九話 遭遇
しかし少々考えが甘かった。
…………重い。
これはなかなかの重労働だ。
ルキはとても軽い。
でもそれはあくまで、『人としては軽い』というだけだ。
荷物として考えてしまうと、この重量はなかなか厳しい。
背負った瞬間はその軽さに驚いたが、長く歩くにつれてじわじわと体力を奪っていく。
だがここで諦めるわけにはいかない。
「大丈夫か? きつかったらいつでも代わってやるぞ」
「そうだぞ。貴様ばかり大変な思いをさせられない」
皆やさしい。ここで踏ん張らなくては男が廃る。
「平気だ、ありがとう」
「ちっ」
笑顔で返事をすると舌打ちされた。何故だ。
上げて落とすタイプなのかこいつら。
まあ理由はわかっている。
そしてその理由こそが俺を疲れさせつつ癒している。
背中、腕、手に伝わる柔らかさと温かさ。
それに耳元で聞こえる呼吸音だ。
小さくてかわいい女の子の寝息が直で囁くように聞こえる。これだけで無尽蔵に元気が湧くというものだ。
山を登っているという状況もよかった。足を上げているから前かがみにならなくて済むし。
それにルキの呼吸と共に微かに漂うミントの香りがさわやかな気分にさせる。
……ん? ミントの香り……?
んーー…………。
ルキが俺らを先導して歩いていたから、みんなはずっと彼女を眺めて移動してきたわけだ。
その際に飴やガム、タブレットの類を口に入れた様子はなかった。
今朝歯を磨いたというには時間が経ちすぎている。
そうなると……。
…………!
やばい、一つ気付いてしまった。
さっき吸い込んだ粉らしきもの。あれは薬の類かと思っていたが、違ったらしい。
あれは恐らく────メントールの結晶だ。
それを砕いて粉にしたのだろう。
んなものを鼻の粘膜に叩き込んだら確かに一発でキまっちまう。
先日俺を案内してジャス子からもらっていたのもこれだろう。
こいつ、
こんなかわいいのになんと残念な。
調子を崩したのはメントールが切れたせいだったのかもしれない。
「ん……ママ?」
「ルキ、気が付いたか」
「ここ……どこ……?」
「どこって山の中だよ」
寝ぼけているのかな。周囲をキョロキョロ見渡しているようだ。
「もう……大丈夫……」
そう言ってルキは背中から降り、歩きはじめた。
その直後、周囲から舌打ちの大合唱。ルキが無事だったことを喜べよ。
「おおルキ殿、大丈夫でござるか?」
「あまり無理をせぬほうがいいぞ」
「もし辛かったらいつでも言ってくれよ」
みんなちゃんとルキのことを心配していたのか。よかったよかった。
……なんか違う気がするがまあいいか。
そして俺をねぎらう奴は誰もいない。なんてことだ。
「無能」
いた。さすがルキだ。いい子に育ってくれていてうれしいよ。
「なんだルキ。礼だったら別にいらない──」
「……返して……」
期待してはいけない。辛くなるから。
いいんだ。逆に俺が礼をしたいくらいだったし。
「あ、ああ。ほらよ」
カンテラを渡すと早速現在地の確認をし始める。
「だいぶ……ずれてる……」
山頂らしき方向に向かっていただけだから仕方ないといえば仕方ない。
「修正はきくか?」
「ルート……じゃなかった。光の道がちゃんと導いてくれる……」
道路じゃなくても使えるのか。なかなか便利な代物だ。スマホかな。
「どうしたでござるか?」
「あ、い、いやなんでもないって! ルキ、それでどっちに行けばいいんだ?」
「えっと……あっち……」
ルキが指差したのは道らしき場所ではなく森だった。
もう一度森に入るのか。この開けた場所ともお別れか……あれ?
「誰か向こうにいるぞ」
「何奴!」
人に気付かれぬよう気配を消し、姿を見せない者に対して言うのなら格好はつく。
だけど前から普通に歩いてくる奴に対してその言い方はどうかと。
見たところ服は泥だらけだが、この学校にしては珍しく普通の服装だ。
いや案外とうちのクラスだけ異様なのが集まっているだけかも……ないな。
いろんな場所で同級生や先輩を見ているが、普通の奴を見た覚えがない。
実際は思いのほかいるかもしれないが、本当に目立たないのだろう。
「やあ。キミは確かA組の──」
「裂空斎でござる」
「そうそう。いやー道に迷っちゃってさ、色々歩き回っていたんだよ」
普通に話しかけてくるし、口調も問題ない。
これだよ、こういう生徒ばかりの学校に行きたかったんだ。
「貴様は何組でござるか」
「まあいいじゃないか、そんなこと」
確かにどうでもいいことだが、別に言ったところで不都合はない。
何か違和感があるぞ、こいつ。
「して、貴様はこの後いかにするでござるか?」
「みんな先に行っちゃったと思うから、合流できるまで一緒に行かせてもらえないかな」
「それはかまわぬでござるよ」
「助かるよ。あ、この道はこっちだよ」
「おうサンキュ」
前から来たんだから道をある程度知っているんだな。ちょっと行ってみよう。
「そっち……違う」
え?
「あぶねぇ!」
言われて踏みとどまってよかった。
草が多くて見づらいが、クレバスのような亀裂が入っている。
木が多いところでは歩きづらいが、それを避けて歩くと草で足元がわかりづらい。
「ちっ」
「お前まさか」
この穴に落ちたのか?
「よくぞ見破ったな」
「えっ?」
別に見破ってはいない。自分でばらしただけだろ。
「貴様は何者でござるか!」
「おっと、俺に手を出すということはB組と戦争をするってことだぜ」
「なっ……! 米組の手の者であったか!」
B組と聞いてひろしがやたらと怒りを露にしている。
「なあ剣武、A組とB組って仲悪いのか?」
「この学校は基本、2つに分かれているのだ」
「クラスは6つだろ」
「クラスはな。だが聖のACE、邪のBDFという風になっている」
聖? 邪?
何をどうしたらそんな分け方になるんだ。
「ACE、通称エースと呼ばれているクラスは聖なる者しか入れん」
俺は別にそういう類じゃないけど、こいつらからしたら重要なのか。
「だからB組と敵対してるってのか」
「奴らは世界を滅ぼす力を持っている。だが我々はそれを倒す力を持っているわけだ」
ないない。どっちにもない。
「さらに言うと、AB組は戦闘派が多く、CD組は精神系能力を持つ者が多い。EF組は遊戯などの下らん物にうつつをぬかす者が多い、といった具合だ」
なるほどな。
なるほど? ちょっと待ってくれ。一体どうやってそんな振り分けができたんだ。
記憶を手繰り一つの仮説が浮上した。
入試の時、普通の科目問題に紛れてアンケートの時間があった。
試験中にアンケートってどうなんだ? 高校入試だと普通なのか? などという疑問はその時には持てる余裕がなかった。
だけどよく考えたら怪しいよな、あれ。
なにせ質問の内容がおかしかった。
例えば『あなたは暴漢に襲われそうです。武器は持っていますか?』とか、『あなたが望むべき世界は豊穣ですか、破滅ですか』みたいな感じだった。
昔ネットで流行った、質問に答えるだけで頭に浮べたキャラを当てる魔人みたいなのを思い出した。
「無駄話は終わりだ。裂空斎、ここは任せられよ」
怒るひろしを片手で制し、剣武が前に出た。
「ぬ、何故でござるか」
「B組に
「ふはははは、その構えは居合いか。俺に通用すると思っているのか」
「…………試してみよ」
B組の奴は剣武から距離を取り、思い切り腕を振る。その際、袖から無数の何かが飛び出した。
が、全て明後日の方向へ飛び去って行った。
丁度足元に一個飛んで来た。なんだろう一体。
これは……あっぶねぇなぁ、釘の頭を切り取ったものだ。袖に仕込んで腕を振った勢いで飛び出すようになっていたんだ。
だけどあいつ、そんな危険な武器を仕込んでいたくせに練習してなかったようだ。
「おい、数本手の甲に刺さったんだろ? 手を抑えていてもわかるぞ」
「ち……違う、これは血管を伝う魔物が腕の中で暴れているんだ! く……静まれ!」
出血に対しての静まれだったら納得がいく。が、それならば暴れているのは魔物ではなく脈動だ。
焦ったせいで鼓動が激しくなって出血が促されているんだろ。
「待つのは性に合わん。そろそろ行かせてもらうぞ」
居合いやってる人間が待てないってどうなんだよ。
「では次はこれだぁ!」
今度はサッカーボールを蹴るように足を振った。
すると足先から何かが飛び出し、それは高く放物線を描き、俺らの背後の地面に刺さった。
次はなんだ? ……また危ないものを。
これは両刃ナイフの刃先だ。靴のゴムの部分をくり抜いて入れてあったのだろう。
一応刃止めは施してあるが、刺さったら痛いじゃ済まなさそうだ。
一応暗器使いってことなのか。あまりにも使い方が雑だが。
「それで終わりか?」
「くっ……まあいい。この場は納めてやろう!」
そう言って走り去ってしまった。
「なんだったのでござろうな」
「さあ……」
「そんなことより早く行かないと厄介ね」
「なんでだ?」
「私たちより前にさっきのがいたってことは、B組は先に進んでいるってことよ」
当たり前のことだが、山はすそよりも山頂のほうが圧倒的に狭い。
罠を張るなり待ち伏せをするなら、少しでも通過する可能性が高いところでやるべきだ。
アホらしい考えと思っていたが、この様子じゃ本当に仕掛けられていそうだ。
「面倒なことになる前に追い上げないとな」
「そうでござるな。皆、急ぐでござるよ!」
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