第2話

 セルゲイは軍人である。

 しかも何の因果か、その亀鑑たる近衛最先任上級曹長である。

 命令服従即実行。上官は神。皇帝は至高。逡巡反駁怯懦に惰弱は縁がない。愛国忠勇たとえ火の中、水の中。やれと言われれば何事であろうと成し遂げん。

 そう、少なくとも外面において、誰彼とて、セルゲイを斯く評す。爺は言いたい。そいつは何処の戦争狂だと。


 三つ子の魂、百までも。現代社会、平和の国。軍隊すらも放棄した(たぶん)。そこで生まれ育った爺さんが、どうして戦争狂になるのだろうか。こっちに来るまで従軍経験どころか喧嘩すらしたことがないのだぞ。

 そりゃまぁ、殺伐したこっちの生活の方が、よほど長くなってしまったが。


 閑話休題それよりも、こいつは何を宣った?


 いや、待て。考えるな。考えては負けだ。それよりも、回れ右して逃げ出すべきだ。この幼女を殴り倒して知らん顔も悪くない。歴戦の古強者(儂)VS幼女(ブラック上司)。身体能力で遅れをとるはずがない。そもそも土台が従う義理も義務もないはずだ。


 セルゲイは身動ぎ一つせずに、眼下の餓鬼を値踏みする。いやいや、曲がりなりにも殿下であるから餓鬼は拙い。幼女様と呼ぶべきか。つまりは高貴なる家柄だ。たとえて言えば会社の社長令嬢だ、ってそれはヤバい。金髪ツインテールでなくとも不味すぎる。

 考えてしまってはもう駄目だ。感じてしまう、圧倒的なる上役としての、そのオーラ。生命体としての格が違う。土台が生まれながらの勝利者だ。まじビビる。そして爺は単なる小市民。一介のサラリーマン。骨の髄までNOと言えない日本人(いや、魂の髄か? 魂に髄があるとするならば)。


 嗚呼、どうして儂ばかり。蛇に睨まれた蛙よろしくセルゲイは口を開いた。


「叛乱ですか?」


 そうだ。退職話に裏があるのは分かっていた。そこへ来ての、この幼女。言われずとも了解だ。アイアイ・マム。


 まったくもって時代は正に転換期。

 ここ二十年、内乱鎮圧の最前線に、文字通りの意味で、立たされていたから良く分かる。

 あの世界の歴史区分に従えば(あるいは通用するのならば)近世と言うべきか。中央集権を曲がりなりにも成し遂げて、勝ち組国家に名乗りを上げるか、中世そのまま国家概念すらも構築できずに、ズタズタに引き裂かれて禿鷲どもの喰い物にされるか。今こそ歴史の分水嶺。


「知れたこと。皇帝親衛隊だ」

 幼女の声は弾んでいる。楽しくて楽しくて仕方がないぞと言った風情ですらある。

 勘弁してくれ。


「つまりは陛下がお倒れになられたと」

 セルゲイは推測を口にした。


 先祖伝来、特恵を授かる利権団体は数知れず、帝国とて他人事ではない。国家元首は皇帝と称して権力強化に勤しむも、未だ貴族や士族、聖職者らの第一人者の域にすら到達し得ないのが実状だ。

 たとえば先帝アレクセイ即位のみぎりには、皇帝親衛隊が皇太子を勝手にすげ替えた。


 だから思えば、即位直後の王国との帝国存亡を賭けた十三年戦争を耐え抜き、その勢いのまま常備軍たる近衛を創設し、宮廷貴族を掌握して国内統制に突き進んだ先帝は剛腕過ぎた。


 一代でやることではなかったのだ。


 崩御より三年、良く持ったと言うべきか、意外に脆かったと言うべきか。ここは判断に迷うところ。創業者の下、急成長を遂げたが後継者教育に失敗して、足下から崩れ落ちていく感じ。

 地震の後の揺り返し。揺れが大きければ大きいほど、反動もでかい。それでも今上陛下、フョードル帝がいるといないとでは大きく違う。


 ともかく事態は、風雲、急を告げている。

 皇帝権力の狗だった近衛軍解散こそが、その証。中央にあって皇帝の側近をなしていた宮廷貴族にしたところで、先帝亡き後は政争に明け暮れ今や四分五裂で抗う力は最早ない。

 代わりに来るのは、アレクセイ帝の下で不遇を囲った連中だ。帝位選出に力を尽くしたのに、逆に権力を奪われた皇帝親衛隊や地方に世襲の領地を抱える大貴族ども。仲良く手を組んで、いよいよ体制の転覆だ。


 幼女が口の端を吊り上げた。

「然り。ご不予の報が市中に出回った。となれば戦の種だ。実に素晴らしい」

 覗いた犬歯が妙に尖って見える。血を啜る姿を幻視する。「ああ無論、貴様にも一枚噛ませてやるから安心しろ」


 訳知り顔で幼女は頷く、ニヤリと笑う。

 こっちとしては、噛みたくないし、安心できない。

 頭を抱え込まなかったのは長い社畜経験の賜物か。


 もはや大河ドラマ向きの面白い部分となること請け合いだ。あるいは歴史の教師が熱く語るところだろうか。だが、当事者となれば話が違う。TVプロデューサーや眠くなる授業のカンフル剤のために十把一絡げのモブな兵士として、どうして死なねばならぬのか?

 否。真っ平御免。


 そも、滅亡フラグ確定となっても、いきなり国が消えて無くなる訳でなし。神聖でもなくローマでもなく、帝国ですらない良く分からん国だって、医者が藪だったかは定かならぬが死亡診断書発行から一世紀以上は生き抜いた(単に死んだことに気づく脳味噌もなかったとも言う)。

 しかも目先だけ見れば、巻き返しの勢いに乗る伝統派が勝ち筋だ。老い先短い身の上で、将来など高が知れている。生活弱者を切り捨てる、天下国家百年の大計など我知らぬ。


 つまりは勝手にやれ。こっち来んな、あっち行け。お偉方でお好きに白黒付けて、年金くれ(←これ重要。買収いつでもお待ちしております)。


 しかし、現実は実に世知辛い。遠きリーマン時代から磨き続けたKY能力とて、どっちの意味でも事前対策できなければ意味がない。と言うか、役立った試しがない。

 上意下達教の、所詮は信徒。業務命令、錦の御旗。サビ残OK、二十四時間だって働けますよ。だから「だが、断る」の、そこに、しびれる、憧れる。勿論、恋焦がれるだけで、長すぎる人生、上官もとより課長にすらも逆らったことは御座いません。

 返事は諾の一択、社畜の証明。


「光栄であります」

 セルゲイは背筋を伸ばし、豊かな白い髭を震わせた。宮城最大、聖ゲオルギー大聖堂の鐘が鳴っている。叛乱告げて鳴り響く。


 爺は知りたい。何がどうしてこうなった?


********

・コメンタリー


 現代社会、平和の国:キュージョージューヨー、グンタイヨクナイ。もの噂によると一切の武力を放棄しているらしいので、軍隊ちっくな存在があったとしても気のせいです。


 金髪ツインテール:お嬢様のデフォルトスタイル。とうぜんツンデレ。ツインテールじゃなくても、妙に波打っててロールが垂れているタイプもおk。


 上役のオーラ:生来の社畜であれば、呼ばれれば駆けつけ直立不動。電話口ですらも感じ取り直立不動となって周囲に笑われる。


 NOと言えない日本人:最近は減ってきたという噂であるが、その分、割を食う比率が上がってきた。絶滅前にそろそろ保護する必要性を訴えたい。


 禿鷲ども:中近世に中欧最強ポーランドって国がありましたが、税金払いたくない常備軍なんて不要でしょ民主主義万歳、独裁者の手先には従う必要無しと叛乱起こす連中と、いやいや普通の国として税金を搾り取って、ブラック・キング・ルイ十四世よろしく中央政府の権力を強めて自由を制限しようと内輪もめしている間に双頭の鷲を戴く二つの国と黒い鷲の三つの国に引き裂かれてしまいましたとさ。 


 士族:ポーランドやロシアをモデルにした身分。シュラフタとかドヴォリャンストヴォ。まじめな話をすると、ポーランドとロシアの立ち位置が変わったのは、このクラスの人間が、どっちを向いたかで決まったよね。


 後継者失敗:事例沢山。でも隋が隋なだけに随一に酷いと思う。


 皇帝親衛隊:モデルはモスクワの銃兵隊。こいつら最初は雷帝の狗として雇われた都市民だったけど、そのうちに気にくわないことがあると頻繁にクレムリンに突撃かます厄介者になりはてた。名前は古代ローマの五十歩百歩な連中から。千年二千年たっても人間って変わらないね。


 神聖でもなくローマでもなく、帝国ですらない:ヴォルテールによる身も蓋もない評価を受けたゾンビ国家が昔ありました。でも、最初はその名前に相応しい国になろうと一歩一歩進んでいたんです。ほんとです。おぉバルバロッサ! バルバロッサ! 死んでなんかいないんだ。


 死亡診断書:でもさ、死んだなら死んだで、ちゃんと埋葬するべきだったんだよね。以降はゾンビ化してしまいました。


 こっち来んな、あっち行け:あるある体験、居るだけでマイナスな奴。1+1が-100になるんだから驚きだ。メガンテ!


 KY:危険予知という本来の意味よりも空気読め/読めない的な使い方がスラング的には主流。まぁ空気読めない奴は危険も予知できてないことが多いけど。


 返事は諾の一択:上役に呼びつけられて、無理です嫌です出来ませんなんて言えないよ、ふつう。あのロンメルですら、疲れているから無理ですと言いたくて、でも言えるわけないよねと仰っている。最近の事例では、二時間余りにわたる説得のかいなく、労組の選挙協力要請を頑固に拒否して人事のブラックリストに登録された新人とかいるけど。まじKY。尊敬する。エウメネス風に言うと文化がちがーう。

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