ひみこ2085年//12拉致認定被害者-02//地球連邦拉致被害者救済支援機構

ひみこ2085年//12拉致認定被害者-02//地球連邦拉致被害者救済支援機構/暫定治安維持機構



  1211秒経過




 「あり得ない!…何故失速しないんだ!…量子共鳴場通信のコマンドが生きてるのか!?」

 「ダン221-03、-06、18754212km/hに増速、-01、-02、-04、-05、24253000km/hに増速!」


 航法戦略解析担当、新代三佐補佐の二人が相次いで疑念を表明した。

 次いで“地球連邦”の呪詛の最新情報が明確になる。


 「外部誘導!?」


 “あいつら”


 艦長には思い当たるふしがあったがそれを直で指摘できるデータはあまりにも少なかった。

 「生きてます。間違いなく外部誘導です!」

 副艦長の確証に、艦長が青い地球を睨みつけた。

 量子共鳴場通信の“受信機”は、この岩塊の上にのたくりながら増殖しているシステムが兼用している。

 特別に“受信機”本体と指摘できるユニットは存在しない。

 システムが分離すれば分離した子供、孫がそれぞれ“受信機”として自動的に作動を開始する。


 …正面、接近しつつある地球。


 「地球連邦籍の戦闘艦はさっさとずらかって、この空域にはあたしらしかいないのよ_誘導してるっていったらあそこしかないでしょっ!?」


 皇族出身の美しい一佐は、参内していれば厳重注意の言葉遣いがぽんぽん出てくる。

 しかし、ここはそれでもよい場所だった。

 死と隣り合わせである事を、人類の叡智で切り開く間断の無い作業が行われている場所だからである。

 規律やけじめをしたり顔で説く人間は、数億キロ彼方の暖房の効いた部屋で講釈を垂れていればよいだけの話だった。




 1211秒経過



__「いざなぎ2090、地球周回上待機連動座標159000km、まもなく交信域に入ります」


 『ひみこ』第一艦橋モニターに、濃紫色のショートカットが写った。

 覆う面積のさして広くなく露出度の高い赤いボディスーツに、ジーンズの作業ジャケットを羽織り、それにやたらとたくさんの作業用ポーチを腰にくくりつ

けた女の子。

 ヘッドセットは、可愛らしい丸顔に不釣り合いな大きさだ。


 彼女は、史上初の人間でない内閣官房長官。 

 また、芙美菜地球環境設計事務所専務取締役で、ペイロードチーフマネージャーであり、人間ではないが、お味噌汁を作るのが得意なソシオンドロイドだ。


 『ほしのみや姫様、おひさしぶりでございますぇ、そのせつはどうもお世話さまどすなぁ。』


 日本人形のようなつぶらな瞳が、愛らしくしばたいた。

 『ひみこ』から見ると、くだんの内閣官房長官兼美少女オペレーターの周囲には、演算処理が飽和状態で光がまたたくサブ透過光モニターが6つ。

 それでもどんな時でもスローペースは崩さない詩穂乃ちゃん。

 (国会審議中に比べて会話の演算処理速度が何故遅くなるのかは、また別の機会に)



 「あらぁ詩穂乃ちゃん」



 艦長の表情が、凄みを減らさないまま、一瞬和む。

 有能な機械の相棒への信頼、あるが故である。


 “詩穂乃ちゃん”は電子脳をもつ機械だ。


 帽子のように正面右に傾けて被っているのが、実は集積型大規模ネットワークシステムで、帽子の縁に開いた入力ポートにケーブルがつながっている。

 彼女らソシオンドロイドは、量子電脳の端末として、常に直近の量子電脳の配下にネットワークされる事が義務となっている。これは日本独自のシステム

だった。

 詩穂乃ちゃんはいざなぎ2090の航法管制量子電脳『いざなみ』に、ひみこ搭乗の全ソシオンドロイドスタッフは、ひみこの航法管制量子電脳“ひみこ”

の配下に連結される。




 1211秒経過




 続いて並列に受信ウインドウが開いた。

 いざなぎ2090船長、芙美菜(ふみな)、

 『また外部誘導か!?』

 「うん、芙美菜総理、お疲れ」『ここでぇ、それはわ無しぃ~~!』「ごめんっ!」

 国難に立ち向かう美女たちの友情。


 いざなぎ2090の船長は、“統合自衛隊最高司令官”でもあったが、宇宙に出たら本名で仕事をしたい、という単なる可愛いこだわりにすぎない。

 『またさぁ、予算委員会紛糾しちゃって、あいつら黙らせるのに手間どっちゃってさ、』

 「御愁傷様」



 “あいつら”…聖地球連邦の血を引く野党勢力である。



 2085年の現代においても、日本の議会制民主主義はその懐の深さ(?)をあますところなく発揮していた。


 『今回は手強そうね』

 「迎撃最終シークエンスまでなんとしても砕く!」

 モニターの向こうのショートカットの友人に、艦長は苦境を決意によってシンプルに伝えた。

 『姫、あいつの推定外部コマンド座標を、今30機の高野聖(護衛艦搭載の深宇宙早期警戒機)を端末に暫定治安維持機構の全量子サーバーを連結して推測

させている。』

 統合自衛隊出身にして現役女性総理でもある有能ないざなぎ2090の船長は、支援策を具体的に伝えた。

 「やるじゃない!どうせまた中華聖連邦共同統治体あたりのサーバーでしょ?」

 『おそらく…もう少し持ちこたえてね』

 「うん」


 割り込み回線にたかみむすびから繋がった。




 1211秒経過



 『継原内閣総理大臣閣下に敬礼~~~~』

 「やめてください、それ、早乙女さん、恥ずかしいから、」

 『いいじゃねぇか、景気ずけに、俺はたかみむすびで、土蜘蛛を装備して戻ってくる。』

 「やっちゃいますか!」

 『あたぼうよ、こういう時使わないでどうする!?』


 【土蜘蛛】→機動権師の携帯用にカスタムされた超重積型線形力場加速砲。

 全長は姿勢安定器とストックを含めて“すさのを”の約2倍。

 装弾は、自動装弾システムを全廃して破壊力のみに集中させたため、ボルトアクション式の手動操作だが、ひみこ主砲の1砲身分の威力は十分維持できてい

る。


 自分のやるべき事をわきまえているオヤヂは、さっさと回線を切った。


 いざなぎ2090の船長は、思い出したように台詞を浮かべた。

 『早乙女さんの妹さんって、拉致認定被害者なんだよ。』

 「え!」

 「八重子さんっていうの、もう5年も前の話、だんなさん思いの普通の主婦だったんだって…」

 『知ってる?芙美菜?、2084年9月、ニューヨークで幼稚園児の集団拉致があった時、事件に関わった“地球連邦”側の名前で“早乙女八重子”ってい

う名前があったの…』

 「まさか!」

 『そうよ…今はあまり考えたくない…』

 「地球民主平和連合が、地球連邦拉致被害者救済支援機構のVIPを狙い撃ちで名誉毀損訴訟を起こしているけど、実体は法廷闘争じゃないわ、ほとんど個

人テロに近いの。」

 『もぉ、きりがないわねぇ、残りは帰ってから!』

 「おっけー、一刻も早くあたしらが吹っ飛ばすから、残りカスは思う存分ギタギタにしちゃって!」

 『わかったわ、あてにしてるわよ。』




 『日本現代史 2082年版 第二章 鋭角的分析による今日的な展望』より



 かつて、日本における21世紀初頭の幻想的御花畑平和主義政権では、敵対する政治勢力に対し『円熟した民主主義の到来を好まない勢力』という語が多用

された経緯を改めて引用しておきたい。

 この『円熟した民主主義の到来を好まない勢力(という用語使用法)』が、政権が信望する幻想的御花畑平和主義を強固にするための錦の御旗となった事で、

 20世紀後半に北朝鮮(現在では大韓連邦北西部に編入)によって引き起こされた拉致問題の解決は2030年代にまで引き延ばされ、国家機構における人

権尊重姿勢の偽善と欺瞞的方針が明らかになったことが、近代日本史の歴史的経緯における重要課題の一つといえる。

 これは、2031年以降、その後のイデオロギー論争に、さらに扱いの危険な重放射性廃棄物並の幻想的御花畑平和主義者を集結させる事になった経緯を暗

示する。

 この時より、2056年12月『光世紀聖地球連邦』建国宣言にむけて、彼らの水面下における動きが活発化した事は、次章において詳述する。

 今日の研究においては、彼ら自身の精神性の存在基盤がむしろ、2031年に地球圏復興憲章採択に合わせて制定された、有機知性体実存人格尊厳規定に抵

触する極めて危ういものであったとしている。


 彼らは詭弁によって議会制民主主義を機能不全に追い込む事を、自己陶酔的革命的偉業と標榜し、21世紀初頭から急速に覇権帝国主義を増大させつつ、内

包した瓦解要素により崩壊の道を辿った中国とロシアの労働者主体主義勢力をからめとりつつ、さらに変質していった過程は、今日的な歴史的必然としても極

めて興味深いと言えるだろう。


 2079年に発足した中華聖連邦共同統治体は、21世紀初頭に発したそれら諸勢力の集結地であり、文明史的な観点から見ても明確な特異点ともいえる存

在である。


 光世紀聖地球連邦の地球における傀儡とも呼べるこの政権は、かの“地球連邦”が押し進める地球人類の覚醒を地球本土で教化する聖地であり、地球人類の

覚醒:人類個人個人の全生涯記憶とその個人の基幹人格構造を抽出記録し、肉体を廃棄させることを、至高にして犯すべからざる実践行としてゆるぎない信念

のもとに、2060年代初頭にはその告知を開始していた。

 これが単なるシャレの効いた商業活動ではない証拠に、度重なる政治テロが頻発することになるが、その詳細は別項に譲る。


右京韻 大仁朗  多摩環境創造大学 人文学部教授寄稿




 肉体をもつ人間存在の理想的存在停止と、電子空間内における完全無欠の人間存在の再構築を標榜する彼らのイデオロギーは、福祉・平和・人権擁護の永遠

なる成就、という観点において、20世紀にその源流を発するすべての疑似民主主義勢力の行き着く果て:彼らなりの聖地であったとする右京韻教授(日本現

代史)の論評には見るべきものが多い。


暫定治安維持機構  国際平和研究所定期報告書2084年11月刊




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る