#HIMIKO_2099//05_HIMIKO_01/Commander-in-chief
◆2099年6月18日_火星公転軌道外側、統合自衛隊_深宇宙外殻護衛群先進攻撃先導艦01番艦『ひみこ』。
長い髪を小気味よく束ねた女性艦長は、目の前の砲撃管制最高位モニターに手をかざした。
感圧モニターは、艦長の手の指が触れた五カ所のかすかな動きに反応して、今直面している外界解析をいくつかの位相に従ってウインドウに表示する。
手袋(見かけ、実際は記憶巣と演算回路を合わせた装着型電脳)をつけた細い指が、感圧モニターのバックライトで繊細な動きを重ねた。
細い指のなめらかな動きが、あたかも光の軌跡を描いているかのようだ。
実際、微かに蛍光色の軌跡が見える。
左手の手首のすぐ上の空中には“ひみこ”が姿を現している。
“ひみこ”=ひみこの中枢部、航法管制量子電脳の対人インターフェース。
身長15cmほどの三次元空間動画。
それは、2000年近く前にこの国の黎明期に光明をもたらした伝説の女性指導者を縮小擬人化したものだ。
“彼女”は空中に正座して艦長の先を注視していた。
“ひみこ”が口を開いた。
「ヒュオリント時空瞑想樹(じくうめいそうじゅ)が哭(な)いております。」
「哭く?」
「はい、力の限り。」
「…」
聞き慣れないシステム名称。
それは、この艦に搭乗するすべての人材の戦意を定義するキーワードだった。
艦長は自分の手元のモニターから視線をあげて、艦橋正面遮蔽シールド越しに外宇宙へ一瞥をくれる。
第一艦橋天井面モニター(準3D表示)。
それは情報の集積度/重要度が高いターゲットに限り三次元表示に切り替わる。
3軸方向プラス時間予測次元方向の動きを現すモニター上の艦体の航法指標。
戦略解析担当官が苦しい分析状況を語る。
「1億キロ以上ヤツが跳びはねると、追跡マップの量子推論誤差の許容値が…」
女性艦長は厳かに下知した。
「“あめのみなかぬし”でヒュオリント時空瞑想樹の“哭き声”を追い続けなさい!」
“あめのみなかぬし”_先進攻撃先導艦01番艦『ひみこ』の深宇宙走査システムの総称。
高天原の主宰神の働きは、暫定的に、時間制限つき条件ではあるが、時空畳み込み臨界面の向こう側の見なし超空間座標の追跡を可能とする。
「第一、第二主砲、4号7式複合反応弾頭、大質量操縦弾多重力場尖徹モード(だいしつりょうそうじゅうだんたじゅうりきばせんてつモード)準備!」
艦長の声だけが響いた。
「目標ダン、221っ !」
艦の前面上戦闘甲板に設置された第一主砲:超重積型線形力場加速砲(45口径46cm)、
続いて艦の下面戦闘甲板に設置された第二主砲が旋回。
ここは、火星周回軌道から外側8042950(804万)km
あまり慣習的に似つかわしいとは言えないまでも、その長く美しい髪をまとめた白眉の女性最高指揮官は、その出自が日本のやむごとなき生まれである、と言う事と合わせても、隔絶されたこの環境を切り開く決意と実践力の持ち主である事は間違いなかったようだ。
左舷方向迎え角32度の方向に、前部主砲2、合計6門の砲身が揃った。
深宇宙絶対座標系射撃管制開始…
砲塔重量450トンを電磁的に支えるリニアアクチュエーターがなめらかに回転する。
ここは、地熱をもってその生物を育む惑星本体から遥かに離れた無音の空間だ。
艦体構造物を経て伝わるわずかな軋み音が、艦内の耐圧シートに身構えている乗組員に聞こえた。
これがおそらく、太古の昔からの戦船(いくさぶね)の有り様だろう。
「ダン221との相対速度増大中、射撃管制制御、遷移座標系003にリンク!」
センサー類最大展開状態、ひみこ戦闘艦橋後方のセンサーマトリクスは最大限に開けられ、遥か前方の忌わしき物体の動勢を1/1000秒刻みの恐るべき正確さで描き出していた。
“遷移座標系”とは相対論的な準光速状態で行われる特殊な射撃管制空間の総称だ。
「ダン221、動態反応解析最優先でリンク!」
女性艦長は一瞬瞑目し、ただちに司令を下した。
「断固としてヤツを捕捉、粉砕せよ!絶対にうち漏らすな!」
艦体から4800km先行していた零式観測機から入電
『こちらでもヒュオリント反応感知』
『ヒュオリント時空瞑想樹』は、航法システムでありながら、その本質は機械ではなかった。
だから“ある”ではなく“いる”という表現を使う。
それは“意志”をもっている。
意志とは、肉体をもつ知的有機体固有のものではなかったのか?
過去、地球圏が解析・迎撃にあたった220個の小惑星質量弾のうち、211個からヒュオリント時空瞑想樹特有の運動制御アルゴリズムが検出されていた。
今回も“黒”である。
だから…そうなのだ。
その本質を知るものは、その存在を告知するこの言葉を使うことで、なんとも嫌で重苦しい感覚から逃れることができなかった。
しかし、現実にいかなる意味合いが存在するにせよ、対処すべき方法に必要なのは覚醒した理性のみである。
このシステムは、2069年に失踪、聖地球連邦に拉致されたとされる空間物理学者、アーサー・フォン・ヒュオリント博士の名前に由来するが、現在、完全に“亡き者”となったヒュオリント博士の実績は、最もおぞましい形で開花した事については、多くを述べる必要は無いだろう。
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