一二話 正義の鉄槌
「稽古後の朝食は格別でござるな、軽馬殿」
「ああうん、まあ」
普段から朝稽古していたら変わらないんだぞ。
だったら毎日やろうぜと言ってもきっとやらない感じだろう。
今朝やっていたのは恐らくパフォーマンスというか、自分はこういったことをしているんだぞという彼らなりのアピールなんだろう。
「ところで今日何があるんだっけ」
「拙者もよくわからぬでござる」
おいおい不真面目だなクラス長。お前しか説明受けてないんだからちゃんと聞いておけよ。
「おう揃っているかA組!」
朝っぱらから元気だな五里谷先生。
てか食事時間が決まっているんだから全員揃っているのは当然だ。
「先生殿、いかがなされたか?」
「今日何をするか教えるのをしっかり忘れていてな! これからバスが出るまで裏の湖を全員で散策していろ! 宿舎へ戻るのは禁止だぞ!」
そういって食い終わった人から追い出すように外へ向かわせた。
なんだ説明されてなかっただけか。ひろしすまん。
……だけど気になるな。
なんでそこまで無理矢理外へ出す必要があるんだ。
他のクラスもそうらしく、皆塊になって移動していった。
気になっていた俺は先生たちのの死角になる位置で顛末を伺っていると、一台のバンを玄関に横付けした。
そして先生たちは急いで色々なものを車内に放り込んでいる。
生徒に見られたくない何かなのだろうか。
「軽馬殿、どうしたのでござるか?」
「いやちょっと」
一体何を隠そうとしているんだ。
あ、あれは!
俺が天井裏で見た髪の長い白装束……人形じゃねえか!
チクショウ、あんな罠に見事ひっかかったわけか!
他に持ち出しているのもきっとその罠の類なんだろう。
はあ……もういいや。
「なんでもない。行こうぜ」
「そうでござるな」
────湖の周囲は朝に走ったから、特にこれといって目新しいものを見つけようという気にはならない。
みんなも稽古疲れなのか遠くまで行こうとはしていない。
ふらふらしていたり、草の上に座り込んで歓談していたりしている。
木にもたれかかってその様子を見ていると、裏側に誰かがもたれかかったような気がした。
「それで首尾は?」
ジャス子だ。こんなところでコンタクトを取ってくるとは。
さてどうするか。
ここは正直に話したほうがいいだろう。
「首尾っつっても俺は何もしてないぞ」
「あなた、本当にただの無能だったわけ?」
お前がどういう理由で俺に話を持ってきたか忘れたのか?
「そうじゃないだろ、ただ単にやる理由が無いだけだ」
「理由が無いということはないでしょ」
「確かに俺は強い奴と戦ってみたいとは思うよ。だけどそれとこれとは別問題だろ」
「そのついでにできることだから頼んでるのよ」
ついでじゃないだろ。ジャス子の話からすると、それを前提にやらなければいけなくなるんだから、どちらかといえば戦うことがついでになってしまう。
「大体さ、あまりにも他力本願すぎないか? もっと自分でなんとかしようとしろよ」
「私は裏で動いているわよ、女子相手にだけどね。ただあなたが男子の方を片付けてくれればこっちもやりやすいわけ」
やりやすいってなんだ。
やる気があるんだか無いんだかわからない奴がやってくれるのを前提でシナリオを描くとロクなことにならないぞ。
そもそもなんで俺がやらないといけないんだ。
お前は俺がやれば満足かもしれんが、俺にはなんの旨味が無い。
例えばそうだなぁ。女の子なんだし色々と。
……いや決していやらしいことじゃない。
褒めてくれるとか?
別にこいつに褒められても嬉しくない。もっと人当りがよければよかったのだが。
「全く、お前はもっと……」
「もっと、何?」
なんだろう。
「なんつーか、かわいげみたいなのがあればなぁ、と」
「あなたにかわいげを見せてどうするのよ」
いやまあ確かに。
「えっとほら、男をその気にさせる手段みたいなさ」
「そういうのが無いとできないのかしら?」
こっちはやりたくてやるわけじゃないんだ。
ならばもっとご褒美的なものがあってもいいんじゃないか?
こいつが愛嬌を振り撒くのがご褒美っていうのもどうかとは思うが、無いよりはマシだ。
「そもそもかわいげのある女子ってどんなのよ」
「例えばそうだな……ルキみたいな」
「ふぅん、あなたはああいうのが好みなわけ」
ぎくっ
「べ、別に俺がってわけじゃなくてさ、男子に人気あんだよ」
「一つ面白いことを教えてあげるわ。あの子、メンキーよ」
「ああ知ってるよ」
「あら意外と観察力があるのね」
そりゃあれだけ近くでミントの匂いをずっとさせてたら思うよ。
「それを差し引いてもお前よりずっといいだろ」
「へえ…………。みんなぁー、無能がルキのこと好きだってさあー!」
! ! ! ! ! ! ! !
こ、こ、このアマあああぁぁ! 大声でなんてことを!
お前は小学生か!
一斉に周囲の注目をかっさらってしまった。
「ちちち違う、違うんだ! みんな聞いてくれ!」
女子の好奇な目、あるいは不潔なものを見るような目。そして男子どもの……なんとも形容しがたい目。
『ああこいつもか』とも『てめぇ何ぬかしていやがんだ』とも、『お前にはもったいないんだよ! お、俺はそういうの興味ないけどな!』とも受け取れるような表情だ。
アイコンタクトというのもあながちあなどれない。
そんなことよりもこの状況はまずい。色々やばい。
そうだ、ルキは? 肝心のルキは!
顔を赤くしてうつむいている。
ひょっとして脈アリか? どうなんだ?
「えっと、ルキ。これはその……」
「…………告白されるの……初めて」
してない。俺は一言も発していない。
だけどなんかいい感じか? いい感じなのか?
なんとか言ってくれルキ!
「…………ごめんなさい」
タタタタタッ。
あああああ、行かないでくれ!
告白してもいないのにふられる。ままある話だ。
しかしその相手がちょっとは気になる子であるとまたダメージがでかい。
すさまじく痛い。こいつらよりもはるかに痛い。
「まあそういうこともあるわな」
ぽん。
「勇気だけは褒めてやるよ。意外と男気があるじゃないか」
ぽん。
「若いとはいいことでござるな。昼食は拙者が馳走しよう」
ぽん。
代わる代わる俺に声をかけ、肩やら背中やらを叩いていく。
みんな無駄にやさしい。
そして何かうれしそうだ。
…………ちくしょう、半笑いが異様にむかつく!
────ひろしのおごりでホテルのブッフェを半ばヤケ食いをした昼食の後、ようやくこの旅行も終わりを告げた。
バスの中という閉鎖空間。ルキも当然中にいる。
チクショウ、なんだというんだこの重い空気は。
みんな楽しそうに話している。なのに俺はその輪に加わりたいと思わない。
いや元々なるべくなら加わりたいと思えない連中だ。だけどこういう時は少しくらい楽しく過ごさせてもらってもいいじゃないか。
ほらお前らの好きな夕日だぞ。眺めろよ。歌でもうたってろよ。
せめて周りで楽しそうにしていないでくれ……。
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