ポニテの道よ永遠なれ~最終回~
ネコのキンエモンがコタツの脇でぐっすり寝ている。神前凌一は店先で、そんなキンエモンをじっと見ていた。
「……ネコのポニテか」
「なに碌でもないこと考えてるのよ」
凌一がふっと呟くと、即座にツッコミが入る。凌一の幼馴染である、境瑞希だ。
普段は小豆色の髪を凌一好みのポニテにしているのだが……。
「……なんでポニテじゃないんだお前!?」
「え?」
今日はポニテではない。長い髪を桜色のニット帽の中に長い髪をまとめ入れている。その事が、凌一にとっては衝撃的だったようで。
「な、な、なぜだ瑞希! なぜポニテじゃない! 俺のことが嫌いになったか!」
「なんでそうなるのかは分からないけど……寒いじゃない。だからポニテにしたくなかったのよ」
「チキショウ! 今が冬だから! 寒いから! ポニテの数が減っているじゃないか! これほど悲しいことはない。ポニテは時期を選ばず自由であるべきなのに! ポニテと言うこの世で最も素晴らしく尊い髪型にする自由をなぜ奪う我が祖国! 四季なんて滅びてしまえこのすっとこどっこいがぁ!」
「夜中に喚くな……」
我慢してでもポニテにするべきだったかと、瑞希は今更ながら後悔する。とはいってももう準備してしまったし、今更リボンを取りに戻るのも面倒だ。全くブーツというものは……。
「とりあえずいこ。それで早く帰ってコタツで甘酒飲みたい」
「そうだな、いち早く行って帰ってポニテのお前を見たい」
「……ポニテにしないといけないのね」
十二月三十一日。大晦日の深夜十一時半。二人は厚着をして、近所の神社に向かっていた。
凌一は黒いロングコート、瑞希はニット帽と同じ桜色のダッフルコートだ。
「それにしても珍しいな。お前からデートに誘うなんて」
「デートとか言わないでよ恥ずかしい。毎年、初詣には行ってるでしょ」
「ん、まあな」
そんな他愛もない会話をする二人。会話といっても、凌一の話は全てポニテの事ばかり。ポニテにするのならリボンかバレッタかヘアゴムかとか、長さはどれくらいがいいとか、隣のクラスのポニテはどうだとか、そんな話ばかりを凌一はしている。
瑞希にとっては慣れっこだ。幼い頃から一緒にいて、その時からすでにポニテの事ばかり話していたから。――だが。
「ねえ、凌一」
「うん?」
瑞希は不意に足を止め、凌一の名を呼ぶ。街灯に照らされているが、表情は暗い。
「高校卒業したら、旅に出るんだよね?」
「ああ、日本全国旅してまわる。ポニテを探す為に!」
凌一は瞳を燃やし、思い切りガッツポーズをする。凌一のポニテ好きには際限がない。このままいけば世界一周だってするだろう。手段があるなら宇宙にだって行くかもしれない。神前凌一という男は、そういう奴だ。
「……そっか。せいせいするよ、うるさいアンタがいなくなって」
「そうつれない事を言うな瑞希。ポニテを見て回ればすぐ戻ってくるさ。それが一年か、三年か、それとも十年かかるかは分からんがな」
凌一はそう清々しそうに笑う。だが、せいせいすると言った瑞希は相変わらず浮かない顔をしている。
「凌一」
「なんだ?」
凌一は笑っている。いつもそうだ。バカにされても、笑われても、気味悪がられても、無視されても、強く当たられても、凌一は一切めげる事なく、迷う事なく、自分を曲げる事もなく、ひたすら自分の好きなものをその目で見続けていて、ずっと笑顔で居続けられる。誰にも真似できないぐらい、凌一は真っ直ぐな存在だった。
その姿に、どれだけ自分は助けられたかと瑞希は思う。自分だけじゃない、凌一は自分以外の人間にも力を与えている。それを知った時、妙に胸の奥が尖った気がする。
「……私のこと、嫌い?」
「好き」
凌一は即答する。笑顔ではなく、真面目な顔で。これだけは譲らないと言った風に、断言する。
「俺がお前を嫌いなわけがない。俺は境瑞希が好きだぞ」
「それは……私がポニーテールにしてたから?」
「俺がお前を好きであることに、ポニテということは関係ない。ただ俺は、お前が好き。それだけのことだ」
「……そう」
凌一の言葉は、真っ直ぐだ。
――だというのに、全く自分は、何をぐずぐず考えていたのか。
そう瑞希は心の中で苦笑する。凌一が誰にも惑わされない? 色んな人に希望を与えている? だから何だというのだ。それでなぜ悩む必要があるのだ。
「凌一」
「三度目だな。どうした?」
瑞希は、凌一の目を真っ直ぐ見つめる。黒い瞳は、色んな世界を映す鏡のようで、そこに映っているのは、今は自分だけ。それが妙に誇らしい。
「私も、アンタが好きだわ」
いつまでも、どこまでも真っ直ぐな凌一だから、私は好きになった。ポニテが好きで、それを追うと決めた凌一を止めるというのは、凌一に惚れた、自分さえも裏切る事になる。
「だからさっさと、旅終わらせて帰ってきなさいよ。待たせたら承知しないから」
「……お、おう」
珍しく、凌一が面食らった顔をしている。なんだか気恥ずかしそうで、耳まで真っ赤にしている。
「お前から好きと言われるのは、初めてだな……」
「うん、そうだったかもね」
どちらとも言わず、二人は揃って歩き出す。凌一の道は、きっと瑞希に続いている。
「そういえば、なんで凌一は私を好きになったの?」
「耳の形が小さくてかわいかったとこ」
「……ヘンタイ」
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