ひみこ2085年//16_次世代03/ゆらぎを内包した存在様式の美しさ
◆2213秒経過
「うげぇ…これ、新種のSMかよ!?…」
“こいつはいったい何をしに来たのだ?”
…理解しがたい思いをまき散らしている裸の男に、隊員の一人がそこそこ妥協できそうな見解をもって応えた。
男は、その変態的な姿勢のまま異様な台詞を口にした。
『口にした』というにはあまりにも不自然な“それ”だったが、やおら男の口調が変わると、
「おかぁさん?」
“何!?”
「おかぁさん、いるんでしょ?ぼくだよ。」
艦橋にも中継されていた男の声に、副艦長が絶句した。
それは、拉致された息子の声そっくりだったからだ。
「龍太郎なのl?」
「おかぁさん、この船に乗ってるんでしょ?ぼくに声を聞かせてよ。」
左京先生の眼が不敵な笑いを浮かべた。
「ほ~ら、言ってるそばから出た!…」
「龍太郎…」
(左京先生との指定個人回線→艦橋へ)
『江戸副艦長、気を確かに持って、奴らがいくら人格と記憶を忠実に再現してるとうそぶいたって、これは良く出来た人格シミュレーターにすぎないわよ。』
「なんて事言うんだろ、このおばさんは!」
「(むか)…スイッチ切ったらおしまいでしょ?何だったら、電脳障壁破って電源切ってあげようか…あんたデモンストレーター用のキャリアでしょ、頼まれりゃこのキャリアの電脳障壁ぐらい簡単よ…」
「ぼくはぼくだよ、ひねくれてるよ、このおばさんは…精神人格知性情報構成体尊厳維持基本法破るつもりだよ…」
「(!!!!!!…言わせておけば~」
『精神人格知性情報構成体尊厳維持基本法(略称:精人知尊厳維持法)』は“地球連邦”が言う所の基本的人権に相当する。
2057年の国連における『光世紀聖地球連邦』特別決議案否決は、この精人知尊厳維持法が、地球圏における基本的人権を根本的な部分から浸食するものとしてなされた事を忘れてはならない。
「ぼくはね、こっちに来て“友達”もたくさん出来たよ、自分の身体が無くなったのはショックだったけど、理由を聞いたらすぐ納得できたしさぁ、」
裸の男は、10歳の男の子の台詞を活き活きとその口から吐き出していた。
◆江戸龍太郎拉致誘拐事案:2082年3月26日千葉県勝浦の自宅近在で消息を断つ。
2213秒経過
「ぼくがこんな格好をしてるのは変に思うかもしんないけどさぁ、すぐに壊れる人間の身体なんて意味ないんだよ。」
(“しんない”…口調まで再現してる…その考え、おかしいわ。」
計らずとも艦橋と、格納庫との間で、その根本的部分に恐るべき隔絶を抱えた親子の会話が始まった。
「そんな事ない、一番大切なのは、ぼくの心だし、おかぁさんの心だよ。」
「…」
「心が永久に残るんだよ。こんな素晴らしい事って無いと思うんだけどさぁ、おかぁさん。」
裸の男は、男に照準している陸戦隊をゆっくりと睥睨した。
「ぼくは、おかぁさんが統合自衛隊にいるの、辞めてほしいんだ。恥ずかしいよ。光世紀聖地球連邦は平和で豊かなところだよ、ぼくはおかぁさんのことみんなに自慢できないよ、恥ずかしくて…」
艦橋、
「(左京先生との指定個人回線→格納庫へ)艦長、うちはね、あまり会話が足りてる、といえる家庭じゃなかったけど、龍太郎はあんな事を言う子じゃなかったよ…」
「(左京先生との指定個人回線→格納庫へ)洗脳…でもすでに脳が無いんだし…」
有能な女性艦長は腕を組んだまま。女医が意味深に続けた。
『(左京先生との指定個人回線→艦橋へ)方法が無い…こともない…』
格納庫
『どうやって?』
「回収したヒュオリント時空瞑想樹の拉致被害者の脳を、今研究してる方法で根気よくリハビリさせるの…メドはたったケースはあるのね、龍太郎くんの脳を回収する事自体絶望的だけどさ…今はこいつを調べることだわ。」
『(左京先生との指定個人回線→艦橋から)先生、よろしくお願いします』
「うん」
◆2213秒経過
裸の男の口の上で身構えていたくだんの髭の老人が口を開いた。
「どうだね、親子の対話は?江戸龍太郎君は“将来有望な子供”ではないか、私も大変楽しみにしている。彼らのような有望な人材を慈しみ育むのも、我ら光世紀聖地球連邦の国是である。」
この艦が『ひみこ』と知って、わざと捕まったのだ。こいつは。
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