ひみこ2085年//11_拉致認定被害者01/深紅の闇の底から出るもの



  ◆751秒経過



__「(零観コクピット)有機生体起源波フィルター、解析グリッド最大値まであげて!」


 画面に流れてくる解析出力のコマンドラインから、“それ”を指し示す反応タグを目視で拾いだす作業だ。

 背中合わせの二人のシートを取り巻く形で8つのモニターが立体的にならぶ。

 そのうちの6つにダン221-01~-06の六つの各解析データが表示。

 しかも、機械のばか正直な報告は、二人の神経を逆撫でしていたが、命をかける事が仕事のプロ自衛隊員として、妙な高揚感を味わっていたのも事実だ。


 「目がくらみそ…」


 さらに気分の悪いだめ押しが続く。

 『たかみむすび』と『ひみこ』から射出された数十機の探査体の収集したデータから進められているダン221由来の小惑星群の表層部解析は、思ったより進んでいなかった。


 ダン221-01:マッピング完成度87%_

 ダン221-02:マッピング完成度36%_

 ダン221-03:マッピング完成度99.56%_

 ダン221-04:マッピング完成度21.65%_

 ダン221-05:マッピング完成度22%_

 ダン221-06:マッピング完成度43%_…


 時間との戦いだ。

 「死にたくはないわねぇ…」

 「はいっす!」

 深宇宙早期警戒機の文科系機長と部下の体育会系三尉(那珂乃大江泰水娘(なかのおおえやすみこ))の美女二人は、一見噛み合わなそうなやり取りを、見事なチームワークで固めて、ハイテンションな不敵笑いで作業を続けていた。

 機体のオートパイロットも時々様子を見る。

 喉が渇いて口をつける機内飲料の炭酸系ハーブ味が救いだった。




 ◆791秒経過




__『たかみむすび』→『ひみこ』___“伊達男”が、挨拶も抜きに、いきなり身を乗り出して怒鳴った。


 「姫っ!やつの情報すべてくれ、俺が『すさのを』でとりついてひんむしってくる」


『ひみこ』艦長が真剣な顔で切り出す。


『早乙女さん、お願いできますか』階級称などはなから無視。

 「うるさい蚊トンボはすべていなくなったんだ、訳はない。『すさのを』は機動権師(きどうごんのそつ)だからな」


 『よろしくお願いします』“ひみこ”が割り込みウインドウを開いた。

 『彼らの哀しみに引きずられないように、それは深紅の闇の底から出るものです。』


 量子電脳のインタフェースの瞳は、深く険しい光をたたえていた。

 「お、おう了解したぜ!」


 『たかみむすび艦橋』が一気に騒がしくなった。


 戦闘指揮がインカムに手をあてて声を張り上げる。

 「とっつぁん(艦長)が“すさのを”で出るぞ、第一戦闘甲板、軸線合わせ!」

 『第一戦闘甲板』たかみむすびの4つある戦闘甲板のうち、左舷前方。

 中央船体に寄り添う形でたたまれていた甲板部分が、

 付け根の戦闘集団展開装備区画をジョイントとして回転し、計算されたしかるべき軌道へ射出点を向けた。

 『たかみむすび』航法要員、モニターから視点を離さず手順を明快に示した。

 「ひみこの零観(ぜろかん)から有機生体起源波の解析済みデータが送られてくる」

 「はっ」

 「フィルタリング処理は無視してとっつぁんの機動権師にかたっぱしから食わせろ」




  ◆821秒経過 



 __『たかみむすび第一戦闘甲板』いつのまに!?



 “伊達男”は、すでに艦載機のパイロットスーツに着替えて斜に構えている。


 早乙女廉太郎56歳、一佐。

 生粋の日本人のはずだったが、まず日本人には見えない彫りの深いちょい悪オヤジである。

 身長196cm、短く刈り上げた髪にかなり白いものが目立つが、がっしりした体格に嘘は無い。


 『零観』から『たかみむすび』

 「221-03表面の1mマス目マッピングに確度60%以上の反応タグを載せて連続して送るからそれをベースに本体を確定してね。」


 たかみむすび艦橋航法要員

 「かたじけない!…とっつぁん、零観からの指示は今のとおり、最初の37秒は機動権師にまかせて飛んでください」

 『よし、わかった』

 艦長早乙女は、広域電磁波帯視覚照準機能つきヘルメットのバイザーをおろして操縦体制に入った。

 「零観のフィルターで、うまくマーカーがヒットしてるから、この調子なら41秒前後で、本体座標、いけます」

 『あてにしてるぜ』


 聖地球連邦がが対知的有機体尊厳毀損テロ工作要員を、自爆テロを前菜にして地球全土に送り込んでくる機体にもっとも多く使われたのが鬼蟹(GUI-XIE“ぐいしぇ”)だった。

 この多肢機動戦闘機は±16Gの信じ難い空間機動性を発揮し、あげくの果てに容易く自爆する彼らに対抗すべく開発されたのが、機動権師(きどうごんのそつ_ごんのそつ:太宰府の司令部の意味):“すさのを”である。

 宇宙零戦系列で、最も空間格闘戦に特化した機体が“びんが(頻賀)”であるが、“すさのを(素戔男)”は、機体構成を人形(ひとがた)に一致させ、この機体のために最も小型化に成功した重力波動制御ローター『天振56』を4機、3軸方向に装備することで、テロに突入する鬼蟹(GUI-XIE“ぐいしぇ”)の戦略的な機動アルゴリズム解析に、初めて有人機で肉迫する事が可能となった。

 ちなみに、“びんが”は、“すさのを”のように手足は無いが、ナノマシン組織体による自在変形腕を瞬時に(約2.7秒)50mまで伸ばす事ができる。


 「じゃ、とっつぁん、ぎっくり腰に気をつけて」

 『うるせぇ、いくぞ』


 発進!___『たかみむすび』の戦闘甲板のひとつから光条が走った。




  ◆845秒経過 



 たかみむすび要員1

 5秒間隔で更新されてくる反応タグを表示させたダン221-03表層のマッピングデータを、

 指で上下左右に回転させながら探す。


 「どれだ!?…ちくしょう!」


 要員2

 「-01、-05、-06は排除していいっすよね。」

 要員1

 「-02、-03、-04のどれかが目標だ。」


『すさのを』全長(全高)10.7mの機体形状は、十二神将のどれかに似ていたに違いない。

 甲冑をまとった天部の神そのものだ。

 唯一の例外は、その長い“尾”である。

 空間機動戦における動的質量移動型姿勢制御に、機体背中側に生やした長い尾を使用する。


 要員1

 「-02、-04は排除していいな!」

 要員2

 「-03でいけるんじゃないっすか?」

 要員1

 「いける!」


 『すさのを』“両手”“両足”それに操縦殻のある胴体に、合わせて5基の分子流体反応炉内蔵型慣性動向制御推進器/寿光(じゅこう)2533型を装備する。5基の発動機が重力波動制御ローター『天振56』介して作り出す推進力場は、操縦者を保護しつつ鬼蟹(GUI-XIE“ぐいしぇ”)の格闘戦にほぼ互角のものを引き出していた。


 「221-03で確定、そのまま突っ込んでください。」


 『了解、よくやったな』

 ひみこ艦橋

 「221-03にヒュオリント時空瞑想樹本体ユニット発見!_座標数値は以下の如し!(閉鎖暗号)90085239800kkjfteeewf;;:

00996678658i;;,9998888888…」




 ◆866秒経過 



 “すさのを”の軌道は、221-03の表層に相対速度±65km/h前後でリンクした。

 しかしそれが穏やかな機動であるはずがない。


 221-03の表面のどこかにあるヒュオリント時空瞑想樹本体ユニットが繰り出している航法制御コマンドは、今もこの221-03に託された聖地球連邦の呪いを有効にしたままである。

 ヒュオリント時空瞑想樹は、質量爆弾として機能を完遂するために、着弾予定座標に到達するまでの間、間接的な物理作用で岩塊が破壊されるのを防ぐための自己防衛回避運動を行う機能も維持されている。

 相対速度±65km/h前後というのは、ほぼ瞬間的に動き回る岩塊を100%回避しつつつ維持している数字だ。

曲芸飛行ともいう。

 いや地上でやる見せ物の曲芸飛行ならまだ安全で穏やかなものだっただろう…


 要員2

 「マーカーヒット率、87%まで上昇、もうすぐです。」

 『…!』

 「97%!目標“すさのを”前方100m四方内」

 『よっしゃ』


 ひみこ艦橋

 「“すさのを”がヒュオリント時空迷走樹本体と接触します」




  ◆884秒経過




 ______「あった!こいつだ…」




 『すさのを』の眼に集中していたすべての解析データは、目前にそれがある事を示していた。

 それは岩塊を覆う自在遊動慣性航法制御システムの一角から突き出した何気ないものだった。


 『すさのを』減速。


 それの手前1.2mほどの所で停止。

 アンカーケーブルを“地表部”に打ち込んで、機体を固定した。

 それに向かって『すさのを』の右手を伸ばす。


 左手は、気ぜわしくそれの外皮をはがし始めた。



 『ひみこ』女性艦長が身を乗り出して、自艦の遥か前方で人形機械を操っているオヤジに声をかけた。


 「いる?」


 『すさのを』コクピット→『いる!6人分』


 6人分?…


 外皮保護装甲をはがし『すさのを』の機体の右手がつかみだしたそれは、8mほどの複雑な補機類がからみついた円筒形をしていた。

 円筒のほぼ半分は半透明で、中に、両手で支えられるほどの小さいモジュールが6つ見える。


 そのモジュールの中に収められているのは、生きた人間の大脳だった。


 これこそが、聖地球連邦による知的有機体尊厳毀損テロの実体である。

 この大脳は、地球本土から聖地球連邦によって誘拐された拉致認定被害者だった。


 かつて回収されたヒュオリント時空瞑想樹の本体から、多数の拉致被害者の大脳を回収することは出来た。

 DNAより、その拉致された大脳の持ち主が『どこの誰か』は解明する事はできたが、人格を復旧させることは困難を極めていた。

 人間の肉体に一切の人権を認めない彼らは、あたかも実験動物を弄ぶかのように、生体維持モジュールにセットした拉致被害者の意識ある大脳に『地球に帰りたければ帰りたい、と念じてみろ』と動機ずけ行うようである。それが具体的に追認されたわけではなく、運良く回収に成功した拉致被害者の大脳意識パターンから類推されたに過ぎない。

 航法演算機能に大規模量子電脳をもたないヒュオリント時空迷走樹が、何故ここまで奇怪な無重力機動をはじき出すのか、拉致被害者の生体大脳モジュールが、量子跳躍航法算定上の揺らぎ誘導素子として迷走樹に関わっている、と解析しているのは、暫定治安維持機構の先進技術研究所である。

 ヒュオリント時空迷走樹を装備した質量弾体の奇怪な航法機動には、明らかに超感覚的能力機動と思しき解析不明な動きがあった。

 現在まで、記録解析された327個の質量弾体において、最大168500kmを3秒で移動した跳躍運動が記録されている。


 少なくともそれは地球圏に対して自らのおぞましい攻撃を示威的に見せるには、十分に効果的に機能していたと言える。このモジュールにセットされた大脳は、聖地球連邦が地球に放った呪詛を運搬する容器でしかなかった。

 その所行は、冥界に住む気のふれた科学者の技もかくや、と思われるものだった。


 『ユニット剥離、続いてシステム切断に入る』

 『すさのを』の作業は順調に進んでいるようだった。



  ◆896秒経過 


 _ヒュオリント時空迷走樹本体ユニットは、自在遊動慣性航法制御システムの中央分配ユニットに、直径5cnほどの1本のケーブルでつながっていた。

 本体ユニットを支えるマウントらしきものは無い。

 まわりの組織がふくれあがって、はさみ込むように支えていた。

 この1本のケーブルの基部にハブがある。

 暫定治安維持機構の解析部は、かなり早い時期にこのハブの構造を究明していた。

そしてそれを流用して“拉致認定被害者”が“生きたまま収容されている”ユニットを、“拉致認定被害者の生命活動を維持したまま”回収すべく、分離収容を容易にするバイパス回路の実用化を達成していたのである。


「ダン221-03また増速、現在12859400km/h、01から06まで脱落なし!なおも増速しています!」


 『とっつぁん、また-03が加速した!』

 「じゃじゃ馬だなちくしょお、バイパス回路接続」

 『すさのを』が持ってきた分離交換ユニットは、自ら展開してアームを数本伸ばすと、

 ハブの使われていないコネクターから伝導誘導変形組成型ナノマシンマテリアルを流し込んだ。

 このマテリアルが予め決められた指令に沿ってバイパス回路への接続を形成する。

 「よし、下ごしらえ完了だ。」

 “伊達男”は作業の手順を間違いなく完了させた。



 その時、パイロットのシートの後から白い手が…






 ◆906秒経過



__メインケーブル分離:ぶちっ!…

 「切断完了した…まて!、まてまてまてまて、何だこれは、バイパス回路をつなげたのに、自在遊動慣性航法制御システムの反応が何故落ちない!?」



 「いや、むしろ活性化している!



 モニタリングで、ヒュオリント時空瞑想樹本体を現すグラフィックから出ているLANの情報ビット数が、自在遊動慣性航法制御システムからバイパス回路に切り替わった様が明確に写しだされている。


 ヒュオリント時空瞑想樹の配下で、岩塊の表面に自在に伸びて航法を司る自在遊動慣性航法制御システムの残りが増殖を開始していた。

 それは、静脈の浮き出た小腸のようにぬめっっとした表層感触をもつものだ。

 しかも、見渡す限り岩塊のほとんどを覆い尽くして、ぬめりながら蠕動運動を繰返している。

 所々はゆっくりと、とりわけ濃く絡み合っている所は、思い出したようにあたかも痙攣するかのような動きを見せる所もあった。


 『たたかみむすび艦橋』

 「-01から-06まですべて加速中、相互に数キロの距離を保ったまま不規則な自転を開始してます」


 『ひみこ艦橋』

 『息の根を止められそうと悟って暴れだしたか』

 艦長のコメントはなるほどもっともである。



    『ぅあ~~~~』



 「とっつぁん、どうしました?」

 無様な男の悲鳴が画像投影面のスピーカーから響いた。

 皆、声を張り上げた本人が誰だかわかっているだけに、これは笑えない冗談そのものだった。

 『早乙女さん…大丈夫ですか』



 ◆915秒経過




 _『すさのをコクピット』『とっつぁん』


 「あぁ、出やがったか…」

 『何が?』

 『たたかみむすび』艦橋要員は、単純な言葉に最大限の疑念を込めた。

 『哀しみが形になりましたね、でももう大丈夫ですよ』



 …ふおん…軽やかな予備告知音とともに“ひみこ”が『すさのを』のコクピットに現れた。



 身長15cmの『ひみこ航法管制量子電脳対人インターフェース』。

 彼女は、小さな手を“伊達男”の手の甲に載せて優しく微笑んでいる。

 「おぅ、すまねぇな…」

 “ひみこ”:量子電脳の平行次元推論は、

 今までに回収されてきた拉致被害者の大脳生理パターンデータから、出来うる限りの解析を常時行っていた。その出力解にはおよそ機械に似つかわしくない文学的表現になる時もあったが、そのすべてが重要なステップである。

 “頭の後頭部を、頭蓋骨を切り取られたように外され、脳をかき出されぽっかりと暗い空洞になった髪の長い女が、同じように脳をかき出され、頭に大きな穴の開いた子供を抱いて自分に手を伸ばしてきた…それを『すさのを』のコクピットで見た!…”



 …なんて誰が口に出来るものか。


 コクピットに女の子連れ幽霊が出た、等という最高級の怪談を部下に語って聞かせるには、マジで酒を飲まなきゃダメだ、と一瞬観念しかけたが、


 “もしかして、この6人の誰かか!?”


 その気づきは、早乙女一佐の職業的正義感に轟然と火をつける事になったのはいうまでもない。




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