2-3 新進気鋭の極めし者
程なく、無差別異種格闘技戦の決勝戦が行われると会場にアナウンスが入る。拡声器を通した声がいつもより興奮しているように感じるのは、照子自身が興奮しているからなのかもしれない。
照子は意気揚々とバトルフィールドに進み出た。本多も遅れてはいない。
両者は三メートルほどの距離を空けて向かい合った。
二人とも極めし者ということで、レフェリーはフィールドの外で試合を観戦する。闘気を持たない者が傍にいるのは危険だからだ。そもそも選手の行動をすべてチェックできない。
それなら極めし者がルール違反をしていないかどうかはどうやって見定めるのかというと、それはもう参加者のモラルに委ねられている。少なくともここの大会では。
『さて、大会のメインイベントとも呼べる無差別異種格闘技戦の決勝戦が行われます。片や、出場すれば負けなし。大会の初代にして無敗のチャンピオン、「赤き光のてりこ」こと他戸照子!』
照子の名がコールされると、会場が興奮に沸き立つ。照子は右腕を上げて大きく振り、ギャラリーの声援に応えた。
『そしてチャレンジするは、新進気鋭の極めし者、本多敦!』
本多が極めし者であるということに会場がどよめく。これは面白い試合が見られるという期待をこめた応援がたくさん飛び交った。本多はそれに対して礼をする。
「決勝戦、はじめ!」
歓声が落ち着いてきた頃に、レフェリーの大きく鋭い声が飛んだ。
照子も本多も、闘気を強く解放する。照子の闘気は白、本多は赤だ。彼の闘気は、体の周囲は白みを帯びているが、体から離れると真紅になる。
本多の属性は攻撃に重きを置く「炎」だと照子は見て取った。
炎は八つの属性の中でスタンダートな属性と言える。照子も過去に炎属性の極めし者と闘ったことはあった。
また、体から放出される闘気の量と勢いで、相手がどれだけ闘気の扱いを習熟しているのかが推測できる。本多の闘気は勢いこそあるものの噴出する量は照子の目から見て少なめだ。
先程のアナウンスだと、本多は極めし者となって間もないらしいので、手加減をしているわけではなさそうだ。照子の方が闘気の扱いを習熟していると見て間違いないだろう。
互いに相手の動きをじっと見つめたまま構えを取る。
照子は胸の前で拳を掲げ、軽く体を開いたファイティングポーズ。
対し本多は肩幅に開いた両のつま先をまっすぐに照子に向け、脇をしめて拳を構えている。
空手の使い手か、と照子は思った。照子自身も空手の道場に通っていたことがあるので基本の構えを見てすぐに察した。
極めし者となって四年近い照子はすでに、空手の基本スタイルからは離れた闘い方をする。基本を踏まえたうえで、自分の闘いやすいスタイルを確立しているのだ。基本の型から外れた変則的な動きをする
超技とは、闘気を使ってなす、格闘術以外の技を指す。
よく、格闘ゲームの「必殺技」と例えられるが似たようなものだ。闘気を具現化させ相手に向けて放つものもあれば、自らの身体能力をさらに高めるといったものまである。
特定の属性でしか習得できない超技はあるがごくまれで、基本的には好きな形の超技あみだせる。が、やはり個々の属性とマッチしたものは扱いやすい。例えば攻撃主体の炎属性なら直接攻撃に繋がるような超技、といった感じだ。
照子は攻守のバランスが取れた天属性。
どのような闘いにも対応しうる器用さをもつが、逆にこれといって秀でる点もないために、八つの属性の中では最も闘いの技術が問われる属性といえる。
なので本来、超技も攻撃型、防御型のどちらも扱えるのが天属性の特徴だが、彼女は攻撃型の方に重きを置いている。
周りのギャラリー達が息をつめて見守る中、照子と本多は、じりっと距離を詰める。
二人とも一気に対戦相手へと向かう。きっと観客はそう思ったことだろう。
実際、本多は照子に向けて地を蹴った。
しかし照子は近づくと見せかけてその場で右足を振り上げた。蹴り出された闘気の光が本多に向かう。
本多はいきなりの飛び道具にほんの一瞬、取るべき行動の判断を鈍らせる。
なんとか踏みとどまって防御の姿勢をとるがそれこそが照子の狙いだった。
動きの止まった本多にずいと近づいて、頬を狙って拳を繰り出す。
足元への防御に気を取られていた本多は、慌てて顔を傾けてこれをやり過ごす。
思っていた通りだと照子は、にんまりと笑う。
本多はまだ極めし者となって日が浅い。なので極めし者との闘いにおいての超技の役割を熟知していないのだ。
攻撃型の超技――先程、照子が蹴り放った闘気も超技だ――が必ずしも、相手に打撃を与える役割で使われるとは限らない。フェイントとしての効果もあるのだ。特に攻撃の超技は派手なものが多いので目をひきつける役割としても十分使える。
体勢を立て直して構えを取る本多を見ながら、これは結構楽に勝てるかもしれないと照子は見積もった。
まるで劣勢である雰囲気を吹き飛ばさんとするかのように本多が連続で突きを放つ。
しっかりと構えて放たれる拳は、しかしとても速い。
胸元、腹、あごを狙っての連続攻撃を、照子は身を引きながら腕で外側に弾いてやり過ごす。
これで終わりか、と照子が一つ息を吐いた。だがそれは甘い目算であった。
本多の蹴りが照子の左脚をはねる。
あっ、と声にならない声が照子の口から漏れ、彼女の体はバランスを失った。そこに中段蹴りが襲い来る。
鈍い打撃音とともに照子は二メートルほど後方に押しやられた。
観客からは、おぉ、とどよめきが上がる。中に悲鳴のような声が混じっているのは照子のファンのものだろう。
本多は、長年この大会でチャンピオンとして君臨してきた照子に対して有効打を浴びせたことが嬉しかったのか、ふっと軽く息をついた。
照子はその隙を見逃さない。すっと本多の懐に飛び込んで拳を振り上げた。
今度は本多がよろめく番だ。会場がまたざわつく。
照子は攻撃の手を緩めない。本多の軸足を蹴りつけ、腹に拳を叩き込む。最後のハイキックはあとわずかのところで回避されてしまったが、この一瞬で戦局は好転した。
再び距離を取って、二人の極めし者が対峙する。
闘いの中の一瞬の静止にあっても、照子は高まる闘志を感じていた。闘気がもたらす高揚感だけではない。これまでの試合運びを思うときっと遠からず勝利を手に出来る。そうすればあの真田とも闘える。それらを期待しての興奮だ。
それでも油断はしない。照子は本多を凝視する。
本多の顔には焦りの色が見える。きゅっと真一文字に結んだ口が小さく開き、食いしばった歯列がちらりと見えた。何かを覚悟するかのような瞳で、本多は照子を睨み返してくる。
次の瞬間。
本多の拳が炎に包まれる。いや、これは闘気が
しかし観客には本当に本多の拳が炎を発したのだと見えるのだろう、ひときわ大きな歓声が上がる。それをBGMにして、本多は照子へと猛進した。
照子もほぼ同時に動く。強く地を蹴った彼女の体は宙を舞う。
まさかここで跳ぶとは。驚いた本多の表情が如実に語る。
その彼の上を跳び越しざまに照子が蹴りを放つ。見事背中にヒット。
本多は前のめりになりながらどうにか踏みとどまろうとたたらを踏む。
相手が体勢を整える間に照子は着地し、振り向きざまにもう次の技のモーションに入っていた。
大きく後ろに振りかぶった拳に、白熱色の闘気が集まる。照子が放つ代表的な超技と言っていい技だ。
もらった!
思わず心の中で叫びながら、照子は腕を前に突き出す。まるで腕にひっぱられるように彼女の体は対戦者へと一直線に突進した。
観客の目には、彼女の服装の上半分を占める赤の塊が尾を引いて本多に引き寄せられたように見えるだろう。これが、照子が「赤き光のてりこ」と称されるゆえんだった。
拳が頬を打つ音が響き、本多の体が意外にもゆっくり、ふわりと宙に持ち上がった。そしてその見た目よりも強く地面に叩きつけられる。
会場から大きな歓声が上がった。
まだ起き上がってこられるか? 照子は油断なく構えを取りながら本多の様子を見つめる。
照子の様子に観客もまた息をつめて本多を見守る。数秒の間、奇妙な沈黙が会場を包んだ。
本多は呻き声を上げながら上半身を起こした。まだ彼の顔には闘志が残っている。
大技を食らってもなお立ち上がろうとする本多に、観客は拍手を送る。
しかしギャラリーの励ましも、本多を闘いの続行へ促すことはできなかった。
どうにか立ち上がった本多だが、構えを取る足がふらついている。
バトルフィールドの外で試合を見守っていたレフェリーが「中断」と大きな声で言いながら中へと入って来る。
いい判断だなと照子は心の中でほっと息をつく。
様子を確認に来たレフェリーに本多はまだ闘いたいと訴えている。しかしレフェリーは首を振った。本多も自分の体の状態は把握しているらしく、今度はレフェリーの判断にうなずいた。
「TKOにより、勝者、他戸照子!」
レフェリーが高らかに照子の勝利を宣言した。
照子は右の拳を突き上げて勝利をアピール。
観客はひときわ大きな声をあげて両者の健闘をたたえた。
照子は本多に近づいて握手の手を差し出した。
「いい闘いだったね。またやりましょう」
本多は照子の手を取って、ぐっと握り返してきた。
「ありがとうございました。とても勉強になりました」
本多はさわやかに笑う。きっと空手の試合と極めし者の闘いの違いを実感したのだろう。
闘気の使い方は言うに及ばず、空手の試合ではあれだけ大きくジャンプしての攻撃などない。それだけでも相当に大きな違いだ。
試合の後、簡単な表彰式が行われ、照子の優勝が改めて称えられた。
『優勝者の他戸さんと、真田さんのエキシビションマッチは三十分後に行います』
主催者がアナウンスすると会場はまた歓呼の声に包まれる。決勝戦だけでも迫力のある試合だった――といっても極めし者でもない限り細かな動きは見えていないであろうが――のに加え、もう一戦、極めし者同士の闘いが見られるのだから当然だろう。
照子は大会の主催者が勧めてくれたのもあって、本部席のテントで椅子に腰を落ち着けた。それほど苦戦はしなかったとは言え、まったく疲れを覚えていないわけではない。真田との試合に備えて休養を取る必要がある。
「てりこねぇさまー!」
椅子に座って汗を拭いていると、あやめの声が近づいてきた。
照子がそちらに視線を向けると、あやめが満面の笑みで走ってきた。
「君、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だよ」
テント前でスタッフに引き止められてもあやめはくじけない。
「わたし、てりこねぇさまの関係者ですっ。ねっ?」
照子の元に駆け寄るのを邪魔されたあやめは、スタッフに向かってべぇと舌を出した。しかし照子に同意を求める時には、あのうるうる瞳で甘えた顔になっているのだから驚きだ。
スタッフの若者は苦笑を浮かべながら照子を見た。
本当はゆっくりと休みたいところだが、主催者に迷惑をかけても困ると思って照子はうなずいて見せた。あやめは、それみたことかといわんばかりの得意顔で若者の横をすり抜けて照子の傍にやってきた。
「ねぇさま、すごかったです! TKOだなんて!」
「ありがとうあやめちゃん」
「ところでTKOって何ですか?」
照子はじめ、会話を聞いていた周りのみんなが思わずコケそうになった。
「TKOは、テクニカル・ノックアウトだ。選手が闘いを続行するのが無理だと判断されて勝負ありとなる。格闘技を見に来るならそれくらいの勉強をしておくべきだな、お嬢ちゃん」
照子が答えるよりも先に、男の声が降ってきた。
いつの間にか、真田がテント近くに来ていた。今のは彼の返答だった。
「ふーんだ、なによ偉そうぶっちゃって」
あやめは真田を見てのけぞっていた。きっと彼があまりにも長身かつ筋骨隆々なので怖いのだろう。
「まぁまぁ、あやめちゃん」
「あんたみたいにでっかいだけのヤツなんて、てりこねぇさまにやっつけられちゃえ」
照子の制止を聞いていないのか聞かないふりなのか、あやめは腰に両手を置いてふんぞり返りぎみに真田を見上げると、また、べぇと舌を出した。
あぁ、また対戦相手を刺激しないで、と照子の眉がハの字になった。
「ただのでかいだけのヤツか、しっかりその目で見ておくんだな」
真田は特に怒った様子はない。にやりと口の端を吊り上げて笑う。
あやめは気圧されたのかそれ以上は何も言わなかった。照子は思わずほっとした。
「おれはチャンプさんに挨拶に来たんだよ。いい試合だったな。あんたなら満足いく勝負が望めそうだ。よろしく頼むよ」
真田が照子に視線を向けてきた。
「わたしも、真田さんのお噂は伺ってます。胸を借りるつもりですので、どうぞよろしくお願いします」
照子は立ち上がって真田を見上げ、一礼をする。
胸を借りるつもりで、と言ったものの、照子はもちろん負ける気はなかった。
極めし者として相当の腕前のプロレスラーと称される真田に勝つことで、あの男との再戦でも勝利をつかめるはずと実感したかったのだ。
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