ポニーテールは蜃気楼

「……暑い」

 町の一角にある駄菓子屋で、神前こうさき凌一りょういちはアスファルトの上に揺らめく陽炎を見つめていた。

 七月七日、七夕の日もとい、ポニーテールの日、ポニーテールを愛してやまない凌一は、ジッと店の外側に設置された長椅子に座っている。

 七月初めだと言うのに気温は三十度を超えていた。長椅子には傘が差してあったが、座っているだけで汗をかき、脚は日の光にじりじりと焼かれる。傍らに置いてあるいちごミルク味のかき氷は既に溶けきっていて、傍らに置いてある、大量のラムネの瓶が猛烈な暑さを示している。

「暑いんならさー、お店の中に入ればいいじゃない。扇風機気持ちいよー?」

 この駄菓子屋の娘であり、店番を任されている少女、さかい瑞希みずきは凌一の幼馴染だ。長い小豆色の髪を凌一好みのポニーテールにまとめていて、タンクトップにショートパンツと涼しげな恰好をしている。

「断る。この暑さだ。きっとあらゆる女の子達がポニテにしているに違いない。俺はそれを見逃さない!! ラムネもう一本!」

「はい、六本目ね」

「さあこいポニーテール! 俺は逃げも隠れもしねえ。無邪気に走り回る幼子のポニーテールだろうと、心機一転髪型変えようと試してみた女子高生のポニーテールだろうと、暑さに耐えかねまとめ上げた主婦のポニーテールだろうと、俺は愛する! 俺はこの世全てのポニーテールを愛している!! 結い上げられる瞬間、風に揺れる瞬間、解かれる瞬間、ただそこにある瞬間、どの時間を切り取ったとしてもただ凛然とそこにあるポニーテール! お前の魅力に打ちのめされようと、俺は決して目を反らさねえ! 最後の最後まで、その素晴らしい姿をこの目に焼き付けてやる!」

「店の前で騒がれると営業妨害なんだけど……80円」

「ツケで」

「はいはーい……っと……」

 瑞希は「日差しよりコイツのがよほど暑苦しい」と思いつつ、凌一の座る長椅子の下から、餌箱を取り出す。

 長椅子の下は、夏の暑い中、境家が飼っている猫のキンエモンが涼む場所になっている。長椅子には白い布がかけられていて、中は涼しいのだ。部屋の中の方が涼しいのだが、なぜかここがお気に入りらしい。

「おお、ポニテが、ポニテがみえるぞ……」

「はいはい、そろそろホントに中に入りなさいよ。幻覚見てるわよ」

「幻覚だろうとポニテはポニテ、この目に刻み込んでやる……」

「はあ……。店の前で倒れられるとホントに迷惑だし、入りなさいよ。ポニテなんて私が思う存分見せてあげるから……。なんならポニテ以外もいいけど」

「うなじもか!?」

「………………うん、まあ、見せてあげるわ」

 瑞希は思った。「この変態、このままのさばらせてはいけない」と。凌一は近所の子ども達から「ポニテのお兄ちゃん」とか「妖怪ポニテ男」とか言われている。面白がって親しんでくれる子もいるが怖がる子、親にかかわっちゃダメと言われている子もいるので、売り上げが伸び悩んでいる。

「おお、涼しいな。……やばい……頭が重い」

「いきなり涼しいとこ入ったからね。横になる?」

 瑞希が凌一をようやく店の奥、居間に入れると、彼はフラフラしていた。さすがに危険だったのかもしれない。

「ああ、うん、そうする……」

「じゃあ、はい」

 瑞希は正座する形で座り、太ももを軽く叩く。

「……膝枕してくれるのか」

「ええ。お客さん来ないし。少しくらいならいいわよ」

 凌一はそれを聞くなり「失礼します」と横になり頭を瑞希の膝の上に乗せる。だが……。

「……ねえ凌一、頭の向きおかしくない?」

「なにがおかしい。こうしないとお前の健康的なへそが見えないじゃないか」

 凌一は顔を瑞希側に向けて頭を乗せた。瑞希は膝枕した事を、後悔し始める。

「瑞希、好きだ」

「……ドヘンタイ」

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