第4話

 これより始まりますは、千人VS実質四十八人のデスマッチ。

 赤穂浪士の討ち入りだって、そんな無茶苦茶しなかった。

 つまりは、リアルで『橋の上のホラティウス』ごっこを心行くまで楽しもう、そんな鬼畜な催しです。

 まったく、ランチェスターが聞いたら卒倒するね。


 それはともかく、みなさん、こんにちわ。初夏のお昼のひと時、如何お過ごしでしょうか?


 今、爺は帝都の名所、宮城前に広がる『青の広場』に来ています。

 全長八〇〇ヤードの広大な石畳。後ろは御成門、右は聖ゲオルギー大聖堂の玉葱屋根に見下ろされ、正面一二〇ヤード向こうには商工会館の重厚な五階建てがそびえています。


 そうそう、別に何かが青い訳ではありません。古代語の『美しい』が現代語では『青い』に転じ、語源を大切にするなら、あるいは『美し広場』と呼ぶべきか。

 どれも立派な外観で、強制労働の成果物も混じっていますが遠い未来にはきっと世界遺産に登録されることになるでしょう(ただし近隣諸国、人権団体の批判には気を付けたいところです)。


 だから見てください。伊達に将来の観光地を名乗るわけではありません。広場に通じる中央大街と商工大街の二つの大通り、陸続と沢山の人が吐き出されています。

 ほんとうに凄い人出ですね。カメラならぬ長槍やら火縄銃を抱えて完全武装。コスプレないしは即売会イベントでないなら、知らないところでやって欲しいもの。

 

 おっと、一つに固まり気勢を挙げてます。

 なんか君たち、感じ悪いよ(ちなみに感じの善し悪しで政治するってどうよ?)。

 残念ながらプラカードはありません。そも、プラカードってまだこっちでは見たことないぞ。そうか、識字率の問題か。


「何だ、あれは?」

 隣で幼女が呆れたように顎しゃくる。相も変わらず兵卒用の粗末な軍服。流石にマスケット銃を担ぎはせぬも、最前列で実にくつろいだご様子だ。

「親衛隊です」

 セルゲイは答え、ほんとかよと隣でケレンスキー伍長が馬鹿にする。嚮導が期待の新人、三十九歳で最年少。年齢だけ書くと確実に未来がないな、この組織。


 四十七人の同僚たちは、平均年齢五十七歳。それが愛すべき我が家『嚮導隊』。

 爺の肉体年齢よりも年老いた連中も数多く、この時代基準じゃ、どいつもこいつも死期までを指折り数えるご年配が当然の顔して勢揃い。しかし、誰でもいいから疑問に思わんのかね? みな同じく解職通知を受け取っていたはずなのだ。それが、いざ鎌倉と、緊急呼集に喜び勇んで二列横隊。


 まったくもって度し難い。こいつらこそ、モノホンの戦争狂。

 おいそこ、訳知り顔で笑いかけるな、同類に思われるだろう。こっちは渋々、迷惑してるんだ。

 だいたい一体どうして馘首になったのに、殺し合いなどに関わろうとするんだい? わけがわからないよ。


「違いない。だが、まるで素人だな」

 気づけば幼女の声に色はない。軽蔑に鼻でも鳴らしかねない兆候だ。見せ物が実はつまらないものと思われては大損失。接待役としては軌道修正が必要だ。


「事実、素人なのです」


 とは言えまずは肯定。上司の言葉を即座に否定なんてありえない。しかもなるほど、確かにその通りであったりもする。


 親衛兵が前線から遠ざかって二十年。免税特権で商売に励んでいたと聞くし、碌に訓練をしたという記録もないとなれば、一般人と変わるまい。

 今ここに仮病早退した不良社員どもがいれば、間違いなく蹴散らせる。蹂躙だ。セルゲイは大変残念に思う。

 とは申せ、一介の社畜風情にリソース配分をどうこうできようはずもない。うまく遣り繰りして、足が出そうなら努力と根性、果てなき連続勤務で何とかするのが正しい社畜。


「ですが、殿下。こちらも後ろは素人に毛が生えた程度です」


 振り返れば我らがイカレた連中から少し離れて、第二戦列が居並び見える。四列横隊を組むは聖堂百人隊と皇堂百人隊からなる儀仗兵に民兵隊。締めて総勢およそ五〇〇名。

 整列だけはお手の物たる両百人隊を核として、頬の引きつり、顔面の蒼白を除けば、中々どうして様になっている。

 敵の数に圧倒される向きもあったのに、何ゆえか逃げ出さぬのだから不思議なこともあったもの。ただし、手持ちの武器はすべて長槍、十五フィート。飛道具は一切無し。

 素人の火遊びよりはましではあるが、不都合なことだから沈黙が金。


「良かろう。数の差と釣り合いが取れているわけか」

 幼女はようやく満足げに頷いた。


 まさか更に数的不利を拡大させるつもりであったのか。


 セルゲイは怖気に襲われる。だがしかし、久方ぶりに先手が打てた事は喜ばしい。事前準備の席順に間違いはなく、最初の瓶ビールも手抜かりなく配られるとなれば接待の出だしは好調と言えましょう。幹事としては、まずよろし。

 しかし、まだ乾杯の御一声も頂いていないので気を抜く訳には参りません。


 そうして、料理の方に目を向ける。


 先ほど茶化もしたが、数の力は偉大なり。皇帝親衛隊。総数おおよそ一千名。

 広場の反対に陣取り、その姿は重厚。単一戦列。十列横隊。中央に長槍兵を集めて、火縄銃兵を両翼に配置する。長槍と銃兵の比率はだいたい同じ。げに懐かしきは、十三年戦争が昔の『長槍と射撃』。

 見れば、彼らが持ち出してきた古めかしいマスケット銃にも覚えがあった。


 どうせ家の長持ちの中で埃を被っていたのだろう。

 あれは入隊初日の出来事だ。絶望とともに受け取った、思い出深い七〇八〇年式の火縄マスケット。

 銃身長は四フィート弱。弾丸径十番と、大口径を備えた総重量十三.五ポンドの重小銃。


 一体どうして十三歳の餓鬼に渡すのか? 当時多いに疑問を覚えたものの、放たれる十分の一ポンドの弾丸たるや、重騎兵の胸甲すらも撃ち抜いたので良しとした。


 だが今となっては骨董品。

 重すぎ長すぎ、杖にも似た銃架に銃身を預けなければ、まともに撃つことも出来やしない。撃発機構に採用された火縄は、もちろん取扱い注意の危険物。おかげで火縄銃兵の横隊は、今見てみると密集とは名ばかりの疎らな形。


 なぜかと言えば、未だ現在、黒色火薬の時代也。花火を解した諸兄なれば自明のことで、あんな粉末の爆発物を身体の至る所に無造作にしまい込み、容器に入れてぶら下げる銃兵は、即ち歩く爆弾に他ならない。

 となれば、いつまでも炎がくすぶる火縄なぞ、漫画に出てくる古典的な導火線。人間爆弾一丁あがり。事実とあるかつての戦場で、戦争絵画の字義に違わぬ絵に描いた嘘に騙されて、阿呆な新兵こぞって身を寄せ、誘爆連鎖。ボンバーマンよろしく中隊丸々一つが空の彼方に吹っ飛んだ。


 けれど数は暴力。約五百の筒先並び、戦いは数だよ、兄ちゃんよ。

 対するこちらは四十八挺。さてさて、負けるのは簡単だ。


 ゆっくり己が得物を手で撫でる。こちらは扱い慣れた最新の燧石式。銃身長は三フィート十インチ。弾丸径は十四番。軽く扱いやすくて人殺しには十二分。

 近衛軍の為にと先帝の命により、宮工厰が特別にしつらえた千挺が内の四十七つ。今日も今日とて、飽きもせず、毎朝毎夕、整備を欠かさず、これぞ今生のマイキーボード、マイマウス。

 微かに笑みが零れ落つ。


 生まれてこの方、嵌まり込むのは幾度目か。ああ拙いと爺は思う。悪いところに接続される。カチリと脳裏で音が鳴り、そうだ、忘れもしない五十年と少し前。

 無茶な仕様に無茶な納期。誰が取ったか、この案件。責任回避が続いて、下請け孫請け流れ流れてブラックな企業の社畜の下へ。


 やれる、やれないじゃない。やるのだと。

 無理が通れば、道理が引っ込む。

 ブラック上司の論理は破綻し支離滅裂。喚き散らされ、とにかく仕上げろ、意地見せろ。


 そしてあの日あの時、時空を越えて爺になる前の中年は、首尾も上々やってのけたのだ。

 見事、納品まで漕ぎ着けて、しかし、あのマーチの結末はどうなったのか。最後の最後で戦線を離脱してしまった爺には、もう知る術がない。


 あれから何度も何度も不可能事を。


 思い出ダブらせ、やはり仕事は終わりまで。オーケー了解わかったよ。勝ち組どもが諦めて、負け組社畜が鼻を明かすのだ。そいつは愉快だ畜生め。それで全部に片が付いたら隠居といこう。これは譲らん絶対だ。


 って、こいつは立てちゃいけないフラグじゃなイカ?


********

コメンタリー


 橋の上のホラティウス:私はあと二人の仲間とともに、ここで敵と対峙する。あなたの路へと続く一千の敵は、この三人によって、食い止められよう。ふざけてますね、その神風的な設定。


 ランチェスター:数学的に戦争を理解しようと言う数式を生み出した人。その数式をひらたく言うと、数が多いやつが勝つ。身も蓋もねぇな、おい。

 

 青の広場:元ネタはもちろん赤の広場。コミュニストの赤だと勘違いしている人も多いけど、ツァーリの時代から赤いんだよね。まさしくロシアは赤くなるべくしてアカくなったわけ。


 伊達に:天軍戦国史という小説で織田さん家のヒス男が、「織田に」と言う言葉をはやらせてやるということを宣っていて、いつか使いたい。ちなみに鬼神もたじろぐ覇者の、震えるほどコワかっこいいという意味。でもアンタのセンスは次元を超越しているから多分イカレているという意味になりそう。


 強制労働と世界遺産:どちらも天下御免の葵の御紋。みんなほしいこの印籠。いろんな意味で。


 二列横隊:戦列歩兵隊の最終形態。いきなり最終形態化してます。すいません。第三列目論争というのが十八世紀末から十九世紀にありまして。


 わけがわからないよ:QB風に。


 上司の言葉を即座に否定なんてありえない:帝国軍時代から続くこの伝統。大切にしていきたい文化遺産です。


 連続勤務:そう言えば知っているかい? 週休二日制とは一ヶ月間に休みが二日ある週が1回はある勤務形態なんだよ。


 戦列数:ここでは幼女軍は前衛を二列横隊、主力を四列横隊とした二重戦列。親衛隊は十列横隊の単一戦列とした。親衛隊はマウリッツの軍制改革に従うなら五百名ごとの二個大隊で単一戦列を組むべきだったかもしれないけど、より単純な隊形の方が練度不足には相応しいかなと。


 長槍と射撃:Pike and shot!! 浪漫だね。


 マスケット銃:マスケットには狭義と広義の意味合いがあって、最初は大鉄砲的なものをマスケット銃と呼んで、一般的なやつはアルケブス銃などと呼ばれていた。それがいつの間にか、大鉄砲的な奴が役割を終えて姿を消す一方で、冶金技術の進歩でアルケブス銃的な奴の威力が向上してアルケブスと呼ばれなくなり、気がつくと、前装式滑腔銃はみんなマスケット銃と呼ばれるようになっていたとさ。なに言ってんだか分かる? 俺最初ぜんぜん分かんなかった。


 花火分解:違法で危険です。ダメ、絶対。


 戦いは数だよ:ビグ・ザム1機じゃあ戦局はひっくり返せない。よく分からん特注機作る暇があったらザクを、もっとザクを。ジムよボールよ。君らこそが本当のヒーローだ。後代においてはジェガンも忘れちゃいかん。


 火縄銃兵の密集隊形:よく火縄銃に銃剣装備して的なネタ話があるけど、そう言うわけで蹂躙されちゃうので火縄時代はコンセプトはあっても普及しなかった。ボンバーマンはネタじゃなくて実話。おぉ怖い。文字通り自爆ですな。


 燧石式:燧石式前装滑腔銃。登場当初はファイヤロックとかフュージルとか呼ばれる。いつの間にかマスケット銃に一般化されたって何でもかんでもマスケット銃にするなよ。火縄式=マッチロック、燧石式=フリントロックで分類する。


 無理が通れば道理が引っ込む:逆境ナインは史上最高の野球マンガ。


 イカとゲソ:地上侵略へいざ進め。

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