第5話 5

「今年の夏休み、どこに行くか決めてなかったな。どうしようか?」

 週が明けた月曜日の朝、朝食を食べながら聡は言った。美咲と香織はそれを聞いている。しかし、二人が自分の希望を言うことはなかった。なぜなら、夏休みなどの旅行は、いつも聡が家族が喜びそうな場所を探してきて、予約までしてから発表しているからだ。

 聡が選ぶプランはいつも完璧だった。だから、二人は今年もそうするのだと思い、聡に任せっきりだったのだ。二人の返事が無い事を確認し、聡は二人にこう告げた。

「八丈島。今年は、八丈島に行こう。おじいちゃんとおばあちゃんも誘って。ああ、そうだ。お義姉さん夫婦も誘おうよ」

 二人はキョトンとしている。今まで、夏休みについての会話は何度かしていたが、八丈島の名前が出た事はないからだ。

「うん、いいね。それ」最初に口を開いたのは、美咲だ。聡の意図を汲み取ったらしい。

「香織はどう? おじいちゃんの生まれ故郷。海がきれいだよ」美咲は優しく尋ねる。すぐに、いいよ、と答えが返ってきた。

「よし、決まり。じゃあ、ホテルや飛行機はいつものように、僕が手配をするから、美咲は、おばあちゃんとお義姉さんに連絡して、都合のいい日にちを聞いておいてくれないか」

 聡はそう言うと、スーツの上着をひらりと羽織り、一足先に行くよ、と言って、玄関から出て行った。


 その日の夜、残業をして少し遅めの夕食を聡は一人で食べていた。目の前には、美咲が座り、「どう? おいしい?」と聞いている。香織は、テレビの前のソファーに座り、嵐のDVDを見ている。

「うん、おいしいよ。それは、そうと、電話してくれた?」聡が尋ねる。

「したよ。お姉ちゃんは皆に合わせるって」

「オッケー。お義姉さんのところがいつでもいいなら、話しは簡単だ。早速、予約するよ。やっぱり、お盆は避けたほうが無難・・・」

 そこで、美咲が聡を遮る。

「それがね、おばあちゃんは嬉しそうで乗り気で、お医者さんにもOKだって、お墨付きも貰ったらしいんだけど、おじいちゃんが渋っているらしいの。飛行機乗りたくない、とか言っているんだって」

「そうか、でも、おじいちゃんが行かないと意味が無いな」

 聡は箸を置いた。

「香織が言うよ。香織、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に行きたいもん」

 DVDに夢中になっていると思っていた香織が、ソファーに座りながら、顔だけを聡たちに向けて、言ってきた。

 聡と美咲が顔を見合わせ、二ヤリと笑う。次の瞬間、美咲は席を立ち、「お前はホントに良い子だね」と言って、香織の頭を撫でた。

 早速、美咲が受話器を手にする。勿論、相手はおばあちゃんのところだ。

「もしもし、おばあちゃん。香織がね、おじいちゃんと話したいんだって。代わってもらえる?」

 マサ江は、珍しいわね、などと言いながら、良太に電話を代わるよう促している。良太はそれすらも渋っているようだ。受話器を保留にしていないから、そのやりとりが筒抜けだ。

「香織ちゃんが、おじいちゃんと話したいんだって」

 マサ江がそう言うと、早くそれを言え、と言いながら、ガサゴソと電話口に近づく音が聞こえた。美咲は、待機していた香織に受話器を渡す。

「おじいちゃん、香織だよ。香織、夏休みおじいちゃんと一緒に旅行行きたいな。ね? いいでしょ?」

 聡と美咲には受話器の向こうで、デレデレとした顔をしている良太の顔が浮かんで、おかしくて仕方がないが、笑いを押し殺している。

「勿論だよ。香織が一緒なら、おじいちゃんどこへだって行くよ」

 えらい変わり様である。

 すぐさま香織は「ありがとう。香織、楽しみにしているね。じゃあ、お母さんに代わるね」と言って、指でOKマークを作りながら、受話器を美咲に返した。

「おじいちゃん? 美咲。じゃあ、そういう事だから、また連絡するね。香織がおじいちゃんと話せて良かったって言ってるよ。じゃあね」

 美咲は、そう言うと電話を切った。

「これで、問題は無くなったわね」美咲がそう言いながら、聡を見ると、聡も指でOKマークを作っていた。


 

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