1-4 華麗なるバイククラッシュ

 まいかた公園の駐輪場で、信司は愛車のバイクにまたがりエンジンをかける。黒の四〇〇ccのバイクだ。照子が同じ排気量のバイクに乗るとあって、少し驚くとともに親近感を覚えた。


 ひょんなことから照子と、彼女のファンである女の子と行動を共にすることになった。もちろん、女の子が窮地に立たされているらしいので協力することは、やぶさかではない。

 女の子は照子のバイクに乗せてもらっている。照子のマシンに乗れるとあって少女はとても喜んでいるようだ。


 この季節はまだバイクで走るには少し風が冷たい。だが信司は季節を問わずにほとんどバイクで移動する。好き、というのもあるし、彼にとって一番便利な移動手段だからだ。


 まいかた公園からバイクでおよそ二十分ほど奈良よりに走ったところに小さな公園があったので、そこで休憩することになった。

 駐輪スペースにバイクを並べて停め、公園の中に入ってベンチに並んで座る。


 信司から見て、照子は極めし者ということを除けば、普通に格闘好きの女性のようだ。しかし、彼女に寄り添うようにして座る少女は、只者ではないような気がする。


(そう言えば、あの時、あの男達はこの子のことを「お嬢さん」って言ってなかったっけ?)

 信司は十九歳という歳のわりには、様々なことを経験している。ヤクザ者にも知り合いがそれなりにいるが、彼らは自らが忠義を尽くす相手にはとても物腰が柔らかい。


 男達は、確かに少女の手を掴んでいたが、少女が嫌がって腕を振っていただけで、男達は強引に連れて行くというそぶりでもなかったかもしれないと、今になって思う。


「ねぇ、これからどうしようか。やっぱり警察に相談するほうがいいかなぁ」

 照子が話しかけてきたので、信司は彼女に視線を向ける。照子は少女のことをとても心配しているようだ。

「そうだなぁ――」

「ダメですっ。さつっ、警察はっ」

 信司をさえぎって少女が慌てたように両手をぶんぶんと振り回す。


「どうして? ストーカーなんだったら警察に相談しなきゃ。放っておいたらエスカレートしちゃうよ?」

 照子が小首をかしげると、少女は困ったように少しうつむいた。

「だって、ほら、警察ってストーカーぐらいじゃ相手にしてくれないし。警察に言ったって知ったら相手が余計にしつこくしそうだしぃ……」


 決まりが悪そうな少女の言葉に、やはりこの子は只者ではないと、信司は確信した。どもったふうにも聞こえたが、警察のことを指す俗語の「サツ」と咄嗟に言ってしまったのだろう。


「まあ、本人がいやだと言ってるんだから、別の方法を考えようよ」

 信司が助け舟を出す。


 今でこそ家に戻っているが、彼は中学生の頃に家を飛び出し日本全国様々な箇所を点々として、まさにサバイバルとも呼べる生活を送っていた。

 長期の家出というよりも逃避行に近かった。危ない橋を渡ったこともある。

 なので窮地に立たされた人の心情は痛いほどよく判る。警察に知られたくないのなら、ぜひとも自分達で何とかしたいと信司は思った。


 少女は、信司の気遣いが嬉しかったのだろう。口元をほころばせて「ありがとう、お兄さん」と言って頭を下げた。


「でも……、警察に行かないなら、どこに行こうか。いつまでもここにいるってわけにもいかないでしょ? えーと、あ、まだ名前聞いてなかった」

 照子が女の子を見て問う。

「名前……。わたし、あやめっていいます」

 少女は少しためらったが、まさに「名前」を名乗った。


「あやめちゃんか。可愛い名前だね。あなたにぴったり」

「ありがとうございますっ。わたし、六月生まれで、おかあさんがあやめが大好きで。それで、花言葉が『嬉しい便り』っていう意味なんだって。おかあさん、わたしがおなかに宿ってとっても嬉しかったって、つけてくれたのっ」


 名前を褒められて、少女、あやめはとても嬉しそうに笑った。照子もそんな彼女をにこにこと見ている。

「お母さんが好きなんだね」

「うん。……もう死んじゃったけど……」

 途端に少女の顔が曇る。照子も、まずかったかなという顔をしてあやめを見つめた。


「あー、おれは富川信司だよ。これからのことだけど。とりあえずおれが滞在しているホテルに行かないか?」

 とりあえずその場の雰囲気を変えようと信司が提案すると、照子が小首をかしげた。


「ホテル、って、信司くんって観光で来てたの?」

「いや、実家は京都にあるんだけど仕事で全国回ってるから、こっちでの滞在でも短い間はホテルにしてるんだ。ちょうどホテルの近くで次の仕事だし」

「学生さんかと思ってたけど、働いてるんだ。信司くんっていくつ?」

「今年十九だよ」


 二人の会話にあやめが小さくつぶやいた。

「いいなぁ。わたしも早く働きたい。早く家を出るの……」


 その、早く出たい家というのは、やはり暴力団関係なんだろうか、と信司が勘ぐった、その時。


 只者ではないらしい少女よりも、さらにただならぬ気配が近づいてきた。照子も気付いたらしく、顔を上げる。

「見つけたで。あのスケやろ」

 典型的なヤクザ言葉を強調させて、男が三人ばかりやってくる。まいかた公園であやめの手を掴んでいたのとは違う連中だ。雰囲気どころかいでたちも無頼漢そのものだ。


「おまえら、どいてろ。その女に用がある」

 男が信司と照子に目を向けて言う。さすがに仲間内で話しているような口調ではないが、威圧感たっぷりだ。


「どけ、と言われてもね。この子は友達だし、今おれ達と話してるんだ。……どんな用ですか?」

「おまえらには関係ないわ! どかんと痛い目に遭うで!」


 男の本性丸出しの怒号とともに、三人がいっせいに懐に手をやった。

 引き抜かれた時には、それぞれの得物が握られている。匕首あいくちが二本と、拳銃だ。


「じ、銃っ」

「チャカッ」

「ハジキッ」

 照子、あやめ、信司の声が同時に出た。


「……チャカ?」

 少女の口からそのような言葉が飛び出たことに、さすがに照子も疑問に思ったようだ。

「えっ……? あっ、ほらっ。テレビドラマでよく、ピストルのことをそんなふうに言ってるじゃないですか。わたし、影響受けやすくって」

 あやめは、あはは、などと乾いた笑いを浮かべつつ言い訳をしている。


 信司もハジキなどと言ったのだが、照子はその辺りは気にしていないらしい。それこそ任侠もので知ったのかと思われているのかもしれない。あるいは男が言っても気にならないのか。


 照子は、まぁいいわ、などと小さくつぶやいて、男に向き直った。

「あなたたち、そんな物騒なもの、しまわないと後悔するよ」

 照子が男に言う。なんだか意味が通っていないように思えるが極めし者が二人いることを考えれば理解できる。


「あン? なんだとコラ」

 照子が武器を怖がって支離滅裂なことを言っていると思ったのだろうか。男は口元をにやつかせながら手にした匕首をぶらぶらと振って見せた。

 普通は武器を見せるだけで、相手はかなりひるむものだ。照子もそうなのだろうと男は高をくくっているようだ。


「ね、ねぇ信司くん。あれって、やっぱり本物よね?」

「ニセモノっぽい感じはしないな。ドス二本に銃か。これって命の危機だよね」

「じゃあ、身を守るために、仕方ないよね」

「うん。仕方ない、仕方ない」

 照子と顔を見合わせて、思わずうんうんとうなずいた信司。


「それじゃ、いこっか」

 信司の言葉に照子は声なくうなずいた。もしかすると彼女はとっても不本意かもしれないし、怖がっているのかもしれないが、信司は余裕を持って闘気の解放を強めた。

 同じく照子も闘気を放出させ、二人の体から空色と白熱色のオーラが噴き出る。


 男達は闘気に気付いて驚いた表情を浮かべるがもう遅い。

 信司が手近な男の腹を蹴り、照子がもう一人のすねを蹴った。

 あわれ最後の男は同時に振り返った信司と照子の蹴りと突きをひざとあごに食らった。残り者が損をした。


「きゃー、てりこねえさま、かっこいいー」

 あやめは瞳にハートマークを浮かべたかのようなうっとりとした目で照子を見てはしゃいでいる。

「おれもやっつけたんだけどなぁ」

「え? あ、信司さんもお疲れ様です」

 途端に冷めたあやめの口調。

 扱いの極端な差に信司は思わず「あはは」と苦笑を漏らした。


「とにかく、行きましょ。信司くんの泊まってるってホテル」

 照子が二人を促した。さすがにかなり手加減をしたので、男達が起き上がれるようになるまでそう大した時間は必要としないだろう。

 駐輪場へ早足で向かいながら、信司はホテルの名前と位置を照子に教えた。




 信司が滞在しているホテルは奈良市内にある。なので彼らは大阪から奈良に繋がる国道を経由して市内に入ろうとしていた。

 その道中、行程の半分ほどに差し掛かった時に、白の高級車が二人のバイクに追いついてきた。

 もちろん、あのヤクザ連中である。

 信司は先程男達に必要以上に手加減を加えたことを少しだけ後悔した。


 車の窓が開き、先程、のしてきた男達が顔をのぞかせてなにやらわめいている。ヘルメット越しでよく聞き取れないが、罵りの言葉であることは間違いなさそうだ。

 その言葉の中で、止まれという意味のフレーズが聞き取れた。もちろん後ろには、お子様には聞かせられないような口汚い言葉もついてきている。


 止まれと言われて止まるぐらいなら逃げはしないよと心の中で舌を出しつつ、信司はわざと男達の車のまん前に陣取ってやった。照子のバイクがさっさと逃げられるようにするためだ。

 照子も信司の意図を察したらしく、ある程度の加速はする。だが後ろにあやめを乗せているので無茶な走りはできないのだろう。振り切るには至らない。


 国道が、県境の山道に差し掛かる。

 この先、できるだけカーブがないようにトンネルを作って整備した本道と、八年前、一九九〇年まで本道として使われていた、山をぐねぐねとめぐる旧道がある。もちろん本道の方が交通量は多いが、早く奈良に到着する。


 照子はてっきり、本道を通ると思っていたが、ウィンカーを出して旧道へと入っていった。

 なので信司も彼女に続く。

 当然後ろの車も追いかけてくる。

 

 急カーブが続く坂を、照子のマシンは絶妙のコーナリングで上ってゆく。あの安定した走りからして、恐らく後ろに女の子がいなければもっとスピードを出しても大丈夫なのだろう。後ろのあやめは、しっかりと照子の腰にしがみついている。

 なるほど車よりもバイクの方が小回りが利くのでカーブを利用して振り払おうという算段か、と信司は感心した。


 しかしバックミラーを見なくても、男達の車がすぐ後ろまで迫っている気配がする。

 エンジン音に負けないぐらいの怒号がまだ続いている。

 こっちはこっちで大した根性だなと思いつつ、彼らの運転もひと気がないことで遠慮がなくなっていることに気付く。このままでは信司のバイクを跳ね飛ばしかねない勢いだ。


 ふと、信司は考えた。

 ざっと見る限り、他に車はない。

 追跡者は遠慮を知らない。

 やられる前に、やってやれ。


 あぁ、このバイク、まだ買って二ヶ月なのに、とか、また周りに呆れられるな、とか、思わなくもなかったが、信司はこの危機的状況を乗り切るにはこれしかないと思った。


(二ヶ月間、ありがとう!)

 心の中で愛車に感謝の言葉を叫びつつ、信司は闘気を解放した。

 次の瞬間、彼の体が宙に飛び出す。


 怒号を上げていた男の、一瞬青ざめた顔が眼下に見えたと同時に、信司のバイクと男達の車が派手な衝突音をあげた。


 照子と対戦した時にも使った超技「はね」を使って宙を踏み、飛距離を伸ばす。信司のバイクを巻き込んで停車した車から四メートル程前方に着地した。


「ちょ、っと、信司くんっ。何やってんのっ!」

 信司から更に十メートル程前方に照子がバイクを停めている。

「先に行ってて。ロビーで待っててよ。あいつらもう一度たたんだらすぐに向かうから」

「足止めはありがたいけど、バイク……」

「あぁ、こんなこと珍しくないから気にしないで」


 照子は何か言おうとして「あー、あ、えっと」などと言っているが、どうやらあきらめたらしい。

「判った。気をつけて来てね。あと、やっぱりある程度の手加減はするんだよ」


 照子の言葉に信司がうなずくと、彼女のバイクは信司を置いて再び走り出した。

 さすがにこんな状況で、信司のことが気になったのか、後ろのあやめがちらりとこちらを見たが、軽く手を振ってやると前を見て、もう振り返ることはなかった。


 そのころになって、前方がひしゃげた車から男達が這い出てきた。

「こ、このガキ……。なめたまね、しくさりよって」

 かなりお怒りのご様子だ。まぁ高級車をおしゃかにされたのだから当然だろう。

「あれ、止まれとか言ってたの、あんたらだろ?」

 信司がとぼけてみせると、さらに男達の怒りのボルテージが上がった。今度は全員が拳銃を取り出している。


「罪なき市民に銃なんか向けるやつには、それなりの仕置きが必要みたいだね。今度はさっきより手加減しないよ」

 意図的に車を破壊したことや、挑発をして銃を出させたことは、この際、棚上げだ。


 照子達に向けていたにこやかな表情を消し、にやり、と口元に笑みを浮かべた信司は、空色の闘気を解き放った。


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