中話 朝稽古

 くっそ変なもののせいでロクに寝れなかった。

 だけど何も見ていなかったおかげか、無事に朝を迎えることができた。

 ……時間は六時前か。飯まではそこそこ時間があるな。

 習慣で朝起きたら体を動かしたくなる。少し走ってくるとするか。

 といってもせっかくの旅行だし、一人じゃなぁ……。起きていればひろしでも誘ってみよう。


「おいひろ──」


 いない。

 見渡すと布団が全部潰れている、どうやら他のやつもみんな出払っているようだ。

 みんなこんな朝っぱらから何をしているんだ?

 何かあるのかと思ってしおりを見たが、やはり特別なことは書いてない。

 多分誰かがみんなを誘ってというようなものではなく、個々で出かけたんだろう。

 じゃないと一人残された俺は誰も信じられなくなる。

 そうであると仮定して、俺も一人で走ってこよう。


 裏にあった湖の周りを走ろうと思っていたら、何やら動く影が複数ある。

 どうも皆これみよがしにあちこちで運動している。

 微妙に距離をあけ、集中しているように見せかけお互いチラチラと気にしている。

 その中には当然ひろし達の姿もあった。


「おや軽馬殿、おはようござる」

「ああおはよう。みんなこんな早い時間から何をしているんだ?」

「それは朝といったら稽古だからでござるよ」


 う、うんそうだね。

 俺も毎朝稽古つけられていたし、今は一人で続けている。

 だけどこの旅行中にやるつもりはない。あまり見られたくないし。

 それにしてもほとんどがA組だ。知らない顔は2人くらいしかいない。


 おっと木陰に剣武もいるな。

 暫くじっとしているが、時折居合いを始める。多分葉が落ちるタイミングで。


「練習熱心だな」


 タイミングを見計らい、剣武と話をしてみる。すると俺をちらりと見、また元へ戻った。


「貴様は影を知っているか?」

「知っているもなにも、足元のこれだろ?」

「そうだ」

「これがどうしたんだ?」

「影というものは己に追従していくものだ」

「うんまあ、そうだな。で?」

「我が剣を極めるには、その影よりも速く動く必要があるのだ」


 え……、え?


「なんでまたそんな……」

「これを極めた者は影では動いていなく、しかし剣は既に相手を捕らえている」


 う、うーん。

 そうだな、光よりも速く動ければ可能かもしれん。

 しかし影ってやつは光の速度で追ってくるからな、そうなったことを視覚で捉えるのは不可能だと思う。

 まあ目標をもってやることはいいことだ。それが叶わぬとしても。


「邪魔して悪かったな」

「気にするな」


 どうしよう、他の連中とも話してみようかな。

 あれ、女子もいるのか。変な動きはともかく、女子がレイピアを構える姿は様になっている。


「よお無能、貴様も稽古か?」


 女子に無能と呼ばれるとなんだかむず痒くなる。


「いやなんとなく起きちゃって……」

「そっかそっか。でもオレの近くに寄らないほうがいいぞ」


 女子なのに一人称オレなのかこの子。

 確かに剣を振り回している相手の傍へ近寄るのは危険だ。放っておこう。


 とにかくやっていることはなんであろうと、みんながんばって動いている。

 見てひやかすのは失礼かもしれない。


「軽馬殿はこれからいかがなされるのでござるか? 拙者でよければ手解きを──」


 えーっとなんだっけ……。名前忘れたからひろし流剣道でいいか。

 あれを教わる意味はあまりなさそうだし、遠慮しておこう。


「それよりも走りに行かないか? 足腰と持久力を鍛えるのも必要だろ」

「い、いや、拙者はここで修練をするでござるよ」

「でも基礎だし、いいじゃないか」

「う、うむ……。しかし拙者はもう基礎を卒業しているので不要でござるよ」


 基礎に卒業もなにもないだろ。達人だって基礎をおろそかにしない。

 いやむしろ達人だからこそだ。

 最終的には技なんてものが不要になる。突きですらいらない。

 ただ拳を前に出すだけ。剣であればただ振るだけでいい。たったそれだけのことで全ての技を凌駕する。それこそ真髄なんじゃないかな。

 まあそれは本人の好き好きってことで放っておこう。


「じゃあ俺は1人で走ってくるよ」

「うむ、気をつけるでござるよ」



 そしてみんなは1時間もしないうちにへばっていた。

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