一〇話 頂上

 ──暫く歩いていると、何か後方で音がする。

 どうやらさっきの奴が木に隠れながら尾行してきているようだ。


「あいつ、ついてくるな」

「そうでござるな……。ここでどうにかしておくべきでござろうか」

「放っておいても大丈夫よ」

「その根拠はなんでござるか」

「さっき自分で言っていたでしょ。普通にはぐれたのよ。ついて行けば頂上で合流できるってところね」


 俺もそう思う。

 多分さっきの亀裂に落ちたせいで置いて行かれたんだろう。んで這い上がってきたところに俺たちと遭遇した、という感じかな。

 B組はどれくらい先に行っているんだろう。

 こっちはGPSがあるとはいえ、ルキがダウンした時に多く休憩を取りすぎたからな。

 それにしてもずいぶんと進んだ気がするんだが、まだ山頂らしき感じがしない。

 目測でおおよその高さはわかっていたが、傾斜とかを考えたらどれくらいの距離を進めばいいのかは謎だ。


「この先……山頂……」


 まだ木が生い茂り、山頂かどうかはわからない。だけどルキがいうのだからそうなんだろう。


「いただき!」


 その言葉を聞いてか、さっきのB組の奴が突然走り出した。


「くっ、ぬかったでござる!」


 完全に油断していた。合流するためについてきているだけだと思っていたが、まさかこれを狙っていたとは思わなかった。


「ははははは、これで我々B組の勝づああぁぁぁぁぁ」

 消えた。

 急いで駆け寄ってみると、そこにあったのは崖。

 これは一体……?


「ルキ」

「……その……えっと……そう、彼は地獄へと導かれたの……」


 ほんとかよそれ。

 そういえばGPSってたまに狂うんだよな、とんでもない方向に。

 一度スマホのGPSで現在位置を調べたら、東京にいるはずが日本海にいることになっていたことがある。しかも海のど真ん中を時速200キロほどで移動していた。


「あいつどうしようか」

「ふぅむ、米組の者とはいえ命の危機があるやもしれぬでござるし」


 とりあえず様子を見ようと崖下を覗き込むと、そいつはロープを振り回していた。

 多分鉤縄でも持っているんだろう。それで登るつもりか。

 だが悲しいことにこの崖の切っ先は土だ。ひっかけるのは無理なんじゃないか?

 何度か投げてひっかからないとわかり、あきらめて崖を上り始めている。

 そんなに傾斜はきつくないうえに大した高さでもない。一人でも登れるだろう。


「見たところ大丈夫そうだから俺らは行こうぜ」

「承知したでござる」

「それでルキ……あれ、いない?」


 一瞬どこかへ行ってしまったのかと思ったが、先に目をやると一人で歩いていた。


「1人で歩き回ると危険だぞ」

「見えた……山頂……」


 ルキの指す方角は確かに木陰から山頂らしき姿が見える。

 やっと到着か。


「くっ……今度こそ!」


 そう言い走って追い抜いていった人物が一人。


「あの野郎、また────」

「大丈夫……ここの山頂は……」

「ふははははは、今度こそ本当にB組のごおああああぁぁぁ」


 また消えた。今度は何事だ。


「この山……頂上が湖になってる……」


 ということはカルデラなのか。あいつダッシュで突っ込んで行ったけど大丈夫か?

 まあ落ちても下は水だし生きていられるだろう。

 気を失ってなければだが。

 山頂につけばわかることだ。


 そんなことを考えつつ歩くこと数分。今度こそ本当に山頂へ着いた。


「おー、いい眺めだな」


 予想通り頂上はカルデラ湖になっていた。水面までの深さは大体20メートルといったところか。

 すり鉢状になっている山の内側は砂になっていて、何かが転がり落ちたような跡も残っている。多分怪我とかはしていないだろう。

 元気に泳いでいる姿があるから無事といえば無事か。

 だけどこのアリ地獄みたいな傾斜を登るのは厄介そうだし、暫くは放っておいても害は無い。


「どれどれ。おお、これはまたなんと面妖な景色でござるか」


 カルデラ湖は珍しいからな。俺も実物を見るのは初めてだ。


「ふぅん、悪くないわね」


 ジャス子も笑顔を見せられるのか。普段の顔と違い、少女らしいかわいさがある。

 周囲に目をやっても、けっこうな絶景だ。空気も澄んでいるしこういうのも悪くは無い。

 しかし残念なことに、あまりのんびりしてはいられない。


「山頂に来たのはいいんだけど、何番目に来たかをどう証明すればいいんだ?」

「そうね。撮影しようにも携帯は無いし、そもそも順番が不明だわ」


 何かあるはずだ。一番であることを証明できるようなものが。

 最初に帰って来たのが一番だというのは理屈として通らない。ならば途中で引き返せばいいということになってしまう。


 あとは俺らが何番に来たかだが、恐らく一番だろう。

 途中B組に遅れをとったとはいえ連中は道を知らないはずだから、きっとかなり蛇行して進んでいるはずだし。

 こういう時はわかりやすいものがどこかに────あった。

 ちょっと下った大木の横に小さな社のようなものがある。


「あれかな。見てくる」

「拙者もお供するでござる」


 ちょっと大きめの鳥小屋サイズのそれには貼紙で『えらい!』と書かれているだけだった。

 散々苦労させられてこれだけとは酷い有様だ。

 貼紙の下には何枚もの板が置いてある。 


「木札があるな」

「ふむ、数字が書いてござるな。一番を証明するためには一番札を持ち帰るのがよかろう」


 銭湯にある下駄箱の鍵のようなそれには『1』と彫ってある。


「これで一安心だな」

「貴様ら、悠長にしている場合ではないぞ」

「何かあったでござるか?」

「──来るぞ」


 剣武はどこかしらを見ながら気を引き締めている。

 確かに上からだと下から来る連中がよく見える。

 それと剣武の視線とは別の位置にも動く集団が。

 確認できるだけでも二組いるのか、まずいな。

 木陰の隙間からしか見えないからわからないが、片方は恐らくB組。もう一つは何組だ?

 さっきの話からしてCEならいいが、DFならまずい。

 常に最悪な状況を想定して動かないと。

 B組の奴の行動を見るかぎり、遭遇したら本当に襲われそうだし。


「よし戻るぞ! ルキ、下山ルートは設定できるか?」

「……待って、スタート位置が特定できない……」


 ルート変更したから開始地点をロストしてしまったか。


「地点登録してなかったのか?」

「……今ログ見てる……大丈夫」

「え?」

「…………! な、なんでもない……」


 顔を赤らめ慌てて言い直している。

 ルキはかわいいなぁ。


「とりあえず奴らから離れるような位置へ下ろう。ルキはそれから導いてくれ」

「……わかった」

「というプランでいこうと思うんだが、どうだ」

「異論は無いでござる。皆急ぐでござるよ!」

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