第四話
後日、俺は事務所に呼ばれた。
予め駒川先輩に聞いていたメールアドレスから連絡が来たのだ。
あれから霊羅はまだ来ていない。
しかし前回の襲来により、少なくとも命を奪われた人がいたのは事実だ。
あのお婆さんの式がやっているのを見かけた時は、心が強く痛んだ。
とはいえ、魄奪は許せないが、人を殺める方法が魂を抜き取るだけというのがせめてもの救いだったような気がした。お婆さんの眠る姿をしっかりと見送っていた、孫だろう子供の顔を見てそう感じたのだ。
いつものように、事務所のあるビルの前に自転車を止めようとする。
すると、ちょうどよく駒川先輩が階段を降りてきた。
「よお!」
だなんて言って、軽い感じでやって来た。
この間、あんなことがあったばかりだというのに。
「先輩はなんともないんですか?」
「おいおい、先輩にはまず挨拶だろうに」
「あー、こんにちは」
よお、が正式な挨拶だとは思えないが、言われたからには一応しておいた。
「よしよし。そんで? なんともないかってのは何なんだ?」
「いえ……。この間、霊羅が来たじゃないですか」
「ああ、来たな」
「死んだ人がいたじゃないですか」
「ああ、いたな」
「…………」
駒川先輩は呆けているのだろうか。
察しろとまでは思っていないが、俺が何を言わんとしているかくらいは解るはず。
「要するにあれだろ? 道人は魄奪を見て、そんでもって魄奪にやられちまった人を見てダークな気分になった。そんな感じだな」
「まあ」
なんだ、解っているじゃないか。
「人のことを考えてやるのはいいけどな、それじゃあお前が保たないぞ? すぐ嫌になっちまう」
「そんなこと言われても……」
「いいか。俺たちは街のため皆のために動いてるんだ。そうすりゃあ自分のためにもなる。極端な話、自分のためなんだよ。冷たい考えかもしれないが、自分とそれに関係する人が助かればいいってこったな」
「先輩はそれでいいんですか……?」
「いいとは思ってないが、仕方ないとも思ってるな」
それはつまり、良くないと思っているってことなんじゃないだろうか。
「救えなかったものは仕方ない。それで片付けるしかないと俺は思ってるぞ」
「そう……ですか」
なら、レイラのことも仕方ないで片付ければいいのだろうか。
そうすれば、俺の心も少しは落ちくのか。
いいや、落ち着けてどうする。俺はレイラのために今を頑張っているんだ。
「先輩、俺は――」
「ま、あんまり考えすぎるな。原因が何にしろ、人間は死ぬようにできてる生き物なんだ。初めは辛いかもしれないが、それに辟易しているようじゃ、これから本当に守るものも守れないぞ」
「……はい」
俺は自分が言おうとしていたことを抑えた。
先輩は間違ってはいない。
きっと、戦うとはそういうことなのだろう。たくさんの人の命を背負っているからこそ、一つ一つには見向きしている場合じゃない。
あるいは、化け物と生を奪い合うためには、少なからず人の心を隠しておくべきだと、先輩が言っているのはそういうことなのだと俺は感じた。
「そんじゃま、行きますか」
「行く?」
てっきり、事務所内で何かをするものだと思っていたから、どこかへ行くなどとは思ってもいなかった。
「どこに行くんですか」
「それはだな……特訓場所だ!」
ビシッと伸ばされた先輩の指は、どこかを指し示していた。おそらくは、特訓場所とやらがある方角なのだろうが、ここから見える範囲にそれらしき場所はない。
「え、どこです? ていうか、何をするんですか?」
「まあ、着いてこいって」
俺は、言われるままに着いて行くだけだ。
目的地にたどり着いたのはそれから三十分ほど経った頃だった。
山の方角へ自転車を走らせ、橋を渡り、結局山の麓までやって来てしまった。その間、先輩は体を鍛えるだとかで、足で自転車と並走していた。
だがまあ、俺も鬼ではない。
先輩のためにもそれほどスピードはださなかった。
「ここだな!」
あれだけ走ったというのに、先輩は息の一つも切らしていなかった。さすがというか、馬鹿というか。いや、これこそが戦いに必要な肉体なのかもしれない。
先輩に連れてこられたのは、山の麓にある小さな神社だった。
「ここが特訓場所?」
「別に特訓にむいてるとかそういうのじゃないんだけどな。人目につきにくいってだけで」
「何をするんですか?」
「道人、自分がどういう立場になったのか忘れちまったのか?」
言うと先輩は、短い階段を上がって鳥居をくぐった。
そして、あの時のカルロスさんの様に、腕のあたりに流れるような何かが集まっていた。それはやはり魄奪の体色と同じような色をしている。
冷たげで透明な、寂しい色だ。
それらが水の様に自由に動き、形を形成した時には柄の長い斧になっていた。
「俺たちの役割は、こういうことだろうに」
夏休みも間近なこの季節。
清々しい空の下、木漏れ日に照らされる先輩の笑顔はとびきりに眩しかった。
笑顔があまりにも爽やかだったからか、その力に対しての嫌悪的な感情が和らいだような気がした。
ああ、そうだ。
憎き魄奪たちと戦うために得たこの力だが、それがやつら由来のものだと知った俺は、どこかそれを使う未来を避けたがっていた。
全てとは言えない。
けれどその気持ちも、もう消え去った。
「先輩も出来るんですね。それ」
武器を持った先輩の顔は誇らしげだった。
確かに、白鬼会に入る人は少なくない。けれど、俺たちのように高校生から入る、というのはむしろ多くはない。
白鬼会に入るということは、身を救う戦術を学ぶ代わりに、戦地に赴くようなものだからだ。
どちらが安全と考えるかは個人の考えだろう。
それでも、新たなことに踏み出すよりは、今まで通り過ごした方がよっぽど安全だと考えるのは誰しもが同じはず。わざわざ、危険を生んでいる原因に遭いに行く必要性などないのだから。
だから、まだ入りたての俺にはわからないことも多いが、それでも同い年が少ないということだけは覚悟していた。
会に入らないか、と誘ってくれた先輩以外にはいないだろう、と。
けれど、その先輩がいたからこそ、良かったと俺は思っている。
軽く話せる人がいることで心の面での余裕が段違いだからだ。
そんな駒川先輩はすでに所属して二年。
逆算すれば、今の俺と同じ年の時に白鬼会に入ったことになる。どういった動機かは分からないが、もしかすると過去に何か抱えているのかも知れない。
そう、おそらくは俺がレイラを失ったあの時のように……。
とはいえ、タブーとは言わないまでも、あまりそういうことを聞くものではない。
具体的なことは何一つ話してくれたことはないし、こちらから聞こうとも思わなかった。
「ほれ、やるぞ~」
先輩は強い目をしていた。
決して厳しい顔つきを見せるような性格ではないが、それでも優しい瞳の中には何かが燃えているような。
俺は、駒川先輩のような人を目標にしよう。
そう思えた。
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