ひみこ2085年//10_火星防衛線02/1号弾
◆635秒経過
「量子縮退演算誘導弾1号弾発射60秒前」
艦長は、胸をはり、自艦の外数百万キロ四方に存在する戦術的状況を肉眼で見据えるかのように、ヘッドセットのマイクに指を押し当てて声を張り上げた。
“ひみこ”は、艦橋付き士官の手首(空中)に付き添い、ひみこの戦術攻撃解析支援を続けていた。
量子電脳による平行覚知演算予測は、人間の超感覚に近いものがあるが、ここは常に具体的な防衛戦略の求められる場所だ。
「宇宙零戦隊は各個単分子傘展開、防御せよ」
『ひみこ』の半径10kmに展開した戦闘集団は、『しらさぎ戦闘単位』の離脱に引き続いて、各戦闘単位の乱打戦に持ち込まれていた。
各機体ごとの攻撃力密度は若干希薄になったが、『ひみこ』本体の指揮に微塵のゆらぎもない以上、撃破される鬼蟹(GUI-XIE“ぐいしぇ”)が相当数出ていた。
“単分子傘”…機体の発動機の出力に連動する“防御力場翼”にさらに、強力な電磁エネルギー波からの機体防御を施すエネルギー伝導型ナノマシンマテリアルである。
それは見た目は半透明の直径30mの円形に広がったセロファンのようだ。
40mmエネルギー複合弾頭砲の長大な砲身を懸吊した細身の機体は、次々に“単分子傘”を機首前方10mに展開してゆく。
これで、量子縮退演算誘導弾のエネルギー衝撃波を防ぐ。
◆678秒経過
『(零観より)空監65、“しろうるり”が母艦をカバーするステルス撹乱を切ってます、高エネルギー反応、艦砲射撃のエネルギー反応です』
紡錘型のくすんだ緑色の艦体は、舷側で艦全体を覆う巨大な熱衝撃平衡板を、艦尾の回転軸にそって、主砲の射角の邪魔にならないように、艦の反対側に回転させていた。
艦戦闘甲板上の三つの主砲は、空監65左舷上方を狙っていた。
「こちらを狙って妨害する気だ!第二副砲、空監65を直撃できるか?」
TIMECODE 00695.00000s~00695.00001s
“すずめ”一番機、二番機がブレイクした。
発動機緊急加速出力に、反動推進ペレットを連続投入、間に合わない!
一番機のパイロット(白石:ソシオンドロイド)は、二番機のいる方向をちら、と見て、機体を大きく横転、軌道をひねった。
軌道は『ひみこ』艦体衝突コースだ。
そして空監65の戦闘状況は逐一“ひみこ”が一番機のモニターに映し出している。
白石の判断は迷いが無かった。
空監65三番主砲発射!………………『ひみこ』数キロ手前の弾道軸線上に、一番機は巨大な爆発光球となって弾けた…
「すずめ”一番機撃墜されました」
「白石!盾になったか…」
『白石さん…』
一番機が光球と化し、エネルギーに還元され跡形もなく消し飛んだ座標点を二番機が横転ハイパスした。
「あのやろう…」
1号弾 03_TIMECODE 00695.00000s~00695.00001s
“ひみこ”が“剣”を構えて指さした。
艦長は量子縮退演算誘導弾照準管制器の引き金を絞る。
“ひみこ”の表情は曇ったままだったが、意志と決断を示す時だ。
「量子縮退演算誘導弾1号弾…発射!」
光条が走る_______『ひみこ』本体からダン221へ向かって。
『ひみこ艦体』は量子縮退演算誘導弾の発射反動で後退した。
その相対後退速度およそ480km/h。
『ひみこ艦体』とダン221の直線距離2854900.357km。
その光条の直径は瞬時に巨大化する。
いや、“光条が走った”という表現は肉眼によるものではない。弾着観測解析画像による。
当初、直径50mほどのそれは、計測できないほどの短時間に、
5km…10km…100km…700km…1600km…
「1号弾、起爆スクリプト連鎖反応最終段階突入確認!重核子反応予測値…いやダメです!
ノイズ多数、空監65の残存火器エネルギー反応、ヤツの主砲で1号弾を追い撃ちされた可能性が!」
この“地球連邦”の呪いを素粒子レベルで完全にエネルギーの海へ還元できるはずが…
TIMECODE 00695.00000s~00695.00001s(695秒経過)
「ダン221、完全破砕失敗!…」「失敗!?」「だめですっ!」
◆695.01秒経過
聖地球連邦の戦闘艦は、ひみこが吹き飛ばした2基の主砲の構造材を派手にまき散らしながら、後退姿勢のまま猛然と加速を開始した。
艦載機の収容作業を行おうともしない。
母艦に戻ろうとして全速を出す機体が相次いだが、宇宙零戦隊により被弾していた機体は、次々とオーバーヒートして自爆していった。
◆696秒経過
「計測質量の45%残存!」
「何…なんてこと」 …絶句…
「ヤツのシステムは、6つに別れた破片すべてに残存、機能低下確認されず!」
6つの破片
221-01、20.877%
221-02、9.74099%
221-03、5.84355%
221-04、4.322%
221-05、3.009888%
221-06、2.697888%
6破片状況、軌道運動データ等モニター情報が交錯する。
各人、自分の制御卓を多面マルチで共有しあい、許されない失敗に対する緊急なる対処を冷静にかつ迅速に模索し始めていた。
冷静な判断をまっさきに艦長が切り出した。
「地球連邦のやつらめ…零観、ぎりぎりまで接近して6つの破片から有機生体起源波をすべて探しだせ…2号弾装填準備開始!」
零観コクピット、ひみこ艦橋からの来るべきメッセージは深刻なものだった。
『零観、ぎりぎりまで接近して6つの破片から有機生体起源波をすべて探しだせ、いいな!ゆけ!』
「了解!」
大伴沙志星(おおとものさしほ)一尉は、眉ひとつしかめず、冷静に受諾した。
“有機生体起源波”
仮にそう呼んでるにすぎない。
ありていに言えば、脳波等の生体電流の事だ。
それを250万キロ以上はなれた先の岩の上に見つけだせ、といってるのである。
「さぁて、サドのお姫さまのご託宣よ。腹くくるしかないわねぇ、こりゃ、」
「あたし、Mっすから。」
「…それ“告白”!?」
「そうっす!」
「レディスラヴね、あたし以外と好きよ、そういうのって…」
◆00699秒経過
その艦長席に行儀悪くふんぞり返っていたオヤジはにやついた。
対G対放射線重装防御仕様の第一種船内宇宙装の、艶消し黒の極めてごつい安全靴のつま先5cmの所に艦長席制御卓のメインモニターがある。
この男は、こういう格好でモニターの情報を読むのが習慣のようだ。
“まいったな、こりゃ、1号弾失敗かよ…姫さま、こいつぁキれるな…根がおてんばだし…”
4つの戦闘甲板を閉鎖した状態で、『たかみむすび:統合自衛隊第二宇宙護衛群強襲揚陸艦』は最大速度で加速を継続していた。
その船体形状は、あたかもバクテリアファージのようにもみえる。
たかみむすびは強襲揚陸艦である。
戦闘打撃力の強さをその基軸とするために、ひみこ等他の艦と違って、艦内の人工重力は強めに設定してある。
搭載機他の艦内におけるハンドリングを強化するためだ。
たかみむすび人工重力基準値=0.95G。ひみこ人工重力基準値=0.73G
◆人工重力効果面◆
共鳴場推進系の力場航法算定システムである超座標マーカーグリッドは、船体の三次元座標0点を基点として、銀経銀緯方向のサブプランクレベルに同心円状に投影展開されることにより、船体の跳躍航路のin点とout点を算定する。
その際に、マーカーグリッドの展開基部であるエンジンの重力波動制御ローターの出力は、マーカーグリッドの中心座標方向に向かって指向させることが可能である。この時に二次的な機能として指向させた方向(中心座標の船体軸線に対する仰角、傾斜角などで決定)に向かって人工重力を発生させることができる。これは大形航行船の推進システムにおいて、今日一般的な技術である。
「両舷全速、『ひみこ』合流予定座標点まであと28分。」
「予備機全部投入して推力最大まで維持しろ、1分でも早く『ひみこ』と合流するんだ、いいなっ!」
オヤジは、ヘッドセットのマイクに、腹の底から大声で怒鳴った。
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