#HIMIKO_2099//03_NAGATA-CHO_03/Prime minister


 ◆2099年6月18日_東京、永田町、予算委員会代表質問


 銀河連合平和民主党代表はしつこく食い下がる。

 「何故、彼らの人権を認めないのですか?」

 「機械だからですが。」

 ざわ… 

 「だったら何故総理は、国民の意志に背いて、国家的損失ともいうべきこのような人的マネジメントを続けるのですか?」

 「内閣総理大臣、継原芙美菜くん。」

 「地球を守るためですが、何か。」

 閣僚席にいた官房長官が、“ あちゃぁ~、またやっちゃった… ”という表情で右手で顔を覆った。

 この答弁は先の見えている展開だ。

 しかも相手はあの銀河連合平和民主党の鳩山田だ。

 100年も前から日本国憲政史上では定番化したやりとりだった。

 この男が、これから『平和』『人権』『人類の永遠の存続』を繰り返し繰り返しぐちぐち言い出すのはわかりきっている。

 彼らは、地球連邦のテロを容認し、現在の地球圏を平和裏に彼らの版図に加えたい。

 そのためなら、いかなる言論も辞さないのが…行動する若い美人内閣総理大臣としてはあたかもナメクジのごとくに見えて仕方が無かった。


 現在の心境を一言で言えば、“ キレている ”のである。


 この肉体派アスリート美人の総理大臣は、キレるとどんどん無口になる。

 大変好ましくない…

 「あなたのような右傾化軍国主義者を国家の行政最高責任者にしておくわけにはまいりませんな。」

 「おそれいります。」

 氷のような笑顔。着席。


 ◎ 継原芙美菜(つぐはら ふみな)、2084年度第152第日本国内閣総理大臣___

 (独身につき花ムコ募集中なので本人の意向により年齢公然の秘密…)

 ㈲芙美菜地球環境設計事務所代表取締役/統合自衛隊一佐経験者

 趣味:心身の鍛錬_格闘技の実践的(趣味的)研究/和食の食べ歩き/怪談話の収集(ヒマな時に、官房長官を怖がらせて楽しむ…人工実存の経験値向上に良い…らしい…)


 女性官房長官がタブレットを手渡した。

 小声でささやく。

 「まもなく『ひみこ』が『ダン221』に接触します」

 「ん、今度もそこそこ大きそうね、」


 『ダン221』詳細解析データ(タブレット情報表示)_解析データ_長径135m/短径67m/スピン5rps~13rps/スピン変位角_計測不能

/重量236000t推定誤差±300t


 この小惑星は、地球を狙っている。

 数ヶ月以内、あるいは1週間以内に地球の任意の特定拠点に着弾する。

 “これらの存在”には、そのような不確定な異常事態があり得る。

 その予測は最優先緊急課題である。

 幸いにして、惑星としての地球生存環境が崩壊するような絶望的な事態を回避出来ている現状があるだけに、その禍々しい存在を巡る政治権力機構の混沌もまた、明記されるべきだった。

 「ひみこのテスト、万端との報を得ています。」

 「うん。」

 総理をサポートする若く有能な女性は、核心的な情報を敬愛する上司に提起しておいた。

 官房長官_彼女は人間ではない。

 ナメクジ鳩山田が騒ぎ立てているソシオンドロイドである。

 見た目は20代の清楚な美少女だ。


 ◎ 継原詩穂乃(つぐはらしほの ソシオンドロイド、起動2065年12月)、継原内閣官房長官____

 ㈲芙美菜地球環境設計事務所専務取締役/ペイロードチーフマネージャー

 趣味:古典の読書/和服の収集


 濃藤色のボブカットで左斜めに帽子(に偽装した多目的衛星トラッキングシステムアンテナ)。

 白のツーピースが勝負服。

 地球の防衛は、彼女のような機械電脳知性と人間の知性の先進的な共同作業によって構築されていた。

 ナメクジのような人権至上主義者達は、彼らがつながっている虚無の刃をその自己定義とする集団との感性的共鳴により、この先進的共同作業を毛嫌いしていた。

 「現在、火星公転軌道横断まで約6時間の追跡軌道です。」

 「用意はいいわね。」

 「はい。」


 官房長官の表情が一瞬こわばる。

 彼女はタブレットに手をかざした。

 彼女の超高度集積内部ネットワークから、ネットニュースの一部をタブレットにダウンロードする。


 「総理、ゴシップ誌がたった今リークしました!」


 「何!?」

 「吸い取り紙テロです!」

 「何て事!どこで?」

 「これをご覧ください!」


 タブレット表示『東京スポーツ芸能/最新情報2085.06/18.15:00更新_またも《吸い取り紙テロ》発生!場所はなんと、政府お膝元近く麹町!!!!…』


 「ふぅ~、頭痛っ…対策は?」

 「拉致被害者救済機構の対策班を急行させ、被害者の足跡逆探及び地球連邦関連容疑者の解析に注力させてます。」

 「ありがと。議長!」

 「内閣総理大臣、継原芙美菜くん」

 「また『吸い取り紙テロ』が起きた模様です。」


 ざわ…


 「人間の肉体生命を根本的に否定する彼らに、試練を価値として自らの存在の輝きを構築する意志はありません。彼らは誰もいない図書館を千年でも万年でも管理し続けようとするいわば、虚無をもてあそぶ愚者です。」

 美少女官房長官は、両手で顔を覆ってオロオロし始めた。

 自分が信頼するボスが、次に何を言い出すか気がかりでしかたがない。

 「議長!」

 「鳩山田 邦樹くん。」

 「総理!今の許し難い発言は問責決議に値しますな。」

 「どうぞ。」

 「どうぞ、って…」

 「よもや地球圏が現在まで被っている地球連邦の小惑星質量弾による人的被害の大きさをお忘れになってはおりませんでしょ?」

 「我が党は、地球連邦による全太陽圏環境再結晶構築政策を支持するものです。断じて人道に反するテロ行為を肯定するものではありません。」


 「ほう~、ものは言い様ですね。」


 「不死による永遠なる実体的価値の保存こそが、基本的人権の永遠なる平和的結晶を促すものです。」

 「いや、だから…」

 銀河連合平和民主党代表の両目は、何かに懐かしさを感じている、ともとれるような怪しい光をいっそう強く放っていた。


 最も今回の予算委員会出席の議員閣僚の中では相当数そのような美人内閣総理大臣の行動を煙たがっていた人物がいるのは事実だが、それらをうまくあしらうのも総理の器だ。

 強い意志と爽やかな笑顔と若さを兼ね備えた逸材として、日本国憲政史上にとぴっくを成した女性である事は明記しておいてよい。

 あとわずかで、予算委員会閉会時間だ。

 今は一刻でも時間が惜しい。

 「内閣総理大臣、」

 美人内閣総理大臣は颯爽と立ち上がった。

 「あ、は~い、はいはい!」

 「継原芙美菜くん」

 「私はこれから日本と地球の未来を守るために戦ってまいります、じゃ!」




 ◆2085年6月18日__火星公転軌道外側


 忌わしきテクノロジーで選別された小惑星、ダン221。

 それは、地球上の予め指定された攻撃目標に対するピンポイント爆撃が目標であるため、あえて大型の岩塊ではなく、打撃力換算でヒロシマ型原爆程度のものが多数選択されていた。

 また、自動化された対知的有機体尊厳毀損(そんげんきそん)テロを実行するシステムの搬送体としての機能ももっていた。


 最初の“それ”『ダン1(小惑星質量弾:“しつりょう=だん=”から)』が飛来したのが2071年4月。


 2085年6月現在の着弾状況

 着弾地域(国名・地域連合等)、数、年度/迎撃率(2085年度)/メモ


 日本       6、2071~2085/97%

  → 2072年9月、鹿島灘沖着弾、第二次東日本大震災


 E U       5、2071~2085/84.5%

 インド     1、2071~2085/0%

 北米大陸    10、2071~2085/37%

 → 2073年1月、ハドソン湾五大湖大災害


 中国      11、2071~2085/0%

         0、2080~2085/?


 ロシア     5、2071~2085/6%

         0、2079~2085/?

 アフリカ連合  3、2071~2085/12%

 オーストラリア  2、071~2085/54%


 大洋諸国    3、2071~2085/0%

 南極       1、2071~2085/0%

  →2081年2月、4th IMPACT



 2080年代初頭より、中国大陸に築かれた彼らの橋頭堡は、忌まわしき対知的有機体テロを断行する前進基地となる。

 そして、それに関わるすべての動きは、望むと望まざるとに関わらず最大限に維持されている地球圏の緊張状態を維持する事となる。

 その仔細は、繰返し語られるべきだろう。


      

 ◆2085年6月18日_内閣府下信号から隼町信号へ抜けるデモ隊の隊列、かなり長い。


 ハンディカメラを持ち、『報道』の腕章をしたカメラマンが数人、公的な示威行動であり合法的なデモ行進だった。おおよそ毎週金曜日に開かれている。


 「継原内閣は精神人格知性情報構成体尊厳維持基本法(せいしんじんかくちせいじょうほうこうせいたい、そんげんいじきほんほう、略称:精人知尊厳維持法、りゃくしょう:せいじんちそんげんいじほう)』を認めよ~~~」

 デモ隊の唱道者は、略称の読み方までいちいちバカ正直に繰り返している。

 「継原内閣は、人でなし内閣だぁ」

 「精神人格知性情報構成体尊厳維持基本法(略称:精人知尊厳維持法)』は、人類の平和、福祉、人権擁護の究極の完成であ~~る」

 「精神人格知性情報構成体尊厳維持基本法(略称:精人知尊厳維持法)』は、」


 『情報構成体チップ』を恭しく奉った神輿と、その“代理人”が主役。

 神輿には立体3Dモニターと音声出力のためのスピーカーがついている。

 『神輿』と見える以上、明らかに和風な伝統を感じさせるものもあったが、この神輿は、その中に祀られているチップが、今この地球社会に生活している人間以上の価値を持つものである、という権威を示すものだった。

 神輿が声を発した。

 「私は、文学の感動を皆様にお届けしたい。」

 代理人が応じる。

 「ありがとうございます。」

 続いて声は、宮沢賢治の『アメにも負けず』を朗読を始める。

 若々しい男性の声だった。

 神輿の中には、サイボーグユニットも、高度な人工実存ユニットも入ってはいない。

 すべては、そこに祀られているチップの“(特別と言われている)演算出力”による。

 若々しい男の声は、近代日本の有名な小説家の詩を語り始めた。



 雨にも負けず/風にも負けず…

 雪にも夏の暑さにも負けぬ/丈夫なからだをもち

 慾はなく/決して怒らず/いつも静かに笑っている…

 一日に玄米四合と/味噌と少しの野菜を食べ…

 あらゆることを/自分を勘定に入れずに/よく見聞きし分かり

 そして忘れず/野原の松の林の陰の/小さな萱ぶきの小屋にいて

 東に病気の子供あれば/行って看病してやり/西に疲れた母あれば/行ってその稲の束を負い

 南に死にそうな人あれば/行ってこわがらなくてもいいといい…

 北に喧嘩や訴訟があれば/つまらないからやめろといい…

 日照りの時は涙を流し/寒さの夏はおろおろ歩き

 みんなにでくのぼーと呼ばれ/褒められもせず/苦にもされず

 そういうものに/わたしはなりたい


 拍手が巻き起こる。

 「私には肉体がありませんから死が存在しません。これから先千年でも万年でも私自身がこの感動を語り継ぐ事が出来るのです。」

 「素晴らしい、これがまさしく、精神人格知性情報構成体尊厳維持基本法によって発展的に保証された人類存在の輝かしい未来なのです。」

 「何故、継原内閣は、日本のとるべき可能性に目をつぶり、空間侵出的右傾化思想から脱却できないのでしょうか。」

 「今こそ輝かしい未来を思い知らせてやりましょう!」



 お~~お~~~お~~お~~~お~~お~~~歓声



 デモを見た警官、警邏車内で

 「あ~あ、バカくさ、あんなの電脳障壁破って電源切ったらおしまいじゃん…」

 「まったくな、でもそんなのでもちゃんと届け出してんならデモさせてやんのも日本の民主主義なんだよなぁ…」

 「そうですけどねぇ…統合自衛隊やアメリカ宇宙軍やNATO大圏戦略防衛軍や全地球圏商業宇宙船財団警備防衛機構が必死で小惑星質量弾を防いでいるのを何と思ってるんだろ。」

 部下の巡査はいらついて、珍しく長いセリフを吐いた。

 「ああいうのをフラワーさん、っていうんだよ。」

 「何すか、それ?」

 「頭の中に平和的なお花畑が広がっている、って事さ、これ昇進試験の《日本現代史》で結構出るぞ。」

 「お、ありがとうございます」




 ◆2085年6月18日夕刻、議員会館屋上。


 「総理、こちらです。」

 「あ、ありがと、」

 赤城由岐鷹(あかぎゆきたか)三尉、総理の護衛ソシオンドロイド、ホストクラブのチーフと見まがう超美形男子。

 これを『総理が趣味でかこっている』とバカな突っ込みを入れるゴシップ紙は多いが、そんな事はない。

 側近が気を利かせて独身の総理にあてがっているだけである。


 総理専用の作業車、トヨタ・エスティマ2081フライングサルーン(色はライトピンク)8人乗り、空中最大速度525km/h。見た目は一般市販車。


 官房長官はすでに着替えている。

 ちなみに、国会審議を終えると天然ボケ京都弁に切り替わる。

 理由は不明。

 彼女は、上司である総理大臣との国会内での業務が終われば『いざなぎ2090』ペイロードマネージャー(実質的にチーフパイロット)専用の作業スーツだ。

 ドライバー席で、沈着冷静に車体起動体制に入っている。

 いや、すでに離陸準備だ。

 おっとりした口調が最大の声量で注意を促した。

 「スラストコンバーター起動。お下(さが)りやす!」

 係員が点滅灯で誘導する。 

 覆う面積のさして広くなく露出度の高い赤いボディスーツに、ジーンズの作業ジャケットを羽織り、それにやたらとたくさんの作業用ポーチを腰にくくりつけている。

 「百合逢(ゆりあ)はん、『いざなぎ2090』離陸シークエンスいかがどすぇ?」

 『まかして、ばっちりよ、着いたら3分以内に離陸出来る』

 「おおきに」

 エロいボディスーツの官房長官は、豊洲のドックで準備している重要スタッフに確認を入れた。

 トヨタ・エスティマ2081フライングサルーン8人乗り。飛行時は、直径20cm、高さ30cm重量700gに過ぎないダクトファンが20個(スラストコンバーターユニット)、推力1個あたり220kgを叩きだし、合計4.4tの空気ジェット推力を獲得する。

 エスティマ2081フライングサルーンの前方を『ほ-1』高機動警邏車が先導し、後方を『か-3』が護衛。

 「警邏先行します。」

 美人総理大臣は、先行ポジションに占位する『ほ-1』の警官に投げキッスを送っておいた。 

 軽口と冗談には軽口と冗談で応える器がある人物である。

 実際現場視察を最も重要視する総理には、国家の基として働く現場労働者への心からのねぎらいこそ施政の基本であると、彼女は考えていた。

 

 「お、来たぞ」

 「永田町から新木場、首都空路3の12の8緊急車両通行につき優先航法管制に切り替え」

 「抜かるなよ」

 『了解』

 向こうのツーマンセルも熱気は十分のようだ。


 美人の総理大臣は、後部シートで予算委員会用のスーツ(勝負服)を脱いで、船内作業着に着替えている。

 ただ今、銀座上空。

 豊洲の『いざなぎ2090』の浮きドックまであと、2分以内。

 発進管制の70%は完了してるはずだ。


 銀座4丁目交差点から見上げる観光客多数。


 「ダン221と『ひみこ』」火星まで所要時間、速度算定


 「姫、持ちこたえてよ、お願いだから」



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