだ。

 照子が彼のことを読んだ雑誌のインタビューなどでは、面白おかしく応じているふうに書かれていたのだが、結構ストイックなのかもしれない。


「なーによ。かっこつけちゃって」

 同じように真田を目で追っていたあやめが、唇を尖らせてぶーたれた。

「実際、かっこいいよ真田さん。地方のマイナー事務所にいるのがもったいないくらいに強いって話だし」

「じゃあどうして全国デビューしないのかなぁ」

「それはわたしにも判らないけどね」

 照子は真田のプロフィールを思いだして、それをあやめにかいつまんで話した。


 真田は確か年齢は二十代中ごろだったはずだ。関西地方での試合にはそれなりにファンもついている、しかも若い女の子にもファンがいるという、そこそこ人気のレスラーで、関節技と、跳躍を利用した打撃技が得意らしい。


 地方での試合に満足していないのか、強さを求めているのか、極めし者との野試合を求めているらしいが最近ではその相手を見つけるのが一苦労だとか。プロとして試合に出ている者の出場を認めている格闘大会があまりないことと、真田が極めし者としても強くなって「試合」にならないからでもあるらしい。


「極めし者としても強いんだ……。でもてりこねぇさまなら大丈夫ですよねっ」

 あやめがぐっと拳を作ってうなずいている。

「大丈夫、って言いたいけど。ふふ、緊張するなぁ」

 照子はそういいながらも口元に笑みを浮かべていた。


 彼女としても強い極めし者と闘うのは久しぶりだ。先週に信司と少しだけ闘ったのだが、決着をつけることなく中断させられたのだし、今回はトラブルは起こってくれるなとひそかに願った。




 そしていよいよ、照子と真田のエキシビションマッチの時間となった。


「がんばってくださいね、ねぇさま!」

「ありがとう。じゃ、行ってくるね」

 あやめの見送りを受けて照子はバトルフィールドへと進み出た。


 同じように真田もやってくる。試合を観戦していた時にかぶっていた帽子はなく、服も、タンクトップとアーミーパンツと軽装になっている。


 改めて素顔を間近で見たが、結構かっこいいと照子は思う。一言でいうならいまどきの顔だ。

 レスラーというといかめしい顔、という偏見にも似たイメージがあるのだが、真田はレスラーにしては整った顔をしている。寝技を多用するレスラー独特の、つぶれた耳も長髪に隠れてさほど気にならない。なるほど若い女の子にも人気があるわけだ。


 ま、結にはかなわないけどね、と心の中でのろけて、照子はにんまりと笑った。


「おっ、なんだか余裕のある笑いだな」

 真田に指摘されて照子はどきっとした。まさか試合を前に彼氏を思い出してニヤけていたなんて言いたくはない。

「ま、まぁね。一応ここのチャンピオンなんだし」

 冷や汗たらり。


 だが真田は幸いにも言葉通りに受け取ったようだ。

「いいファイトを期待してるよ、チャンプさん」

「ええ。もちろんよ」

 今度は試合を前にした格闘家の勇ましい笑みで照子は応えた。


『両者揃いましたところで、エキシビションマッチをはじめたいと思います』

 本部席からのアナウンスに会場が沸き立った。

『ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、本日のゲストは、「える闘人とうじん」の異名を持つプロレス界のヒーロー、真田まことさんです!』


 真田がアナウンスに応えて拳をかかげると、観客席からは真田コールが起こった。さすがはプロの世界で活躍をしている者だ、と照子は感心した。


『そして迎え撃つは、このまいかた公園格闘大会の初代にして現チャンピオン、今日もバッチリ優勝を決めた「赤き光のてりこ」こと他戸照子!』

 照子にもファンからの熱い声援が起こる。


 彼らの応援に報いるためにも、そしてなにより、あの男に挑むほどの実力を自分が持っていると実感するためにも、この試合は負けられない。照子はぐっと拳を握った。


「エキシビションマッチ、はじめ!」

 決勝戦と同じように、フィールド外からレフェリーが試合開始を告げる。


 観客達がいっそうヒートアップしてひいきの選手の名を呼ぶ中、照子と真田は相手を見つめ、構えを取る。


 両者は闘気を強く放出した。天属性の照子はいつものように白熱色。対する真田の闘気は体を離れると紫色になる。

 真田の属性は「雷」だ。


 雷は超技を主体に技を組み立てている属性だ。真田は様々な超技をあみ出し、それらを使いこなす闘いを展開するのだろう。プロレス技をアレンジした超技の数々を会得しているに違いない。

 そして放出する闘気の量は、真田の方が照子を軽くしのいでいる。これは、思っているよりも厄介な闘いになりそうだ。


 真田は胸の高さで手を軽く広げている。

 ひざと腰を軽く落として低く身構えているとはいえ、彼の胸の高さは照子の目線近く。相手の体を捕まえて技を決めるレスラーにとって、この身長差は少々やりにくいはずだと照子は思った。


 もちろん格闘技の雑誌に記載されていた真田の技には打撃技もある。それを利用して照子の体制を崩してから関節技などに持っていくという闘いをしてくるのかもしれないと、相手の戦法を予測した。


 となると、体勢を崩さないことが照子の勝利の前提条件となってくる。

 相手の攻撃を受けないことはもちろん、自分の技の隙をつかれることも許されない。何せ相手はプロのレスラーにして極めし者。対戦者の動きを見極めることにとても長けている。


 むやみにつっこめない。

 だが攻撃を仕掛けねば勝つことはない。

 照子は慎重に相手の動きを見つめる。


 その照子の考えを読んだかのように真田がにやりと笑う。レスラー相手には近距離戦は不利と、どの対戦相手も今の照子のように相手の動きを待っているのかもしれない。


 ならば、と照子は右足に闘気を集め、蹴り出した。

 地面すれすれを白熱色の闘気が滑るように飛ぶ。


 真田はそれを左に軽くかわすと、一気に照子に迫ってきた。

 飛び道具系超技を放った後の隙を狙っているのだろう。

 それこそが、こうあって欲しいと願っていた動きだ。

 照子は超技を放った直後に高々と真上へ跳躍していた。極めし者の跳躍力をもって真田の頭上に舞い上がる。


 照子に向かってきた真田は驚いた顔をしたが遅い。

 真田が照子の立っていた位置に一瞬のうちにやってきた時にはもう、照子は真田を飛び越えていた。


 肩を蹴って着地。のはずが、照子の足は真田が咄嗟にかかげた腕を蹴る。

 さすがすんなりとは狙った部位に攻撃を決めさせてはくれない。


 照子は着地して相手に向き直る。今度は右の拳に闘気を集めて、自ら真田の懐につっこんだ。

 対し、真田は照子の腕を取ろうと狙いを定める。


 だが照子は真田の目の前、一メートルほどで低く身をかがめた。

 それこそ地面ぎりぎりまで。

 左手を地に着き支点として超ローキックを放つ。

 照子の右足が真田の左足首を捉えた。


 真田の動きが止まる。

 すかさず立ち上がり、伸び上がりながら放つ照子の拳が、真田の顎に衝撃を加えた。


 おおっ、と観客のひときわ大きなどよめき。

 極めし者でない観客は、視認は難しくとも拳を打ちつける音で試合が動いたことを察するのだ。


 照子はバックステップで下がる。


 真田は、右の拳の甲で、かすかに切れた唇の端をぐいとぬぐった。

 彼の表情にはまだまだ余裕がある。

 さすがプロレスラー。並の極めし者なら今の攻撃でかなりダメージを負っているはずなのに真田はあまりこたえてなさそうだ。


 これは先週闘った山属性の暴力団員以上に真田はタフであることを覚悟せねばならない。


 照子は唇の端を持ち上げて笑った。強い相手と試合できる喜びの表情に、真田もまた同じように笑みを返してくる。


 それから二人は、つきつ離れつ、相手の動きをうかがいつつ攻撃を仕掛けた。


 真田は主に打撃技を繰り出してくる。まだ得意手である関節技に持ち込めるほどの隙をつかめずにいるのだろう。

 一方照子は手数で押していたが、やはり真田の尋常ではない体力に辟易していた。


 どうすれば彼を倒せるのか、と考えるが、なんだかどこに攻撃を加えても真田は笑って立ち上がりそうな気がする。それがたとえ男の急所であったとしても。

 いや実際にそこを狙ったりはしないが。


 両者にらみ合い、技を仕掛けるタイミングを探る。

 照子は自分の息が少し乱れていることを意識している。

 真田には一見その様子はないが、手数では若干、照子が圧していることもあり、彼は彼で打開策をと考えているはずだ。


 次のぶつかり合いで大きく試合が動く。照子は直感した。格闘家の勘だ。

 渾身一滴の技を繰り出そう。照子は闘気をみなぎらせる。


 対し、真田も闘気を両手に集めた。まばゆい雷光をまとう手のひらが、相手を捕まえんと輝きを放つ。


 歓声が高まる中、照子が地を蹴り、真田の懐を目指す。

 真田は両手を広げて迎え入れる。

 照子は拳よりもリーチの長い蹴りを放った。体をひねり、体重をすべて右の足に乗せる。


 右足が真田のみぞおちを捉える。真田がはっきりと苦悶の声をあげた。

 これは勝負ありか、と思われた。


 だが真田は苦痛の表情の中にもまだ笑みを浮かべる。

 と、次の瞬間、照子の右脚はがっちりと真田に掴まれていた。

 脚を取るために真田はわざと照子の技を喰らったのだ。気付いた時にはもう遅い。

 ひざ関節を軽くひねられただけで神経を伝ってくる痛みに照子は顔をしかめる。


「ギブ?」

 思わぬ展開に会場がどよめく中、真田が問う。


 ギブアップはしたくない。

 しかし地につけた左足の踏ん張りがきかず、右脚を引き抜くことはできない。

 拳は真田の手に届くが、腰を入れた打撃でなければ真田の手を放させるまでの攻撃はできない。

 このままでは負けはほぼ確定だ。


 バトルフィールドの外にいたレフェリーがゆっくりと近づいてくる。

 真田が関節技をめ、動きが止まった二人の様子をうかがいに来たのだ。


 このまま負けたくない。なんとか脚の拘束を解かねば。

 照子は咄嗟に真田に手を伸ばした。

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