一四話 決闘

「──というわけでルキ殿、探すのを手伝ってくれぬでござるか?」

「えっと……う、うん……」


 案の定困ってしまっている。

 本来ならばルキのヘルプとして行動したいところだが、先の一件のせいでどうも一緒にいられる雰囲気じゃない。

 なんでジャス子はあんな嫌がらせをしたんだ。


 だけど今はそれよりも二人を探さないといけない。

 一応聖なるクラスという名目があるA組の生徒が授業をサボるのは考えにくい。

 事件というには大げさかもしれないが、何かのトラブルに巻き込まれている可能性がある。こういうときはまず高い所から見渡すのがセオリーだよな。


 屋上から見下ろしたがそれらしき人影は見当たらなかった。

 ならここから死角になっている隣校舎の裏庭が怪しい。降りて外へ回ってみよう、


 ────いた。

 しかも二人そろっている。

 だけど状況はかなりやばそうだ。

 背中合わせで柱に張りつけられている。しかも怪我をしているようだ。

 地面には大きな六芒星が書かれているが……なんらかの刑だろうか。

 とりあえず周りを確認……お、丁度いいところにひろしが歩いている。

 向こうも俺に気付き小走りで来た。


「軽馬殿、そちらはどうでござるか」

「ああ見つけたけど……そこに」

「こ、これは一体どういうことでござるか!」

「俺に聞かれてもわかんねえよ。とにかくロープを解いてやらないと」

「でござるな」

「待ってろ二人とも。今──」


 助けようと近付いた時、目の前を何かが横切った。

 それは回転しながら地面を摺るように滑っていく。

 これは金属製のカード……メタルトランプか。セットで二万くらいする高価なやつだ。

 こんなものを惜しげもなく投げてくるとかどんな金持ちだよ。地面で擦れて傷だらけになっているぞ。とりあえず踏んづけておこう。


「フッ、我らの儀式を邪魔しに来たのか」


 慌てたようにやって来たアイスバインとその他数名。儀式だって?

 カードの持ち主は後ろの奴だろう。

 かっこつけて投げたはいいが、返してくれと言いづらい顔で俺を見ているからわかる。砂地で踏んだせいでボコボコになってもう使い物にならないから持って行っていいよ。

 というか見覚えがあるぞ。あいつはオリエンテーリングの時、俺らにつきまとっていた奴だ。


「儀式だかなんだか知らないが、その途中で放置してどこ行っていたんだよ」

「フッ、少々教典の施しを受けにな」


 経典……教科書かな。

 わけわからない儀式の途中で授業を受けに行ったのかよ。真面目なのか不真面目なのかいまいち掴めない。


「数々の蛮行、いい加減許せぬぞ! アイスバイン!」

「フン、A組を滅ぼされていないだけありがたいと思うべきだな」

「もはや勘弁ならん。鳳凰牙!」


 懐から万年筆を取り出し、空中へ投げる。

 みんなそれへ目をやるが、俺はひろしへと目を向けている。

 隠し持っていた長袋の紐を解き、あわてて刀を取り出している。

 やっと見ることができた。長袋から抜き出す瞬間を。

 回転しながら落ちてくる万年筆を空中で掴み、背中に隠した刀と持ち替える。


「ここは拙者に任せて軽馬殿は二人を!」

「あいよ」


 結構きつく縛ってあるが、ロープなんて結び目を揉めば簡単に解ける。

 まずは大怪我をしている感じの剣武からかな。


「大丈夫か」

「俺はいい、まずはセイドリックを」


 男だな剣武。どう見てもお前の方がダメージがでかいのに。

 じゃあセイドリックから解くとするか。


「立てるか?」

「ん……大丈夫。500の妖精と3のエレメントを体内に取り込んだから」


 それが体に入るとどうなるんだ? 新手のビタミン剤か?


「ちょっと触らせてもらってもいいか」

「変な真似をしたら踏みつけるわ」


 いいプレイだが、今はそんな場合じゃない。

 足首と膝を触ってみたが、特に問題なさそうだ。


「これなら歩いて保健室へ行けるな」

「ふぅん、無能でもそういうのわかるのね」


 だったらせめて何かしらの能力をくれよ。


「あとは剣武。お前も保健室に……」

「それはできん。見ろ、B組の他の連中を。裂空斎の邪魔をしようと構えている」

「ああ。だけど……」


 放っておいても大丈夫だと思うぞ。あいつノーコンだから。


「なに、こんな身でもやつの弾除けくらいにはなる」


 やだかっこいい。

 剣武はあれだ。主人公というよりも主人公の悪友兼ライバルみたいな立ち位置だ。

 だけど気を付けないとそういう奴は中盤で死ぬからな。

 流石にそれはないか。

 こっちはもう大丈夫そうだ。あとはひろしとアイスバインがどうなるか。


「フッ、剣術か」


 アイスバインは懐から窓枠……じゃなかった、魔扇ウインドウフレームを取り出し突きつけるように構えた。

 そこから扇を一枚分ずらすと突然発火。

 おいおい本当に火が出るのかよ。

 しかしその瞬間、鼻につく異臭がした。

 これは燐が燃える時の匂いだ。

 マッチか何かをバラして仕込んだんだろうな。手の込んだしかけをしやがる。

 しかし燃焼時間はせいぜい1~2秒。すぐに消える。


「炎の使い手でござるか」

「フッ、風と炎は我が眷属。貴様に勝機は無い」

「英組室長裂空斎、参る!」

「来い。貴様が闇に堕ちる様、とくと見せてもらうぞ!」

「ふううぅぅん!」


 ひろしは唸りながら刀を構え、走り出した。

 アイスバインの目前まで行くと、刀を横なぎに繰り出す。

 だがそれは読まれていたらしく後ろへ飛んでかわされる。

 ひろしは予想通りといわんばかりに足を止めず距離を詰めて刀を振り回す。


 それにしてもひろしの攻撃はお粗末だ。

 独特すぎる構えのせいで剣のリーチをうまく使っていないこともそうだが、それに伴い剣先の速度が遅い。

 さらに距離感が悪いのか、いまいちとらえきれていない。

 アイスバインの無駄に地面を滑るような回避でも問題なくかわせる。

 ズザ、ズザアアァァと砂煙をたてながら避ける姿は、はたから見たら何をしているのかわからない。


「フッ、どうした裂空斎とやら。この程度で我を倒せるとでも思っていたのか!」

「思ったよりもやるようでござるな。仕方ない……封印を解かせてもらうぞ!」


 そういって眼帯に手をかけ、むしり取った。


「ぬうううぅぅぅっ」


 全身に力を入れている。だけどそれは封印ではない、眼帯だ。そんなものを取ったからといってどうなるものでもない。


「フッ。ではその実力、試してやろう!」


 アイスバインが一気に詰め寄り、鉄扇を振り回す。ひろしは防戦一方だ。

 当然だ。設定だけじゃどうにもできない。

 そこでひろしは大きく後ろへ跳び、アイスバインとの距離を広げた。


「フッ、封印を解いたところで実力差は埋まらないらしいな」

「まだでござる。この力は封印を解いてもすぐに目覚めぬでな、まだ半覚醒でござるよ」


 半覚醒というか、目が半開きだ。


「フッ、負け惜しみを──」

「そしてこれが……完全でござる!」


 ひろしは目をカッと開き、アイスバインへ突っ込む。

 さっきまでとは別人のように剣が冴える。的確にアイスバインを捉え高速の連撃を繰り出す。

 ひろしの表情や戦局からして手加減する余裕はなかったはずだが。


 …………おお、そういうことか。

 立体視認は両目で見ないとできない。さらに片目では視野角が40%ほど減ってしまい、死角が増えてしまう。

 だからさっきまでは半端でしか捉えられなかったのか。

 そして急に目を開いたらまぶしいから、すぐには開けなかったと。

 うむ、封印していたというのもあながち間違いではなさそうだ。


 本来の力を使えるようになったひろしが押す、押す、押す。

 持ち方はおかしくとも両手で刀を扱っているんだ。両手で持てるほどのサイズじゃない鉄扇では守るのがやっとだろう。

 押してはいるがアイスバインのガードは固い。埒があかないと思ったのかひろしはくるっと回り、剣を大きく振った。


「秘技、シャドウエッジ!」


 あ、ぶれた。横文字の技使いやがった。

 何が西洋かぶれは気に食わんだよ。名前ならいいとは言っていたが、最初からそんな名前を付けるべきじゃないだろ。

 しかしみねに手を付けず大きく振られた剣は本来のリーチと剣速を得、横一文字にアイスバインを打つ。


「くううぅぅっ」


 アイスバインは防御をしたが、鉄扇を弾き飛ばされた。


「拙者の勝ちでござるな」


 剣先をアイスバインの眼前に突きつけ勝ちを確信する。

 しかしその刃先を掴み、にやりと笑う。


「フッ、我も封印を解かねばならぬとはな」


 そういって掴んだ剣を払いのける。危ない真似をするなぁ。

 ……ああ、模造刀だったっけ。別に掴んでも問題無いか。


「ほう、貴様は眼帯をしておらぬようでござるが」


 まさかの眼帯基準。

 封印ってもっとなんというか……個人的にはお札のイメージなんだけど。


「我の封印は腕に施しているのだ」


 腕ってそのへにょへにょの文字っぽい線が書かれている包帯か?

 確かにこっちのほうが封印っぽいが、体を封じる意味ってなんだ。


「ならばさっさと解いたらどうでござるか」

「フッ、我の封印は強力なものでな、解くには激痛を伴うのだ」


 痛いことがあって包帯を巻いているんじゃないのか? ほどいて激痛って包帯に血液が固着している時にはあるけど、そんな風には見えないし。


「ぐうううぅぅぅっ」


 本当に痛そうな感じの声を発しながらアイスバインは包帯を剥がしはじめた。

 ん、剥がす? 包帯じゃなくてテーピングテープか。

 あれ粘着力強いもんな。そりゃ痛いわ。

 普段は風呂で湯につけて剥がしているんだろう。


 大量の腕毛とともに封印とやらを解いたアイスバインは、手を握ったり開いたりしている。うっ血していた手も本来の色へと戻り、とても健康的な感じだ。


「ふむ、悪くない」


 満足そうに言い、すたすた歩いて鉄扇を拾う。

 それを見守る俺たち。


「では行くでござるよ、秘技シャドウエッジ!」


 律儀に待っていたひろしが再び回る。体を回転させ、そこから振られる刀はかなりの遠心力をアイスバインへ叩き込む。

 パアァンと弾ける音がし、また吹き飛ばされた。

 ……違った、飛ばされたのはひろしの刀のほうだ。


「なっ……」


 慌てて刀を取りに走っているが何が起こった。

 今までの戦いからして、あの威力をどうにかできるだけの力を隠していたなんて考えにくい。


「我の本来の力、思い知るがいい」


 今まで手を抜いていた? そうじゃないはずだ。あれはあれで本気だった。

 封印……テーピング……。

 わかった。


 握力に必要な筋肉は意外と手から遠くて肘に近い。

 そんなところを固定用のテーピングで固めたら、まともに物なんか握れない。

 だというのに日常生活を送っていたということは、かなりの力を元々持っていたということになる。

 お互いよくできているな、封印設定。

 てかなんでわざわざそんなことをしていたんだ。最初から実力出せばいいのに。

 負けた言い訳……ってわけでもなさそうだ。負けないために開放しているんだから。

 とにかくここからが両者の本気だ。不安しか過らない。

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