七月七日~ポニーテールの日~

烏丸朝真

紙の上で情熱は踊る

『ポニーテールとは! ショートの活発さとロングの奥ゆかしさとミディアムの色気の三つを揃えた最高の髪型である! その揺れる髪からチラリと見える汗ばむうなじは至高の輝きを放ち、そこは絶対領域に勝るとも劣らない聖域である! ポニーテールへのあふれる愛は語らずにはいられない! ポニーテールほどすぐれた髪型はあるだろうか リボンやヘアゴム一つで形成できるにもかかわらず、目にした男を魅了する魔力を有するあの髪型に抗える男性がいるだろうか。否、断じて否! ポニーテールは至高にして究極! 男の夢にして黒天の綺羅星! 数多の男を魅了する聖なる魔性ポニーテール! 故に天の川の川辺に坐す夫婦星よ! 俺の願いを聞いてくれ! この世全ての女性の髪型をポニーテールにしてくれ!』

「……なにこれ」

「俺の願いだ」

 どこにでもありそうな、住宅街の一軒家。縁側が飛び出した庭先には笹が刺さっている。

 七月七日、七夕。夕方まで降ってた雨はすっかり止み、ジメジメとして汗が出て来るが、その分夜風が気持ちいい。笹には幾つかの短冊がかけられているが、いくつかは飾りのようで願いが書かれているのは二枚ぐらいだった。

凌一りょういち、ほんっとうにポニーテール好きね……というかこの小さい短冊によくこれだけかけたわね」

「情熱のなせる技だ!!」

 文字で埋め尽くされた黄色い短冊を眺めながら、縁側に腰掛けているタンクトップにショートパンツと言う涼しげな恰好をした長いポニーテールの少女が少年に話し掛ける。凌一と呼ばれた少年は夜空の天の川を眺めながら、暑苦しく答える。少年は「信天翁」と黒字でプリントされた赤いTシャツに、砂色のハーフパンツにサンダルと、ラフな格好だった。

「そういう瑞希みずきの願いは?」

「凌一がまともになりますように、よ」

 瑞希と呼ばれた少女は自分の書いた短冊を凌一にひらひらと見せる。凌一はその書かれた字を見て、つまらなそうにまた空を見やった。瑞希は立ち上がって、凌一の分の短冊も笹にかけた。背伸びをして、少し高い所に。

 凌一は、瑞希のその姿を見ていた。具体的には、背伸びして不安定になり、揺れるポニーテールを。

(……我が幼馴染ながら素晴らしいポニーテールだ。それに……)

次に揺れるポニーテールから垣間見えるうなじに目が行った。部屋から漏れるリビングからの光に照らされ、うなじに散った汗の粒が輝いていた。

(綺麗だな)

「んー、上手くいかない。ねえ、凌一手伝って」

 瑞希にそう頼まれ、凌一は瑞希の後ろに立ち、タンクトップでがら空きの脇に手をひっかけ持ち上げた。

「え、うわ、ちょ!」

「届くだろ?」

 瑞希は「届くけど……」と言いながら笹に短冊を二つかける。凌一の鼻元をポニーテールがくすぐり、花に似た香りを放つシャンプーの匂いが鼻腔を突く。凌一は踊る心を抑えながら上を見るが、瑞希の汗ばんだうなじは真っ赤になっていた。

(ああくそ本当にかわいい。こんな幼馴染くれた神様マジありがとう。幼馴染いない奴ざまあみろ)

 凌一は瑞希が短冊を付けたのを確認すると、ゆっくりと下ろした。

「いきなり掴まないでよ。ビックリするでしょ」

 瑞希は顔を赤く染めながら、天の川を見上げる。だが、凌一は天の川でなく、瑞希の花の香りのポニーテールと、汗ばみ輝くうなじにくぎ付けになっていた。

「なあ瑞希」

「なに?」

 瑞希は空を見ながら聞き返す。凌一は短く、「なめるぞ」とだけいった。瑞希は振り向いて聞き返そうとしたが、凌一は瑞希の腕をつかんで、うなじをなめた。瑞希は驚き、声にならない声をあげる。凌一は構わず、口を広げてうなじ全体を覆った。局所的にもたらされた熱とうごめく舌に瑞希は悶絶し、口を食いしばって耐える他ない。

 しばらくして、凌一は口を放す。二人は息を荒くしていた。

「瑞希、好きだ」

「……ヘンタイ。死ね」

 そうやって、凌一はふたたびうなじに口をつける。空では、牽牛と織姫が光っていた。

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