第7話 ミスド(2)
「ここでいいですか?あまり店を知らないもので……」
ドーナツ店の前で足を止めた仁志は雄一郎を顧みた。
「もちろん。僕が甘い物が好きなの、よく覚えていたね?」
雄一郎は相変わらずの、人の好さそうな笑みを満面に見せた。
「ええ、まあ……」
仁志は、恐縮気味に苦笑しながら、そういえばそうだったな、と思った。
店内は女子高生や大学生らしき男女で賑わっていた。それでも喫煙席は空いている所が幾つか見られた。
二人分のカップとドーナツを載せたトレイを持って、仁志が迷わず喫煙席の方へ進んで行くと、雄一郎は慌ててそれを追いかけた。
「煙草やめたんだよ」
「えっ? あっ、そうなんですか……」
今度は仁志が豆鉄砲を喰らった鳩になった。仁志の知る雄一郎は、相当な――彼が寄って来るとヤニの匂いですぐに彼だと判る程のヘビースモーカーだった。たしかに、かつての匂いは消えている。仁志は禁煙席に向かいながら、「道理で……」と思った。
結局、彼らは左右を女子高生の二人組に挟まれる形で席についた。
仁志は、元々年齢には見られないところに持って来て、墨黒と生成りのボーダーTシャツにクラッシュのスリムなデニムを合わせた休日の格好では、見た目で周りの大学生達と変わりなかった。仕事帰りの、あるいは休日も仕事着で構わない、年齢なりの中年との組み合わせは、トレイが一枚であることを見逃せば、傍からはただの相席である。両隣の女子高生がそれぞれの真正面にいる相手との会話を途切れさせないながらも、その視線をちらちらと斜めに向け始めた。仁志は気づかぬふりで雄一郎の目元と、手元のトレイとを交互に見た。
「お休みなのに、今日の今日で、――申し訳なかったね」
「いえ、今日は天気もいいし、外でお昼を食べようと思って……」
一人でいる時は小食な仁志は、目の前のチョコファッションがこの日の昼食だった。
「いつもは自炊してるの?」
「休みの日だけ、時々ですね……」
「誰かいい人が作りに来てくれてるんじゃない?周りが放っておかないでしょう?エリート商社マンを――」
「いやいや……」
そんな四方山話も一段落してトレイの上の互いのドーナツも片付くと、雄一郎はテーブルに胸を近づけるようにして仁志の顔を下から覗き込んだ。
「いやね、お母さんのことなんだけど……」(つづく)
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