一五話 本性

 ────戦いは一進一退、競り合いが続く。

 二人とも型は無茶苦茶、かっこだけのでたらめな攻撃だ。

 それにも関わらず、お互いきちんとガードしている。

 ちゃんとした技術を持っているわけではなくこれをやってのけるのは至難だ。

 本来ならば急所などを狙って攻撃するわけだから、回避や防御はそこに絞ればいい。

 だけどいいかげんな攻撃はどこを狙っているかわかったものじゃない。

 この二人は自分のポテンシャルだけで戦っている。

 ちゃんとした道場とかで師事されていれば本当に強くなれるのに、もったいない。


「正義は勝つものでござる。ここで負けるわけにはいかぬ!」

「フッ、甘いな。正義の反対は悪ではない。例え世間から見ると悪だとしても、本人が正しいと思えばそれは正義だ!」


 うーむ、何やらかっこいいことを言っている。しかしそれはただの詭弁だ。悪を正当化するための口実でしかない。


「では貴様と拙者の正義、どちらが正しいか決着をつけるでござる!」


 力こそ正義とはいうが、それは本当に正しいのか?

 とはいえこれはこれでなかなかの好勝負。技術はクソでも見ていて面白い。

 例えるならばそう、格闘ゲームの対戦を見ている気分だ。

 あれも滅茶苦茶な動きで戦っているし。


「貴様はこの勝負、どう見る?」


 まだいたのか剣武。B組の奴らも呆然と眺めているだけなんだから、今のうちにセイなんたらと一緒に治療してもらえばいいのに。


「どうって、どう?」

「どちらが勝つかという話だ」


 難しい質問だ。

 正しい技術を持っている武術家同士の戦いでさえ、明らかな実力差がなければどちらが強いかなんてわからない。

 さらにはこいつらの戦いに技術うんぬんは全く無い。

 頭の中でこうやったらかっこいい、みたいな動作なのだろうが傍から見ているとださい。

 花拳繍腿かけんしゅうたいっていうのはこういうものを言うんだろうな。


 しかし動き回りすぎだ。見ている方の身にもなって……おや。

 まずい、あそこを歩いているのはルキだ。まだ探していたのか。

 ひろしたちは戦いに夢中で気付いていない。

 ルキもルキでGPS……いや、カンテラに灯された導きの光に集中して気付いていない。

 このままでは巻き込まれてしまう。


「止めろ!」


 打ち合ったところで二人は動きを止めてこっちを見た。

 一応は止められたようだ。


「貴様は確かA組の無能。フッ、負けそうになって助っ人を頼むか裂空斎」


 B組のやつにまで俺が無能という風に伝わっている。なんてことだ。


「これは違うでござる! ……軽馬殿、いくら貴殿でも男の勝負に割り込ませるわけにはいかぬでござる」

「別に止めたくて止めたんじゃない。このまま続けると周りに被害が及ぶからだ」


 この言葉を吟味するように二人は考え込み、何やら納得したようだ。


「フッ、我々の力が強大すぎるせいか。やむなしだな」

「互いに封印を解いてしまったでござるからな。いたしかたなかろう」


 なんか違う。そういうのとは違う。

 周囲を見ず適当に振り回している武器が危険だという話なのに。

 きっと二人の脳内では武器がぶつかり合う度、謎の衝撃波が出ているのだろう。

 でも現実には火花すら出ない。


「ではこうしよう」


 アイスバインは地面に円を描いた。


「フッ、この円陣は別次元になっている。故にこの中で起きた事象は外へは漏れん」

「そうでござるか。では倒されるかここから踏み出した方が負けとするでござる」


 それを世間では相撲という。武器は使わないが。


「かかったな!」


 ひろしが円の中に入った瞬間、アイスバインがひろしの眼前に拳を突き出す。

 そしてその拳を開くと、一瞬手の中から火が現れた。

 ひろしは驚いているが、それなら知ってる。

 まず右手で左手の人差し指を握り、握った手の形をそのままに指を抜く。握っていた手の空洞に百円ライターのガスを注入し火を着ける。それで手を開くと一瞬火が出るんだ。

 小さい頃にじいちゃんがやってくれた。

 なんというかマジックというより宴会芸だな。飲み屋でおっさんが女性相手に見せているような光景が目に浮かぶ。


「貴様、何をしたでござるか!」

「フッ、ホーリーフレアを放った。これでこの空間の聖なる力は消え失せた」

「ぐぬぬぬぬ、卑怯な!」


 すげえ、リアルでぐぬぬぬぬって言う奴いるんだ。


「なあ、名前から察するに聖なる力なんじゃないの?」

「あれは恐らく聖なる力を燃焼させてしまう技だ。このままではまずいぞ」


 まずいことは全く無い。

 あるとすれば恐らく心理的影響だけだ。

 いやこいつらは設定を重要視しているから、案外効果的だろう。

 予想通りひろしは押されている。ウインドウフレームの激しい攻撃に膝がつきそうになった。


「こうなったら奥義を出す必要がありそうでござるな」


 ひろしは柄を握っている右腕を上げ、剣先を下に向ける構えをとった。

 奥義だかなんだか知らないが、そんな肩の動きを制限される構えをしたら隙だらけになってしまう。


「フッ、我がアルカナで打ち落としてくれるわ!」

「奥義同士でぶつかり合ったらお互いただでは済まぬでござるぞ」

「フッ、臆したか」

「……来るがよい」

「食らえ闇のアルカナ、死への序曲アトラクティブデスティニー!」


 なんだその楽しげな技は。デスティニーのデスは死と関係ないぞ。

 こいつはまず英語の勉強をしっかりやったほうがいい。アイスバインはドイツ語だけど。

 アイスバインはくるっと回り、開いたウインドウフレームを横にして叩き込む。


「貴様、それは拙者の……!」 

「ふはははは、奥義は昇華すると似たようなものになるのだ!」

「ふぬぅぅぅっ」

「ほう、この16連撃を受けきるとは」


 16連撃? どう見ても一撃だけだった。

 まさか扇の1枚1枚が打撃だというのか? 開いた状態で持つ手ではしっかり握れていないから、畳んだ状態の一撃のほうが威力ありそうなものだけど。

 まあ本人がそれでいいってのならいいか。


「次は拙者の番でござる。気の充填は済んでおるぞ」


 溜め攻撃とか非現実すぎてやる奴なんていると思わなかった。


「フッ、貴様の力が通用すると思うな!」

「秘奥義・地上天下!」


 ひろしは左足を一歩踏み出し、上にした右手を支点に左手で刀のみねをかち上げた。

 アイスバインは両手で鉄扇を抑え、打撃を止める……お? おおお?

 左手をさらに上げるとアイスバインの体は持ち上がった。なんて馬鹿力だ。

 それよりも鳳凰牙といったか。模造刀のくせによく曲がらないな。


 まさかあの野郎、自分で打ったか?

 いやいや、それはちょっと違法っぽいぞ。

 アイスバインは逃げるように体を横にずらし、よろよろと着地した。

 さて、このまま続けさせるわけにもいかない。

 今のところ周囲に実害が無いからといっても危険であることにはかわりない。

 なんだかんだいってもう既に足場の線は踏み荒らされ消えてしまっているし。


「ストップ! やめやめ!」

「今度は何の用でござるか……」

「フッ、臆したか」


 なんとでも言え。


「もういいだろ。とりあえずこの勝負は俺が預かる」

「フッ、無能の分際で何をほざく」

「軽馬殿は無能故、戦いを理解できぬようでござるな」

「そういうことだな。雑魚はすっこんでろ」


 ムカッ

 ちくしょう、さすがにカチンときたぞ。

 少しちゃんとした戦い方ってやつを見せてやったほうがよさそうだ。

 それにはまずペースをこちら側へ持ってくる必要があるな。


「お前らのぬるい踊りを見るのも飽きたってことだ」

「貴様、もう一度言ってみろ!」

「軽馬殿、今の言葉はいくら拙者でも許さぬでござるぞ」


 予定通り二人とも怒ったな。

 挑発することで相手をコントロールしつつ、自分を冷静にするんだ。

 ここまではいいが、さてどうするかな。

 素人とはいえ武器を持つ二人を相手に素手で勝負するのは厳しい。

 何か武器になりそうなものは……。


 辺りを見回すと、手頃な位置に木が生えているのに目がいった。

 この木、丁度いいところに枝があるな。

 幹を蹴って飛び、枝を掴み揺さぶりへし折る。

 先の葉と小枝をぬぐい取り、いい感じの長さに整える。

 軽く振ると、ヒュンヒュンと小気味良い風切り音をさせた。

 これは棒……杖術というよりも鞭に近い。

 鞭の扱いはよくわからないが、この二人よりもマシだろう。


「お前らの相手はこれで充分だ」

「き……貴様ぁ!」


 二人はさらに怒っている。

 さすがにちゃんとした(?)武器相手にこれは当然か。


「学園の守り木、聖樹セフィロトに傷を付けるとは何を考えているでござるか!」


 え、なにそれ?


「そうだ、それはさすがに許されないぞ」


 なんだろう、タブーに触れてしまったのだろうか。違う怒りになってしまった。

 ま、まあいい。怒りは攻撃を単調にするからな。二人相手でも戦いやすくなる。


「いくぞ無能!」

「参る!」


 さあ勝負だ!

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