1-6 極めし者のタイマン勝負に反則などない?
照子達は空き地の近くにバイクとスクーターを停めた。
一見、また信司のスクーターの調子が悪くなったかのように見せかけてその実、追いかけてくる男達を空き地に誘い出す作戦だ。
男達も人目がある場所よりは、周りに誰もいないほうが都合がいいだろうという信司の思惑通り、今度は男達が車から降りて近づいてくる。
追いかけてきたのは四人の男だ。中年に足をつっこんでいるのから、信司とそう変わらない若い者まで揃っている。
すっかり日が落ちて頼れる明かりは外灯だけなので、男達の細かな表情などまでは判らない。だが数の優位に顔をにやつかせていることは見て取れた。
「うちの若いもんが、世話になったようやなぁ」
一番のリーダー格と思われる中年男が声をかけてくる。
「別に世話なんかしてないよ。それとも、あんたの仲間から逃げるのに、潰れちゃったバイクの弁償でもしてくれるの?」
信司が口の端を持ち上げて笑った。挑戦的で余裕たっぷりな笑みに、照子は彼に任せれば大丈夫だろう、と成り行きを見守る。
「ふざけんなこら。おまえがわざとバイクをぶつけたんやろ」
「えー? だって追っかけられたら誰だってああするよ」
いや、それは信司くんだけだと思う、と照子はすかさず心の中でツッコミを入れた。
「このガキ。調子に乗りやがって。ただじゃすまへんで。わしを誰や思うとるんや。おまえのような――」
「酒井さん、だったっけ。大阪の北の方にある『川口組』の組長の懐刀の。属性『山』の極めし者だよね。……違ってた?」
信司があっさりと素性を口にしたので、男、酒井は言葉を詰まらせた。
照子も、明かされた男の素性に驚く。組長の懐刀となると相当の地位なのだろう。そして極めし者だという。闘気を悪用していることに怒りを覚えつつ、怖いと思った。
「そこまで判ってるんやったら、身ぃ引けや。車壊しよったことは大目に見てやる。そこのガキをこっちによこせ」
気を取り直したかのように酒井がすごむ。そこのガキとは、あやめのことだ。酒井が照子の後ろに隠れているあやめを見やると当然、照子にも視線を投げかけてくることになる。
頬に刻まれた傷跡がまず目に付く。短く刈り込んだ髪と、つりあがった目がより人相を悪くしている。
こんな男にあやめちゃんは渡せない、と照子は思った。その人相からして、何をされるのか判ったものではない。単純な暴力だけではなくて、あんなことやこんなことまで平気でやるんだ、と想像して照子は身震いを覚えた。
きっと信司がどうにかしてくれることだろうと期待を込めて信司を見る。
「渡せるわけないよ。抗争に有利になるように、子供を人質にとろうなんてまさに外道だよ」
信司が平然と首を振った。
「そ、そんなこと考えてたんだっ。この人でなしっ!」
照子の後ろのあやめが悲鳴にも近い叫び声をあげる。
照子はあやめの手をぎゅっと握った。
「大丈夫。信司くんがこんな男――」
「あんたみたいな悪者は、てりこねえさまにやっつけられちゃえばいいんだっ!」
「なんでそこでわたしっ?」
照子の慰めの言葉をさえぎって、あやめはとんでもないことを言い出した。照子が思わず異を唱えてなんの不思議があろうか。
しかし相手はそんな照子の都合など知るはずもない。
「あぁ? あんたがわしを倒すって? ……なるほど極めし者か。おもしれぇ、勝負しようやないけ」
「てりこねえさまはチャンピオンなのよっ。あんたなんか、けちょんけちょんなんだから!」
「チャンプか。ますますやりがいがあるな」
あぁ、あやめちゃん、それ以上相手の神経を逆なでしないで、と照子は心の中で涙した。
信司に救いを求める視線を送ってみたが、彼は照子を見つめ返してにっこりと笑った。
「てりこさんが闘うなら、おれ、見てるよ」
「ちょっと、信司くん。話が違うっ」
思わず抗議したが、もうこの場全体の雰囲気が、照子と酒井が闘うという流れになってしまっている。
「てりこねぇさまぁ。お願いします。わたしを助けて」
あやめの、すがりつくようなこの目に弱い。可愛い妹のようなあやめの危機を今、救えるのが自分しかいないなら、やるしかないのだ。
照子はうなずいた。
「わかったよ。やるよ」
「さすが、まいかた公園のチャンプさんだ。かっこいいですよ」
「ねえさまぁー。あやめ、感激ですーっ」
いいように乗せられている感も、少しばかり覚えつつ、ま、いいか、と照子は考えることをすっぱりと放棄した。開き直った極めし者ほど強いものはない。そして開き直った女の底力を見せてやろうじゃないか。
かくて照子と酒井は、あやめをかけて勝負することとなった。
外灯が仄かに照らす中、照子と酒井は構えを取る。その距離、三メートル。
足元には短い草がたくさん生えているが、動きを阻害するほどのものではない。照子は目の前の敵に全神経を集中する。
照子の体を包むのは白熱色の闘気。酒井の体からは緑の闘気が噴出している。体の近くは白みがかっているが、体を離れると深い緑となる。
信司の言う通り、酒井の属性は「山」だと照子は見て取った。
山属性は力の属性。その一撃をまともに食らうと相当のダメージを負うことになる。
拳を作って胸元に掲げるスタイルの照子に対し、酒井は掴みかからんとする手を腰と胸の高さに構えている。
相手の構えを見て、彼は関節技や絞め技を得意とするサブミッションタイプかと照子は見積もる。
サブミッションは、自分に有利な状態で相手の部位を掴むことに長けている。関節技のみでなく、そこから投げ技に転じる場合も考えられる。
相手の間合いに不用意に入らないようにせねばならない。
照子が先制攻撃を仕掛ける。光り輝く闘気を足先から蹴り出した。
酒井はサイドステップで回避。地に足をつけると同時に照子に向かって突進する。
後ろへ身を引きつつ蹴りを放つ照子。右足に、相手を捕らえる衝撃が加わった。
相手がひるんだ隙にまた距離をとる。照子に優位な展開だ。
これがチャンスとばかりに照子はさらに攻め立てる。
跳んだ、撃った、さらに闘気を叩き付けた。
今まで照子が闘い勝利を収めてきた相手だと、もう倒れてもいい頃だ。
その油断が隙を生んだ。
気がついたら相手の拳がもろに胸元にヒットして、地面に打ち倒されていた。
「ちょ……、何よその体力とパワー。反則よっ」
照子は思わず毒づきながら立ち上がる。
「ふん。極めし者のタイマン勝負に反則なぞあるかっ」
酒井がにやつきながら近寄ってきた。
てっきりサブミッションタイプだと思っていたが打撃技も得意としている相手に、照子は戦法を練り直す。
と言っても闘いの最中に考えられることは限られている。
相手は一撃必殺系。こちらの攻撃も効いてはいるだろうが、威力は小さい。
ならば手数で押すしかない。
近づき攻撃して身を引く。
近づくと見せかけて闘気の波を飛ばす。
その繰り返しでどうにか相手に有効なダメージを与えることはできる。
だが酒井の一撃はやはり脅威だ。酒井にいわゆる「飛び道具」系と呼ばれる、離れていても闘気を飛ばして攻撃する技がなさそうなのが幸いだった。
時間が経つにつれ、照子は焦りを覚え始める。自分の方が優位なのに、手数では断然勝っているのに、相手は倒れない。この辺りで大技を仕掛けて終わらせたいと思う。
照子は闘気を右手に集めた。白く光り輝く拳を大きく後ろに振りかぶる。
酒井が表情を変える。さすがに超技をまともにくらってはまずいと思ったのだろう。だが彼の動きよりも照子の方が早かった。
拳を突き出した照子の体が白い尾を引きながら酒井に迫った。
ひときわ大きな打撃音。酒井が後ろに吹っ飛ばされる。
酒井は起き上がってこない。誰もが勝負の終わりを信じた。
「わたしの勝ちよ。これ以上あやめちゃんを追いかけるのやめてもらうからね」
照子が勝利宣言をした、その時。
地面に仰向けにひっくりかえったままだった酒井がにやりと笑う。
照子は驚き身を引いたが、その時には闘気の放出の直撃を受けていた。巨大な闘気の壁が照子の体を持ち上げて放り出す。
苦痛を訴える呻き声を口の端から漏らして照子は地面に投げ出された。
「ふん。てこずらせてくれよってからに」
酒井が起き上がって、いやらしい笑いを浮かべながら照子に近づいてくる。
対し照子は腹を押さえて上半身を起こすが、闘いの続行はまだ無理だ。
このまま負けるかも、と思うと、照子は瞬時に、四年前の「あの男」との闘いを思い出した。
圧倒的な強さで自分を叩きのめした「あの男」を思い起こすと、思わず体が縮まった。
一気に高まった緊張をほぐしたのは、あやめの叫び声だった
「わたしのてりこねぇさまに何するのよ! このロートル! いやらしい目で、ねぇさまを見ないで! 変態! すけべ!」
「ろ、ロートルやとっ? わしはまだ四十二やっ!」
「十分年寄りじゃない!」
酒井とあやめが、勝負をそっちのけで怒鳴りあっている。
照子は、ぽかんとその様子を見つめていた。信司を見ると彼も口をあんぐりと開けている。が、照子と目があうと、にっと笑って酒井に目配せした。
(そうだ、チャンスだ!)
照子は思い切り闘気を解放した。酒井がそれに気付いた時にはもう、照子は超技のモーションに入っていた。
前転して酒井の足元にもぐりこむと、逆立ちで体を起こしつつ酒井の腹を蹴り上げる。
伸び上がり、手を地面から離すと、照子と酒井は大きく放物線を描いて飛んでいく。
照子は綺麗に着地したが酒井は頭からべしゃりと草の中に叩きつけられた。極めし者でなければ首の骨の一本や二本、折れているだろう。
「今度こそ勝負ありねっ」
地面に伸びて目を回している酒井に照子が勝利宣言。
信司とあやめが拍手喝采を送った。
「不意打ちくさいことしおって……」
酒井が不満を漏らすが、照子はふんと鼻で笑ってやった。
「極めし者の勝負に反則もなにもないんでしょっ」
反則ではなく、思い切り横槍が入ったことは、この際考えてはいけない。
「ちっ。今日のところは引き下がってやる。次はこうはいかんで」
酒井はなんとか立ち上がって、ひと睨みくれてから部下を連れて立ち去った。
「……はあぁ。行ったわねー」
照子はぺたんと地面に腰を降ろした。
「お疲れ様、てりこさん。負けそうになったらおれも助けに入ろうかと思ってたけど、先越されちゃったね」
信司が笑ってあやめを見る。
「てりこねぇさま、わたしのためにありがとう」
あやめは照子にぎゅっとしがみついてきた。
「どういたしましてー。とにかく無事でよかったー」
緊張が抜けたことで、照子はあやめにしがみつき返した。
しかしその和やかな雰囲気も一瞬にして打ち破られる。
一台の高級車が空き地の前に止まった。その中から、さっきの男達に負けず劣らずの人相の悪い連中がぞろぞろと出てきた。
「またなの?」
照子は思わず悲鳴にも似た声をあげた。
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