第十四話
それから私は、道人と仲良くなった。
道人は私をレイラと呼び、私は道人をみち君と呼ぶようにもなった。
みち君と一緒にいれば、いじめられることもなくなった。毎日、学校が終わるといろんな遊びを教えてくれる。今までやってみたかった遊びも全部楽しんだ。時には人形なんかでままごとをしたいなんて言って困らせたこともあるけれど、みち君はそれにも付き合ってくれた。
しばらくはみち君としか遊ぶことは出来なかったけれど、それだけで十分だった。私にはみち君だけがいればいい。そう思っていた。
でもある日、とうとう私にもお友達が出来た。
あれは小学校四年生の頃だったと思う。
クラス替えをして、またみち君と同じクラスになれなかったと落ち込んでいた私だった。けれど、話しかけてくれる女の子たちがいた。初めはまた何かされるんじゃないかと怖かったけれど、だんだんとそうじゃないことがわかってきて、気が付けば友達と呼べる仲になっていた。
友達が出来たことをみち君も喜んでくれた。
それでみち君と遊ぶ時間が減ってしまったということもあるけれど、たまに特別な場所で会うことは忘れなかった。
私とみち君だけの場所。
ここだけは友達にも内緒。
これからずっと、私はみち君とこの街で大きくなっていく。一本杉から見えるこの街の景色の変化を眺めながら、私たちも共に変わっていく。
変わってしまうだろう世界と未来は、何も恐ろしくなかった。
むしろ、楽しみで仕方なくなっていた。
そんな私が小学校を卒業した時のことだ。
私に対しての周囲の目が変わってからは、お父さんに対しても変化があった。近所の人も挨拶をしてくれるようになったし、お父さん自身も素直にそれを受け入れていたから、もう誰も差別をするような人はいない。
だから小学校の卒業式にも堂々と来られるようになっていた。
私はただただ、それが嬉しかった。
だけど、お父さんは心の中ではどう思っていたのだろう。
卒業式が終わっても、皆はお別れを惜しむ様に学校の外に残ってはお喋りをしている。保護者も生徒も、皆が笑顔でいられる素晴らしい日だと思った。
そんな中、お父さんに一本の電話が入った。
「仕事先の人からだな。少し待っていてくれ」
そう言って、校舎の裏まで電話をしに行くお父さん。
ここですればいいのに、とは思った。だけど、周りもざわめいているから聞こえ辛いということもある。その瞬間は特に気にもしていなかった。
けれど、数分待ってもお父さんが戻ってくる様子がない。
心配になった私は、友達に一言おいてお父さんを探しに行った。
校舎の裏に行く姿は見ている。真っ直ぐにそこへ向かうと、角を曲がる前にお父さんの声が聞こえてきた。
まだ電話をしていたようだ。
随分と長電話だな、と思ったけど、何かあったわけじゃないのだったら心配する必要はない。
私はまた友達のところへと戻ろうとした。
だけど戻れなかった。
「……わかった、四月一日だな」
四月一日、その日付を聞いて私は立ち止まった。
その日は中学の入学式の日だったからだ。
私は初め、その日にお父さんの仕事が入ってしまったから、来る事が出来なくなってしまったのだと思った。私としては、お父さんが片親で忙しい事も分かっていたから、そうと言われれば素直に仕方ないと受け入れるつもりだった。
ただ、それにしては様子がおかしい。
私は角のところで立ち止まり、聞き耳を立てた。
「……ようやく完成したのか。随分とかかったな。……もう十年近くは経っているぞ」
完成。十年近く経っている。
何のことだろう。
「……ふむ、この国の全てを吹き飛ばす威力だと……!? なら私たちも一刻も早く帰国したいのだが…………。何? まだ残れと言うのか!」
声を荒げたことで周りをしきりに警戒するお父さんの姿は、まるでその会話の内容が聞かれてしまっては困るとする人の行動そのものだった。
「……約束だぞ。それまでには私達を迎えに来てくれ。このような地に来てまで働いた最期が、味方の爆薬に巻き込まれるだなんてのはごめんだからな」
話の細部まで理解することは出来なかった。
しかしそれでも、私の体は震えていた。
国を吹き飛ばす。爆薬。それが意味するところは想像に難くなかった。
恐ろしい光景が頭の中で鮮明に湧いて渦巻く。
働いていた、とお父さんは言った。それはどの仕事を言っているのか。
お父さんは、この国の工場で機械の部品を造る仕事をしていたはず。その仕事の話じゃないのだろうか。
ふと、忘れ去っていた記憶が甦ってきた。
いつの日か出会った、私を連れていく二人の男。
スパイという単語。
「レイラ」
「っ…………!」
息が詰まりそうになる。
「どうした? 友達が向こうで探してるぞ」
あまりにもいろんなことが頭の中でせめぎ合って、正面から来ていたみち君にすら気が付かなかった。
「う、ううん。ちょっとお手洗いに行ってただけ。あっち行こう!」
出来るだけお父さんから遠ざけたかった。
今ここで、私以外の人にこのことがばれてしまえばどうなるかわからない。
……いや、ここでみち君に相談すればいいのかもしれない。
みち君は私を助けて、今まで支えてくれた。お父さんのこともどうにかしてくれるかもしれない。
だが、またしても昔の記憶が過る。
秘密を洩らせば、私もお父さんも殺すという言葉。
「レイラ、ちょっと話があるんだけど……」
「…………」
駄目だ……。
みち君には言えない。それに迷惑だってかけられない。
もし私が相談するとしたら、あの人しかいない。
「あ、あの、レイラ……?」
「え? な、なに!?」
「あー……。いや、何でもない」
「そうなの?」
「それよりさ、この後クラスでの集まりがあるんだってさ。もちろんレイラも来るよな?」
「うん、行きたい!」
「よし! みんなには伝えておくよ。にしても、最後だけだったけど同じクラスになれて良かったよな! こうしてクラスでのお祝いも一緒に出来るんだし」
「そうだね~」
本当にそうだと思った。
数年前の私の生活からは、とても考えられない毎日。
私は今、幸せだ。そんな私を見て、お父さんは何を思っていたのだろうか。
いつの間にか保護者の中に混ざっては、偽りなどどこにもないような笑顔で話している。私にはそれが信じられなくなっていた。
後日、私はあの神社を訪れた。
神社は山の麓に建っている。
あれ以来、ここへ訪れることはなかったが、みち君と特別な場所へ行く際には何度か通り過ぎた。連絡先も知らなかったから突然来てみたが、神主さんは私のことを覚えているだろうか。
神社の鳥居をくぐると、参道を掃いている神主さんがいた。
私の顔を見るなり、驚いた表情をする。
どうやら覚えていてくれたようだ。
「貴女は……」
「こんにちは」
「よくぞおいでなすった。いや、しかし……来てしまったと言うのでしょうな」
神主さんも、私がここへ来た理由はすぐに察したようだ。
「今日は相談があって来ました」
神主さんは何も言わず、いつか私がここへ来た時と同じ部屋へ通してくれた。
畳の匂いが懐かしい。
嫌な思い出のはずなのに、何故だかそう感じた。
「では、貴女のお口から窺わせていただいていいですかな」
「出来るのなら、私の手でこの国を守りたい」
それだけで伝えるべきことは十分だった。
「……つまり、貴女は知ってしまった。そして自分がどちら側かということも、自分の意思で判断したということですね?」
「はい」
他意はなかった。
私はこの国を守りたい。
たとえ自分がどうなろうとも、それが真意だ。
もちろん、今あるものを失うのは怖い。
変化することに恐怖しないとは思っていたが、無くなることは怖かった。でも、だからこそ私がやらなければならないとも思った。守られていた私が、今度こそ誰かを守る側の存在になる。
あの時、みち君が私に幸せをもたらしてくれた。今の私がこんな気持ちになれたのは、みち君のお蔭だった。
「それで、私は何をすればいいんですか」
「そうですね。その様子だと、聞かぬ限りは気が変わらないでしょう」
それはつまり、内容を聞いてしまえば嫌になるかもしれない。そういうことなのだろう。そして、一度聞いてしまえば後戻りはできない、と。
「よろしいですか?」
「そのために来ました」
あの日、男の人たちはお父さんの償いを私がするのだと言った。
お父さんが人殺しをするとは思っていなかったあの頃は、それが悔しくて仕方なかった。だけど今になって見れば、あの人たちの言うことは本当だった。
あんな人たちが正しかったなんて、また違った悔しさが込み上げてくる。
だけどそれを表に出すことは出来なかった。
私の立場を考えれば出来るはずがない。
神主さんが口を開く。
その一言を聞いた瞬間から、私は後戻りできない。
立ち上がりたい気持ちもなくはなかったが、その場にとどまった。
「貴女には秘術を使用してもらいます」
「秘術?」
「この国に伝わる神術の一つです。魂とその器である肉体を生きた贄とし、幽世なる檻にこの世界を永久に封じるのです」
「封じる……? そんなことをしていいんですか。それに私、術なんて使えません」
第一、口にはしなかったが、本当に術なんかが存在するのだろうか。それで国を救うなどというのも疑わしかった。
しかし、神主さんは言う。
「私たちには、貴女の国の殺戮兵器を止める手立てがありません。ならば、敢えてその身を引き裂かれ、永久の世界で暮らすことを望みます。灰になって無になるよりは断然喜びに満ちている」
この国の人々の全てが、本当にそれを願っているのか。喜びに満ちていると、本当に思っているのだろうか。
私だってこの国の人間だという自負はあるが、そんな思想は持っていない。それは私の人種が違うから?
違う、決してそうじゃない。
人間だれしも、幸せに生きていた方が喜びを感じるはず。時には自滅する人もいるけれど、それは生きていたくないからじゃない。幸せじゃなかったからだ。
でもそうか……。私たちは将来、幸せかどうかにかかわらず、生きていられないからこうした会話をしているのか。
だったら、やっぱりそれが残された最後の望みだというのなら賭けるしかない。
私だって、全てが無くなってしまうのは嫌だから。
「準備は私たちが全て整えましょう。貴女は魂を捧げるだけでいい。さすれば、いずれこの国が滅びようとも、例え現世から消えようとも、私たちは幽世に存在し続ける」
魂を捧げる。
それは死ぬということなのだろうか。
「その日が来るまでに分霊すればいい。いつになさるのかはあなた次第です」
「分霊?」
「魂を分けること。私たちの秘術では、器と魂を分離することが必要なのです。器は幽世を包む幻殻として、魂は世界の管理者として霊羅になるでしょう」
世界の管理者――霊羅。
私と同じ響きのそれに、運命を感じずにはいられなかった。
けど、だからではない。
私が決意したのは運命だとか、使命だとかそんな壮大なものじゃなかった。
単純に身近な人やそれに関係する人たちを守りたい。ただその一心だった。
その一心で、私は世界になった。
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