第十六話

 翌日から、俺はペンダント探しを始めることにした。

 探すといっても、すでに心当たりはある。

 その日、学校が終わるとすぐに、俺は白鬼会の事務所へと自転車を走らせた。

 事務所の中では、どうやら今日も会議が開かれているようだった。魄奪化に関する論議をしているのだろう。しかし、実のある話は出来ていない様子。

 俺はカルロスさんにだけ用がある。話の内容も皆に聞かれては不味いため、会議が終わるのを外で待った。

「おう、道人。こんなところで何やってんだ?」

 待つこと数十分。

 まず扉を開いて出てきたのは、オムライス店のおやじさんだった。その後に続いて、他の会員も事務所を後にしていく。

「おやじさん」

「おう、あの作戦ではすまなかったな」

 急に俺の頭を掴んでは、わしわしと揺さぶった。

「何がです?」

「何がって……。ほらよ、あれだ」

 おやじさんはばつの悪そうな顔をしている。

 はて、俺とおやじさんの間に、何か気まずくなるようなことがあっただろうか。

「駒川さんとこの長男のことだ」

「あー……」

 忘れていたわけではない。

 だが、おやじさんにその話をされるとは思わなかった。

「なんつうか。あの時はお前の気持ちに気づいてやれなくてすまなかったな」

「どうしておやじさんが謝るんですか。それに、俺は気にしてなんかいないですよ」

「すげえへこんでたじゃねえか」

「そりゃあ、身近な人があんなことになったんです。へこんだりもしますよ。けど、今はそんなことで落ち込んでる場合じゃないんです」

「ほう? そうなんか」

 おやじさんは、拍子抜けしたといったふうな顔をした。

「だがまあ、無理だけはするなよ。焦って無駄に命を落とすことに意味なんてねえ。駒川さんとこの長男は少し焦りすぎたのかもな」

「先輩が?」

「弟のために復讐を急いでいたからな。はやく強くならねえとってよ」

「そうだったんですか……」

 俺も、まったく気づかなかったわけじゃない。

 先輩自身から弟さんのことは聞かされていたし、そのことを先輩が重く抱えていることも何となくわかっていた。

「ま、お前はレイラのために復讐、ってガラでもねえみたいだからな!」

「はあ……」

 調子よく笑い出すと、おやじさんは階段を下っていってしまった。

 豪快な人だが、それでいて良い人であるのは昔から知っている。

 もしかすると、今俺が何の気遣いもなしに話すことが出来るのは、あの人ぐらいなのかもしれない。

 気を取り直して、俺は事務所の扉を開いた。

 話している間にカルロスさんも帰ってしまったかと思ったが、まるで俺のために残ってくれているかのように、椅子に腰かけていた。

 しかし、そう思っていたのは俺だけの様で、カルロスさんは俺の訪問が予想外だという態度を見せた。

「白間君、もういいのかい?」

 それはつまり、先輩のことだろう。

 おやじさんと同様、気にかけてくれるのは嬉しかったが、さっきと同じように返答しておこう。

「もう大丈夫です。切り替えが大事ですから」

「そうか、君は強いんだな」

 君は、というあたり、カルロスさんは違うのだろうか。

 それになんだが、顔がやつれているように見える。

 それを指摘すると、カルロスさんは気にするように自分の頬を撫でた。

「おっと、顔に出ているかな。まあ仕事終わりに話の進まない会議というのは疲れない訳がないか」

「大変ですね」

 正直、他人事ではあった。

 俺がしたい話とは違うから、ということもある。

「それで、何か用があったんじゃないかな? 今日、霊羅は出ていない上に、学生は授業だったろうに」

 ここは正直に話した方がいいだろう。

 だが、あくまでも探りを入れるだけだ。

 レイラの話が本当ならば、カルロスさんはスパイということになる。迂闊な質問は俺自身が疑われかねない。そうなれば、これからレイラの分霊を探すことが困難になってしまうからだ。

「ええと、前に見せてもらったペンダントについてなんですけどー……」

「ああ、これかい?」

 首にぶら下げていたペンダントを、わざわざ外してまで見せてくれた。

「これが、どうかしたかな。以前にも気にしていたようだけど」

 俺が気にしていたことをわざわざ話しに出すとは、もう警戒されたのだろうか。

 だが、俺も退くことはせず平静を装う。

「それって、宝箱に入ってたんですよね?」

「そうだね。大切に仕舞われていたよ」

「その……宝箱に鍵とか掛かっていませんでしたか?」

「鍵かい? かかっていたよ」

 その即答と予想外の返事に、鎌をかけるつもりの俺自身が揺さぶられた。

「え、でも……。じゃあ、その宝箱はどうやって……」

「開けたかって? そりゃあ、鍵を使って開けるさ」

 いや、そんなはずはない。

 鍵はレイラが持っていた。

「まあ、本来なら勝手に開けるようなことはしない方がいいんだろうが。何しろ娘の形見だったものでね」

「そうですよね。箱を持ち運ぶわけにもいかないですからね」

 あくまでもポーカーフェイスを貫く俺だが、心は動揺で埋め尽くされていた。

「それを訊くためだけに来たのかい」

「いえ、それはちょっと気になっただけです。来たのは、魄奪化してしまうことについては何か進展があったのかと思って……」

「ああ、そうか。先輩のことを考えれば、君にとって魄奪化は許されるものじゃないだろうからね」

「はい、もう人があんな風になるのは見ていられません」

「そうだね。だが、まだ魄奪化についての具体的な対策は出ていないんだよ」

「そうなんですか」

 一体、この人の口はどこからどこまで真実を語っているのか。

 明らかに嘘をついていることは確定しているのに、それをそうだと感じさせない態度。むしろ、この人こそが真実を語っているとさえ錯覚してしまう。

「さて、私は家で休むとしようかね。すまないが、今日のところは帰らせてもらうよ」

「いえ、こちらこそ急に押しかけてしまってすみません」

 二人で事務所を出ると、そこからは別れた。

 結局、掴めたものはなかったか。

 いや、鍵の件は明らかに偽っている。カルロスさんが嘘をついていることがわかっただけでも十分な収穫と言えるだろう。他にも何か隠しているかもしれない。

 現にレイラのペンダントを所持しているのはカルロスさん以外の誰でもない。

 レイラの分霊をペンダントから抜き取ったのも、カルロスさんである可能性は否定できなくなった。




 その後も、俺は数日にわたってカルロスさんを調査した。

 といっても、素人の俺には身の回りで怪しい行動はないかを調べることぐらいしか出来ない。

 肝心な分霊の在りかを探ることなど、以ての外だ。というよりも、どう探せばいいのかすら分からない状態だった。

 宝箱を開けたという鍵の存在についても、宝箱そのものの所在も、カルロスさんの家に入らない限りは調べようもなかった。

 かといって、調べたいので家に上がらせてくださいなどと頼むわけにもいかない。

俺の立場ならば、どうこう理由をつけて入れてもらうことも出来るのだろう。だが、それを考慮してもリスクとリターンとでは、リスクが勝る。

 出来ることなら、俺は穏便にこの件を終わらせたい。

 カルロスさんが分霊を抜き取った本人でないのならばそれでいい。仮に張本人だったとしても、全てが丸く収まればいい。

 俺が何より恐れているのは、どちらへ転ぶよりも前に、俺のしていることがばれて関係が拗れることだった。

 しかし、それを回避しようとしている結果、何も進展しないのでは意味がなかった。それに鍵の話で嘘をついている時点で、カルロスさんが何かを隠していることは確かなのだ。それだけは明らかにしなければならない。

 だから俺はこの日も、郊外の隅にあるカルロスさんの家の近くまで来ていた。

 カルロスさんの家とは言うが、もちろんレイラの家でもある。

 その昔、半ば迫害されていた名残なのか、あまり良い佇まいと言える家ではない。

 それでも暮らすには十分な一軒家だ。

 俺はその家の近くを何度も通り過ぎるだけで、これといったことはしていなかった。何か秘密を探ろうにも、どうしていいのかがわからなかったのだ。

 カルロスさんは仕事で家を留守にしているため、家には誰もいない。侵入しようと思えばできるのだろう。それなのに、こんな状況でも俺の良心は働いていた。

 それに、家に鍵をかけないで出かけるような警戒心の薄さではないだろう。家を平気で空けるあたり、探したところで何もないということだとも推測できる。

 何もせずうろうろしている俺こそが、不審者のような立場なんじゃないかと自分でも思えてきた頃だった。

「おう。お前、こんなところで何やってんだ?」

 不意に声をかけられ、血の気が引くようだった。

 とうとう通報でもされたか。脳内に補導される俺の姿が過った。

 このまま逃げようか。今の俺は自転車に乗っているし、本気で足を動かせばどうにかなるだろう。

 しかし、振り返ってみて安心した。

「あ、おやじさん」

 店の格好をしたままのおやじさんが、両手にビニール袋を持って立っていた。スーパーでの買い物帰りなのだろう。ビニール袋の中からは野菜が顔を出している。

 強面なのにやっていることは主婦そのものだから、そのギャップが何だか面白かった。

「おい、何笑ってる」

「いや、似合ってるなって思って」

「そりゃあな。何せ、俺は料理人だからよ」

「そうですね。そんな料理人のオムライス、久しぶりに食べてみたいなあ」

 収穫のない捜査ごっこにも疲れ、そろそろお腹も空いてきた頃だ。

 昼時だということを利用して、それとなく催促する。

「全く、嫌な時間に会っちまったな」

「いいんですか!?」

「いいとは言ってねえが、どうせ来るんだろ」

「もちろん、奢りですよね?」

「ガキに金なんかせびらねえよ」

「よっしゃ!」

 ここのところ、霊羅やカルロスさんのこと、魄奪との戦いや先輩のことだったりと、いろいろなことが身の回りで起きた。

 暇を見つけてはレイラにも会いに行っているが、カルロスさんのことを探っているのを気づかれないようにするのもそれなりに疲れる。

 久々に息抜きが必要かもしれないな。

 そうと決まれば早い。

 俺はおやじさんの持っていた袋を自転車のかごへ載せ、店へと直行した。

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