一六話 邪聖神
──実際対峙してわかったが、見たままで二人とも力任せに振り回しているだけだ。
これならば枝でもどうにかなる。
木のしなりを利用し、相手に逆らわず受けずに流す。
直線の力は横からの力にかなり弱い。こんな枝でも簡単に軌道を逸らすことができる。
「ぬぅ、個別では埒があかぬでござるな。同時に行くでござるよ」
「フッ、我の動きについてこれるか?」
やばい、共闘を選んだか。
右からひろし、左からアイスバイン。同時に襲ってくる。
「くっ」
いてぇっ。
「フッ、どうしたさっきの威勢は」
「口ほどにもないでござるな」
いっ、てっ!
狙いが全く理解できない攻撃というのがここまでやりづらいとは思わなかった。
長い時間をかけて体に染み付いた動きが無意識に急所をかばってしまう。
そのせいでまともには受けてないにせよ、食らってしまっている。
二人がかりであるのはさておき、よくもまあこれをお互いに受けあっていたものだ。ひろしの攻撃はともかく、アイスバインはかなりやりづらい。
そもそも鉄扇というものと対峙したことがないから余計に。
扇を広げた状態で攻撃されるとかなり厄介だ。
手首を使い傾けると空気抵抗で軌道が変わる。それも減速がほとんどないまま。
そのせいでリーチが短くとも守り難い。
そろそろ終わらせないとな。
本来ならば全ての攻撃を綺麗にあしらい、戦意を喪失させるつもりだった。
なのに我ながらなかなかの体たらくぶりだ。
木の枝なんていう使い慣れていないもので戦っているせいだというのは言い訳だ。
こいつら単純に強い。
型や技どころか正中線すらなっていない素人だというのに。
でも元々武術は力の弱い奴が強い奴と戦うための術らしい。
そしてこいつらは強い奴だ。ならば少しは本気を出してもいいはずだ。
枝のしなりを利用して二人の右手首内側を素早くはたく。そこには握力を司る筋肉の腱があるため、手の力に影響を与えられる。
一瞬握力を失った二人の武器を殴りつければ簡単に落とさせられる。
それを蹴りつけひとまとめにし、踏みつけて終わり。実に呆気無いものだった。
「勝負あったな」
相手がどうであれ、勝つのは気分がいいものだ。
「貴様……ただの無能ではないな」
何かある無能は無能じゃないと思う。
「お主は一体何者でござるか」
何者もなにも、俺は俺でしかない。
しかしこれはチャンスだ。
こういった特殊異常性を持った輩がクラスに一人二人だけならそいつらが浮くだけだ。
でもクラス全員がそうであると、逆に普通の奴が異常になる。
今の俺がその異常者だ。
ここで挽回し、ある程度クラスに馴染んだほうがこの先の学校生活が楽になる。
だけどどうすればいい?
あまり取りたくない選択だが、恐らく最善なのは同化するのが一番だろう。
ジャス子と同様のことをするわけだ。
でも生憎俺にはそういったアレな知識が乏しい。
こいつらが好きそうで、なおかつ上になれるような設定だ。
そうなるとやっぱり神とか魔王辺りだろう。
両方合わせたほうがこういう場合かっこいいかもしれないな。
化身だと色々面倒そうだな。ならば生まれ変わりでどうだ。
「俺は……その、あれだ。邪聖神の転生だ」
これならどうだと二人を見ると、口をあけて固まっている。
あれ?
「無能……貴様何を言っているんだ」
「さすがにそれはどうかと思うでござる。軽々しく神を語ると陳腐化するでござるよ」
ええっ、神とか駄目なの?
「じゃ、じゃあひろし……お前はなんなんだよ」
「拙者は戦国時代の武将の生まれ変わりでござる」
ああそうね、そんな話だったわ。
転生自体はいいようだ。
「お前はどうなんだよアイスバイン」
「フッ。我は大気と火を司る魔王エアピュリファイアが滅ぼされた時、折れた角から産まれたのだ」
エアピュリファイアって確か空気清浄機じゃねえか。随分と環境にやさしそうな魔王だな。滅ぼす方が悪だろ。
だけどこいつは魔王そのものではなく、破片的な存在だというわけか。
さすがに神はちょっと飛ばしすぎたか。
「それに軽馬殿……いや、貴様邪神であったとは。拙者ら英組の皆をだましていたのでござるか!」
あ、しまった。A組って邪悪を滅ぼすとかいう設定だった。
溶け込むつもりが逆に反対勢力となってしまう。
さあどう折り合いをつけるか。
「えっと、邪聖神だから邪悪なわけじゃなくって……邪悪な力を抑えているっていうか、そんな感じで……」
二人はそれぞれ腕組みをしながら思考を巡らせている。
「ふむ、邪悪な力を持っているが、聖なる力で封じ込めているでござるな」
「フッ、つまりお互いの力が打ち消しあい、普段は無能というわけか」
「なるほど、それならば納得いくでござるな」
「そ、そうそう、そんな感じで」
「しかも本来ならば神は神として生まれ変わるはずなのだが、人間に転生したせいでその力も大半が失われたのでござろうな」
「あ、ああ、実はそうなんだよ」
「なるほど……。しかし何故こんなときに目覚めたのでござろうか」
「フッ、恐らく我らの戦いを見て邪の力が膨大したということだな」
「なかなか厄介でござるな。しかし普段の軽馬殿は正しき心を持っている故、基礎は聖なる力のほうが強いのでござろう」
「うんうん、そんな風なやつ」
よかった、なんかこいつらだけで完結してくれた。
何もしなくても俺の設定ができあがっていく。なんて便利な機能なんだ。
「しかし軽馬殿のあの力は危険でござるな。拙者が剣術で負けたのは初めてでござるよ」
自分より強い兄弟子はいなかったことにされている。
「フッ、無能だと油断しすぎていただけだが少しくらいは認めてやろう」
いいのか悪いのかはさておき、二人共負けを認めてくれたわけだ。
「して、いかがいたすでござるか」
「どうするって、どう?」
「軽馬殿はまがりなりにも拙者らを倒したでござる。故に英組と米組は軽馬殿の下にあることになるでござるよ」
そうなってしまうのか?
「フッ、我が負けたのはセフィロトの力でそいつの力ではないがな」
「しかしセフィロトの力を使いこなせる能力を軽馬殿に備わっているのも事実でござろう。潔く負けを認めることも漢には必要でござるよ」
「う、むぅ。そうなるわけだが……い、いや、我は貴様との闘いで相当のアルカナを消費していた。だから完敗というわけではない!」
「ぬ、ならば拙者もそうでござるな」
「だから無能、これで我に勝ったと思うでないぞ!」
たかが木の枝を振り回しただけで大層な話になっている。
「でもセフィロトって聖樹なんだろ? お前B組なのにいいのか?」
「フッ、貴様はリバースウッドを知らぬのか」
地中に生える樹枝、つまり根っこのことだっけ?
「それがどうしたんだよ」
「フッ、聖樹セフィロトのリバースウッドは邪樹クリフォトだ。セフィロトが枯れればクリフォトも枯れてしまう」
よくわからんが表裏一体というやつか。
「ところで軽馬殿、体は大丈夫でござるか?」
「なんで──ああ……」
アドレナリン吹いてたせいであまり意識していなかったが、けっこうもらってたんだ。今更になってあちこち痛くなってきやがった。
「後は拙者に任せ保健室に行ってくるといいでござる。場所はわかるでござるな」
「えっと……どこだっけな」
そういえば入学してすぐに案内されていたが、その後行ってない。
大体の場所はわかるけどあくまでも大体だ。
「……私が……導く……」
ルキいたのか。
まあ近くであれだけ暴れていたら足を止めていてもおかしくはないか。
「じゃあ頼むよ」
「……こっち」
そういえばあれ以来ルキと話をしていなかった。
クラスの連中は別に変わった様子はなかったが、俺とルキには微妙な距離があった。
こっちから話しかけづらかったし、ルキも話しかけてこなかった。
数日しか経っていないのに、こうやって横に並んで歩くのが久々に感じられる。
だからといって話しかけるのもきつい。何をどう話していいのか。
「私……知ってた……」
ありがたいことにルキから話しかけてくれた。
「何を?」
「無能が無能じゃないことを……」
「そ、そう」
「……前に無能が告白してきた……」
「ああうん……」
していないしする気もなかったけど、今更それを言っても意味が無い。
「断ったのは無能の力を引き出すため……。本意じゃない……」
え?
「じゃ、じゃあ……」
「……考えさせて……」
よし! よっし! よおおぉぉぉっし!!
結果として悪くない。むしろいい傾向だ。
多分好きになられた相手が無能ということに抵抗があったんだろう。だけど実はそうじゃなかったとわかり、じゃあ考えてみてもいいかなと思ったところか。
……けっこうしたたかな子だなー……。
「じゃあもう無能って呼ぶのはやめてくれないかな」
「……なんて呼べばいいの……」
「え、か、軽馬でいいよ」
「……カルマ」
いよっし! おっし!!
いいぞ! 激熱じゃないか!
中二っぽいらしき名前なせいか、抵抗無く言ってくれる。ありがたいことだ。
女の子から下の名前で呼ばれる。これは大いなる進歩じゃないか。
今日はこれで満足だ。
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