第一話

 レイラが消えてから三年の月日が経った。

 結局、あの後どれだけ探してもレイラの痕跡すら見つけることは出来なかったのだ。衣服も、穿いていた靴の片方すらどこにもなかった。

 俺がレイラと出会ってから共に過ごした時間を、別れてからの時間の方が長くなろうとしていた。

 あの時は中学に入学したばかりだったが、今はもうその中学も卒業した。今では高校一年として生活を始め、すでに三か月。

 だが、学生生活にはそれほど身が入らない。

 俺にはもっとやるべきことがあるからだ。

 今日も、そのやるべきことのために俺は動く。

「じゃあ、行って来る」

 そう言って俺は家を出た。

 あれから、都会の街並みも郊外の長閑さも何も変わっていない。俺の周りでの大きな変化と言えば、レイラがいなくなってしまったこと。

それと霊羅の出現だ。

 あの時、街に落とされたミサイル。あれは爆発を引き起こす物なんかじゃなかった。もっと気色の悪い、敵国の不気味な攻撃だったのだ。

 あの爆発の直後、俺はあの山から一人で街の方を見ていた。そこに霊羅は立っていた。

 白を基調とした、様々な寒色が混ざり合った様な体色。それが都会の夜景よりも怪しく発光する。奴は何をするでもなく、街の上をゆっくりと、一切の音も立てずに闊歩していた。

 俺が見たのはそんな光景だった。

 その時は、不思議なものを見たという感覚しかなかったんだ。

 けどその後、俺が街に戻ってみれば、道端に倒れている人の姿が嫌でも目に入った。

 何が起きたのか分からなかった。

 皆、一様に外傷がなかったから、銃器でやられた様子でもなかったし、何より死んでいるなんて思わなかった。

 目撃者の言うことだって信じられなかった。

 霊羅の体から落ちてきた化け物が、みんなの魂を吸い取っていった。そんな訳の分からないことを、俺でなくとも誰が信じるだろうか。

 でも、信じるしかなかったんだ。そして、その一月後には嫌でも信じさせられた。

 あの後、どこかへと去っていった霊羅はまた街の上に現れた。初めて現れた時と同じように、巨大な霊羅自身は何もしなかったが、奴の体から現れた化け物たちは人を襲い、魂を奪っていった。

 それを俺も見てしまったのだから、もう現実逃避をしているわけにはいかなくなった。真実を受け入れようという心よりも、まず自分の身を守らなければという防衛意識が働いた。また、奴等は敵だという認識に加え、俺は街のみんなを守るんだという決意。そして、レイラの敵討ち。

 確証はないが、あの日化け物の詰まったミサイルが街に落とされたその瞬間、レイラは俺の前から消えていた。きっと、レイラは敵国の人間にやられたんだ。化け物は人の魂を奪っているし、そうとしか考えられなかった。

 だからあれ以来、俺は奴等と戦い勝つことを目標に今日この日まで生きてきた。

 高校一年を迎えれば、白鬼会(びゃっきかい)という小さいながらも奴等と戦う術を持つ集団に属することが出来るからだ。

「ここか」

 立ち並ぶビル群。その中の一つに白鬼会の持つ事務所が存在する。今最も必要とされていながらも事務所がそれほど大きくないのは、非営利組織だからだという。

 しかし、それでも白鬼会への所属を希望する人は少なくない。

 白鬼会に所属すれば化け物と戦わずにはいられなくなる。だがそれは、却って化け物に対抗する力を得られるということ。誰かを守るだけでなく、自分の身を自分で守る力も得られるということだ。所属希望が増えても何らおかしくはない。

 白鬼会がどんな力をどうやって使っているのかは内部だけの秘密にされているらしい。だから俺はまだ、これからどんな力を授かるのか、その方法なども何も知らない。

 ビルの階段を上がり、事務所らしき場所の扉を開く。

 すると、俺の見知った顔が出迎えてくれた。

「お、来たな」

 そう言って俺を歓迎してくれたのは、同じ高校に通う駒川隼(こまがわしゅん)先輩だ。駒川先輩は俺よりも二つ年上で、高校に入学してすぐ白鬼会に入ったらしい。

 霊羅が現れてから三年、白鬼会が発足してから二年と半年ほど。つまり、駒川先輩は白鬼会の中でも初期のメンバーということになる。

「今日からお前も白鬼会の一員だな!」

 背中を叩く手が強い。

 細身の体ではあるが、性格はそれなりに豪快だ。

 駒川先輩のそんなところが、俺も気に入っている。

「そんな簡単に入れるんですか?」

「入るだけなら簡単だ。白鬼会としてみんなの役に立てばいいんだからな。だが、敵と戦うのは別だ。戦うに、そして力を得るに相応しいかを見極められる」

「テストでもあるんですか」

「いや、ない」

「ないって……。じゃあどうやって見極めるんですか」

「それは会長の判断だな」

「あー」

 会長、それがここ白鬼会で最も権力を持つ人物だということは俺も知っている。だがそれ以外でも、俺にとって重要な存在でもある。

 何故なら、彼はレイラの父親だからだ。

 レイラがいなくなってからというもの、恐らく俺と同じかそれ以上に心を痛めた人物の一人だろう。白鬼会を立ち上げたのもカルロスさんであるから、復讐の思いは計り知れないものに違いない。

「そろそろ来るだろうが、後は一人で大丈夫だよな」

 来る、とはたぶんカルロスさんのことだろう。

「先輩、どこか行くんですか?」

「ああ、バイトだ」

「なんだ」

「なんだとはなんだ。今日はわざわざお前のためにここまで来たんだぞ?」

「え、何をしに?」

 ここまで、駒川先輩が俺に何か特別なことをしてくれただろうか。

 ただ話していただけだと思うが……。

「おいおい、決まってんだろ。これから白鬼会の一員としてよろしくなって挨拶だよ!」

「てっ」

 俺の背中を強く叩くと、駒川先輩は事務所を出ていった。

 わざわざ挨拶だけをしに来たなんて、ああいうのを変わり者というのだろう。

 駒川先輩と話していたために、入ってすぐには室内の様子を窺う事が出来なかったが、それほど珍しいものがある様な部屋でもなかった。

 ここで何かの会議をすることがあるのか、壁も床も真っ白な室内に、長机が四角く並べてあるだけだ。窓にはブラインドが掛けてあり、部屋の隅には何も書かれていないホワイトボードが立っている。

 なんて言うか、とにかく白いな。

 少しの間、見るものもない部屋をぐるぐると回っていると、入口の扉が開かれた。

「やあ、白間道人(しらまみちと)君だね」

 男にしては少し長いくらいの金髪に、剃り残したようなまだらに生えた髭。外国でロックバンドでも組んでいそうな容姿。体格もかなりのものだ。

 俺たちが生まれる前からこの国に暮らしているだけあって、言葉も流暢である。

「こんにちは、カルロスさん」

 そう、この人が白鬼会の会長にしてレイラの父だ。

「白間君は確か、レイラのお友達だったね?」

「は、はい」

 お友達という表現が、少しだけ心にちくりときた。

「私としてはそれだけでもう、白鬼会のメンバーとして、共に戦う同胞として歓迎だよ」

「ありがとうございます」

「しかしだ、実践はまだ君には早すぎる。何せ、一切の経験が無いのだからな」

 ここへ来て俺と挨拶した時とは表情が違っていた。

 敵の危険さをしっているからこそ、ここまで真剣になるのだろう。

「やっぱり、始めは戦わせてくれないんですか?」

「ああ、もちろんだ。経験のない者をわざわざ危険に晒して失う必要はないからね。初めは街の見回りなんかをしてもらうだろう」

「でも俺、はやく戦えるようになってみんなの役に立ちたいんです。一日もはやくあいつらを俺たちの国から消したいんだ」

「そう焦らなくてもいい。君はもっと自分を大切にしなさい」

「自分を大切に?」

「そうだ。君が助けたい人は、君がいなければ駄目なんだ。君にだって家族がいるだろう?」

「は、はい」

 確かに、俺が守りたいものの中には家族という存在もある。けど、これまでの俺は守るというより、レイラの敵討ちという思いで動いてきた。それが正しいのか間違っているのかなんてわかりはしない。

 ただ、カルロスさんにとっての家族がレイラだけだったことを考えると、俺は言葉を失った。

 自分を大切にしなさい。

 よく聞くような言葉だけれど、カルロスさんが言うと重みが違う気がする。

 カルロスさんはこの日まで、何を糧に生きてきたのだろう。

「まあ、うちは基本的に所属希望者の全てを受け入れる方針だ。今日から白間君も白鬼会の一員ということになる。街を直接的に守るようになるのは、君の活躍次第ということになるね」

「はい、よろしくお願いします」

「会員の君には、次の襲来時に来てもらうよ。その時には、たぶん君の先輩と動いてもらうだろう。その方が君もやりやすいと思うからね」

「お気遣いありがとうございます」

 話を終えると、俺は事務所を後にした。

 階段を降りていくと、止めておいた自転車に跨り、家路を進む。

 俺はこれから、白鬼会の下っ端的立ち位置でしばらくは頑張ることになったようだ。本当なら、俺たちを襲ってきている奴等をこの手で直接倒してやりたかった。

 しかしまあ、何事も始めの一歩からだ。

 カルロスさんが言っていたように、命を無駄にする必要もない。そもそもそんな気もない。俺はレイラのためにも長く生き延びていく。

 それにしても……。

 結局、カルロスさんはレイラのことについてあまり語らなかったな。触れたのは、俺がレイラと友人だったということだけだった。

 やっぱり、いなくなってしまった娘のことを話題に出すのは辛いのだろう。

 これからカルロスさんと話すときは少し気を付けないといけないな。

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