第18話

 騙し騙されるが世の常なれど、今度ばかりは胸痛い。


 その道、行く道、どん詰まり。

 経験者が語るのだから間違いなしと、そんなの、とてもじゃないけど言えません。


 代わりに口を突いて出るのは先送り。

 思っても、時には口に出さぬが社畜の嗜みです。それが真実ならば尚更で、ましてや、今や怪しい片棒担ぐ立場です。どの面下げて、アンタ騙されてるよと告げられようか。

 加えて八十年をなんなんとする道行きで、酸いも甘いもよくよく味わいました。

 つまり、人は体感せねばならんのです。若者よ、旅をせよ。たとえ地獄巡りであろうとも。


「顔を上げて下さい。閣下。できうる限りを尽くしましょう」


 それは相手の手を取り、まこと感動の瞬間でした。


 第一、勝たねば我が年金どころか余生諸共、無に帰する。戦死も処刑も逐電も、断固としてお断り。逆を申さば、勝てばあるいは年金にも色が付き、老後の計画は薔薇色だ。


 いずれは旅籠、酒の専売権を買い取って、居酒屋稼業も悪くない。現役時代の異名と伝手を駆使すれば、客も用心棒も選り取り見取り。

 若い頃に門戸を閉ざしやがった組合どもとて、勝ち組のご隠居たれば見る目も大いに変わろうぞ。諦めていた米や味噌に日本酒だってひょっとする。


 息を吸い、ゆっくり吐く。幼女の戦だった。とち狂って始まった。しかし、最早それだけではなかった。


 未来を夢見る若造の、権力を求める者共の、そして何より。


 どうかヴォーヴァと呼んで欲しいと感謝と親愛の言葉を聞きながら、セルゲイは久方ぶりに心から笑った。


「これは、某の戦でもあるのです」

 皺くちゃの白い髭面をゆるりと緩め、セリョージャと呼んで欲しいと請け合えば、するともう、純な若者は顔を輝かせんばかりにするのだからたまらない。

「それで、会戦計画はどうなっている?」と勢い込んで、何とまぁ、絵に描いたような青年将校振りでございます。

 

「大まかには既に」

 やんわり答えて今にも駆け出しそうな若武者を、手振りで部屋に押しとどめ、流石は近衛隊長執務室、壁に掛かった帝都近郊の地図を前にする。

「ですが、まずは閣下、いえヴォーヴァ殿の手勢が如何ほどかを、ご教授願いたく」


 セミョーノフスキーは虚を突かれたような顔をした。そうして、先走り過ぎた振る舞いに、どうやら気付いてくれたようだった。


「済まない。どうにも気ばかりが逸るのだ」


 恥入るように頬を赤くして、若いと言うのは微笑ましい。あの皇女殿下もこれくらいの可愛げがあればと、ついつい思ってしまいます。


 そんなセルゲイの、心の内を知る由もなく、セミョーノフスキーは咳払いを一つして、麾下の兵力をそらんじる。

「侍従騎兵隊およそ三〇〇騎。我が家の郎党衆は二〇〇騎程度。伯爵家保有の歩兵隊は定数一五〇名の中隊が八個。ただし、近衛歩兵と民兵隊は完全充足と聞く中で言うのも恥ずかしいが、実数は一〇〇〇名余と言ったところだな」


 頭を下げて、身内の内情を素直に詫びる上官殿。本当に生まれ変わったかのようで、正直言って慣れません。もっとも伝えられた状況は、予想の通り。むしろ定数割れにしたところで、六割以上の充足率なら悪くない。

 編成完了直後で、しかも中隊定数も一〇〇名と小規模な新式歩兵でありますが、完全充足にある現下の近衛隊と民兵隊の方がおかしかろう。


「頭をお上げくださいヴォーヴァ殿、充分であります」

 故に内心の戸惑いを押し隠し、如何にも年の功を演じて見せて、爺もなかなか役者じゃないかと悦に入る。そして、地図を指差し説明する。


「それだけあれば、計画に大きな修正はありません。日が変わる頃合いに出立し、展開完了は翌七時頃の予定です」

 ピョートル皇子が陣を置くプレオス修道院は、帝都から通常行軍でおよそ一日行程。主街道沿いに約八哩進み、そこから左の脇に逸れて一哩半ほど奥まった場所にある。


「これは程良い幾何学的関係です。前衛にヴァランスキー家やその他浪人衆からなる士族騎兵を配し、近衛歩兵と民兵隊、伯爵家の歩兵隊を加えた本隊を戦闘序列のまま直列に側敵行軍させれば、左展開で戦列となり得ます」

「なるほど。誇り高いが練度に不安のある騎兵を抱えるとなれば修道院が行軍路の左方にあるのは幸いであったな。下らん話だが」

 名門の生まれが故にセミョーノフスキーは、貴族の素養として古来からの風習をよく理解していた。


「はい。しかし先陣の栄誉と、古来より最も尊重されるべき右翼の地位については、特に配慮が必要です」

「連中を満足させねば戦いにすらならぬ、か」

「まことに申し訳ありませんが、侍従騎兵と伯爵家の郎党衆は後衛とさせて頂きたく」


 構わんと鷹揚に頷けるところは、流石に脅かされることを知らない名門の子弟であった。

 常に敬われていれば、逆に下々の面子争いなど歯牙にもかけぬ心構えになる。金持ち喧嘩せずとはよく言ったもの。昔から、上官に頂くならば最名門の貴族だと言われる所以を、セルゲイは改めて理解した。中途半端な連中が一番たちが悪いのだ。

 思えばアレクセイ帝直属の頃は、何も考えずとも良かったのだから幸せな兵隊人生であった。


「行軍隊形は四列の側面縦隊。歩兵の行軍序列は近衛、民兵、セミョーノフスキー歩兵隊とし、展開時は前後の重畳を戦列の左右とします。後衛は伯爵家の郎党衆を最後尾として、必要あれば側衛として横に張り出して頂きたく」


 郎党衆、あるいは浪人からなる士族騎兵は、重騎兵任務も軽騎兵任務も両立できるとされる。彼らは古の伝統を受け継ぐ生まれながらの騎兵であり、その本領は万能性にある。

 だが、果たして、今の世にどれだけ本物が残っているか。あるものは荘園経営に勤しみ、あるものは農民同然の暮らし。残りの多くも生活様式が市民化した。普段から馬と共に暮らして技を磨く騎士は、最早、希少種と言って良い。


「心配いらん。うちの連中は鍛えている。だが、援軍がなければ如何したのだ?」

「殿下は勝負師ですが、絶対に負けるような博打はされません」

 答えを聞いてセミョーノフスキーは楽しげに笑った。

「つまり、私はあの小さな掌の上で、いとも容易く転がされていたわけか」

 悔しさを通り越して呆れるばかりだと、快活に言う。


 もっとも援軍がどれほど戦力足り得るかは、保証の限りでなかった。だからこそ計画は、彼らを当てにしてはいなかった。歩兵を主力として、歩兵だけで優勢を作り上げる。そのためにはまず混乱なく敵に近接せねばならない。


「実のところ既に、民兵隊長シュワルツコフ殿の署名で最初の準備命令を出しております」

「名目と内容は?」


「目的はゴドノフ公爵軍の動きに備えるため。具体的には先遣班の編成及び先発。大休止地点と進出地を確認し、それぞれ設営の縄張りを。併せて敵の動向警戒。危険要因は敵斥候騎兵。対策として定例の巡回に仕立てています」


 勝手知ったる庭先とて、数千の人間が一度に動くとなれば、やはり現地に受け入れ体制が欲しいもの。陣割りの現地目印に可能なら家屋の確保。展開前に大混乱など考えたくもない。

「加えて、行軍準備として行李長へ一日行程分の携行品確保と荷馬車の車輪、車軸類の点検指示。後々に備えての帝都砲兵隊へ支援要請です」


「敵に気取られそうだな」

「もとより完全に不意を撃つことは不可能です。あらゆるところに両天秤をかけている輩が入り込んでいるが故。であれば堅実に」


 もちろん代わりに、こちらも向こうの戦力、全体的な動きを捉えているのだから、お相子である。しかし、それで直近の動きに目を配らぬと言う法もなし。


「先遣班が捕らえられる可能性は?」

「敵斥候騎兵を危険要因としていますが、向こうから不用意に敵対行動に出る可能性は低いかと。この一週間、巡回隊を数回出しておりますが、交戦に至ったことはありません」


 どうせ、お互い程よく協力しあい、酒や煙草を融通してノンビリ過ごしていたに違いないのだ。昔を思い出し苦笑する。

 すれば、わざわざルーチンを崩す事はない。


「よって、定例の巡回と見せます。普段は商人をしている民兵隊将校一名に、曹長を付けて、主計伍長ら計五名ほど。乗馬に熟達した者を選んでおりますし、よほど馬鹿な振る舞いをすれば別ですが、みな世慣れした連中であれば不用意に事を荒立てはしないでしょう。もっとも万一のため鳩は持たせています」

「理解したが、先んずる形で連中も同じ挙に出たらどうする?」


 セルゲイは生徒としてのセミョーノフスキーを見直していた。様々な危険を想像し、複数の選択肢を持つことの重要性を考えている。


「敵の位置からは直角行軍になりますので、連中の展開は手間でしょう。そこをヴァランスキー家の元郎党衆を用いて引っ掻き回し、こちらの展開時間を稼ぎます。ただ、ああ言う手合いは功を逸って暴発しがちなので、余り目の届かない所には置きたくはありませんが」


 もちろん、実際に行軍を始めれば前衛として展開せねばならない。それでも、下拵えの段から頭を悩ませる必要はないはずだ。


「なれば我が手勢も当てにして欲しい。侍従騎兵には驃騎兵の真似事はさせられないが、郎党なら問題ない」

 落ちぶれて結束力を失っていたヴァランスキーの連中よりも良い仕事ができると請け負う上官を後目に、セルゲイはおそらく不要だろうと見ていた。


「有り難く。当面、騎兵前哨として幾分か借り受けます。しかし、敵が積極的に押し出してくることはないかと思います。修道院に戦力を集結させて、ゴドノフ公爵の来援を待ちつつ、必要に迫られたとき、ようやく初めて我々と一戦に及ばんとするでしょう」


 何故なら、敵軍にとって早期の開戦は利が少ない。仮に主街道を中心にした前衛騎兵戦ともなれば、主力の激突は帝都前面になる。すれば、間違いなく近衛だけでなく未だ静観を続ける正規軍たる帝国陸軍が動く。

 合流前にそのような事態になれば、果たしてゴドノフ公爵はどちらに味方するだろうか? 


「公爵軍は?」

「戦力は六〇〇〇から八〇〇〇。およそ帝都から五日行程とのことです」


 今やあらかた各勢力の兵が盤上に現れていた。

 

 我が軍は近衛歩兵隊十六個中隊に民兵隊四個中隊あわせて歩兵二〇〇〇名。これを主力とし、追加にセミョーノフスキー歩兵隊八中隊、一〇〇〇名を数える。

 騎兵は浪人士族騎兵として一〇〇〇騎。侍従騎兵隊三〇〇騎とセミョーノフスキー伯爵家の郎党衆二〇〇騎。

 合して歩兵三〇〇〇名に騎兵一五〇〇騎。


 残念ながら更なる助勢としての帝都砲兵隊は、市壁防衛の重砲兵隊であるから碌な機動力を持たない。合流は早くて明日夜か、おそらく明後日。そも、修道院攻略には欠かせない駒だが、今回の野戦では時間的にも能力的にも役立たず。


 敵はプレオス修道院にピョートル皇子と共に扼する旧式歩兵が二〇〇〇名。多くが領地からの徴集兵と聞くから戦意のほどは高くないだろう。

 問題は誇り高き士族騎兵たる三〇〇〇騎。不満をため込んでいた中央と地方の士族と小士族が満々の戦意を持っているはずだ。

 勝ち馬に乗ろうとしているだけのこちらの浪人士族とは違う、歴とした本物の士族たち。連中の練度によって戦闘の勝敗は決する。


 残るゴドノフ公爵軍と帝都近郊の正規陸軍については、盤面に影響を及ぼすまでにまだ数日かかるだろうから、ここでは考慮するに及ばない。

 

 なれば歩兵と騎兵の練度を含めた戦力比は、互角か、やや劣勢。勝敗は、どちらに転んでもおかしくない。

 つまり、決戦は丁半博打にならざるを得ないのだ。第一、会戦は最後の選択肢であるのが、ここの常識だ。

 勝利によって得られる利益が、敗北した際に被るであろう損害の大きさにどれだけ勝るのか。少なくともこれに著しい差異がなければ、この時代において会戦は生起しない。


 しかも、それが敵味方どちらか一方ではなく両方で同じ答えに至る必要がある。片方しか成立しないのであれば、未だ戦闘展開に多大な時間を要するために、不利な側は粛々と後退して後日に備えることができてしまう。

 加えて昨今の、猫も杓子も機動で勝たんとする風潮が彩り添えるとくるなれば、結局これは、戦争目的に関わる要地の争奪で、特に解を得やすい連立方程式となるわけだ。


 翻って此度にこれを代入すると、敵にとっては帝都への、我らにとってはプレオス修道院への全面攻勢が決戦への筋道になる。しかし果たして、全面攻勢に出た側の利益はどれほどか?


「決戦は迅速な解決策ですが、不首尾に終わればすべてが失われます」


 故に殿下のご意志がどうであれ、この一戦を、まず決戦とはせぬつもり。


 驚く血気盛んな若者を前にして、勝つためにセルゲイの決意は揺るがなかった。任されたのならば好きにやる。いみじくも幼女が軍務官署長官に述べた言葉が真実だ。


 必勝を知らば出よ。知らねば待て。


 老後のためにも負けるわけにはいかんのだ。


********

コメンタリー


 酒の専売権:帝国のモデルの一つであるモスクワ国は十六世紀にウォッカの専売独占を導入して、民間の請負業者に製造と販売を委託している。請負業者は前払いで専売権を獲得して、居酒屋で売り払って収益を手にした。制度は途中、紆余曲折したけど国家にとって貴重で莫大な財源だったので、基本的にドンドン飲め政策が進められて、今に至る大飲兵衛国家が爆誕した。


 歩兵中隊:中隊定数が色々ですが、実際、こんなもんでした。モスクワ国の軍制の基本は百人隊で、士族騎兵も徴集歩兵も銃兵隊も大概がこれ。十七世紀に入って新編成の連隊が誕生すると中隊という区分が産まれるけど、最初は多くが百人基準。

 時代は下って一六八〇年代になると歩兵連隊は八中隊となり中隊定数は一二〇名とされ、一六九八年の改革で再び中隊定数一〇〇名とされるようになった。

 このころころ変わる中隊定数はなにもロシアに限った話ではなく、フランスなんかも変動し続けて、当時の試行錯誤っぷりには草も生えん。


 幾何学的関係:近世ヨーロッパでは幾何学と軍事を結びつけるのが大流行。どんな軍事思想家だろうと無視できません。有名どころでは外線作戦と内線作戦の幾何学的な有利/不利の分析ですけど、他にも色々。特に隊形論では幾何学が分かってないとお話になりませんでした。

 今じゃあ、おまえ等正気で言っているのか? というようなお話も多数。


 直列:当時の行軍の様式は大きく二つに大別できる。「直列(by lines)」と「並列(by wings)」である。「直列(by lines)」は先頭に騎兵縦列を置き、続いて歩兵縦列、後尾に騎兵縦列を置き、左か右に旋回するだけで戦列を組むことができるもの。当時の戦場展開は二戦列が主流であるから、この直列の行軍隊形を二つの平行に走る道筋に動かせば、そのまま直ぐに会戦に入ることができる。例としては一七五七年のコリン会戦におけるプロイセン軍の戦場進入隊形がわかりやすい。

 一方、「並列」は平行して走る道を三本ないし四本用いて、両端の道路には騎兵縦列を前後に二つ、計四つ配置し、真ん中の道路に歩兵の縦列をこれも前後に配置する。これは進行方向正面に敵がいる場合に用いられることが多い。例としては一七五七年のロイテン会戦におけるプロイセン軍の戦場進入隊形である。

 クラウゼウィッツが戦争論第五部第一〇章で詳述しているので参考にして欲しい。というか戦争論は戦列歩兵時代のかなり詳しいマニュアルとなり得るんだけど、そういう使われ方としては影が薄いよね。


 側敵行軍と直角行軍:側敵行軍とは平行行軍とも呼ばれるけど、上記の「並列(by wings)」と訳語として紛らわしくなるので側敵行軍を好むところ。同じくクラウゼウィッツの戦争論第五部第一〇章に詳述されている。簡単に言えば、行軍路を敵と直角に設定するのか、敵と平行になるように設定するかということ。それによって、行軍様式も「直列」か「並列」かが、基本的に決まる。

 問題は敵がどこにいるのかが明確でないときで、その場合、敵前で反転したりと恐ろしい機動をする必要がある。

 無線も何もない時代に、延々と連なる戦列を組むのは大変なのである。


 右翼の地位:西欧の戦場においては長いこと右翼が最も名誉ある場所とされている。これは古代ギリシャの重装歩兵においては、左手に持っていた盾が、自分の左隣の戦友の体の右半分を守る役割を持っていたことに由来する。つまり右端の戦士だけは、守るべき戦友の盾がない訳で、最も危険な位置となる。それ故に優れた兵士や度胸のある兵士が配置されることとなり、それが転じて名誉ある場所となった。

 つまり、腕自慢あるいは虚勢をはるポジションである。

 この伝統は、二千年近く経っても変化なく、戦列歩兵時代にも脈々と受け継がれている。

 むしろ受け継がれ過ぎていると言ってもいい。どれだけ受け継がれているかというと、右翼が回り込まれそうなので後方から援軍を送って新しい最右翼にしようとしたら、それまで最右翼だった部隊が、戦闘中にも関わらず不満を訴えちゃうくらいです。結局、指揮官は援軍を直ぐ右隣に配置することを諦めて、別の戦線として一定以上の隙間をあけて配置させるを余儀なくされて、その間隙を当然の如く敵に突かれてしまった。もはや伝統とか言ってる場合じゃないと思う。


 側面縦隊:いわゆる専門用語。なぜ「側面」などとワザワザつけているかというと、単なる縦隊だと、横隊を前後に重畳したタイプの縦隊と区別がつかないから。そして「側面」とは横隊の側面を正面とした縦隊ということを意味してます。つまり右向け右、あるいは左向け左で横隊になります。そんなん分からんわ。


 士族騎兵:ドヴォリャンストヴォ騎兵が元ネタです。


 先遣班:通常行軍を行う場合、宿営予定地にあらかじめ将校と下士官を派遣するのが一般的。フランス軍の場合は行軍当日に先発として将校1名と曹長2名、主計伍長2名から成る先遣班が、聯隊に先立って出発し、その日の目的地に前もって到着して舎営や宿営の準備、糧食の先行手配などを行った。

 野営の場合は、芝を刈ったりするためにもう少し大規模な先遣班となる。そうして旗と縄を用いて各部隊の位置を取り決める縄張りを実施した。


 前線の敵味方の交流:いつの時代も同じであるが、第一次世界大戦の西部塹壕線でもあったように、戦列歩兵時代でも非公式な休戦状態が前線で発生した。煙草などが取り交わされた事例が記録されている。また、歩哨を殺害することは、基本的に兵士たちが厭うところであった。当たるも八卦、当たらぬも八卦な戦列歩兵戦闘とは異なり、特定の顔の見える個人を殺すと言うことは、極めてハードルの高い命令であったからである。

 このあたりの心理学は戦争における「人殺し」の心理学に詳しい。そう言うわけもあって、小康状態の戦場の前線は、意外に、兵士たちにとっては平和であった。


 決戦:戦列歩兵時代において決戦は最後の選択肢であった。勝算を計算するよりも、不確実さを排除する方を選んだからである。故に決戦を恐れず、しかも勝利したマールバラやフリードリヒ大王らは、驚嘆をもって受け止められたのである。

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