第6話 ミスド(1)
梅雨空も中休みの土曜日の朝、シャワーを止めて浴室から出て来た仁志は、洗濯機の回る音の向こうで携帯電話が机上を騒がしくするのに気がついた。見ると、表示されているのは登録のない番号だった。が、何処かで見たような数字の並び具合である。
「はい……」
「あのう、葉山と申しますが……」
「えっ? あっ、ご無沙汰しています。仁志です」
仁志は、実家の固定電話の側の壁に貼られていた「三宅雄一郎」の名刺が頭に浮かんだ。――
意外にも雄一郎は西中島から電話をかけてきていた。仁志の住む江坂から市営地下鉄で五分の所である。これから手芸糸の仕入れ先を訪れる予定だという。仕入れ先との用件の方は昼過ぎには終わるから、その後何処かで会わないか、というのが電話の内容だった。この日、特に予定のなかった仁志は、敢えて断る理由もなかった。それに外へ出るにも抵抗を感じない天気だったから、午後二時を目途に江坂の駅南改札口で待ち合わせることにした。
彼は偶々近くまで来たからついでに連絡してきたのか、それとも何か用事があって連絡してきたのか、用事があるとしたら、やはり母のことか、それとも、自分もアパレルの仕事が長いからその辺りの話がしたいのか、――仁志はそんなことを一応思い巡らせてみたものの、さほど気に懸けてはいなかった。それよりは、久しぶりに天気の良い土曜日のその時間に彼を連れて行く場所の方が心配だった。
雄一郎からは、向こうの駅を出る時に携帯電話へ連絡すると言われていた。しかし、普段、北改札口を利用している仁志は、電話をもらってから家を出たのでは彼を待たせることになる。そこで約束の時間より早めに駅の周りをぶらぶらしていた。すると、ちょうど近くを通り掛かったパチンコ店から、紺のジャケットにグレーのボトムを合わせた中年男性の出て来るのが目に留まった。――横から見てもやはり目鼻立ちはオリオンズの主戦投手にそっくりだった。走り寄って声を掛けるか、それともやり過ごして駅まで歩かせるか、仁志はほんの僅か考えた。が、近くにドーナツ店の比較的席数の多い所があるのを思いつき、少し離れた彼の背中を追いかけた。
「お久しぶりです」
仁志は雄一郎の右側に並んでから、彼の顔を覗き込むように首を傾けて挨拶した。
「おっ、おお、びっくりした!」
雄一郎は、コースぎりぎりの渾身の一球があっさりボールと判定された時の、鳩が豆鉄砲を喰らった驚き様で立ち止まった。
「ああ、すんません」
無邪気に笑った仁志は、彼の固まった顔を見て、少し太ったかな?と思った。――(つづく)
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