ひみこ2085年//17_次世代04/国際平和研究所定期報告書2085年3月刊


 【もとにゃん、いけるかにゃ?】///【大丈夫よ、象でも眠れる睡眠薬大盛り一発】///…


 演説に夢中の裸の男の背後に回ったナースソシオンドロイドは、有能なアンドロイドキャットと“閉鎖暗号通信”で示し合わせた。

 黄色のボディスーツのナースソシオンドロイド:竹宮望都(たけみやもと)。

 彼女は経験が浅いので地が天然ぼけだったが、特殊環境随行型ソシオンドロイドとしてのキャリアと“性能”は注目すべきものだった。

 彼女の左腕、作業手袋を外した手首から先が変形して、医療弾発射機が展開されている。


 モニターの髭男は、哀れむような表情を浮かべた。

 「それに引き換え、諸君らは地球圏の温暖化も環境破壊も何ひとつ止められなかったではないか。」


  “!”


 老人の演説は佳境に入り始めたようだ。


 「それもすべて、汚れた肉体に執着し偽善を実践する事で己をごまかし続けた報いである。」


 “こいつ、録画だわ、とすれば応答スクリプトは限定されてくるはず…”


 “何ひとつ止められなかった”のが、彼らのプロパガンダであるのは有名な話。

 2085年現在、環境変動に関して予断は許さないが、地球圏全域で、かつての“不穏なる10年”とは格段の違いを見せているのは周知の事実だ。



 「もっとも、今世紀初頭、諸君らの国で開花した幻想的お花畑平和主義には感謝しているぞ、」

 「なにぃ?」

 「当時『日本は日本人だけのものではない』といった首相がいたではないか。考えてもみたまえ、」


 老人の口元は明らかに嘲笑的に歪んだ。

 「どうだ、キミのような若い人間ではまだ学んでいないかな…」

 老人の台詞は一気に嗜虐性を帯びてくる。

 こいつはテロリストであり、知的なサディストでもあるのだろう。


 【えっとぉ、よぉく狙って…】

 ナースソシオンドロイドは、麻酔弾をセットしてランチャーに変形した左手を顔の前に合わせた…


 「人類史的に何の見識も無い愚かで高慢な人間達が、平和幻想に心酔し、愚直にも武装放棄を唱え続ける様は美しい…まさに我々が銀河に恒久の平和を実現せんとする原点がここにあるとは思わんかね…」

 「…」

 「『福祉・人権擁護・平和』を標榜したかの愚かな統治者の理想は、わが光創世代覚醒政策によって成就しているのだ、この歴史的偉業こそが、わが聖なる地球連邦の銀河にしろしめす偉大な誓詞である。」

 「…腐れ偽善者め…」


 歳のわりには童顔な女性艦長の美しい顔が怒りで気色ばんだ。


 「…あんたみたいな変態に、近代日本史の恥を誉められたって嬉しくもなんともないわっ!」


 副艦長が信頼すべき歳下の上司を制す。

 「艦長、平かに…あなたはいったい誰?」

 「私は、アーサー・フォン・ヒュオリント2156」


 “2156?…”  …評議会上位指導者の認識コードか?…


 「諸君らは、我が光世紀聖地球連邦の偉大なる戦略の阻止を企てているようだが、すべて無駄である事を悟るべきだ。」「何だそれは!?」

 「今回地球へ向けられた421号には、我が政策を、自ら意志をもって宣揚する独立モジュールを多数搭載した。それらは満足のいく業務を達成してくれるであろう。」

 「なんだと!」


 この老人の言う421号とはダン221のことか?




 【えい!】   →ぷすっ…

 もとちゃんの強力麻酔弾が男の首筋に命中。



 「ぐが…」

 男は命中した衝撃とともに、吹き矢があたった方向を向いた。

 「え!?…ウソ…効いてない!?」

 男は口の上にモニターを咲かせたまま、右手をナースに照準した。

 男の眼は、不自然な首の角度のまま戦闘態勢に入っている。

 手の甲が砕けるようにして何かが飛び出した。こいつ暗殺機仕様か!?「野郎っ!」


 齋藤(宇宙戦車:たけみかずち741砲術士官)の74式が火を吹いた。

 男の右手の手首から先が砕け散る。「あ、ぐ…」


 散らばった肉片の中に、体内埋め込み型の火器ユニットらしきものが転がっている。

 男は、自分の下半身から出した液体の中に、前のめりに崩れ落ちた。

 昏倒する男と同時に、モニターも消えた…



 2413秒経過


 ナースソシオンドロイドは、男の身体を担架に運び上げ、吹き飛ばされた右手の止血を行い、戦時救急医療チェックを施しながら、上司の左京につぶやいた。

 「こいつは捕虜だけど、拉致被害者認定されるんでしょ?」

 「そういうこと、知的有機体尊厳基本法第12条:恣意的目的による接ぎ木人間の培養禁止、と国連地球圏生態系復興憲章第3条によるのね。」


 博識な美人女医は、事務的に説明した。


 「見通しは明るくないわよ、こいつのキャリアユニットを外して解析するのと、こいつの脳が生きた人間の脳としての使われ方をしてない部分を極めて、こいつに人間としての人生を歩ませてやるのはね…」

 「“地球連邦”の言ってる“完全無欠の人間存在の再構築”なんて、どんなに言い繕おうとも殺人ですよ、あんな事は。」

 「そうなんだけどねぇ…『武器を捨てられないのなら、人間の身体を捨てるべし』っていう信じられない文面が、“地球連邦”独立起草連盟の声明文にあるのよぉ、どうするね…」

 「うわ…そんな事あたしにいわれたって…歴史苦手なのに…」

 「あなたソシオンドロイドでしょ。」

 「まぁ、そうなんですけどぉ…」





暫定治安維持機構  

国際平和研究所定期報告 

2085年3月刊より


ソシオンドロイドは、起動調整(スターティングシンセサイズ)を担当した人間を、常に人間のあるべき姿として認識し、より多数の人間とより良い交流関係を築き上げるように、自らの行動コマンドスクリプト(人間でいうところの行動を決定ずける記憶とその記憶が下す命令書式が合体したもの)を発展的に自動更新する。

ソシオンドロイドは、みかけ上本人の承諾なくしてシステム停止をすることはできない。(例外はある)

判断を行う、という点において迷いが無く、人としての揺らぎ、可塑性、柔軟性、発展性を人以上に持ち、瞬時にすべてを受け入れ、そして常に笑顔を忘れず絶望という言葉を知らない…

ソシオンドロイドが、常に曖昧さを拭い切れない人間存在の大変分かりやすいシミュレーターである、という点において、その存在が、大多数の人間にとっては、到底認めがたく許しがたい存在であるということは予期されていたが、2085年の現在、それは過去の学ぶべき歴史の1ページとしてその重要性を増

している。

ソシオンドロイドを“鏡”に例えるなら、人間はその“鏡”を前にして、有機生命の、そのゆらぎを内包した存在様式の美しさを、より深く極める作業に全うできる時代を迎えたともいえる。

ソシオンドロイドはあくまで人間のシミュレーターである。

電子的な存在に変換された人間ではないし、そのようなものではあり得ない。

故にソシオンドロイドに基本的人権は存在しない。

ただし無機知性体尊厳機能保護基本法により、あくまで日本国憲法に規定された基本的人権に準じる形で彼らの人格記憶のバックアップは、最も厳重に保護されるべき情報資産として存在する。


自らエネルギーを持ち生物学的に活性化している細胞とその意識の連続的特異点を、数万もの有機的アルゴリズムで忠実に再現し得た、と標榜する“地球連邦”の精神人格知性情報構成体(情報構成体チップ)が、人間そのものであるとする世界観とは根本的に相容れない。

また、『数万もの有機的アルゴリズムで忠実に再現し得たと標榜する』割には、その電子的に変換されたパーソナリティの数多くに、悪性の鬱状態が数多く見いだせることも注目すべきだろう。

当然ながら尽きる事なくバックアップのスクリプトを描き続けるアルゴリズムサポートによって、その鬱状態は容易に糊塗されてはいるが、もはやサポートなくしてその鬱状態の発生を止められないのも事実である。

彼ら“ 地球連邦 ”には、我が地球圏にはない華やかなる価値観の多様性がある、と標榜する向きはかねてより語られてきたが、21世紀初頭において極東アジアを風靡した『従軍慰安婦反日史観』や『中華民族による覇権帝国主義的解放史観』『ロシア帝国主義史観』等が、そのまま縮小コピーという形で、“ 地球連邦 ”内部に『電子的論客』を多数保持しているのは失笑をかわずにはいられない特質というべきだろう。

彼らは地球圏におけるソシオンドロイドそのものを『人間』として扱い、蜂起を促すような電子的戦略も起動していることは特記しておくべきである。いずれにせよ、“地球連邦”のおぞましいテロを目前にして、ソシオンドロイドは手をたずさえるべき仲間としての認識が確立しているのは確かである。


ソシオンドロイドを、《人工知能:AI_Artfical Intelligence》ではなく、《人工実存:ARB_Artifical Real Beings》と呼ぶ理由はそこにある。


2010年代後半には確立された、人工知能を人工実存の基本的な構造部分のみとする無機電子知能の基本設計様式を改めて再確認しておきたい。

またARB(アーブ)の前提条件として、ソシオンモジュールを搭載している、ということも重要である。


◆:ソシオンネットシステム(SOCIety neural network recognitiON system 社会神経網認識システム)




        

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