一一話 見えざる者
「よぉし1位はA組か! お前らよくやったな! 昼食は豪華ホテルでのランチだ!」
「うおおぉぉぉ!」
宿舎に戻ってきたバスは当然A組の1台のみ。札もあるため間違いなく1位だ。
皆猛る。俺も一緒に吠える。
苦労した甲斐があったというものだ。
豪華ホテルって多分ここから見えるでかい建物だろ。
ブッフェとかもいいが、ちゃんとしたコースも食べてみたい。
テーブルマナーは全然わからないが、そこは若さのせいとして見逃してもらおう。
「ただぁし!」
五里谷の言葉が騒ぎを止める。何か条件があるのか、皆声と発さずに聞き入る。
「全部自腹だからな!」
なるほど。
「ふっざけるなあぁぁ!」
一瞬でみんな沸騰した。ジャス子までもが叫んでいる。
当然俺も叫ぶ。少しでも期待させた罪は重い。
「俺みたいな安月給にたかるんじゃあない! どうしてもというなら戦って勝て!」
その言葉を待っていたとばかりに、みんなが構え……ないのかよ。
「おいみんなどうした。こういう時のための武器だろ」
「そう言わないでやってほしいでござる。皆疲弊しているのでござろう」
散々山の中を歩き回ったからな。仕方ないか。
そうなるのをわかってて挑発したのか五里谷先生。
「ちなみに宿舎でも食事はできるぞ。おにぎりだけどな!」
くっ、なんだこの落差は。
決しておにぎりが悪いわけじゃない。おにぎりに罪はない。だけどみんなが頑張って1位を取り、褒美もなく黙々とおにぎりを食べる姿を想像したら泣けてくる。
「どうせコンビニおにぎりだろうし、せめて具くらいは選ぼうぜ」
「いや手作りだ! 俺がさっき握った!」
その瞬間、みんなは自腹でホテルのランチを食すことに決めた。
決して悪い先生じゃないと思うのだが、なんというか、その、うん。
「ちなみに先生、自腹でホテルのランチを食べる場合はバスを出してもらえるんですか?」
「そこまでするわけがないだろ。なあに、あの山を踏破したお前らだ。そこに見えるホテルくらい簡単に行けるはずだ」
そりゃまあ山を登るのに比べればあのホテルまでくらい楽に行ける。
だが俺たちは今疲れているんだ。あそこまで行くのも億劫になっているほどに。
「しかし先生殿、それは褒美と言わぬのではないでござるか?」
「他のクラスは強制的に握り飯の刑だ! 選択できるだけありがたいと思え!」
いつからおにぎりが刑罰になったんだ? 中に何が入っているのか考えるだけで恐ろしい。いやここはあえて考えないことにしよう。
「じゃあ……行くかな」
「でござるな」
「ふむ、お供致そう」
俺たちは重い足を引きずるように歩き出そうとした。
「待ちなさい」
そう言って足を止めさせたのはジャス子だ。一体どういうつもりだ。
「なんだよ」
「あなた達はか弱い女子を放って男だけで行くつもりなのかしら?」
「俺たちもなかなか疲弊してるんだよ。それでも自力で行こうとしてるんだからそこんとこ考慮してくれ」
「そんな我儘は通らないわ」
「どっちが我儘だよ! てか俺らが元気だと仮定して、どうやって連れて行けばいいんだ? おぶれば納得するのか?」
「あらあなたは私の肌に触りたいのかしら。なかなかの助平っぷりね」
ほんとこいつは腹立たしい。じゃあどうしろって言うんだ。
「勝手に言ってろ。お前ら、行こうぜ」
「まっ、待ちなさいよ!」
「嫌だよ」
口でどうこう言ったところで俺たちは止められない。というわけでジャス子は見捨てて行くことにした。
「……わかったわよ。背中で私の胸の感触を楽しめばいいわ」
「ふんっ、俺にそんな気は──」
無いと言い切れなかった。
ジャス子はあれでもスタイルがいい。
スタイルがいいってことは胸もそれなりにある。ようするにルキでは味わえなかった新境地に踏み込むことができる可能性があるのだ。
試したい。いや、駄目だ。これではジャス子の手の内で転がされてしまう。
その時、宿舎のそばにねこ車が置いてあることに気付いた。
「なあジャス子。あそこにねこ車があるぞ」
「ええ。それが?」
「載せて運んでやる。それでいいだろ」
「あなた、私を辱める気?」
ジャス子は露骨に嫌そうな顔をする。
もちろん辱める気は満々だ。
「触ればスケベ扱いするんだろ? だったら触らなければいいだけの話だ。何も問題は無いはずじゃないか」
「くっ」
はっはっは。自分の発言で苦しむがよいわ。
「だけど勝手に持って行っていいものだろうか」
「それは大丈夫でござろう」
「なんでだ?」
「こちらの建物の陰にたくさんあるでござるよ」
げっ、マジだ。まるでこれを使って男子全員で女子を運べと言っているようだ。
当然のことだが、それを見て女子全員が嫌そうな顔をしている。
「……やっぱり私、自力で歩くわ」
「そうか。そりゃ残念だ」
ジャス子を皮切りに、女子たちはぞろぞろと歩き出した。
昼食をホテルで摂り、宿舎に戻ると疲れのせいでみんな倒れるように眠り込んだ。
目が覚めたのは夕食時間終了間際。
慌てて降り食事を流し込み、再び部屋へ戻ってきた。
そんな中、大事なことを思い出した。
展開というやつだ。
旅行イベントなわけだが、こういう場合ラノベ的にはどうなんだろう。
やっぱり女子との親交を深めるのが基本じゃなかろうか。
だけど深める以前に俺が現在まともな交流を持っている女子はいない。
強いて言えばルキとジャス子くらいなものだ。
……どちらを選ぶかなんて言わずもがな。
夕食も終わったし寝るまでの間は自由時間だ。とはいってもそんな長くないから早めに動いたほうがいい。
でもどうやってそういう流れに持っていけばいいんだ?
いやよく考えろ。あれだけ基本を抑えているんだ。
つまりこのイベントにもちゃんとそういったことができるよう仕組まれていてもおかしくはない。
ならばどうする? やるしかないだろ。
この時間はもう入浴し終わっているだろう。山中だしまだ時期的に寒いから暖房がついていない場所にいるとは思えない。ならばきっとみんな部屋にいるはず。
「おや、どこへ行くでござるか?」
剣の手入れをしていたひろしは俺が外に出ようとしたことに気付き、気軽な感じに声をかけてきた。
「ん? ああ女子の部屋にな」
「ど……どどどういうつもりでござるか!」
急に顔を真っ赤にさせたひろしが俺に向かって叫ぶ。それにつられ、他の連中も俺に注目する。
「いやなに、やらないといけない感じかなぁと」
「そんな感じはござらん! 漫画と一緒にしてはいかんでござる!」
「そ、そうだ! そんな破廉恥なこと認められるか!」
漫画みたいな奴らに出入り口を塞がれてしまった。
くそぉ、ひろしたちは真面目だな。
仕方ない、ドアから出るのは諦めよう。
ベランダから出られたりしないものか。
うぅ寒い。
ベランダは狭いし繋がっておらず、部屋ごとで別れている。隣の部屋へ渡るのも大変だ。
女子の部屋まではけっこう離れているし、こんなところで無駄な危険を冒す必要もない。
廊下から行けず、外も駄目。他に使える通路といえば?
「何をしているのでござるか?」
「大体こういうときは押入れにだな……おっ」
予想通りだ。押入れ奥の天板が外れるようになっている。
恐らくこのまま進めば女子の部屋まで辿り着けるはずだ。
だけどまだ早い。できればひろしが寝てから行動したほうがいい。
「おお、このような所に穴があるでござるか」
しまった見つかった!
「もしや軽馬殿、そこから女人の部屋へ赴こうというのではござらんな」
「い、いやまさかあはははは」
チクショウ、ここまでか!
いやまだだ。まだ諦める時ではない。
ひろしの性格を考慮し、A組らしく正義っぽい言い訳をすればきっとうまくいくはずだ。
「なあ、シンクロニシティって知っているか?」
「突然何を申すのでござるか」
「いいから、知っているかどうかだ」
「一般知識の範囲でなら知っているでござるよ。同じ時期に別々の場所で全く関わりの無い者が同じ行動をしたりするというやつでござろう」
「そんな感じだな」
「それがいかがされたでござるか?」
俺の質問を不快に思ったのか、怪訝な顔を見せる。
「例えば俺がこれを発見して女子のところへ行こうとするだろ」
「やはりそのようなことを……」
呆れというよりも落胆した表情をした。あまりこの状況はよろしくないな。ちゃんと説明すればひろしならわかってくれる。
「だから例えだって。でさ、俺がそう思っていたとしたら他の部屋でもそういうことが起きているとも考えられるよな」
「何故でござるか?」
「それがシンクロニシティというやつだからだ」
「ふむ、確かに」
「ならば俺がやるべきことがわかるよな」
「何をするつもりでござるか?」
「他にそういう奴がいないよう見張る必要があるってことだ」
「うむ、確かにそれは必要でござるな」
「そのためにちょっと確認してくる」
「気をつけてくだされよ」
言い方が悪いがちょろい奴だ。
それにしても天井裏はわかっていたけど真っ暗だ。こういう時にスマホは便利だ。
けっこう梁が多いな。これを越えて行くのは厄介だぞ。
方向的にはあっちか。天井を踏み抜かないように梁伝いに行かないと。
ん? あれはなんだ?
……人が……寝てる? 横たわってる? まさか…………。
バサバサの長い髪、白い着物の……。
いや、俺は何も見ていない。
う……動い……てない! こ……ここここっちを……向いてない!
何もいない! 何も知らない! 幽霊の類なんて信じない!
「どうでござったか?」
「ナンデモナイヨ」
「どうしたのでござるか」
「ナニモナイヨ、ボクハモウネルヨ」
もし想像しているようなアレだったら、俺は見ていないから大丈夫のはずだ!
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